めちゃくちゃお腹が痛かった日の話
司会…うぃーぴー
解説…ぽうぽう
――――――――――――――――――――――――――――――――
その日は朝から――お腹が痛かった。
「さて始まりました。第87回便便グランプリ。司会を努めますうぃーぴーと」
「解説役のぽうぽうです」
「本日は九月の第二火曜日。湿り気のある風が吹いているこんな日は便便グランプリの開催日和と言えるでしょう。舞台は毎度おなじみの会社のオフィス、そして便便グランプリのサンドバッグの登場です」
二十歳ぐらいの若者、青井は扉を開けて「おはようございます」と言った。白い作業服を着ていつものデスクに座る男は、ちらりと壁時計を見上げた。
壁時計は9時35分。
「定時からは35分も過ぎていますね。これは、遅刻でしょうか?」
「遅刻ですね。会社の規定で30分以上の遅刻は半日分の減給ペナルティが生じますから、出社したはいいものの早々に気力がなくなっているのが顔にでています」
「便便グランプリにはさして関係がありませんので今回は割愛します」
立ち上げたパソコンでメールを確認しながら青井はオフィスデスクの引き出しを開けた。中には透明なクリアファイルと使い古したマウスパッド、それから包装紙につつまれたお菓子。青井はぷっちょ4種味と書かれた袋を剥いて、そのうちのひとつをカシャクシャと音を鳴らしながら包装紙を引き破いた。
ぷっちょがひとつ、口に入った。
「始まりました、便便グランプリ! この瞬間から定時までにサンドバッグ役の青井が仕事中に何回トイレに行ったかを計測します。アベレージが歴代便便グランプリと比較され、最多アベレージ回は年間表彰を受け取ります。今回の攻め役はぷっちょ。UHA味覚糖よりぷっちょ選手となります」
「ぷっちょは何度も登場しているお馴染みの選手ですね。今回は一味も二味も違うぷっちょですよ」
「と、いいますと?」
「最多登場しているぷっちょはハイチュウグレープ味と覇権を争っている言わずと知れたぷっちょソーダ味です。今回のぷっちょはソーダ味選手ではなく、新商品となる4種味入りのぷっちょです。ソーダ・コーラ・グレープ・アップル」
「味が変わるからこそ、ついつい手を伸ばしがちですね」
「攻め役の狙いは、数の暴力でお腹を壊しやすいグミの形態でフィールドのお腹をかき乱すことでしょう。こういうところはぷっちょボールの良いところを継承した次世代ハイブリッドな選手といえます」
「なるほど。期待のホープ、と。あ、早速一回目のトイレタイムです。早いですね。まだ仕事が始まって30分ですよ。グミひとつでここまですぐにお腹を壊すでしょうか?」
「ふーむ……。おお!これはすごい。フィールド効果をみてください」
「フィールド効果はサンドバッグ青井に対して発動している環境効果のことです。えーと、『遅刻によるプレッシャー』『無言の圧力』、これはいつもの。あ、これは珍しい!『2019年台風15号による気候変動』。ハイレアリティなフィールド効果ですね」
「関東を豪雨と暴風で襲った台風15号による気候変動はすさまじいものがありましたからね。電車が運電見合わせするほどの暴風雨。翌日の今日はカラっと晴れたお天気日。しかし湿気が肌にまとわりつく」
「体調を整えるのも一苦労ですね」
男がトイレから帰ってきた。
結局、男が一時間でトイレに行った回数は一回。
ぷっちょ4種味のスコアは 1回/h。
「順調な滑り出しですね」
「そうですね。最初の一時間で一回目を稼げるのと稼げないとではそのあとのスコアが大きく変わってきますからね」
包装紙は次々と開く。
仕事に糖分が必要だとはよく言われる話で、頭の回転にはチョコレートが推進されているが、本人がいいならグミでもなんでもいいのだ。とかく、青井はお菓子をつまんでは口に入れた。
「なかなか動きがありませんね」
「仕事が始まって二時間経ちました。部屋の冷房を節電で切っていることが幸いして、あまり中冷えは起きていないようですね。しかし、この暑さではそれも時間の問題でしょう」
