中編 1
出入り口とは反対方向に行くとエレベーターがある。
それに乗って三階にやってきた私たち。
百合というジャンルは東側だ。
エレベーターからは全くの反対側。
一階とはまた違った匂い。
二階、三階は中央が空洞、つまり一階からの吹き抜けになっている。
外との出入り口がない分、匂いがこもりやすい二、三階フロアはこれでもかってくらいの紙の匂い。
私はもうずいぶんとなれてしまったけれど、初めての人にはつらいのではないかとかなたの方を見たがそんなことはないらしい。
かなたの顔は高揚の色であふれていた。
「こういうthe本っていう香りってたまらないですよね」
「そう、私は初めはうげってなったけど」
「そうなんですか。私は全然だいじょうぶです」
「みてればそんな感じするよ・・・・・・」
私はかなたの興奮に少し押されていた。
私が本を好きになったのは半ば強引にという感じでもあった。だってここには本しかなかったから。
そういうところ、まだまだ私は新米だ。
「見えてきましたね」
区分けの百合という表示が見えてきた。
かなたの興奮の色も増してきているように見えた。
「タイトル順になっているはずだから、探しやすいはずだよ」
「なるほど。なら、タ行、そして”と”です」
「いや、私に言わなくても」
「静恵にも探してほしい」
「いやいや、一から探さないし、って」
私の言葉をよそにかなたは違う本棚のところで曲がってしまう。
「こっちだよ。かなた~」
「どうせなら、他のも・・・・・・」
「お~い。なくなっても知らないよ~」
「はっ、そうでした」
戻ってきたかなたは笑いながら、ついうっかり的な表情で、頭をかいた。
それから何個かの棚を超え、やっとタ行。ここから最後のとまではそれなりにあるかもと考えたが、ハ行まで行ってから逆に探せば早いかなと思いついて、もう二個ほど先に行く。
「あった、ハ行」
「ありましたね。でも、どうして?」
「こっちから見つけた方が早そうでしょ」
「なるほど。さては、静恵、頭いいですね」
「え~。同い年だしかなたと変わらないよ」
誉められてうれしい私だったけれど、そんな悠長に探してもいられない。いつ、呼び鈴を鳴らされてもおかしくないから。もっと話していたいけれど、そんなことも言っていられない。早く探さないと。
「そういえば、私、まだ百合って読んだことないんだけど、どう面白いの?」
探しながら、そんな話題を振ってみる。
「そうなんですか?」
かなたは私の方に声だけ向けて返す。
「まだなんだよね」
「私はてっきり、図書館に勤めているほどだから、どんなジャンルも読破済みなのかと思ってました」
「期待を裏切っちゃった、かな?」
「いえ、そんなことないです。それよりも、私も好き嫌いはありますから、同じで少し安心してます」
「なんだよ。それ」
「あはは、なんでしょうね」
笑いあいながら、順々に一冊の抜けもないように、探していく。
「百合の面白さは、伝えられないです」
「それほどに面白いってこと?」
かなたは首を横に振る。
「そうではないかな。確かに私は面白く感じるけど、これは私のもの。読む人によって本ってそれぞれの感動を、感情を、感銘を与えてくれるものだと思うから、だから私は伝えられません」
「そっか。なら、私も読んでみないとだね」
「はい」
かなたは私の返答を聞いて、大きく声高らかに、返事した。
私は焦って、人差し指でしぃ~とやった。
「すみません」
「まあ、しょうがないよ」
私もきっと同じ反応をしたと思うし・・・・・・・
そして、ちょうど目当ての本も見つかった。
「ありました」
「よかったね」
私は呼び鈴を鳴らされる前に見つかってほっとして、かなたは無事本があってほっとしていた。
「えっと、この二巻目だっけ」
「はい」
「じゃあ、これを持っていってっと。それとこれも」
私は二巻目と一緒に、一巻目も手に取った。
「あれ、それ一巻目ですけど」
「これは私が読む本」
それを聞いたかなたはパッと表情を明るくした。
私は二冊の本を持ちながら、かなたと来た道を戻っていた。
「面白さはもう聞かないけど、どういう感じの本なのかは教えてよ」
「いいですよ」
そう言ってかなたは、この”友達と俺の妹”という本について要点を語り出した。
