俺がヒーローで私がヒロインだと!!【短編版】
私は女の子だった、私は女子高校生だった。
私は男になった、私は勇者になった、私は剣を振った。
『おにーちゃんはずっとここにいるってやくそくしたのに!』
『死なないよ……俺は』
そしたら魔王が消えて。
『解放してやった、世界を、悪夢から』
『それは誰が?』
『俺が!!』
俺から私が消えた。
100年も前のことを100年前の何もない空間で思い出す。
『あなたは役目を果たしました、元の世界に帰しましょう』
『男にしたくせに、このまま元に返すって?』
女から男にされた理由は肉体的なメリット。
それは転生という工程を挟んだ時に、勝手に行われた。
『このまま。それはデメリットだけではありませんよ?』
100年以上を生きる為にあの世界の秘薬を飲まされている。
確かにデメリットはない。
『……したかったことは沢山ある』
『そのルックスはしたかったことを叶えるでしょう』
元に戻すという発想は相手にないらしい。
ふふふ、と冷酷な笑みを浮かべている。
俺もニッコリと笑ってみせる。
「無欲な神族には効きませんよ?」
「だろうな」
俺は元の世界に帰ることを受け入れた。
『帰る場所はあなたが死ぬ少し前、場所は適当でいいですね、えいえい』
「殺すぞ」
「ただ、昔のあなたが死ぬ未来は確定しています。止めたいと思うわけないでしょうが」
「当然だ」
俺だけ苦労して昔の私を苦労させないなんて、面白い美談にも程がある。
「では、もう少しで転送しますね」
視界が薄いモヤに染まっていく。
瞬き一つで世界が変わる予感。
『もう一度だけ言いますが、昔のあなたが死なないというのは重大なタイムパラドックスを引き起こします、それこそ』
俺は聞く必要もないことだと思って目を閉じた。
右耳からツカツカ足音、それは左に抜けていく。
目を開けると大昔に見た光景。
車、電車、晴天、建造物、人、人、人。
ここはいつもの駅前だ。
久々の光景に視界が滲む。
意外に喜びは大きくて、膝をついて顔を手で覆う。
新鮮な空気、少し熱っぽい風、硬い床を叩く足音。
異世界と少しだけの違い。それが遠い記憶を津波に変える。
『大丈夫ですか?』
平和に震えていると女性の声が聞こえて顔を上げる。
飛び込んできた長い黒髪が懐かしさに拍車をかける。
『な、泣いてる?』
『いや、気のせいっすよ! ははは』
俺は立ち上がって涙をこっそり拭う。
「拭いましたよね? さっき泣いてましたよね?」
白いボタンシャツにチェック柄のスカート。
長い髪の持ち主は相当のオシャレさんらしく、周りにもチラホラ。
死ぬ時のトレンドファッションはこれだったのか!
「いやいや……」
「そうですか?」
一歩踏み込んでまで聞いてくる。グイグイ来すぎ!
俺は下がりながら手のひらで否定する。
「そうですか……そろそろ時間なので」
女の人はカツカツと革製の綺麗な靴を鳴らしてその場を後にする。
優しい人だなって思いつつ、その背中を見届けることにした。
少し遠い前の信号が赤くなって女の人は止まる。
女の人は不満そうにカバンを掛ける肩を逆にしていた。
なんとなく、ざわめく。
信号が青に変わる。
誰もが無意識に歩き出す。
そしたらトラックが止まれラインを飛び出した。
『危ない!!』
気がつくと声を出していた、体が動いていた。
瞬きした頃には女の人の隣。瞬間移動にも似た機動力。
異世界の賜物に初めて感謝しながらトラックを右手で受け止める。
ガシャンッ!
ド派手な音を立てたトラックは後輪を浮かせてダンッと落ちる。
女の人の代わりに前側をペシャンコにしてバックしていった。
「え、えぇ?」
「ぼーっとするな、信号は青だぞ」
俺は動こうとしない女の人をお姫様抱っこで信号の先まで運んだ。
ゆっくり下ろしてふうっと息をつく。
「と、トラックを止めた、とか?」
「トラックが俺に当たってきたわけないじゃないですか! 元々凹んでて、急停止したんですよ!」
はははって濁しておく。
「あの、大丈夫ですか」
女の人は長い髪を揺らして俺の後ろに回ったり、側面を見たりする。
「大丈夫だ、問題ない」
「あの、お名前とか!」
「聞いても仕方ない」
「お願いします!」
本名はって思ったが、今日死ぬ予定なのに都合が悪い。
『りゅ、リュウキ』
思いついた偽名を口に出す。
「はっ、名乗らせたら私も名乗るのがルールですよね!」
「そう、か」
「もちろん!」
オホンと咳払いをして俺を見る。
横断歩道の前で何をしてるんだ、俺達は。
『遠坂美桜って言います! あ! 名字も言ってしまいました!』
「な、なんだと」
「自爆してしまいました、特定とかないですよね?」
俺は驚愕の事実に仰け反る。
もう一人の自分を助けてしまった。
「本当に爆発しないですから! 逃げないでください!」
「大丈夫だ、分かってる」
大丈夫なんかじゃない、大問題だ。
「本当ですか?」
本来死ぬはずだった自分を生かしてしまった。
そうなった時、今の俺はどうなる? 消える?