「青井の上司にあたる二人の部屋の主が隠れてエアコンの操作をするのは常ですね。これがあることでスコアが伸びることを考えると、やはり夏場はスコアが高まる傾向にあると観るべきでしょうか」
「そう考えていいと思います」
「おっと、そんなことを話していると、早速エアコンがつきましたね」
「部屋の去り際、ラップトップを片手に持ち替えての早業」
「もう一人の主が気づいてエアコンを消しましたね」
「間隙を突くようなエアコンの風は、体に悪そうですね」
「はやくも青井が身をよじっています。これは二回目の合図でしょう」
「耐えられる可能性は?」
「ないでしょうねえ」
青井が退室した。二回目のトイレだろう。
2時間で2回のトイレ。アベレージは変わらず 1回/h。
「どうして主の片方は部屋を出るときにエアコンをつけておくのでしょうか?」
「これは推測ですが、本人はエアコンの風が苦手なんじゃないでしょうか。しかし暑い。夏ですから。ですから、同じ部屋にいる青井たちのために、せめて自分がいない間だけでもエアコンを点けてあげようというやさしさかもしれません」
「では、もう片方の主がエアコンを消すのは?」
「なんでしょうねえ……。エアコンが嫌いなのかもしれませんね(笑)」
「青井が部屋に帰ってきましたね。昼食時間まで残り30分ですが、イベントがおこる気配はなさそうですね」
「そうですね。勝負は午後となるでしょう」
「インターバルです」
「1時間の昼食時間が終わりましたね。休憩中のトイレは回数に含まれません。もっとも、こんかいはトイレに行きませんでしたが」
「これで2時間30分。30分の遅刻がありますから、ここまで3時間が経過しました。定時の業務終了まで残り5時間となります」
「現在のぷっちょ4種味選手のスコアは0.8回/h。好成績といえるのじゃないでしょうか」
「そうですね。アベレージ1近辺をキープして午後に移れたのは行幸だったでしょう」
「青井の午後の業務がはじまりましたが、ここからの見どころは、ぽうぽうさん、いったいどこにあるんでしょうか?」
「ひとつめに、ぷっちょの弾が残り少ない点ですね。味ひとつにつき3、4つのぷっちょ。消費が激しい残弾をどうカバーするのかは気になるところです。それから大きなイベント、定例会議です」
「定例会議ですか。昨日の台風で有給をとったせいで、青井の分担作業は終わっていないようです」
「それからフィールド効果の『2019年台風15号による気候変動』がどれだけ影響を及ぼすか、ハイレアリティな一方、未知数な点を多く抱えています」
1時間経過。
「特に何も起きませんでしたね」
「まあ、そうトイレばっか行ってたら仕事になりませんからね。青井も歯を食いしばって会議のための資料づくりにいそしんでいました」
「ぽうぽうさん、それは誰のための弁解なんですか」
「それでうぃーぴーさん、今のスコアはどうなっていますか」
4時間で2回。 0.5回/h。
「平凡に落ち着いてきた感じがありますね」
「そうですね。ただしこれは、嵐の前の静けさとも言えます。資料作りのために机にかじりついていた青井を覚えていますか?」
「たった今まで観ていましたからね」
「青井はオフィスデスクに抱えていたぷっちょをひとつ残してすべて平らげてしまいました。これでお腹に悪影響がないとは考えにくいです」
「10個以上のぷっちょを食べてお腹はゆるゆるでしょう」
「さらに従来のあがり症も加わって、会議前は見ものですね」
青井が立ち上がった。
「お」
「あ」
隣の席に座る同僚に二、三の言伝をして、青井はエアコンの点いていない部屋を出た。
「爆弾がつきましたね」
「導火線がどれだけ短いか、あるいは長いか。ですが……会議まで残り十数分ですか。これだと1回稼ぐのが限界でしょう」
「タイミングが悪いですね。会議の最中は出られないですから。ぷっちょ選手の猛攻は会議で阻まれてしまうのでしょうか」
トイレから戻ってきた青井がパソコンを持った。
スコアは5時間で3回。 0.6回/h。
せかす同僚に尻を叩かれながら会議室まで階段を二段飛ばし。
「地味にトイレ行きたくなるやつですね」
