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学院の図書館2

リサが「これはちょっと違った視点からのローリンエッジの魔女弾圧に関する解釈で、まぁ一応」と言って選んでくれた本を開いてみた。



「魔女」という種族は、もはや絶滅危惧種となっている。

魔女が人間より長寿であることや、人間社会に溶け込んで魔女であることを隠しながら生活している個体も少なからずいるであろうことを鑑みれば、統計に表れる数値よりも実際は多く存在するのではないかという楽観論もあるが、もともとの個体数が少なかった魔女の数がさらに激減したローリンエッジ王国のエリック国王による魔女弾圧は愚策のひと言では済まされない重大な罪である。


魔女の力を内心疎ましく思っていた首長が多かったためなのか、それとも当時世界最強と謳われていたローリンエッジ王国の政策を右へ倣えで真似しただけなのかは定かではないが、ローリンエッジが始めた魔女弾圧は、瞬く間に世界各地に波及し、世界規模の魔女弾圧が始まってしまったのである。

これにより、魔女は歴史の表舞台から姿を消した――。



この本、出だしから興味深くて、すごく引き込まれる。


著者が極秘に生き残りの魔女に取材を敢行して得た情報によれば、アシュトン王太子と若き魔女・アリシアは、どちらかが打算を持ってたぶらかしたとかではなく、純愛だったのだそうだ。

しかし、アシュトンの父親のエリック国王も、アリシアの母親の魔女の首長も、二人の仲を頑として認めようとはしなかった。

それはやがて「王太子をたぶらかして国を乗っ取るつもりか」「うちの大事な娘をたぶらかしたのはそっちのほうだろう」という、いがみ合いに発展し、ついには国王の勅命で魔女たちの暮らす森に火が放たれた。

その直前、魔女の森に火を放つ計画を聞いたアシュトンは、幽閉されていた塔からなんとか脱出して森へと向かい、魔女たちに逃げるようにと伝えた。

そのおかげで、この著者の取材を受けた魔女も助かったのだという。

しかし魔女の首長はこのまま残ると言い、それに従った者たちや、逃げ遅れて火にまかれた仲間も多かった。

さらにその後の弾圧により国を追われ、生き残った仲間たちともちりぢりに別れることになった。


アリシアもアシュトンのおかげで逃げ延び、二人はそのまま駆け落ちのような形でひっそりと、秘かに放たれた追っ手から逃げながら隠れて生活していたが、ついに追い詰められ、追手の兵士により銃で撃たれ崖から海へ転落。

二人の遺体は見つからなかったが、死亡と断定された。


アシュトン王太子と魔女アリシアの悲恋の物語は、ローリンエッジ国内でありのまま語り継がれることはなかった。

国家の乗っ取りをたくらむ「悪い魔女」にまんまと騙された「愚かな王子」、そしてそのたくらみにいち早く気づき国家の危機を救った「偉大な国王」という、ずいぶんと歪曲した形で伝えられ、さらには「魔法支配からの脱却」という大義名分のもと魔女弾圧が正当化されたのだという。


かつてのローリンエッジ王国は、人間と魔女と海の精霊が、ちょうどいい距離感を保ちながら共存する国家だった。

「世界最強の魔法国家」「無敵艦隊」と謳われたその面影は、現在では全くない。

ローリンエッジは魔法を失っただけでなく、海の精霊王の加護まで失ってしまったのだ。

海の精霊王は一連の出来事に呆れ果てて、姿を消したのだという。

しかし、少なくとも表面上は、エリック国王は「人間らしさを取り戻してくれた勇気ある国王」として現在でも称えられているらしい。


ななめ読みで要点を拾いながら一気に読み終えて「ふぅっ」と一息ついた。

児童書に書いてある、いまローリンエッジで語り継がれている「悪い魔女の物語」と、この魔女弾圧に批判的な著作の中で書かれている「王子と魔女の悲恋物語」と、どっちを信じるかと聞かれたら、「悲恋物語」のほうだろう。


イスの背もたれに上半身をあずけて「うーんっ」と伸びをしながら窓の外を見ると、学生たちが校舎から出てきてガヤガヤしはじめたところのようだ。


もうお昼か。

エリオットが迎えにくる頃だ。


図書館の1階に下り、カウンターにいた司書のリサに声をかけた。


「ねえ、リサ。ひとつ質問してもいいかしら?ルデルリー王国は歴史上、魔女弾圧はしていないの?」

「そうですね。魔女弾圧の発端となったローリンエッジ王国と隣接していながら何故と思われるかもしれませんが、この国は大陸の中央に位置していて、いろいろな国や自治領と国境が隣接していますから交流が盛んで『来るもの拒まず、去る者追わず』という風潮なんです。