「本当ですかって聞いてるんですけど!」
「ああ、まあ」
言われてみれば、コイツは確かに自分だ。
「聞いてないじゃないですか!」
少しでも他人に気を許すと、幼くなってしまう自分。
今でこそ100年生きて達観しているが、年齢相応の表情を見せてくる。
「な、なあ、学校に遅れるぞ?」
よく見たら流行ファッションでもない、高校の制服だ。
「はっ! か、完全に遅れてしまいました!」
「ど、どんまい」
『でもよく考えてください、遅刻しちゃったんですよ』
自分だと気づくと、次に何言ってくるのか分かる。
『一限目捨てちゃうくらいゆっくり歩きましょうって?』
「私の気持ちが!」
「ついて行ってもいいか?」
「うふふ、誘うつもりだったんです」
ニッコリと笑ってクルリと背を向ける。遅れて背中を薙ぐ黒髪。
少しだけ魅力的だと思ってしまった。
「ゆっくりしすぎです」
「あ、ああ!」
俺は急いで並んで通学路を歩いた。
覚えていないことを話されて新鮮な気持ちです。
「と、ところでミオさん」
「ミオで良いですよ?」
「み、ミオ、俺を泊めてくれないか?」
もし生きてしまうなら、俺ができなかった日々を私には過ごしてもらいたい。
「そ、それは……」
「俺が男でミオが女、それは分かってる。手を縛ってくれても構わない、実は家がないんだ」
「一人なので、別にいいですけど……」
ミオは不安そうに俯いてしまった。
「いくら手を縛っても、盗みとか働けちゃうな」
「はい……」
「ミオにこれをあげよう」
俺はポケットをまさぐる振りをする。今気づいたが俺の服は現代風になっていた。
ポケットと見せかけて異空間のアイテムボックスを探る。
「なんですか? これ」
取り出したのは王様から貰ったダイヤモンドに似た宝石の首飾り。
「この、ダイヤのネックレスをあげよう」
「えっ!」
俺も初見でダイヤだと思ったんだ、信じるに違いない!
「ホンモノだー!」
ちょろい。
「お泊まり賃として、受け取ってくれ」
「変な仕事してないですよね?」
「してない」
「じゃあ、学校が終わる頃に来てください!」
気がつくと学校の前だった。
「わかった」
ミオは宝石を首にかけて服の中に宝石を仕舞う。
「また後で」
手首を小さく振って学校に入っていく。
俺はすることもないのでアイテムボックスに手を入れて時間を潰した。
学校が終わるのは今頃。今来た素振りをしつつ待っているとミオは現れた。
「帰ってきました!」
「どんな授業を?」
俺は内容を聞きながら歩みを促す。
胸元から宝石を引き出すと誇らしげに揺らしながら歩き始めた。
「こんなことも! あんなことも!」
「ほほう」
楽しそうに話すミオを見ると俺も嬉しくなる。
「リュウキさんはどんな授業が好きでしたか?」
「タメで良い」
「……どんな授業が好き?」
「あの先生の科学実験が一番好きだった」
ミオが驚いた顔を作る。
「知ってるんですか! 私も一番好きですよ!」
タメを崩してしまうほど驚いているらしい。
「ここの生徒だったから、生徒会長もしたな」
「え! えええ!!」
「前の話だ、それよりも今の話が聞きたいな」
ミオの話を聞きながら電車に揺られてミオの家にやってきた。
ザ、自分の家という感覚が蘇る。
「どうぞー」
鍵を開けてドアを引くとお先にどうぞってしてくれる。
「助かる」
入っていつもの感覚で明かりをつけてしまった。
「ま、前暮らしていた家と同じなんだ、位置が」
「あるある!」
それからミオはリビングにカバンを投げて置かれた袋をガサゴソ。
「料理とかするのか?」
「料理は……」
言葉を詰まらせるとカップ麺を取り出して顔を隠した。