「こういう積み重ねがテクニックですね」
扉を開けて会議室へ踏み込む。
そこには――
「これは……」
「意外な展開ですね」
青井たちプロジェクトメンバーは入口で立ちすくみ、会議室を見まわし、どこか安堵したように互いの顔をみやった。
――会議室には誰もいなかった。
「誰もいない。定例会議なのに。これは一体どういうことでしょうか」
「フィールド効果『2019年台風15号』ですね。大きな被害を受けた千葉県あたりから来られない上司が多く、有給を消化した人が多かったのでしょう。その結果、呼んでいた責任者たちがこぞって登場しなかった、という現状です」
「年俸制の上役が来ないのは当然にして、責任者クラスも同時にというのは不運でしたね」
「青井たちプロジェクトメンバーにとってはそうでしょう。用意してきた資料が次の会議まで置かざるをえないわけですから。チャットで進捗の報告をしようにもじゃあ会議室を予約しておけと言われるわけですからね。だったら台風でも来いや」
「ぽうぽうさん」
「ただ今の乱れた言葉遣い、失礼しました」
「皆々様におかれましても、仕事より身の危険を優先して頂きたいですね。さて、これで会議はおしゃかとなりました」
「緊張の糸が切れた、ということですね」
「つまり?」
青井がパソコンを同僚に預けて、会議室を飛び出した。
「4回目です。この1回で済むでしょうか?」
「済まないでしょうねえ。ぷっちょ選手の猛攻、重圧からの解放、張り詰めていた気を緩めるには十分ですから」
青井は会議が予約されていた1時間で、なんと3回もトイレに駆け込んだ。
「6時間で6回。アベレージは1ですか。これは異例のスコアですね」
「そうですね。二十代が1時間に1回トイレ行くという事態に、周りが気遣い始めていますね」
「普段から腹痛持ちであることは共有してあるとはいえ、病気かサポタージュを疑っている目です。これは青井に更なるプレッシャーを与える好条件ですね」
「対する青井ですが、また部屋を出ましたね。……おや、ですがトイレとは逆方向に歩いていきます。エレベーターを降りて」
「会社を出ていきましたね。これはコンビニでアレを買う気でしょう」
会社を出た青井は手近なコンビニに入った。
コンビニの扉をくぐると強いエアコンの風に出迎えられて青井の顔が苦痛にゆがんだ。
入口傍のエナジードリンクの横を通り、常備薬の棚を――素通りする。
人の立つレジ側を避けながらコンビニの中をぐるりと回って、奥の冷蔵品から一本のドリンクを手に取った。会計を終えて外に出ると太陽が肌に汗をにじませた。
「買いましたね」
「買いましたね。ヤクルト」
ヤクルトにはビフィズス菌が含まれており、ビフィズス菌には腸内環境を整える役目があります。
「青井にはそんな知識ないのですが、プラシーボ効果よろしくヤクルト飲めば腹痛が治ると思い込んでいる節がありますね」
「これまでも何度もピンチにはヤクルトを飲んできましたからね。事実、グミで腹痛になるということそのものがプラシーボみたいなものですし」
「それを言ってしまうのはぽうぽうさん……」
青井はヤクルトのベットボトルを空にして、コンビニ前のゴミ箱に投げた。
少しだけ気持ちが上向きになったのか、手でひさしを作って太陽を見上げた。
「実際、日光というのは体調管理にいいですからね。窓のない部屋で延々とデスクに向かって作業している青井にとって、束の間仕事を抜け出しての日光浴はさぞ気持ちいいことでしょう」
「台風後の快晴とコンビニのエアコンで体力が削られた後にはいいですね」
「もともと体が弱いことに加え、腹痛で気力も持っていかれていますからね。倒れて病院に運ばれればぶっちょ4種味選手は青井の意向によって便便グランプリからの追放も考えられますから。ぷっちょ選手も引き際を見極めながらの技術の高い闘いが要求されていることでしょう」
会社に戻ってエレベーターに乗り込んだ青井。
閉じかけたエレベーターの扉に、マンチカンの鳴いた声と擬人化された手が挟みこまれた。
乗せてーと、あ、おつかれー!
