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お米とキノコとハーブティー

エリオットが学院へ通っている時間帯のわたしが、のんびりゴロゴロしながら過ごしていると思ったら大間違いだ。

ここにはテレビもパソコンもスマホもない。

SNSもゲームもメールもチャットもできない。


上げ前据え膳でなーんにもしない居候の身はさすがに居心地が悪い。

だからわたしは積極的に、レイラとニコラスの仕事を手伝っている。


エリオットから客人として丁重にもてなすようにと言われていた手前、最初のうちはわたしが手伝おうとするのを拒否していた二人も

「それではプリシラの体が太ってしまうのよー!だから働かせて!」

というわたしの主張に折れてくれて、エリオットも渋々許してくれた。


掃除や庭仕事、料理の下ごしらえの手伝いを午前中にやり、お昼ごはんとその片付けが終わった後はプリシラの店に行くことが多い。


エリオットが求婚に使用して花瓶に生けていたあのバラは、花びらが落ちたあとも茎が腐ったり萎れたりすることなくきれいな状態を保っていて、根っこも出てき始めたから、試しに鉢植えにしてみた。

食堂の日当たりのいい出窓に置かれたその鉢に水やりをしながら、キッチンの勝手にも慣れてきたことだし、そろそろお米を炊いてみようかと思いたった。

ニコラスにも教えるって約束していたことだしね!


ニコラスの快諾を得て、まずお米を見せてもらった。

大きな麻袋に精米された米がたくさんつまっている。

「北方の国からもらったのよね?」

「ああ、北のほうは少数民族の自治領がいくつか集まってひとつの国になっていてな、そのひとつからの献上品というか土産っつうか、そんなかんじだ」

経緯は俺にもよくわからん、といってガハハと笑うニコラス。


聞いてもどうせよくわからないだろうから詳しく聞いていないけど、エリオットは相当なおぼっちゃまなんだと思う。

隣国への留学に執事と使用人を連れてやってきて、仮住まいは広い敷地のお屋敷。

使用人たちがのんびりしていているのは、主であるエリオットの人柄だけでなく、金銭面でも全く困っていない証拠だろう。わたしの面倒をみる余裕まであるのだもの。

そして異国からの献上品って一体……さぞやいいとこのご子息で、留学が終わって母国へと戻ったあとは政治の中心に携わるような仕事につくのだろうか。


異世界召喚が不可避だったのなら、いい場所へ飛ばされてよかった、おまけにお米まであるだなんて!

見知らぬ世界へ連れて来られたことに関して言いたいことはたくさんあるけれど、このことだけは感謝しておくわ。


こちらの米が、わたしの知っている米と同じなのか正直見た目だけではわからず、とりあえず元の世界と同じ手順を踏んでみることにした。

わかってはいたけれど、当然ながら電気炊飯器はない。


米をといで鍋に入れ、水を入れて米を平らにする。

手のひらを米に押し付けるように入れて、手がちょうどかぶるぐらいの水加減になるように調整。

そのまましばらく置いたあと火にかける。

ここには、お米を炊くための吹きこぼれにくい形のお鍋なんてものはないから、火加減に苦労しつつ、ボコボコと沸騰したあと水分がなくなってきたかなーというタイミングで火からおろして、しばらく蒸らす。


こうして炊きあがった白いご飯は、ふっくらツヤツヤの大成功で、この日のお昼のまかないとして野菜炒めと一緒にみんなで食べた。

みんなの評判も上々で、たくさんもらってどうしたものかと米を持て余していたニコラスからもとても感謝された。


「ねぇニコラス、気温の低い北のほうならあまり必要ないのかもしれないけど、こっちの国にはお米が大好物な虫がいるかもしれないの。その虫よけに、乾燥させた赤トウガラシをこの袋に入れておくといいわよ」

