これは夢ではない
「つまりきみは、アリサという名前で、容姿はプリシラにそっくりだけど中身は別人ということだね?双子の姉妹ということかな?
でもおかしいな。僕はたしかにプリシラ本人とデートしていたはずなんだけど。
プリシラをベンチに残して求婚するための花束を取りに行っているあいだに入れ替わったってことなのかい?だとしたら悪い冗談はこれぐらいにしてプリシラを呼んできてくれないか?」
庭のベンチから場所を移して現在はお屋敷の中。
わたしたちはいま、ソファに向かい合って座っている。
ここはどうやらエリオットの自宅らしい。
途中、ガラス窓にうつる自分の姿を見てぎょっとしてしまった。
コレハ誰デスカ??
容姿が、体形が、鈴木ありさのそれではなかったのだ。
亜麻色のロングヘアと、髪と同じ色の少し愁いを帯びた瞳。スリムながらも出るところは出ている女性らしい体つき。
いまのわたしのこの姿は、エリオットの愛するプリシラなのだろう。
もはや気まずい状況でしかないこの場から逃れるべく、何度も頬をつねってみた。
カッコイイ王子様からプロポーズされ、さらには抱きしめられただけでもう十分堪能しました。だからおねがい!夢なら早く覚めて!
しかしその願いが叶うことはなく、ただただ頬の痛みが増すだけだった。
そんなわたしの行動を「奇行」ととらえたセバスチャンが
「少々かわった方だと思っていましたが、ここまでおかしいとは。だからエリオットおぼっちゃまには、あんな女性との結婚は反対ですと何度も申し上げておりましたのに」
とため息交じりにつぶやいていた。
徐々に冷静さを取り戻すエリオットとは正反対に、わたしの混乱は増すばかりだった。
わたしがプリシラの体に乗り移ってしまったということ?
じゃあ、プリシラ本人は一体どこへ行ってしまったの?
わたし、どうすればいいの!?
視界がぐるぐるまわって、だんだん暗くなってゆく。
あぁよかった、やっと夢から覚めるのね。
めまいの不快感よりも安堵のほうが大きくて、わたしは自らすすんでその闇に落ちていく。
その途中、エリオットの胸のあのぬくもりに再び包まれたような気がして、夢の中で2回も王子様に抱きしめられたことを目が覚めてからも覚えていればいいなぁ、などと思っていたわたしは、ずいぶんお気楽だったのだと思い知らされることになる――。
********
目が覚めた。
どれぐらい眠っていたんだろう、まだ視界がぼうっとしている。
不思議な夢を見てしまった、、、王子様にプロポーズされたんだっけ、うふふ。
思い出してニヤニヤしているわたしの視界に飛び込んできたのは…
―――!
金髪碧眼のエリオットだった。
「目覚めて早々笑えるぐらいなら大丈夫だな」
とほっとした様子で素敵な笑顔をふりまいてくれた。
ガバッと飛び起きて周囲を見れば、そこは見知らぬ寝室。見知らぬベッド。
「いえ、おぼっちゃま、お言葉を返すようですが……より一層おかしくなってしまったのでは?」
ああああぁぁぁぁ、なんてこと!戻れてない!
ココハドコ?ワタシハダレ?
ひとりっきりで頭の中を整理したいとお願いしてエリオットとセバスチャンに退室してもらい、ベッドを借りた客間でひとり考える。
元の世界に戻れなかった、、、。
混乱のあまり気を失って、目を覚ましたらまだこの知らない世界にいて、体はプリシラのまま。
元の世界への戻り方がわからない上に、これからどうすればいいのかもわからない。
仮にプリシラとわたしが中身だけ入れ替わったのだとしたら、プリシラは今頃、鈴木ありさの姿で茫然としながらあのベッドの上で膝を抱えていたりするんだろうか?
おっしゃるとおり、わたしはプリシラの双子の妹でーす!どお?びっくりした?じゃあ本物呼んできますねーと適当なことを言ってエリオットのお屋敷を離れ、それっきり逃げ出すことも考えたが得策ではないことにすぐ気づく。
どうやら言葉はすべて自動翻訳されているようで、この世界の方々とのコミュニケーションは問題ないものの、この世界での唯一の知り合いであるエリオットとセバスチャンから逃れて、一体どうやって生きていけばいいの!?
ここはひとつ、何もかも正直に打ち明けて生活の面倒をみてもらいつつ一緒にプリシラ本人を探してもらうほかない!
これが夢であろうがなかろうが、何もせずに待ち続けることなんてしないわ。
入れ替わってしまったプリシラを探し出してお互いが元の体に戻る方法を探そう。
頑張れ、鈴木ありさ!
自分自身にエールをおくって小さくガッツポーズをしたところでドアがノックされた。
「お夕食の支度が整いましたので食堂へご案内いたします」
一礼したメイドさんに「さあどうぞ」と促されるまま部屋を出て廊下を途中まで歩いたが、ふと我に返って立ち止まる。
「待って、夕食って誰と一緒に食べるの?まさかいきなりエリオットの家族全員とテーブルを囲むとかじゃないわよね?」
わたしの前を歩いてたメイドさんが怪訝な顔で振り返る。
「エリオットおぼっちゃまおひとりですが?」
「あ、そう。そうよね、ありがとう」
このメイドさんは事情を知らないのだと気づき、取り繕って笑ってみせた。きっとわたしの顔はいま、さぞやひきつっているにちがいない。
食堂へ到着するとエリオットはすでにテーブルについていて、わたしは向かい側の席へと案内された。
「あの、お食事まで用意してもらっちゃって、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて着席すると、エリオットがくすっと笑った。
「いつもは一人で食べているから、誰かと一緒にテーブルを囲むのは嬉しいよ」
「えっと、ご家族は?」
「僕はいま留学中でね、執事のセバスチャンとメイドのレイラ、料理人のニコラスと一緒にここで暮らしているんだけど、彼らは僕と一緒に食事はとらないから」
なるほど、納得。
おしゃべりの続きは食事をしながらゆっくりと、ということになり、夕食がはじまった。