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魔法陣

そうこうするうちに本格的な冬が到来し、明日はエリオットの通う高等学院の国際交流イベントの開催日となった。


この1か月、エリオットはこのイベントの準備で忙しかったし、わたしは魔法陣の特訓のためにプリシラの家に入り浸っていた。

「手がかりを探している」のだと嘘をついて。


エリオットの帰国が迫ってきているから、1日でも早くプリシラを探しださないといけない。それに、何かに没頭していたほうがエリオットがわたしとの間に作ってしまった壁を痛感せずにいられて都合がよかった。


そしてもうひとつ、なんだか笑っちゃうのだけど、セバスチャンと少し仲良くなった。

わたしとセバスチャンの距離を縮めたのはなんと、焼き芋!

寒さが増してきたある日、厨房に置かれた木箱にサツマイモが山積みにされていることに気づいたわたしは「ニコラス!焼き芋つくろう!」と思わず大きな声をあげてしまった。


寒がりのエリオットがこれでもかと毎日たいている暖炉と厨房に大量に置かれているサツマイモ。

焼き芋にするしかないでしょう!

アルミホイルがないから、かわりに鉄鍋に水でぬらしたサツマイモを並べてフタをし、火を消した直後のまだ熱い暖炉の中に鍋ごと入れてみた。


加減がよくわからなくて、中までしっかり熱が伝わっていなかったり、逆に黒焦げになったり…暖炉の灰をすべて引っ掻き回す勢いでニコラスと試行錯誤しているうちに、それにセバスチャンも興味を持ち始めて手伝ってくれるようになった。


アイデアだけのわたしはともかく、お料理のセンス抜群のニコラスと几帳面な性格できちっと記録をとるセバスチャンという二大巨塔にかかれば、失敗なく美味しい焼き芋が作れるようになるまでさほど時間はかからなかった。


朝、エリオットが学院へ向かうと、待ってましたとばかりに暖炉の火を消して、サツマイモ入りの鉄鍋を暖炉の中へ。

わたしはそのあと厨房の片付けや庭のお手入れを手伝ってから、魔法陣の特訓のために商業区のプリシラの家へ。

午後のおやつの時間ぐらいにお屋敷へ戻ると、遠赤外線効果でとろーり甘い焼き芋が完成していて、それをみんなでおやつとしていただくのが日課となっていた。


この焼き芋をセバスチャンはたいそう気に入って、わたしが留守にしている間に鉄鍋の位置をかえたり、中のサツマイモの上下を入れ替えたりしてくれているらしく、それこそが美味しい焼き芋作りに欠かせないひと手間だった。


セバスチャンと一緒に焼き芋を食べるうちにいろいろと雑談もするようになり、ひたすら胡散臭そうな目で見られていた頃には想像もできなかったほど打ち解けた仲になった(とわたしは思っている)。

ただ、セバスチャンが忌み嫌う「魔法」を使って魔法陣を完成させようとしていることはもちろんナイショで、そこに少し後ろめたさを感じていた。


そして翌日。

エリオットが今日のイベントにどう係わっているのかよく知らないけれど、彼にとっては一大イベントであるらしく、当日は朝からお屋敷も慌ただしかった。

メイドのレイラとセバスチャンもエリオットの支度を手伝うために今日は学院へお供して、そのままイベントを見物してから帰宅するんだとか。


これはチャンス!わたしの帰りが多少遅くなっても、心配して誰かが様子を見に来ることはないってことよね。

というわけで、今日はわたしにとっては「魔法陣を使って過去をのぞいてみよう計画」を実行する日なのだ。


三人を見送り、厨房関係はニコラスに任せてお屋敷の掃除を、ささーっと済ませた。

急いでいるから手抜きでごめんなさい。焼き芋も今日はお休み。

お庭のお手入れも明日に回すとして、今日は食堂の窓辺に置いている例のバラの水やりだけで済ませた。

暖炉の熱気のおかげか、真冬だというのにバラにつぼみがついて日に日に大きくなってきている。


そしてわたしも支度を整えてニコラスに留守を頼み、商業区へと急いだ。



魔法陣には、空間を移動したり時間を移動するための魔法を用いて描かれた紋様のこと。

移動する場所や時間が遠かったり、場所と時間のダブル移動であったり、条件が複雑になるほど成功するためには多くの魔力と経験が必要になるらしい。


熟練者になると、指をパチンと鳴らすだけで瞬時に魔法陣を展開できたり、異空間から物体や魔物、精霊を呼び出すことまでできるようになるんだとか。


この1か月間『魔法陣のすべてー入門編ー』を穴が開くほど読んで、練習を繰り返してきた。

本の手順のとおり最初はごくごく簡単で小さな陣に魔法を注ぎ込むところから、少しずつ複雑な紋様にステップアップしていった。


手っ取り早く習得できないか…だなんて甘いことを最初は考えていたけれど、これは練習あるのみだということに気づいてからは、基本に忠実にひたすら練習した。

手順をきちっと押さえながら描けば魔力のない人間でも魔法陣を使えるのか、プリシラの体を借りているからこそ描いた紋様が青白く光るのかは、正直よくわからない。

とにかく、ありがたいことに、なんとなく出来てしまっているという状況だ。


魔法陣は、レース編みに似ていると思う。

中心から少しずつ、網み目を増やしていって整えて、計算して、数えて……。

もともとレース編みはお母さんの趣味で、わたしがそれを見よう見まねで作り始めたのが小学6年生の時。

最初は簡単で小さなモチーフから始まって、高校生の今ではお手本の図案をパッと一目見ただけでほぼほぼ編めちゃうとか、それに自分のアレンジを加えちゃうとか、自在に編めるようになった。