「べ、べんきょうちゅう! するつもり!」
そうだったな。
家族がみんな居なくなって、突然料理をしなきゃいけなくなったんだっけ。
今思えば、死んで異世界というのは理想的すぎる。
「ミオは料理ができないのか」
「ううっ」
「俺が料理しよう、テレビでも見とけ」
「……」
何も言わずにカップ麺を置くとテレビをピッとつけた。
しかし、冷蔵庫を見てみるが何もない。
そりゃあそうだ、料理ができない人の冷蔵庫なんだから。
俺はアイテムボックスの中身を冷蔵庫から取り出す雰囲気を作る。
多めに保存していた異世界の食材をここのフライパンで炒めてみよう。
肉と野菜とこの家の調味料。
違う世界の食べ物なのに、この世界の食い物に見えてきた。
そんなわけって思いつつ、皿に移す。
冷凍庫に運良くチャーハンがあったので魔法の力で即座にチン。
「ミオ、簡単な物だけど許してくれ」
「はやっ!」
ミオは駆け寄ってくると料理と俺を交互に見た。
「い、いいの?」
「泊まらせてもらうんだ、これくらいさせてくれ」
テーブルに野菜炒めとチャーハンを置く。
「どうぞ、食べてみてくれ」
俺はどうぞを返した。
「ありがとうっ!」
食器棚からお箸を取り出したミオは椅子を引いて座るとパクリとお肉を一口。
「おいしい!」
「チャーハンはお箸で食えないぞ」
チャーハンの皿にスプーンを寝かせる。
「なんで、私好みの味なの?」
ミオが箸を止めて俺を見上げる。
「俺もこの味が好きなんだ、運が良い」
「じゃあ、一口あげる……」
「全部食べていい、代わりにカップ麺は貰う」
懐かしい味だけは譲れない!
「受け取って、お願い」
ミオの箸に挟まれた肉を貰う。
これがなんの肉だったか、もう忘れてしまったな。
「ミオは優しいな」
「リュウキも優しい」
それから風呂に入って、寝る時。
ミオというか、元自分の部屋でミオはゴロゴロしている。
「ねえ、いつまでここに住むの?」
「分からない」
「……そっか」
「ミオが居なくなって欲しいと言ったら、素直に出ていくつもりだから安心してくれ」
「うん……」
俺は部屋を出てリビングに転がって寝た。
朝の目覚めはミオの揺さぶり。
『おきて』
「あ、ああ」
起きてみる。どうやら朝食が欲しいらしい。
「朝ご飯、食べたいです!」
こんな空っぽの冷蔵庫を所有しておきながら、よく言うわって感じだ。
「分かった、学校の準備をしといてくれ」
俺はその間に異世界の野草と冷蔵庫の味噌で味噌汁を作った。
小鍋でコトコト。
科学的には腹に貯まらない最悪の朝食。
しかし、ミオは一口すすってわあって声を出す。
「落ち着くー」
頬を緩めて目を閉じると朝の余韻に浸っていた。
「良かったな」
俺は代わりにカップ麺を貰っている。
ズルズルすすれる飯というのは貴重。
ミオにはまだ分からないだろうな。
「んー、さいこう!」
「頑張れよ」
「うん!」
準備を整えたナツメはお椀を流し台に置いて俺の手を引く。
「学校に行く!」
「そうだな」
手を引かれるままについて行くことにした。
電車に揺られて学校まで歩いてしまえばミオは視界から消える。
逆に言えば、これから視界にミオが入ってくることは増えていく。
戦いに駆られないだけマシ。
少し暇を持て余した俺は異世界能力を活かして学校のベランダに飛びついた。
そっから手に力を込めて上のベランダへ。さらに上へ。
タン、タンって登っていく。
一番上の端っこの所は確か、音楽室。
中ではミオのクラスが授業をしていてちょうど終わった頃。
ミオだけ座ったままなので聞き耳を立てる。
『ミオさん、あなたの音楽は絶望的です』
『ご、ごめんなさい』
そう言えば下手くそだったわ!
