媚薬
プリシラはせっせとエリオットのお屋敷を訪ねては、彼に媚薬入りハーブティーを飲ませていた。
期間にしておよそ1年間。
辞典には「効果は1日程度」と書いてあって、エリオットはすでに10日ほど飲んでいないことになるわけだから、媚薬効果は薄れてきているんじゃないだろうか。
しかし気になるのは、もうひとつの「中毒性が高い」という説明。
あのハーブティーが飲みたくて仕方ないという禁断症状が出ているのでは?
「今度ハーブティーをと持って帰ってくる」と伝えたときのエリオットが、思わずわたしにハグしてしまうぐらい喜んでいたのは、まさにそれだろう。
そして、飲みたくても飲めないという、そのもどかしさをプリシラへの愛情だと勘違いしている気がする。
うん、あのおぼっちゃまならきっとそうだろうな。
とりあえず、ペリア茸と解毒作用のあるハーブを入れ替えて、残りは同じものを混ぜてエリオットに飲ませよう。
わたしは薬草辞典で解毒作用の高そうなハーブを調べ、それをプリシラの薬草棚から見つけて取り出した。
そのとき、奥のプライベートスペースのほうでカタンという小さな音が聞こえた。
おそるおそる扉を開けて奥の部屋をのぞくと、壁にある小さな扉から黒猫が入ってくるところだった。
やっぱりあの扉は、ペットが自由に出入りできるように作られたものだったのね。
あの扉も認証システムなんだろうか?気になるところだわ。
ネコがこっちへ近づいてきたから「ネコちゃーん」と言って手を伸ばそうとしたら、サッと後ろへ飛びのき、背中の毛を逆立てながらわたしを睨んでいる。
「ありゃ、プリシラじゃないってバレちゃったか?ネコちゃん、なかなか勘が鋭いわね。大丈夫よ、何もしないから。プリシラ本人がどこに行ったのか探したいだけ。ネコちゃん知らない?」
ネコは琥珀色の大きな目でジーっとこちらを見ている。
「いろいろ困ってるのよ。問題が解決するまでこれからもちょくちょく来ることになるから、仲良くしてね」
と言って微笑んでみせたが、ネコはプイっと顔をそむけて身をひるがえし、また小さな扉から出て行ってしまった。
嫌われちゃったか。
魔女の飼い猫なら、こっちの言っていることがわかるんじゃないかと思ったんだけど、どうだろ?
わたしは気を取り直して、本棚から分厚い本を1冊取り出した。
『魔法陣のすべて-入門編- 』
この本棚の魔法に関する本をパラパラと見たときにピンときた1冊。
時空系の魔法陣を使えるようになれば、行きたい場所に転移したり、過去の出来事をのぞけるようになるらしい。
わたしが魔法陣を作れるのかどうかはわからないけど、試してみる価値はありそうだ。
ほんとはこの本を持ち帰ることができたら夜な夜な勉強できるんだけど、もしもセバスチャンに見つかりでもしたら、この本の没収だけでは済まされないかもしれない。
わたし、火あぶりなんかで死にたくないもの。
効率よく短期間で魔法陣を習得する方法を考えないと!
この日は炊き込みご飯用のシメジ、そして媚薬入りハーブティーを解毒ハーブティーに改良したハーブティーを持ち帰った。
夕食のときにエリオットから
「おまたせ、明日図書館に行こうか」という嬉しいお誘いがあって、そのお返しとばかりに夕食後にハーブティーを淹れた。
ほんのり甘くてさわやかな味。
「どう?このハーブティーで当たり?」
おそるおそるエリオットに聞いてみる。
「うん、たぶんこれだと思う。でも…何か物足りないっていうか、ちょっと違う気もするのはなぜだろう?」
首をかしげるエリオット。
うんうん、物足りなくていいのよ。
その物足りない物こそが、媚薬のペリア茸なんだから!
あなた今までプリシラに、惚れ薬を飲まされていたのよ!と声を大にして言ってやりたい衝動を抑えつつ
「淹れ方かしらね?プロの薬師さんと素人のわたしとでは、差が出てしまうのも仕方ないわ。もっと喜んでもらいたかったんだけど、物足りないならもうこのハーブティーを飲むのはやめておく?」
ちょっと上目遣いで拗ねてみせる。
「ごめん、ちがうんだ。まず美味しいって言わないといけなかったのに、僕が悪かった」
エリオットが焦った様子で言い
「あらためて言うよ。アリィ、美味しいよ、ありがとう。また淹れてくれるとうれしい」
取り繕ったような笑顔を見せた。
「じゃあこれからも、このハーブティーを淹れるから、また飲んでね。プリシラに近づけるようにいろいろ工夫してみるから」
「ありがとう」
今度はほっとしたような、エリオットの素直な笑顔にドキリとさせられる。
解毒してはやく中毒症状から解放してあげたいから「これはプリシラが僕のために淹れてくれていたハーブティーと全然ちがう」と言われないように、拗ねてみせてごまかす作戦が見事成功した。
この人、ほんとにチョロいな。と思っていたところへ、この破壊力抜群なキラキラ笑顔。
プリシラもこの笑顔が好きだったのかな。
でも、こんな素直でチョロい人に媚薬=惚れ薬なんて使う必要あったんだろうか?
最初のうちは、乙女ゲームに登場する王子様のようで、エリオットの所作も笑顔も存分に眺めては目の保養だわーなんてニマニマしていたけど、ゲームと違うのは、この人を攻略対象にしてはいけないこと。
この人は、好きになっちゃいけない人。
最近はだんだん、直視できなくなってきている。
ハーブティーを飲み終えたあと、いつものように二人で食堂を出る。
そしてあの日以来、わたしが借りている部屋の前で「おやすみ、また明日ね」と言ってエリオットがわたしをハグするオプションが加わった。
これからは毎晩おやすみのハグをしようと提案されたわけでもなく、かといって、わたしが拒否するでもなく、なんとなく続いている。
これぐらいはまあ、友情のハグってことで許してあげようと思っていたけど、今日はいつもより手に力がこもっているような?
しかもなかなか離そうとしてくれないエリオットの胸を両手でぐいっと押した。
「あのね、ハグはいいけど、それ以上はダメだからね!」
「それ以上って、たとえばどんなこと?」
エリオットがいたずらっぽい笑顔で言った。
「もうっエリオットのばかっ!」
「あはは、また明日ね」
廊下を進むエリオットの後姿を見送った。
いちいち大暴れしてしまう心臓をどうにかしないことには、今夜も眠れなくなるじゃないか!