現在この学院で多くの留学生を受け入れているのも、歴代国王様のそういった方針の現れです。

ですから、特定の集団のみを目の敵にして迫害するというような政策は過去も現在も行われていません」

「なるほど、参考になったわ」


リサにお礼を言い、読み終えた本を返却した。

残りの本は午後に読むからそのまま置いておくようお願いして、今朝にぎった炊き込みご飯おにぎりの入ったカゴを持って図書館の外へ出た。


入口のところで待っていると、こちらへ向かってくるエリオットの姿が小さく見えた。

途中で女子生徒に話しかけられて立ち止まることが数回。

「エリオット様、今日のランチご一緒しませんか?」「ごめん、今日は先約があるからまた今度ね」

そんなやりとりをしているのかしらね。


おそろいの制服を着ている彼女たちだけれど、艶やかな髪や優雅な振る舞い、どういう表情をすれば自分が一番素敵に見えるかわかっているかのような完璧な笑顔、どれをとっても到底かないそうにない。

でも、エリオットとプリシラに恥をかかせてはいけないわ!と、胸を張り、顔をあげて口角も上げる。

きっとこれで「大人の余裕を見せるプリシラ」になっているはずよ。


もしもこれが自分自身、鈴木ありさの姿だったら、死にたくなってたかもね。

そんなことを考えつつ、葉っぱに包まれたおにぎりを頬張るエリオットとプリシラの姿を想像して猛烈な不安に襲われる。

エリオット様が葉っぱに包まれた見慣れない妙なものを食べさせられているわ、だの、まあ手づかみだなんて野蛮ね、だのと言われたりしないだろうか。


どうしよう!?

色気より食い気を優先したのは大失敗だったわ!

ランチはやっぱり別々に食べようと提案してもエリオットがうんと言うはずがない。

いい作戦を思いつく前にエリオットが目の前に到着してしまった。


「お待たせ」

「あ、あのねっ、なるべく人がいない場所で、二人っきりでお昼食べない?わたし、おにぎり作ってきたの」

エリオットは面食らった顔で一瞬固まったあと、今度はとても嬉しそうに笑って

「じゃあ図書館の裏にあるベンチで食べようか」

と、わたしの手を引いて案内してくれた。

さりげなくカゴも持ってくれるあたり、女子のエスコートもばっちりな人だわ。


鳥のさえずりが聞こえる木陰のベンチに並んで座る。

季節は冬へと向かっているところだけど、今日はいい天気だから外でもぽかぽかだ。


まずエリオットにおしぼりを渡し、次におにぎりをカゴからおずおずと取り出して見せた。

「あのね、わたしにとっては、葉っぱで包んだおにぎりはテンション上がりまくるソウルフードなんだけど、なんかワイルドすぎるっていうか、この学院の雰囲気に合わないっていうか…どうする?」


エリオットは

「テンション上がりまくるワイルドなソウルフード?言ってることがよくわからないけど、食べるに決まってる」と笑って、わたしの手からひょいとおにぎりを受け取った。

「これがおにぎり?これ葉っぱごと食べるの?」

「いやいや、ちがうから!葉っぱをめくって、中だけ食べてね」


葉っぱをめくって上半分だけ出現した三角おにぎりをパクっと頬張ってみせた。

シメジと鶏の炊き込みご飯に葉っぱの香りがついて、美味しさが増している。

エリオットもわたしのお手本を見て、同じようにおにぎりを頬張った。


「うん、美味しいね。コメって、こうやって食べるものなの?」

エリオットはすでに2つ目のおにぎりを食べ始め、さらに3つ目にもてを伸ばそうとしている。

気に入ってもらえたようでよかったわ。


「もっともっと、いろーんな食べ方があるのよ。おにぎりは持ち運ぶのに便利だし、パンよりもお腹にたまるから、外で活動するときに最適なの。ニコラスと研究中だから、エリオットもまた食べてね」


「アリィは、ニコラスとすっかり仲良しだね」

「うん、だってね、この先プリシラとわたしが無事に元に戻れたとしても、わたしが元の世界に帰れなくてここに居続けないといけなくなったらと思うとね。ニコラスが頼みの綱なの」


「もしもアリィの家に戻れなかったら、このまま僕と一緒にローリンエッジに来ればいいじゃないか」

「ま、まぁそれも考えてなくもないけどね。とりあえず今のわたしにはニコラスがいればオッケーよ」


プリシラとわたしがそれぞれ元に戻ったとして、プリシラとエリオットがベタベタイチャイチャするのをそばで見続けろと言うのか、この人は。

冗談じゃない。

それに今日、魔女弾圧の真相を知って、ローリンエッジにはあまり行きたくないと思った。

エリオットには申し訳ないけど、ローリンエッジ王国の印象は、ダダ下がり中だ。


この国にとどまってエリオットたちとお別れすることになったら、そこからは一人で生活していかないといけない。

お料理の腕と知識さえあれば、留学生の料理人として住み込みで雇ってもらえないだろうか、そのためには、この世界の食材のことや調理器具の使い方とか味付けとか、ニコラスに教えてもらいたいことがたくさんあるのよ。


ていうか、プリシラはまたこの人に媚薬入りハーブティーを飲ませるんだろうか。

ローリンエッジの魔女弾圧と、ローリンエッジの要人?のエリオット、魔女疑惑のプリシラ、媚薬……プリシラの思惑は一体なに?

