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プリシラの最期

目を開けると、ベッドの横に立っていた。

自分の手を確認する。

よし、おばあちゃんじゃない!


海神様のくれたヒントを思い返す…。

最初のあの時、わたしとエリオットの一番近くにいたもの。

それは……セバスチャン?

いいえ、ちがうわ。

バラの花束よ!!


わたしに吹っ飛ばされて、プリシラの魂はバラに移ったんだ。

そうとは知らず、わたしたちはそのバラを花瓶に生け、さらには鉢植えにして大事に育てていたのだ。

成長が異様に早かったのも魔女が宿っていたからだったのね。


考えを巡らせながら、ふと違和感に気づく。

――お屋敷の中がいつもと違って妙に静かだ。

セバスチャンとレイラとニコラスがいつものように忙しく仕事をしている時間のはずなのに?

猛烈な胸騒ぎを抱えながら、わたしは部屋を飛び出して、バラの鉢を置いていた食堂へと急いだ。


バタン!と勢いよく食堂の扉を開けて中へ入ろうとした途端、むせかえるほどの強烈なバラの香りに襲われて、慌てて一旦扉を閉めて外へ出た。

あの香りを吸っちゃダメだ。

わたしは大きく深呼吸したあと、めいっぱい息を吸って止め、手で口と鼻をふさぎながら再度食堂へ突入した。


窓辺に置いたバラの花が開いていた。

ベルベットのような深紅の花がまっすぐ上を向き、そこから濃密な毒の香りを噴出し続けている。

そのすぐ近くにセバスチャンが倒れていて、食堂につながる厨房でも倒れているニコラスとレイラの足が見えた。


わたしは急いで出窓に駆け寄り、窓を開け、深紅の花を咲かせる鉢をつかみ、それを燃え盛る暖炉の中へまっすぐ投げ入れた。


バラの花はすぐに炎に包まれ、ちりぢりになっていく。

バリン!と鉢が割れて、中の土と根っこも炎に包まれる。

花と茎と葉の部分が全て炭になる最後の一瞬、炎がゴウッと音を立てて暖炉の外にまで飛び出したものの、その1回のみで炎は元に戻った。


「……プリシラ、さようなら」

ようやく呼吸をした。

先ほどよりは薄まったけれど、まだバラの香りが立ち込めている。


炎に包まれた土が崩れて根っこが燃えてなくなるのを見ているうちに、涙がこぼれた。

その涙が、バラの香りの刺激のせいだったのか、それとも嬉しさなのか、悲しさなのか、安堵なのかは、わたしにもわからなかった。


「うっ」というセバスチャンの小さなうめき声が聞こえて、ハッと我に返る。

泣いてる場合じゃなかった!

涙をぬぐって倒れているセバスチャンに駆け寄ろうとしたところへ、

「どうした!?」

という大きな声が聞こえた。


振り返ると、戸口にエリオットが立ち、驚きで目を見開いてこちらを見ていた。

コートに制服姿っていうことは、卒業式から戻ったところね。

「おかえりなさい、エリオット。悪いけど厨房の開けられる窓、全部開けて換気してもらえない?」


エリオットは頷いて厨房へ走っていった。

ガチャガチャと窓を開ける音が聞こえる。


わたしはセバスチャンの顔をのぞき込んだ。

目がこちらを見つめている。

「意識はあるのね?体が痺れているの?」

セバスチャンは瞬きをした。

イエスって意味かしら。


セバスチャンを膝枕してあげて、その額に手を当てた。

海神様が言う通り、私自身に魔力があるのなら、今こそ見せてもらおうじゃないの。

えーっと、呪文?さあ知らないけど、


痺れよ痺れよ、飛んでいけ~!


セバスチャンは目をぱちくりさせている。

ありゃ、効かなかったか?と焦り始めたところで、セバスチャンがガバっと起き上がり、わたしはびっくりしてひっくり返りそうになった。


「治りました!助けていただいてありがとうございます」

セバスチャンが深々と頭を下げた。

「ところで、あなたはどちら様でしょう?」


「やだセバスチャンたら何言ってるの、わたしよ」

と言ってしまってからようやく気付いた。

そうだった、わたしはもうプリシラの姿ではなかったんだ。

彼女とは似ても似つかない、鈴木ありさに戻ったのよね。


どう説明しようかと思っているところへ、エリオットが厨房からレイラを運んできた。

説明よりも、まずレイラとニコラスを助けないと。

「ここはまだ毒の香りが残っているから、別の部屋へ運ぼう」


わたしとセバスチャンでレイラを、ニコラスはエリオットがひとりで抱えて応接室のソファに寝かせた。

二人に順番に、さっきセバスチャンにしたのと同じ「痺れとり」の魔法をかけていく。


幸いなことに、二人ともすぐ動けるようになった。

よかったよかった。

念のためしばらくの間は、三人にも解毒ハーブティーを飲んでもらおうか。

そろそろ在庫が心許ないから、プリシラの薬棚の材料で調合しないと。

ん?何か忘れているような?