「これは営業の藤和さんだー! ヤクルトという防衛役が現れたことによって冷え切った会場が一気に盛り上がっています」
「同期の藤和さん。便便グランプリに数々の嵐を呼び込んだ傾国ならぬ傾腹の女です」
「おっぱい聖人の藤和さんと言えば覚えがあるでしょう。便便グランプリ視聴者からすれば春頃にストッパをくれたことで有名ですね」
「あの回は攻め役の冷えナス選手の不運でしたね。切り抜きが面白くてスマホに入ってますよ」
営業から帰った藤和さんはタオルで首筋をぬぐいながら、あはは、と小さく笑った。
こう熱いと、参っちゃうよね。ただでさえうちの会社、台風で休みにならないのに。
僕は昨日、有給取っちゃいましたよ。
ずるいなー。わたしも休もうか迷ったんだけどねー。営業なんて来てもしょうがないし。
逆に仕事ないから来るみたいな。
そうそう、あはは。仕事ないから得したー。みたいなね。
突如、上昇するエレベーターのなかで、ゴロゴロニャー、と鳴いた。
「これは、猫ですか? 藤和氏の美しい黒髪とふんわりした容貌と、太陽をみるとおてんきだーとつぶやく様はたしかに猫のようですが、流石に猫のように鳴くことはないでしょう」
「いえ、便便グランプリは青井の主観によって成り立っています。これは猫ではなく、猫の鳴き声だと自分で自分を騙そうとしているだけですね」
「ではこのニャーは一体……?」
「前半のゴロゴロに注目しましょう。このゴロゴロは何が鳴ったのか。我々には聞きなれたあの音――お腹の音でしょう」
ニャーニャーニャー
「おーっと! エレーベーターに気まずい空気が流れている!」
「藤和氏もフォローをするのか無視をするのか、頬を掻きながら悩みあぐねていますね。こんな難問に付き合わせてしまって、青井に代わってお詫び申し上げます」
「何度もお腹が鳴いていますね。ぽうぽうさん、これは一体どういうことでしょうか?」
「おそらく藤和氏の乱入によって、一度ほぐしたはずの緊張が胃腸を絞ってしまったのでしょう」
「ランダムエンカウトがぷっちょ4種味選手に優位にはたらく形になりましたね」
エレベーターが営業フロアに到着する。
藤和さんがお大事にと一言添えてエレベーターを降りた。
上昇するエレベーターのなか、一人になった僕は壁に手を当ててうなだれた。けど本当は叫びだしたかった。藤和さんにお腹の音を聞かれた。恥ずかしい。
「フィールド効果『おっぱい聖人藤和』が新たに追加されましたね」
「業務時間も残すところ2時間。再登場はないでしょうが、この羞恥を引きずるのは想像に難くありません。防衛に入ったヤクルト選手は引き摺り落とされましたね」
「現れるたびに場を乱す藤和選手。スポンサーからは濃い続投メールが多数運営に寄せられているのも事実ですが、誰にも制御できないからこそ高い好感度を獲得しているのかもしれません」
「防衛役のヤクルト選手の降板がひっそりと決定されました」
エレベーターからトイレに向かい、その後作業場に戻った青井が項垂れながら仕事に戻る。
現在時刻は午後4時。定時まで残り2時間。
ぷっちょ4種味のスコアは 1.16回/h
青井は気の入らない顔でパソコンに向かい、意味のあるのかないのか不明な文章をカタカタと打ち込んでいた。時折見せる歯ぎしりは苦悶のあらわれか、お腹のあたりを優しく手で触るのは彼が立つ上がる前触れなのか。
もどかしい時間が続いた。
「残り10分で7時間です。藤和氏と会った後は以外にもトイレに行ったのは一度きり。スコアが再び1に戻ることになります。解説のぽうぽうさん、ここでこれまでの便便グランプリ上位者の特典を振り返ってみましょう」
「3位はハイチュウグレープ味選手による胃袋シュワシュワ飽和攻撃、スコアは…えーっと」
「0.98回/hですね。そしてつづく2位が研修選手による地獄の土曜日パワハラ研修です」