「よしわかった。庭の畑で育ててるから後でさっそく採ってきて干すよ」


米びつの中に虫がいるー!とお母さんが大騒ぎしていたことがあったっけ。

それ以来、我が家では虫よけ効果があるという赤トウガラシを米びつに入れて定期的に交換している。

炊飯器以外でのお米を炊く手順は、高校の家庭科の1学期の授業で習ったばかりだった。

元の世界でのちょっとした知識や経験が役立つとは、なんだか不思議ね。


今度エリオットにも、おいしいご飯を食べてもらおう。

キノコがあれば、いいダシが出ておいしい炊き込みご飯が作れるかしら。


そんなことを考えながら、今日はひとりでプリシラの店へ向かう。

エリオット用と思われるハーブティーの材料は、ほとんどが判明した。


几帳面な性格のプリシラが、材料を小分けにした袋ひとつひとつに名前を記しておいてくれたおかげだ。

その名前を薬草辞典で引いて効能を確認していく作業がほぼ終わったところで、たしかにレイラの言っていた通り、リラックス効果・免疫力アップ効果・鎮静効果のあるハーブばかりだった。

ただひとつ、名前が書かれていない袋があって、中を見るとどうも乾燥させたキノコっぽいものが入っているのだけど、その名前がわからないから調べようがなく、そこで行き詰っている。



商業区の野菜を売っているお店の前で立ち止まり、陳列されたたくさんの野菜の中にキノコがあるのを見つけた。

しかも、おじさんがカゴからキノコを取り出して並べているところだった。

働いた報酬ということでセバスチャンからお小遣いを支給してもらっているから、キノコを買うぐらいのお金ならある。


「そのキノコ、おじさんが採ってきたんですか?」

「へっ?」

「そうさ、アルマはこの辺じゃ有名なキノコ狩り名人でな、いつも立派なキノコを卸してくれるから助かってるよ」

わたしの突然の質問に面食らっているおじさんのかわりに、店の奥から出てきた店主が答えてくれた。


「アルマさん、煮込んだ時に風味がよく出るキノコはどれかしら?」

アルマが手渡してくれたキノコは、シメジによく似ていた。

やっぱり炊き込みご飯といえばこれよね!


代金を支払って店主と少し話してから振り返ると、キノコの陳列を終えたアルマが立ち去ろうとしていて、慌てて呼び止めた。

「アルマさん、もうひとつ教えて!」


「乾燥させると赤みをおびて、かさのまわりに網がはっているようなキノコって、なんだかわかります?」

「実物を見ないとハッキリは言えんが、それはステリア茸かペリア茸の可能性が高いな。どっちにしろそれは毒キノコだから、食べようだなんて思わんことだな」


アルマにお礼を言って別れたあと、教えてもらったキノコの名前を忘れないように念仏のように繰り返し唱えながらプリシラの店へ急行した。


薬草辞典でその名前を引いてみると


ステリア茸:猛毒のため取り扱い注意 強い麻痺を引き起こし、呼吸困難で死に至ることもある


ペリア茸:幻覚、催眠作用があり、媚薬としても用いられる 効果の持続は1日程度だが中毒性が高い


と出ていた。


ちょっと!これはヤバイでしょ。

エリオットは毒キノコ入りハーブティーを飲まされていたの!?


飲んでも体が痺れていないってことは、この無記名のキノコはペリア茸の可能性が高い。

辞典に載っている挿絵もペリア茸のほうが形状がよく似ている。

幻覚、催眠、媚薬……早い話が「惚れ薬」?


「会うたびにまた好きになる」「プリシラの淹れてくれるハーブティーが大好き」とエリオットが言っていたことや、料理人のニコラスが言っていた「ハーブティーはいつも、淹れるところから後片付けまでプリシラがひとりでやっていた」というのも、ハーブティーが中毒性の高い惚れ薬で、それをエリオット以外の人が間違って口にすることがないようにってことだったのだとしたら、ぴたりと辻褄が合う。

エリオットと一緒に自分が飲むカップには、ペリア茸が入っていない茶葉を使ったのだろう。

そりゃ、他人には任せられないよね。


プリシラが魔女か否か、仮にそうだとしたらどのタイミングでエリオットにカミングアウトしようと思っていたのか?正直に言うと、その問題はわたしにはどうでもいいことだった。

だってそれは、プリシラ本人とエリオットの問題であって、わたしには関係ないんだもの。

わたしの目的は、早くこの入れ替わりの原因と元に戻す方法を探り当てて、元の世界に戻ること。

そのあと二人がどうなろうが知ったこっちゃない。


そういうスタンスでいたのだけど、エリオットが惚れ薬を、それとは知らずに飲まされ続けていたのだとしたら、さすがに放ってはおけない。


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