エリオットをはじめ、セバスチャン、ニコラス、レイラの

「この子、一体誰?」

と訝しがる視線にも気づかずに、わたしはそんな考え事をしていた。


―――!

わかった!ネコちゃんのことだ!

プリシラが死んで契約が無効になったら、ネコちゃんはどうなる?30歳はとっくに過ぎてるみたいなことを言ってたよね!?


「ごめんなさい、わたし急用があるので一旦これで失礼します。

あ!寒くっても窓はしばらく閉めないように。

あと、暖炉の火は消さずにあのまま燃やし続けてね。燃え尽きたら灰と燃えカスを全部掻き出して、再利用はせずに保管するように。

また今度ちゃんと説明するから、待っててね」


お屋敷を出ようとして、自分が夏のTシャツ短パン姿だったことを思い出した。

これでは寒い。

「エリオット、そのコート貸して!わたしのコート、プリシラの家に置きっぱなしなの」

呆気にとられているエリオットからコートを奪い取って、お屋敷を出た。


これまで履いていたブーツは少し大きかったけれど、紐をきつく締めれば問題ない。

エリオットのコートは、ぶかぶかだった。

でも、とても暖かかった。



商業区へ向かって走った。

体が軽い。

17歳の体ってスバラシイのね。どこまでも走っていけそうよ!


プリシラの薬屋の扉を乱暴に開けた。

顔認証だからほかの顔では開かないってことが思い込みなのか確認しないと、なんてことはすっかり忘れていた。

ずいぶん後になってそのことを思い出して、そういや鈴木ありさでも普通に開いちゃったなぁ、とようやく気付いたぐらいだ。


冷え切った室内で、ネコちゃんはわたしが置き忘れていったコートにくるまっていた。

目は閉じていて、動く気配がない。

駆け寄ってその小さな体を抱えあげた。

まだ温かい。

「ネコちゃん?死んじゃったの?まだあったかいのは、さっき死んだところなの?わたし、間に合わなかったの?」

ネコちゃんのやわらかい身体を体を強く抱きしめた。


「……苦しい、やめろ」

ネコちゃんの声が聞こえて力を緩めた。

「ネコちゃん!よかった、生きてたのね!」


「…ていうか、あんた誰だよ」

わたしは思わず、ぷっと笑ってしまった。


「誰だかわかってるくせに!ネコちゃん、プリシラは死んだわ。もう契約は切れているんでしょう?

わたしね、まだ元の世界に戻れそうにないの。でも、もうエリオットにお世話になるわけにもいかないの。

だからお願い、ひとりぼっちは寂しいから今度はわたしのそばに居てくれないかな。

わたしは、鈴木ありさ。あなたは?」


ネコちゃんは琥珀色の瞳でしばらくジーッとわたしの顔を見つめていた。

そして、小さくため息をつくと、根負けしたように言った。

「しゃーねえな、わかったよ。オレは、シャールだ」


「よろしくね、シャール」

わたしはシャールの鼻にチュッと口づけをした。



プリシラの最期をシャールに説明した。

シャールはやはり、プリシラがエリオットのお屋敷にいることはわかっていたらしい。

まさかバラに宿っていたとは思っていなかったようだけど。


「プリシラを助けることができなくてごめんね」

と、しんみり謝ると

「オレが何度も止めたのに、プリシラは復讐の執念にとらわれすぎてほかは何も見えてなかった。バラになってもまだ復讐を果たそうとしたんだ。もう本望だろ」

シャールのほうは意外にもあっけらかんとした様子だった。


さて、これからどうしようか。

そんな話もシャールとした。

ことの顛末は、今度こそ隠し事をせずにエリオットに全て説明するとして、自分に魔力があることを自覚したわたしは、「実はわたしも立派な魔女でした」ということも説明しないといけないだろう。


魔女のわたしがローリンエッジ王国の王子様と親交を持ってはいけないだろうから、事後処理が終わったら、わたしはエリオットたちとはもうお別れだ。

就職活動をするか、この薬屋を継いで薬師見習いとしてスタートするか、さてどうしようか、と話しているところへ、カランカランと薬屋への来客を知らせるベルの音が聞こえた。


「誰だろ?」

わたしはシャールをコートの上に戻して、部屋を出た。


「ごめんなさい、薬屋はお休みしてるんですけど」と言いながら仕切りカーテンをめくると、そこに立っていたのはエリオットだった。

ここまで走って来たのか、髪も息も乱れている。


「あぁ、やっぱりここだった。アリィ、きみはアリィなんだろう?それが元の姿なんだね?」


いろんな感情が押し寄せてくる。

どうしていいかわからなくて、いつものように強がって笑ってみせた。


「よくわかったね。プリシラとは似ても似つかないでしょう?

さっきはみんな、アナタダレデスカ?って顔をしていたけど、わかってもらえたのね。説明する手間が省けてよかっ……」


言い終える前にエリオットに抱きしめられていた。


ああ、このぬくもりが愛おしい。

わたしは、この人と笑ってお別れができるんだろうか。



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