海神様の加護
よくおとぎ話にあるような「体力や魔力を使い切ってしまった状況」で起こる体の変化って、若返って子供になるとか、体が小さくなるとかなんだけどね。
魔法が解けておばあちゃんになっちゃった!って、悲惨だわ。
数日のんびり過ごせば普通に歩けるぐらいに回復するだろうと、最初は楽観していたのだけど、どうにも調子が上がらない。
ニコラスはわたしの食べたいものを注文通りに作ってくれるし、レイラは帰国準備で忙しいはずなのにその合間を縫ってわたしの介護もしっかりしてくれている。
「悪い魔法にかかった人」に本当は近寄りたくもないであろうはずのセバスチャンも、焼き芋を差し入れてくれる。
焼き芋で結ばれた友情バンザイだわ。
エリオットは毎日わたしのそばに付き添ってくれている。
学院はあの国際交流イベントを最後にお休みとなり、あとは卒業式を待つのみらしい。
卒業式が終わったらエリオットたちは、このお屋敷を引き払って帰国する予定だ。
「あのね、わたしエリオットが王子様だってよくわかってなくて、今思い返すと数々の無礼を働いた気がするんだけど。……エリアス殿下、申し訳ありませんでした!」
わたしが頭を下げると、そんなことしないでくれとエリオットが憮然としている。
「僕たちはずっと『アリィ』『エリオット』と呼び合う仲だよ。これは絶対に譲らない」
真っすぐにむけられた眼差しに恥ずかしくなって思わず目を伏せた。
たとえおばあちゃんになったって、こんなに綺麗な王子様に見つめられたら恥ずかしいものは恥ずかしい。
「わかった。ありがとうエリオット」
エリオットに目を向けると、嬉しそうにふわりと笑っていた。
おばあちゃんの上目遣い……絵にならなくていたたまれないわ。
わたしの扱いをどうするのか、悩ましいところだろう。
心優しいエリオットは
「アリィも一緒に連れて帰る」と主張しているようだけど、若く美しい恋人を婚約者として連れて帰る予定が、まさか死にかけのおばあちゃんを連れて帰るわけにもいかないでしょう?
「魔女を探しているんだけど、見つからないんだ」
エリオットがつぶやいた。
「え?」
「魔法にかけられたのなら、魔女ならそれを解けるかもしれないだろう?だから、どこかにいないか探しているんだけどね、なかなか見つからないんだよね」
そうね、もしもほかの魔女さんがここへ来てくれて「若返りの魔法をかけて」とお願いすれば、とりあえず倒れる前の状態には戻れるはずなんだけど…。
「魔女弾圧で名高いローリンエッジ王国の王子様が魔女を探しています、って聞いて、のこのこ名乗り出る魔女なんていないでしょ」
「…そうだよね」
エリオットは頭を抱える。
「魔女たちは、僕らのことを憎んでいるんだろうから、難しいことはわかっているんだけど」
「逆に、すすんで名乗り出る魔女がいたら、それはわたしを治すためじゃなくて、エリオットに近づいてあなたのことを殺すのが目的かもしれないわよ」
エリオットはぎょっとした顔をして
「アリィ、きみはなんて物騒なことを」
と言いながら若干青ざめた。
だいたい、そんな恨みを買っている国の王子様なのに、警護がザルすぎないか?
留学中なんて最も狙いやすいじゃないか。
その疑問をエリオットにぶつけてみると
「実はね、ここだけの話、僕ら王族には海神様が残した、とある加護があるんだ」
と、どの本にも書いていなかったことを教えてくれた。
それは国家機密なんじゃないの?しゃべって大丈夫!?
「海神様があの海から離れる前に授けてくれたものでね、どういう内容かまでは教えてあげられないけど、復讐の魔女によって国家を揺るがすような危機的状況に陥りそうになったときに、それを助けてくれるらしい」
「つまり、魔女が復讐しに来るって予言されていて、でもその加護が必ず守ってくれるはずだってこと?」
「守ってもらえるかどうかは、僕が国家にとって今後どういう存在になる運命なのかにかかっているんだと思う。もしも留学中に魔女に会って、その魔女にあっさり殺されることがあれば、僕は国家の歴史に名を遺すような重要人物じゃないってことだろうね。それを試すのも悪くないだろう?」
エリオットは、母国の話をするときには急に大人っぽい表情になる。
もしかするとエリオットは、プリシラが魔女だって気づいていたんだろうか。
ふふっとエリオットが笑った。
「アリィは相変わらず、怖い顔したり、呆れたり、不安そうな顔をしたり、おばあちゃんになってもわかりやすいね」
「もうっ、おばあちゃんって言わないで!」
二人でひとしきり笑ったあと、わたしは疲れてしまって横になって休むことにした。
「明日は卒業式だから朝から出かけるけど、なるべく急いで帰ってくるからね」
「ねぇエリオット、明日あなたが帰ってきたら、大事な話をしましょ」
「うん」
エリオットはわたしの頭をなでて部屋を出て行った。
翌朝、わたしは息苦しさで目が覚めた。
そこへエリオットが扉を開けて顔をのぞかせた。
「アリィ、おはよう。行ってくるよ。待っててね」
わたしの大好きなとびきりの笑顔だった。
わたしは苦しくて声が出せなくて、でもそれを悟られないように、力を振りしぼって手をブンブン振って見せた。
エリオットはそれを見て安心したように手を振り返して出かけて行った。
この体はもう長くはもたないだろう。
せめてエリオットにプリシラの秘密をすべて話すまでは耐えてほしい。
死んだら…わたしは元の世界に戻れるのかな。
はぁっ、息が苦しい。
プリシラが魔女かもしれないって段階でエリオットにだけでも相談すればよかったのかな。
惚れ薬入りのハーブティーのことだってそうだし、あのテラスでエリオットが「隠していることがあるんじゃないか」と踏み込んできてくれたときに、どうして正直に言えなかったんだろう。
わたしが、エリオットのことを信用していなかったからだ。
彼は、わたしが思っていたよりもずっと大人だったのに、それに気づくのが遅すぎたからだ。
エリオット、ごめんね。
プリシラを探してみせる!って偉そうに言ってたのに、もうこれ以上頑張れそうにないや。
プリシラ本人がいまどこにいて、どういう状態なのかはまだわからないけど、海神様の加護があるのなら、あとはエリオット本人が解決してくれるだろう。
エリオット、最期にもう一度会いたいよ。