『家で歌うことを練習してみてくださいね』
『は、はい……』
女教師が音楽室を出ていく。
その直後、当たり前のように炎が出口を塞ぐ。
『えっ!?』
ミオが驚く。俺も驚いたが、教師も驚いていた。
『ミオさん待っててください!』
教師は消化器を持ち出すが、全然消えない。
『そ、そんな!?』
『炎が、近づいて……』
ミオがぽつりと呟く。確かにミオを焼こうとしている。
『昔のあなたが死なないというのは重大なタイムパラドックスを引き起こします、それこそ――』
女神の言葉を思い出す。
俺はマズイと感じてベランダに入り、窓を肘で叩き割る。
『窓が!?』
同時に炎が俺の前に壁となって立ち塞がる。
まるで意思を持った熱が阻んでいるかのよう。
俺は炎を突き破って侵入する。
「ミオ、大丈夫か?」
「え、リュウキ……?」
ありえない炎と、ありえない俺の存在。
アワアワと周りを見るミオに声を掛ける。
「助けに来たんだ」
「なんで、なんでそこから」
「話は後だ!」
俺はミオの膝を抱えて抱っこする。
ミオが焼けないように背中から炎を突き破ってベランダに引き返した。
廊下側に逃げてもよかったが、俺のことで何か言われるのは面倒だった。
「俺の首に手を回せ」
「て、て?」
「早くしろ、時間がない」
炎がベランダに迫っている!
「わかった」
手が回されミオとぴったり密着する。
俺はベランダの壁をジャンプで乗り越えて飛び降りた。
「こわい!」
「怖くない、怖いなら目を閉じろ」
ミオにダメージが回らないように慎重に着地して下ろす。
「な、怖くなかっただろ」
首が横に振られる。
『怖いに決まってるじゃん! 死ぬかと思ったんだよ!』
ミオは涙を浮かべて俺の胸に顔を埋める。
「リュウキが居なかったら、いなかったら……」
ミオは怖くて当然なんだ。そりゃそうだ。
『綺麗な髪が焦げてなくて、良かった』
か弱い、女の子なんだから。
「……心配するの、そこじゃないよ」
「スカートが焼けて色が変わったり、してないか?」
「それも違うと思う……」
ミオをよく見て考える。
「……大丈夫か? 火傷は?」
露出している手足に両手を当てて焼け跡を探る。
もし少しでも焼けていたら、俺の魔法で冷やしてやろう。
「うん、大丈夫」
必要ないことが分かるとミオはようやく笑顔を見せてくれた。
「にー」
「綺麗な歯だ」
きっと強引な笑顔。
「学校に戻った方がいい」
「リュウキも来て、こわい」
「分かった」
ミオに手を引かれて学校に入る。
『誰だね君は!』
「と、友達です!」
ミオは先生に事情を説明し、途中で加わった女教師で事が運ぶ。
「なるほど……イタズラにしては度が過ぎている」
ミオはそれに関して。と、ごにょごにょ話をしている。
「分かった、話を通してみよう、君は発言権を持っているからね」
「お願いします!」
「今日はもう帰った方がいい」
しばらくして先生はミオのカバンを持ってきてくれた。
ミオは周りをキョロキョロしながら帰り道を進む。
「手でも繋ごうか」
「うん……」
開かない手を片手で包んだ。
電車に乗ったミオは窓を眺めて忘れようとしている。
掛ける言葉は何も出なかった。
この恐怖感は俺が作ってしまったようなものなんだから。
「ミオ、俺が助けてやっただろ」
「……」
「次も俺が助けよう、だから、な」
少しだけ。安心して欲しい。
「ん」
ミオは唸るだけで振り返らない。
ただ、窓の鏡は落ちきっていた口角が上がる瞬間を見せてくれた。
少しだけ、安心した。
電車を降りた俺はミオに提案する。
「コンビニに行きたいな、手持ちはないんだが」
「いいよ」
今のミオは何言っても受け入れてきそうな気がする。
「ピースしてくれ」
「ぴ、ぴーす」
右手の中指と人差し指を反らせて応えてくれる。
「ミオ、スマホを貸してくれないか?」
「はい」
俺はミオのスマホカメラで写真を一枚取った。
「良い一枚だと思わないか」
ミオの綺麗なピースも良いが、写真を取られると知って作った笑顔も良い。
「思う」
「だよな」
コンビニに寄った俺はレンジでチンしたら食べれる白米だけ買って後にする。
「他にも買っていいのに」
「無駄遣いは良くないし、ミオも早く帰りたいだろ?」
「そ、そんなに雰囲気出てたかな」
めちゃくちゃ出ている。
「普通なら帰りたいぞ」
家に帰ってきてからミオの動きは変わった。
リビングにカバンを置くと犬みたいに俺の後ろを追いかけてくる。
「ウザイとは言わないが、邪魔だな?」
「……」
シュンって顔をされると困る。
「俺はリビングを出るつもりはない、椅子に座ったらどうだ」