エリオットに伝えるべきなんだろうか?


思わず黙っておにぎりを食べながら考え事をしてしまったわたしの隣で、エリオットもなんだか難しい表情になっていた。

いい雰囲気でスタートしたランチが妙な感じになり、わたしたちはぎこちない雰囲気のまま図書館と教室へと別れた。


図書館の閲覧室に戻り、午後は異世界召喚のことや稲作につ関する本を読んだ。


わたしのような異世界召喚の例がほかにもあるんだとしたら、そういう現象について書かれた本があるんじゃないかと思ってダメ元でリサにリクエストしてみたところ、1冊だけ探し当ててくれていた。


オカルト系のゴシップ本に収録されている「異界人」の一節。


何の前触れもなくある日突然、まるで異世界からやって来たかのように現れる人たちがいる。

彼らは自分の意思とは関係なく、突然知らない世界へ来てしまったと主張するらしい。

彼らは「異界人」と呼ばれ、新しい技術や文化をもたらす「福の神」として崇められる地域もあれば、邪悪な存在として即座に捕らえられ処刑されてしまう地域もあるという。


ああ、召喚先がおおらかなルデルリー王国でよかった!

これがもしローリンエッジだったとしたら、異界人=魔女だ!ってなって、今頃火あぶりになっていたはずだし、ほかの国でもどうなっていたことか。こわいこわい。


異界人は都市伝説みたいな扱いだけど、実際にこういうことがあったからこそ、その存在が噂されているんだとも考えられる。

もしもほかにもいるんだとしたら、会ってみたい。


そして次に、稲作に関する記述がある本を読んだ。


イネは、シャルダント共和国のごく限られた地域のみで育てられている作物。

春に土を耕し、そこに水を張って苗を植え付ける水耕という農法で、秋に収穫する。

寒暖の差が大きい地域のほうがおいしく育つとされており、シャルダント共和国の気候がそれに適しているとされている。

近年、交易により周辺諸国へもコメが出回るようになってきているものの、いまだに「知る人ぞ知る幻の作物」と言われている。

流通量が増えない原因は、稲作集団が苗を門外不出としており、ほかの地域で稲作が広がらないためだ。

稲作の起源に関しては諸説あるが、稲作集団の発生自体にも不明な点が多く、謎多き作物とされている。


なるほど、とつぶやいて本を閉じた。


稲作をしているナゾの集団。

発想が飛躍的すぎるかもしれないけれど、もしかしたら、わたしと同じ「異界人」なんじゃないだろうか?

いつか会いに行ってみたい。


元の世界に戻れないまま行くあてもなかったら、ここを訪ねよう。

そこで一緒に稲作をやらせてもらって、お米をおなかいっぱい食べられる生活を送るのも悪くないわ。


いろいろとこの世界の概要がわかったところで、あとはプリシラを探し出してこの体を返さないとね。

どうやって返すのかわからないけど、それよりもまずプリシラを探すことが先決だ。

魔法陣の勉強を本格的に始めないとエリオットの帰国に間に合わなくなる。


リサに本をすべて返却してお礼を言い、午後の授業が終わるまで頭の中をクールダウンしながらお料理の本をパラパラとながめていたところへ、エリオットが迎えに来た。

再度リサにお礼を言って図書館をあとにした。


帰りの馬車の中で、今日わたしが図書館で読んだ本の話になった。

「目的の本はあった?」

「今日は連れてきてくれてありがとう。とっても参考になったわ」

「どんな本を読んだの?」

「世界地図と歴史とオカルトと農業とお料理の本」


エリオットはぷっとふき出して

「勉強熱心だね」と笑った。

つられてわたしも「まあね」と笑ったけれど、会話はそこで途切れてしまった。


エリオットが考え事をしている風なのは、わたしと関係ないところで学院内のめんどうな案件でもあるのか、それともお昼にぎくしゃくしてしまった雰囲気を引きずっているままなのか?


一緒にローリンエッジに来ればいいと言ってくれたエリオットのお誘いを無碍に断ったことを怒っているのかな。

エリオットから、ローリンエッジには海があるって前から聞いていたから、じゃあローリンエッジ王国に行けば美味しい魚介類が食べられるのね!って思っていたけれど、今日魔女弾圧の歴史をかいつまんで知ってしまってからはもう、そんな気は失せたちゃったのよ。


エリオットは魔女のことをどう思っているんだろう?

真相をどこまで知っているんだろう?



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