魔法陣の紋様を描く作業は、レース編みの図案を自分で考えてアレンジする作業によく似いている。


わたしがのぞいてみたいのは、エリオットがプリシラと運命的な出会いをした1年前のあの日。

そこがこの問題の原点なんだと思うから。


まずは1年前の二人の出会いの日から。

正確な日付はセバスチャンとの雑談の中で聞き出した。セバスチャンは手帳に何でも書く律儀で几帳面な人だから、その日の正確な日付もすぐわかった。

セバスチャンをだましたみたいで少し胸が痛むけど、これもプリシラを探し出すために必要なことだし、焼き芋で結ばれた友情は本物だってことは、わかってもらいたい。


寒さが本格的になってからは、プリシラの飼い猫――名前がわからないから「ネコちゃん」と呼んでいる、が外を出歩くことが少なくなり、わたしがつけた暖炉の前で丸まりながらわたしの作業をジーっと見ていることが多くなっていた。

今日もネコちゃんは同じように暖炉の前に陣取ってこっちの様子を見ているけど、今日の魔法陣本番はここでは作業しないのよ。


プリシラの寝室に入る。

過去に移動したときに、いきなりプリシラに鉢合わせするのは、ちょっとこわい。

寝室ならば一番その可能性が低いだろうと見込んでこの場所に魔法陣を作ることにした。


ふぅっと息を吐いて呼吸を整える。

手に持ったチョークに意識を集中させながら、床に自分がその中に立ってすこし余裕があるぐらいの大きさの円を描く。

その円の中に、これまで紙に何度も描いて練習した紋様を描いていく。

基本は本に載っているとおりの紋様で、日付を指定する箇所だけはそれに合わせて変えている。


丁寧に、正確に、紋様を編んでいく。

中の紋様が完成したら、最初に描いた円の外側をさらにぐるっと囲む円を描き、円の描き始めと描き終わりをズレないようにぴったり結んだところで完成。


紋様が青白く光り、上昇気流のような風が舞う。

やった、成功だ!


魔法陣の中心に立つと同時にふわっと浮き上がる感覚がして、青白い光のまぶしさに思わず目をつむった。

目を開けて視界がもとに戻ったときには、さっきと同じプリシラの寝室に立っていた。


あれ?成功?失敗?どっち!?

と思っていたところへ、隣の部屋から声が聞こえてきた。

足音を立てないようにそーっと扉に近づいて耳を澄ませた。


「ありがとう、あなたのおかげよ。どうやって近づこうかと思っていたけど、あの子が今日商業区に向かってきているって知らせてくれたおかげで、うまく事が運んだわ。

あの子ったら、もうすっかりわたしの虜になってる目をしていたわね」


くぐもった笑い声が聞こえる。

「あの子」ってエリオットのことよね?

いまは、エリオットたちが帰った後の状況ってわけね?ちょうどいいタイミングだ。

じゃあ、いましゃべっているのはプリシラだよね。

なんだかずいぶんと、声がしわがれているような気が…?


「なあ、あいつのこと惚れさせて、このあとどうする気だよ」

少年のような声が聞こえた。


「どうするって、復讐するにきまってるじゃないの。やっとアリシアお姉さまの、みんなの、仇を討つ機会が巡ってきたのよ。あんな王家、ぶっ潰してやるわ」


「そのおばあちゃんの姿で?」


「ばかね、もちろん若い娘の姿に化けるわよ。1年ぐらいもつように強く魔法をかけ直そうと思って、一旦もとに戻っただけよ」


プリシラがとんでもなく物騒なことを話している相手は一体誰だろう。

そして、おばあちゃん?若い娘に化けている!?

興味が抑えられずに、わたしは寝室の扉をほんの少し、そーっと開けてのぞいてみた。


そこには、暖炉の前のロッキングチェアに座る白髪の老婆の後姿と、その膝にのるネコちゃんの姿があった。


えー!プリシラって、おばあちゃんだったの!?

驚きのあまりドアノブにかけたままの手が震えて、カチャリと小さな音を立ててしまった。


「誰!?」

老婆のプリシラが振り返って立ち上がろうとしている。


やばい、やばいやばい!

わたしは大急ぎで魔法陣に戻った。

帰ります!急いでー!!


扉が大きく開かれるのと、再び体がふわりと浮いて光に包まれたのが同時で、わたしは間一髪、無事もとの時間に戻ることができた。


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