「わかった……」
電子レンジでご飯を温めながら味噌汁を火にかける。
ついでに冷蔵庫もといアイテムボックスからお野菜を引き出して、まな板でカット。
軽く味付けしてからミオに提供する。
「綺麗な色を見ると気持ちが良い」
「そうなんだ」
「野菜を食べると気持ちが楽になる」
ミオに箸を渡すと一口、また一口。
「……また好きな味」
「好みがそっくりで恐ろしいな」
「げ、元気になってきたかも!」
そりゃそうだ、使用した異世界野菜の中には本当に気分が良くなる効果が備わっている物もある。
「笑顔、作れるか?」
「にー」
白い歯を見せて笑顔を作ると最後の野菜を口に含んだ。
「そうだ、ミオは手握りとラップ握りどっちが好きだ?」
俺はラップの方がおにぎりは安心して食える。
「……にぎり」
「ま、ラップか」
「手が良い!」
「えっ? そうなのか?」
「うん、手がいいなあ」
手握りなんて母親のしか食ったことないくせに。
「しょうがないな」
俺は手を洗い直して水気を切る。
異世界で鍛錬を積んだ俺にはレンジでアツアツのご飯を握ることくらい容易い。
軽く塩を振って一枚の海苔を巻き、小皿に乗せる。
「あー熱かった」
と言っても魔王の部屋くらいの熱さ。
「ほかほかしてる……」
「できたてのおにぎりなんて今しか食べれないぞ」
「たしかに!」
ミオは海苔の部分を持って大きな口でかぶりつく。
「どうだ」
「ん、おいしい」
ミオは海苔をパリパリ破きながら食べ進める。
『おい、ひいよ』
震えた声に振り返る。
ミオは確かに泣いていた。
「そうか、もう一個欲しいか!」
なんとなく、理由は察した。
「おかわり」
「仕方ないな、特別だぞ」
特別な米ではないが、味噌汁を届けてからもう一個作った。
「いただきます」
「さっきは言わなかったな」
「えへへ……」
心底美味しそうに食べる姿を見て、作ってよかったなって思う。
「こ、これは一口もあげない……」
うん、俺でもそうする。
それから、お風呂。
俺が風呂場の前で警備するということで解決した。
「叫んだら、来て」
それからすぐ叫び声が!
「どうした!」
「く、クモがいる……」
「うわ、デカ!」
殺したと嘘をついて窓から蜘蛛を逃がしてあげた。
「こわかった」
「そ、そうだな」
こればっかりは運が悪いとしか言えない。
「また何かあったら呼んでくれ」
その後は寝るまで仲良くテレビを見た。
流れてきたCMをミオは指す。
「あ、この化粧水好きなんだよ」
「俺もだ、あっさりしていてベタつかない所が良い」
「ねー……えっ?」
「男だって美容を気にする時代なんだ」
「そこじゃなくて、私もあっさりベタつかない所が好きで」
そこがあの商品の強みだと誤魔化した。
「ラベルには無臭でしっとり肌しか書かれてないけど、本当の強みはあっさりなのかな」
グイグイ来るな! さすが自分と褒めてやりたい!
「さ、さあ、そこまで詳しくないな……」
「あの商品、損してる?」
「それは間違いない」
ミオが寝ると言うまで化粧品の話は続いた。
「何でそこまで知ってるの!?」
「男だからって知らぬが仏じゃないんだ、化粧は必要」
ミオがずるずるベッドの中に入っていく。
「そろそろ、おやすみ」
「ま、待って」
止められて振り返る。
「なんだ?」
「一緒に寝て欲しい」
「まだ2日目だ、俺に対する警戒心は持っといた方がいい」
「ううん、全部おいしかった私の為だった、お礼に襲われても」
お礼に襲われる覚悟を持ってくるくらいには警戒されている。
一緒に居たいという気持ちは分からなくもない。
また一人になって炎に襲われたら。
ミオが頼れる人間は本当に俺しか居ない、この時は仲の良い友達もいないからだ。
「わかった、襲うのはやめておこう」
俺はミオの隣にお邪魔することにした。
「ありがとう」
知らない男と向いて寝るのは嫌だと思う。
せめて背中を向けることしかできない。
「リュウキは怖くないの?」
「何が?」
『私と居たら、死んじゃうかもしれないんだよ』
「あれは偶然だ」
本当は偶然じゃない、必然。
「それに、俺は強い」
必然から逃れる程度の剣術はある。
「たしかに」
俺の背中にコツンと何かが当たる。
「私の為に、無理とかはしたらダメだからね」
振り返るとミオの小さな背中が近づいていた。
『死なないよ、俺は』
自分ヒロインってあるじゃないですか、まああるんですよ。それは自分自身から分身した女に恋するか恋に陥るんです。
で、今回は女から分身した男に恋か何かが生まれる。その何かを男性的な強み、守りとします。
自分ヒーローなんて、どうですかね?