「まず、主人公は、妹ちゃんなんですけど、高校生です。そして友達も同い年で、二人とも女子高に通っています」
「おお、何か思っていたよりも普通に聞こえるよ」
「それで、二人が付き合いだします」
「・・・いきなりだね」
雲行きが怪しくなってきた気がした。
「いきなりです。友達はもともと、妹ちゃんのことを好きだったんですが、それに妹ちゃんは全く気付かなくて、それもそのはずなんです。妹ちゃんはブラコンだったので」
「え、そうなの?」
ついには雨に・・・・・・・
「はい。そして、友達は妹ちゃんの気を引くためにありとあらゆる策を立てます。そして、幾度も失敗に終わり、最後の一手、友達が妹ちゃんのお兄さんと付き合いたいと言うのです」
「言っちゃうんだ・・・・・・」
「それは友達にとっても禁じ手でした」
「だよね。そんなこと言われたら、普通仲互いだよ」
気が付けば嵐にまで発展していたようだ・・・・・・・・
「そして友達は最後の望みである一言を言うのです。お兄さんと付き合ってほしくなければ、あなたが付き合いなさいと。その時、妹ちゃんも半ギレ状態だったので、売り言葉に買い言葉でオッケー出しちゃうんですけど、その後、いろいろされちゃうんですよ・・・・・」
「・・・・斬新な作品だね」
「このくらいでいかがですか」
「うん、もう十分だよ。ありがとう」
「はい・・・・」
言い切ったかなたは息を切らしていた。ずいぶんと興奮気味のようだ。
そして、私たちは元いたカウンターに戻ってきた。
私はパソコンを操作して、また順序を繰り返す。
かなたも私が言う通りにしてくれる。なんも疑問もないように、何も聞かずに、何も言わずに。
さっと、済ませて、本を貸し出した私は、先ほどの続きを話したかったが、他のお客さんが来てしまった。
かなたには悪いけれど、今日はこれまでかもしれない。
いや、もうこれっきりかも・・・・・・・
私はかなたに仕事に戻ってくるとだけ伝えて、カウンターでお客の相手をし出した。
そして私はまた無心で同じ手順を繰り返すようになった。
すべてのお客を相手にしていたらきりがない。というわけではないけれど、今日の貸し出し時間は終了の時間になった。
だからいまやっているお爺さんで今日は最後だ。
だが、まだ閉館の時間ではない。
もしかしたらかなたはどっかで本を読んで待ってくれているかもしれないという望みを胸に秘め、私はいつもと同じように、図書館内の掃除に向かった。
掃除と言っても、机を拭いたり、椅子を戻したりするだけだし、それも限られた場所にしかないからあっと言う間に終わる。また、かなたがいるとすればそこにいるはずだから、見つけられるはずだ。
だが、あれから三時間は経っている。果たしてまだいてくれているだろうか・・・・・
という心配はいらないみたいだった。
私を見つめるかなたの姿がそこにはあったのだから。
「もっと話をしたくて、待ってた」
「私もしたかった」
「私こう見えて、同じ趣味の友達っていないんだ。だから静恵と話せて本当に良かった」
「私もかなたに出会えてよかった。今日という日があってよかった」
「どこかのお別れみたいよ」
かなたは笑っていいとばす。
でも閉館まではあと一時間。
そうしたらかなたも帰らなくてはいけない。どんなに話したいと望んでも、あと一時間だけの私の天国。どんなに望んでも、時間は止まらない。
かなたは知らないし、私も言うことはないと思う。
言っても仕方がない。言ってもどうしようもない。そんな話をするくらいなら、もっと好きな話をしよう。
「百合ってこの本以外にはどんな本がお薦め?」
「純愛系とか、姉妹愛とか、逆玉とか、寝取りとか、いろいろあるよ」
「純愛系がいいかな~」
無難そうで・・・・・・
それに初めてにも優しそうだし・・・・・・
「それなら、今日借りた本もそういう感じのところあるから好きになれるかも。これは純愛系+寝取りって感じだし。でも寝取ってないけどね」
かなたは言いながら笑う。
とてもかわいらしく笑う娘だと私は思った。
この笑顔をまたみたいと思わないようにしている私がいた。
「普通に純愛系ってないの?」
「あるけど、それだけに絞ると相当少ないよ。それに学園ものが多いかな」
「なるほど」
