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異世界召喚された直後に求婚されました  作者: 時継
第二部

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水晶玉

フィリスが突然訪ねてきたのは昼過ぎのことだった。


フィリスはいつもより饒舌で、しつこく一緒についてきてほしいと言って、明らかに様子がおかしかった。

でも、わたしは昨晩のエリオットとの喧嘩を引きずっていて冷静ではなかったし、レイラも年の近いフィリスと話したほうがいい気晴らしになるだろうと気遣って送り出してくれた。


今朝目を覚ますと、エリオットはすでに出発したあとだった。

わたしの寝室をのぞいたエリオットが、ぐっすり寝ているから起こさなくていいとレイラに言ったらしいけど、起こしてほしかったな。

ちゃんと笑顔で「いってらっしゃい。早く帰ってきてね」と言いたかったのに!


昨晩わたしたちの喧嘩の仲裁に入り、体がパンパンに膨らんでしまったシャールは、朝起きるといくぶんかしぼんでいた。

でもまだまだ吸い込みすぎた魔力を消化するには時間がかかりそうだ。

レイラにシャールのことを頼んで、フィリスと一緒に家を出た。



「ねえ、ほんと?元の世界に戻れる道具があるの?」

フィリスのお屋敷へ向かう道中に尋ねると、フィリスは人差し指を立てて、そのふっくらとして唇にあて

「静かに。人に聞かれては困るわ」

と神妙な面持ちで言った。


家を訪ねてきたフィリスが、わたしにだけ聞こえるように

「異世界に行けるという魔道具を持った怪しい商人がいる」

と告げたのだ。

いまうちの道具小屋の前で待ってもらっているが、明日にはもう別の国へ行くと言っているから今しかチャンスがないのだという。


「今しかチャンスがない」

それは飛び込み営業?キャッチセールス?の常套句よね。胡散臭すぎる。


それでも、魔道具作りをすすめているいま、どんな魔道具なのか、どういう原理で異世界移転が可能なのかってことに興味があったから、話だけでもと思ったのだ。


いざとなったら、どうにかできるから大丈夫よ。

この時点では、わたしもフィリスもそんなことを考えていた。

自分の魔力を、自分の立ち回りの上手さを、何の根拠もなくそれぞれ過信していたのだ。



到着したフィリスの家の道具小屋。

フィリスはまだ独立していないから、フィリスの家とはすなわち、王宮の敷地内にあるフィリスの親である王弟殿下のお屋敷だ。

ここはかなり独立性が高くて、王宮の敷地でありながら直接外へとつながる門があり、そこから商人が直接訪ねてくることもあるらしい。

広さも、わたしたちの家よりも大きく、道具小屋や専用の馬車も備えた馬小屋まである。


その道具小屋の裏へと連れていかれた。

なぜこんなにコソコソしないといけないのか…それ自体がもう怪しい。


そこには帽子を目深にかぶり、上下とも目立たない茶色っぽい服装をした中年の男の人が立っていた。

目を合わせようとせず、うつむいたままボソボソと挨拶をするから、表情がよくわからない。

わたしはフィリスよりも前へ出て商人と向かい合った。

「さっそくその異世界に行けるっていう魔道具を見せてもらえます?」


商人はおもむろに袋の中からバレーボールぐらいの大きさの水晶玉を取り出した。

これは…占い師がよく持ってるやつ?

「え…これ?」

指さしながらフィリスを振り返る。

「これただの水晶玉じゃない!何が『魔道具』よ、もうっ!」


フィリスはうろたえながら一歩後ずさった

「わ、わたくし、魔法には疎くてそのあたりのことは全くわかりませんわ」

「……たしかに、それもそうよね」


商人のおじさんに向き直った。

「おじさん、これはないわー。異世界召喚ナメてない?」

しかし商人は、うろたえも悪びれもせず、ただ淡々と言った。


「ほう、なぜこれでは異世界に行けないと言い切れるのです?正確な位置がわからずとも、行きたい場所、帰りたい場所を思い描いてこの玉にそれを映し、そこへと向かって手を伸ばせばいいのですよ」


この商人のおじさんは魔法陣の心得でもあるんだろうか?

魔法陣で転移するときは、転移先の正確な座標を指定しなくてはならず、それが異世界となると方向も何もかもわからなくて指定のしようがなかったのだ。

それならばたしかに、『いまわたしが行きたいと強く望んでいる場所』という風に、座標以外の表現を使えばいいのかもしれない。

それとも、この人が言っていることはただのハッタリ?


そんなことを考えながらわたしが黙っていると、商人は

「まあとりあえず、この玉を持ってのぞきこんでみてください」

と言って、水晶玉を差し出してきた。


魔法陣のことを考えて油断していた。

いや、そうじゃなくても反射的に受け取っていたかもしれない。

わたしが両手を出し、玉が手に触れる直前、うつむいている商人の口元がニヤァとなったのに気づいて

「これは危険だ!」

と頭の中で警鐘が鳴り響いたが、その警告に手が反応する前に水晶玉がストンとわたしの両手に落ちてきた。


水晶玉から手を離そうとしたけれど、ぴたりとくっつくように張り付いていて離れない。

そしてあろうことか、その玉はわたしの魔力をグイグイと吸い始めたのだった。


「うわっ…!……ああっ!」

どうしても手から離れない。

水晶玉はまぶしい光を放ち、ものすごい勢いで魔力を吸われ、全身の力が抜けていく。


まもなく立っていられなくなるだろうというところまできて、正面でわたしの様子をニヤニヤ笑って見ていたおじさんの顔から笑みが消えた。


「オイ、一体どれだけ…」

おじさんが言いかけたところで水晶玉にひびが入り始めたのだ。

わたしの魔力量に水晶玉が耐えられなくなったのだ。


ひびはどんどん大きくなり水晶玉全体がひびだらけになったところで、ようやく手を動かせるようになった。

わたしは最後の力を振り絞って水晶玉を持ち上げると、驚いた顔で固まっているおじさんに向かってそれを投げつけた。


おじさんはみぞおちの水晶玉ごと後ろに吹っ飛んで、道具小屋の塀にたたきつけられた。

水晶玉はバラバラになりながら地面に落下していく。

それはとてもゆっくり、スローモーションのように見えた。


わたしは咄嗟に、後ろで立ち尽くしているフィリスに覆いかぶさって庇った。

それとほぼ同時に、ドンッ!という大きな爆音とともに白い光が砕け散った水晶玉からまっすぐ空へ向かって放たれ、しばらくすると空からキラキラと光の粒が降り注いだ。


後の調査報告では、この光の粒はローリンエッジ王国全土に降り注ぎ、光の粒をあびた者は病気やケガが軽減し、作物は元気になり、水はきれいになり、魔石が一斉に光りだすという奇跡を起こしたという。


爆風に吹っ飛ばされたわたしとフィリスが無事だったのもまた、この光の粒のおかげだったんだろうか。

フィリスがわたしの名前を呼びながら泣き叫んでいる声をどこか遠くで聞いていた。


エリオットに会いたい。

昨日、喧嘩なんてするんじゃなかった…。

そう思いながら、力をすべて使い切ったわたしは意識を失った――。



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