「あの回は面倒くさいという気持ちのナイーブさダウナーから来る胃痛とサポタージュの理由としての便意をうまく扱いました。腹痛によって席を立ち、上司に目をつけられて気落ちして後半に連れて成績を伸ばしたときは、わたしも思わず立ち上がりましたよ」
「青井みたいにですか?(笑)」
「青井みたいにです(笑)」
「記録は1.13回/hでしたね。そして最後に」
「ぷっちょソーダ味選手による圧巻の1.25回/h。半日に10回トイレに行った男、青井。早退したにも関わらずトップスコアに座るのはまさに王と呼ぶに相応しいでしょう」
「病院に行けない労働環境にメスが入った後日譚も見物でした。さて、こんかいのぷっちょ4種味選手はこれらに名を連ねることができるのでしょうか」
「スコア的には3位を狙えるでしょうね。もう一度、青井がトイレに行けばスコアは1回/hとなるため、0.98のハイチュウグレープ味選手を抜くことができます」
「さあ、あと一度。一度でいいんだ、トイレに行っといれ青井!」
「うぃーピーさんの定番の台詞がでましたね。こぶしの効いたこれを聞きたくて解説役を請け負っていると言っても過言―」
青井が、立ち上がった。
「――こ、これは」
「さあさあ、果たして本日8回目の便意が来たのか!?催すのか青井!?」
扉を開けて、向かったのは、トイレだった。
「ランキング更新です!」
「実に5ヶ月ぶりですね」
「ぷっちょ4種味選手が3位に食い込んだことにより、ランキング上位からハイチュウ系列がなくなってしまいました。これは今後、コンビニでの取り扱いが減るかもしれない重要な歴史のターニングポイントになるかもしれませんよ」
「わたしみたいな懐古厨にしてみればハイチュウの素直な噛みごたえは時折感じたくなるノスタルジーのようなものですから大変残念な結果ですね。いやしかし、3位に食い込んだぷっちょ4種味選手はお見事でした」
「試合開始7時間時点で、ぷっちょ4種味選手のスコアが1回/hを超過したことは確定しました。午前中、遅刻で30分の試合時間のロスが発生していたにもかかわらず、このスコア。遅刻がなければ、もっとスコアが伸びていた可能性はありますね」
「それこそ、2位や1位を狙えた可能性もありますね。そういえば、青井の今日の遅刻は何が理由だったのでしょうか? 電車遅延ですか」
「いえ、今日の青井の遅刻の理由は――いま、優秀なADが調べていますから少々お待ちくださいませ。あ、青井が戻ってきましたね。どこかスッキリした顔を……?」
「……青井?」
青井がトイレから戻ってきたとき、
部屋の主は二人ともが不在だった。
変わりに第二第三の部屋の主が主張を始めたのだろう。
エアコンが点いていた。
強風 22.5度。
「ゆがんだ! 青井の表情がゆがみました!」
「眉間がきゅっと閉まっていますね。この表情を観たのは映画館の来場者特典がひとり前のお客で終わったとき以来ですね」
「番外編の楽園追放は笑いましたね。そ、そんなことより! エアコンが点いています」
「キンキンともいえる冷たさ、しかも故意か偶然か青井に直風が向かう形です。これは悪魔の一押しでしょう」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
「猫か?!」
「猫でしょうか? いえ、猫ではないですね」
稲光が作業場を明るくした後、再び音がなった。
ゴロゴロゴロゴロ、ゴーン。
「にわか雨です! 突然の雷雨です! 青井の仕事場近辺で大雨が降り始めました! すでに社屋の庭に大粒の雨が溜まり始めています。こうなると室外機や換気扇を通じて更に冷気が舞い込むでしょう」
「晩夏の午後5時は太陽も落ちていますからね。下がり続ける青井の体温が定時までにどれだけ影響を及ぼすか。あと1時間早い雨だったら、と悔しさすら感じますね」
「ぷっちょ4種味選手に応援のメールが届いています。ぷっちょボール様よりお前が俺たちの希望だ、カレーは飲み物連盟スパイス部門様よりいつでも応援に駆けつけます、ぷっちょグミおもちゃ付き様より天気の子を語るスレはここで……おい、これ違うメール混じってるぞ!」