「そんなに興味持ってくれると私も嬉しいよ。それに話す相手ができて本当にうれしい」
「あっ・・・・」
かなたは私が何か言いかけたと思って何って顔をこちらに向けたけど、私は何も言うことができなかった。
「いや、なんでもない」
私はかなたに真実を打ち明けることが怖くてできなかった。
「そうだ。今度は静恵のお薦め、教えてよ」
「私の?」
「そう。どんなのが好きなの」
聞かれて、私は考えた。
これまでに読んできたものでよくよく私がはまったのは何か・・・・・・・
「たぶん、ファンタジー系とか、異世界系とかに弱いかも」
「エルフ娘がいいのか~。このこの~」
「はは、そうかもね」
私は似たようなものばかり読んでいるのかもしれない。それに、何かに立ち向かっている主人公にひかれているのかも・・・・・・
英雄とは、望んでなるものではなく、望まれてなるものだと。肩書は自分で勝ち取り、認められて初めて輝くのだと。
私は冒険する主人公に惹かれているのだ。
「私は冒険したいんだよ。本を読んで、興奮を、しびれを味わいたい」
「おお、おとなしそうな静恵が、とんでもないことを」
「そうかな」
「あっはは、今の一言で私が持つ静恵のイメージがガラッと変わったくらいだよ。そっか、静恵は心に獣でも住まわせているのかな」
「どうだろう。ちょっとわかりかねるかな」
私はいつ以来かわからないくらいしゃべっている。こんなこと、ここに来る前だってあったかわからない。
だが、そんな盛り上がりを見せている話にも終止符を打つように、私の声の放送が流れる。
「まもなく、閉館時間です。ご来店のお客様は、速やかにおかえりいただけますよう、ご協力お願いいたします。・・・・・・・・・」
「あらら、もうそんな時間か」
かなたは言った。
「時間ってこういうときだけは早いよね」
「だよね」
「あとは、私がやっておくから、かなたは気を付けて帰ってね」
「ありがとう。また話に来るから、それまでに今日の本。読んでおいてよね」
かなたは椅子から立ち上がって、それにつられて私も立ち上がる。
「絶対、読むから」
私はもう泣きそうだ。
笑顔を浮かべているはずだけど、声はかすれている気がする。
かなたの背を見送るその一瞬一瞬がとても長く、永く感じる。
もうすぐ、玄関だ。
私の思いが、かなたの思いが、
・・・・・・・・・・消える・・・・・・・・・・・・
私だけ、この思いを持っているなんて不公平。
私だけ、覚えているなんて、不平等。
私だけ、泣いているなんて・・・・・・・・私だけ・・・・・・・・・・・
かなたが泣いていなくて、・・・・・・・よかった・・・・・・・・・
かなたは、図書館の玄関を普通の門をくぐるように出て行った。
これで、また、一から、いや何もないところからやり直しだ。
やっと友達ができたと思ったけど、一日限りだから、友達じゃぁないか~・・・・・・・
次来た時、また話し相手になってくれると嬉しいな・・・・・・・
いや、ほんと、うれしいな・・・・・・
こういうときどうすればいいかも私は知っていた。
いや、教えられていた。
「先輩。ありがとう」
私は呟いていた。誰もいない図書館で、私だけの声がする。
先輩はこう言っていた。
「こんなところにくる人は大抵、本の話題で何とかなる。仲良くなって別れが恋しければ、話した本を身代わりにして、思いを閉じ込めればいい」
「それってなんかすごく悲しいですよ~」
「そうかもな~。でもいずれお前さんにもわかるよ。本はそういう使い方もできるんだとな」
「ええ~」
私はこんな感じで返していたっけ。
だから私も、この本を、このオーナーとしての力を使って、思いを乗り切ろう。
私はそれから、図書館内を清掃して、従業員だけが持つ、自室の鍵兼いろいろなところの鍵を使って自室に戻った。
やることやって、さっさと寝る。
ではないけれど、本を夢で見るためには一回大体、九時間くらい眠りっぱなしになる。
次の日のことも考えるとそんなに時間のゆとりもない。
今日借りた本を枕の下に入れて、セット完了。
あとは、なりたい役を思い浮かべるだけだ。
私がなりたいのは・・・・・・・・。妹ちゃんかな。
長くなったので、夢のお話だけ、別で区切りました。
ではまた次回。も読んでくれると嬉しいです。




