喧嘩の原因2
製氷機作りのヒントを求めてプリシラの蔵書の本を夢中で読んでいるうちに、帰りがいつもより遅くなってしまった。
本からふと顔を上げたときに、窓の外の景色がすっかり暗くなっているのに気づいて、読み漁った本の片付けもままならないまま、慌てて寝ているシャールを抱きかかえて魔法陣の中央に立つ。
青白い光とふわりとした浮遊感に包まれて、もとの部屋へと到着した。
「ふうっ、ぎりぎりだった。まだレイラは呼びに来てないよね?」
シャールに話しかけたが、シャールはわたしの肩越しに何かを認めてビクっとした後
「知ーらなーいっと」
と言ってわたしの腕から飛び降りてしまった。
嫌な予感がして恐る恐る振り返ると、営業スマイルで戸口に手をかけて立っているエリオットがいた。
「おかえりアリィ」
「――――!」
驚きのあまり言葉が出ない。
なんでこの時間にエリオットが?
いつからそこに立っていた?
どう誤魔化そう?
いや、正直に話す時がきたってことか。
ぐるぐる考えながら視線をさまよわせて立ち尽くしていると、エリオットが足早に近づいてきて……わたしを抱きしめた。
「部屋にいるはずのアリィがいないから、みんな心配して探し回ったんだよ。何もなくてよかった」
ごめんなさい、と言いかけたところへレイラが様子を見に来た。
「――!お嬢様!どこへ行ってらしたんですか!」
ひとしきりレイラのお小言を聞いている間も、エリオットはわたしを抱きしめたまま離してくれない。
「すぐにお夕飯にしますので、食堂へいらしてくださいね」
レイラは言いたいことを言うとスッキリしたらしく、笑顔でそう告げて先に階下へと向かった。
「ごめんなさい、こんな大騒ぎになってると思ってなくて…」
この流れだと許してもらえるかも?と油断したところへ
「後でゆっくり説明してもらうからね」
とエリオットに耳元でささやかれた。
まずい…これは…相当怒っているんじゃないだろうか!?
助けを求めてシャールを見ると、わざとらしいぐらいにあらぬ方向を向いていて、完全に部外者を決め込んでいた。
いつもなら美味しく楽しく食べられるはずの夕食が、砂でも食べているんだろうかと思うぐらい味がしなかった。
気まずくて居心地の悪い夕食を終えると、エリオットは「逃がしはしないよ」といった雰囲気でわたしの肩に腕を回し、そのままエリオットの部屋へと連行される。
「明日は早朝から鉱山へ向かうから、今日は早めに仕事を切り上げて帰って来たんだ」
「そう…だったのね」
「それで?アリィはどこへ行ってたの?」
向かい合って座るエリオットの顔を上目づかいでチラっと覗き見た。
エリオットと目が合って、すぐにまた顔を伏せる。
すると、「嘘は無しね」と、いつもより低い静かな声で釘を刺されてしまった。
エリオットは、わたしが嘘をついてごまかそうとするときに相手の目を見ることができないということを知っているのだ。
「魔法陣で…ルデルリーのプリシラの家に帰ってたの。すぐに戻ってくるつもりだったから誰にも言わずに行ったんだけど、魔法の本を読んでいたら夢中になっちゃって…ごめんなさい」
「あの手編みのマットは魔法陣だったんだね?」
う、見られていたのなら、もう潔く認めるしかない。
コクンと頷いた。
「確かあのマット、ずいぶん前に完成していたはずだけど……頻繁にあっちに行っていたってこと?熱心に編んでいたのはそのためだったなんて、何だかショックだな。
アリィは王宮の敷地の外へ一人で行ってはいけないことを覚えているよね?」
熱心に編んでいたのは、こっちの国に来てからしばらく放っておかれっぱなしで他にすることがなかったからだ。
こっそり頻繁に行くつもりで急いで編み上げたわけじゃない。
エリオットの言葉がいろいろと腑に落ちなくて顔を上げると、エリオットはもう営業スマイルですらなくて、完全に憮然とした顔をしていた。
「黙っていたのは申し訳なかったけど、最初からしょっちゅう向こうに行くつもりで編んでたわけでもないし、実際、そんなに頻繁に何度も行ってないわ。
一人で出かけてはいけないのは、目立つ私が国内を勝手にウロウロするなってことでしょう?たまに里帰りすることすら制限されるの?」
思わず声が大きくなる。
「同じ言い訳を国王陛下の前で出来る?」
わたしの顔をジッと見つめるエリオットの声は冷ややかで、それが悲しくて、また目を伏せた。
そうよ、そこを突かれたら言い逃れできないのがわかっていたから、誰にも言わなかったんだもの。
エリオットがこんなに怒ったり傷ついたりするとも思っていなかった。
軽率だったのはまちがいない、そこは認める。
でも……!
わたしは再び顔を上げてエリオットをまっすぐ見据えた。
「ねえ、わたしの質問にちゃんと答えてよ。わたしは里帰りすら制限されるの?ほんの数時間息抜きするのも許されないの?
後ろめたいことは一切せずに、ずっとこの国のために魔力を注ぎ続けないといけないの?
何のために?誰のために?いつまで待てばあなたの婚約者として認めてもらえるの?」
エリオットは小さなため息をついた。
「アリィ、落ち着いて。そんなこと言ってないだろう?息抜きのためにルデルリーに行きたいなら、黙って行かずにそう言ってくれたらよかったんだよ?」
視界が涙で歪んでいく。
逆ギレだってことは自覚していたけれど、どうにも止められなかった。
「隠し事をするなってこと?エリオットだって、わたしに隠し事だらけじゃない」
あふれる涙が止まらず、エリオットの表情はよくわからなかったが、口が半開きになっているのはわかった。
「アリィ…とにかく、少し落ち着いて」
しばらくの沈黙の後、そう言って伸ばしてきたエリオットの手を「触らないで!」とはねのけたときに、窓がガタガタと音を立て始めた。
「アリィ、ダメだ!」
エリオットが大きな声で叫んだのと、開いたままだった扉から黒い物体が飛んできて「ボフン!」とわたしの視界を遮ったのが同時だった。
あまりの衝撃に座っていたイスごと後ろにひっくり返りそうになるのを何とか耐える。
わたしの顔を覆っているこのモフモフで温かい物体は…
「いい加減にしろ、この家ごと吹っ飛ばす気かよ」
頭の上から聞こえたのは、少年のような声だった。
「ぷはっ」
シャールを顔から引きはがして、やっと息をすることができた。
わたしの魔力は成長期?のようで、使えば使うほどに増え続けている。
サットンと遊んでいるおかげでコントロールも徐々に上手くなり、最近では暴走することなんてなかったから忘れてた。
エリオットが何度も落ち着けって言ってたのはそういうことだったのね……と反省しつつ、膝に乗せているシャールの体に違和感を覚えてよく見ると――!
「どうしたの!ブタになってるじゃないっ!」
シャールの体がいつもの3倍ぐらいに膨れ上がっていたのだった。