「がんばれぷっちょ4種味! もう1回で2位に同位入賞だ!」
「青井は歯を食いしばって耐えています。頼む、猫! もっと鳴いてくれ!」
それは掠れた小さな鳴き声だったが、たしかに産声をあげた。
ニャー
「鳴いた! 鳴きました!」
「鳴きましたね! もうトイレに立つのは時間の問題、立ちました!」
「青井がいま、立ち上がり、トイレに向かいました! 9回目です! 同率2位です!」
「それにしても、どうしてこのタイミングで猫が鳴いたのでしょうか」
「なんででしょうねえ――あ、ADより新情報です。これは、なんと!」
「どうしました?」
「隠されていたフィールド効果が明らかになりました。『4時間睡眠』『深夜2時にコップ一杯の冷えた牛乳』だそうです。どうやら青井選手、前日の深夜に目が覚めて牛乳を飲んだ後、眼が冴えて一睡もできなかったそうです。明け方にようやく目を閉じて眠った結果、遅刻と相成ったと情報が入ってきました!」
「それは強いですね。睡眠不足は体調不良の大きな原因となりますし、冷えた牛乳は気持ち次第で下痢にも便秘にもなるマジックアイテムです。しかも深夜2時とい、朝起きたタイミングでの便意に現れない絶妙なタイムスケジュール」
「ぷっちょ4種味選手はここまで読んでいたのでしょうか?」
「そうでしょう。ここまでくれば、おっぱい聖人藤和氏すらこの爆発のつなぎに使っていたということです。いや恐ろしい」
青井がトイレから戻ってきた。
同僚からの気遣うような一言を聞き終わる前に、手刀を切ってまたもや部屋から出た。
「フィーバータイムです! ここまできたらもうとまりませーん!」
「二ケタの大台に乗りましたね。これは歴史が変わりますよ」
「現在のスコアは――いえ、最後まで青井の雄姿を見届けてからにしましょう」
そうして、定時のチャイムが鳴り響いた。
汗だくの青井。彼の手はしわがれて老躯を思わせる。手を洗い過ぎたせいだ。
「……終わりましたね、ぽうぽうさん」
「そうですね。長い戦いでした、うぃーぴーさん。歴代に名を馳せる、用意周到なデバフと緻密な計画。妨害対策にも見栄えのあるキャラクターを置いて防ぐというエンターテイメント性も見せてくれました」
「UHA味覚糖が満を持して登場させた秘密兵器は便便グランプリに新しい風と可能性を見せてくれました」
「スコアはどれくらいだったのでしょう」
「便便グランプリ87回、ぷっちょ4種味選手のスコアは」
ぷっちょ4種味
回数 13回
アベレージスコア 1.62 回/h
「1位のぷっちょソーダ味選手を大きく引き離したうえ、1.5回/hを超えています」
「素晴らしいですね。海外でも通用すると断言できます」
「ぽうぽうさんのお墨付きも頂きました。さて、台風が過ぎた後の特殊な天気下で行われました便便グランプリ87回、これにて閉幕となります」
「司会、お疲れさまでした」
「いえいえ、解説のぽうぽうさんも、お疲れさまでした」
同僚たちが席を立ち上がる。
トイレではない。定時だ。
青井は席を立ちあがれない。
「残業ですね」
「今日は一日、ほぼ仕事になっていませんからね」
「大量不良で休めないからこそ便便グランプリが開催できていますが、流石に休んでほしいですね」
「そうですね。まあ便便グランプリには関係ないのですが。では、私たちも帰りましょうか。ここまでのお相手は司会のうぃーぴーと」
「解説のぽうぽうでした」
「また次回の便便グランプリでお会いしましょう」
――便便グランプリ・終
あとがきその1
台風の次の日の話(虚飾9割)。マジでお腹が痛くて一日ずっとこんなことを考えていました。
日記(虚飾あり)のシリーズは大学時代の図書室の話以来?かも。割とこういうのは好き。これかんがえてるとき大体苦しいときだけど。でもぷっちょ好きなんだ
あとがきその2
ぷっちょボールすき。コンビニで売れのこって硬くなったぷっちょボールきらい。