第二話 開闢草昧;自己紹介
✣ ✣ ✣
隴はヘルトという男について行く。
「多分、お前は″ギルドカード″を持ってないだろ。」
「ギルド、カード?」
「別名″冒険者カード″。冒険者やギルド依頼を受ける者には必ず持たなければならない必需品だ。アテナから聞いてなかったのか?」
その言葉に隴は少し警戒し、先程鞘に収めた短刀に手を伸ばした。
「そんな短刀で織に勝てると思うなよ。」
『そんなこと、分かってる。』
戦ってなくても分かる。この背筋を凍らすような感じ。ヘルトから放たれている物だろう。
「…取り敢えず、何故アテナのことを?」
その問いにヘルトは軽く笑った。
「そうか。言ってなかったか。」
急に笑い出すヘルトに隴は驚きながら問いかけた。
「何を、言ってなかったんですか?」
その問いにヘルトは鎌を軽く動かした。
「織は魔神族の一人だ。この転生の件は全て抑えている。アテナからお前のことは大体聞いてる。魔神王から一時任せるって言われてな。こうして迎えに来たってわけだ。」
隴は小笑い混じりのため息を零した。
「全てお見通しってことか。」
小声で言った言葉にヘルトは耳を傾け、少し笑った。
「お前のことは長と話を付けるつもりだ。取り敢えず、野に放り投げるようなことはしないと思ってくれ。」
そんなこんなでいつの間にか街についていた。
「お勤めご苦労様です。ヘルト様。」
槍を持った門番が敬礼をしてヘルトにそう言うと、ヘルトは左手で頭を搔いた。
「″様″付けは辞めてくれないか?」
そう言うと、門番は顔を横に振った。
「ですが、一応街の副長を担当してらっしゃるのですから、門番としてそこはきちんとしなければいけないので。」
「あー。はいはい。そうか。来客だ。門を開けてくれ。」
先程のことを無かったことにするかのようにヘルトが門番にそう言うと、門番は後ろを向き、大きく口を開いた。
「来客だ!門を開けよ!」
すると、門が重たい音と揺れを起こして開いた。
「そちらの方が来客者ですね?」
そう言って門番は隴に近づいた。
そして、一言残した。
「ようこそ、レクス・エンペラー國へ。」
異世界に認められたような気持ちが伝わってくるようだった。
隴は、少し、笑みを顔に含めた。
✣ ✣ ✣
ギルド本拠地街長室。
ヘルトともう一人の男性。その向かいに隴。ソファに腰掛けている。
「取り敢えず、君が転生者だな。初めまして。俺の名前はビングル・ビルグルル。気安くビングルと呼んでくれ。」
決して若いという訳では無い男性がそう言うと、隴は軽く一礼した。
「初めまして。俺の名前は隴。日本から転生してきた者です。」
「そう畏まらずに、敬語はなしでいい。とにかく、日本からの来客か。この街では転生者は何人だ?」
そうビングルはヘルトに聞くと、ヘルトは顔を横に振った。
「この街では転生者はまだゼロだ。今のところ、デルドラ国で一人、ベリアラスク國で二人の計三人だけだ。隴が今回四人目で、レクス・エンペラー國初の転生者だ。」
どうやら隴以外にもこの世に転生してきたものがいるらしい。
「そうか。ヘルトは魔神王と最高神に軽く連絡入れといてくれ。」
「へいへーい。」
軽く返事するヘルトは部屋を出た。
それを確認したビングルはため息をつく。
「最近転生者が出てきて大変だな。アテナの奴、適当に放り込んでやがる。今度にでも脳天撃ち抜いてやろうか。」
ビングルの言葉に隴は同意のように手を挙げた。
「それ、俺も参加していい?」
「お?なんだ?アテナに恨みでもあんのか?面白いなぁ。人間が神に恨みを持つなんて。」
その言葉に疑問を持った隴。それを察するようにビングルが隴の顔を見た。
「俺を人間だと思ってんだろ?」
図星を突かれた隴は慣れたような顔でため息をついた。
「そうだな。図星だ。ってことはビングルも魔神族なんだろ?」
「理解が早くて助かる。多分、魔神王から集会の呼び出しがもうそろそろで来るはずだ。そこで出会う奴らも、ほとんどが魔神族だ。」
そう言った途端、ドアが開いた。
「ビングル、分かってると思うが、集会命令だ。」
部屋に入ってきたヘルトがそう言うと、ビングルは立ち上がった。
「それじゃ、行くとしますか。隴、お前も来るんだ。」
「今の話からして行くことは分かってたよ。」
ビングルに言われて、隴は立ち上がった。
ヘルトとビングルの歩く後ろについて行く。
見た目だけでも身長差が意外とあるビングルとヘルト。ビングルのがやや高めの身長差。大体百八十二ぐらいだろう。
ギルド本部とは違う高い建物。そこへ入り、階段で上に上がっていく。
最上階の部屋への入口が見えた。あそこが集会元だろう。
階段を上がり切り、ドアの前に立つ三人。
隴は少しバテた状態だった。
「こんなことでバテてたら駄目だな。」
そう嘲笑うかのしように言ったヘルトがドアを開く。
光が差し込み、腕で目上を隠す隴。
「漸く来たか。」
そう一人の男性が口にする。
「遅いよ〜。」
軽々しい口調の女性。その言葉に少し笑うものもいた。
「軽く談話してたからな。俺らで最後か?」
「えぇ。」
ビングルの問いかけに先程とは別の女性が返事を返した。
ドアが閉まった途端に全員の顔が鮮明に見えた。
「取り敢えず、全員自己紹介からだな。」
一人の男性が言うと、女性が前に出た。
「先ず、私からねぇ。」
女性は隴の前に立ち、手を胸に当てた。
「私の名前はシャティス。多分貴方よりも歳は上だと思うわ。宜しくね。」
そう言ってシャティスは手を出してきた。
隴はその手を取った。
「次は私かな。」
そう言ってシャティスの隣に立った女性。
「私はインビディア。適当にディアって呼んで。」
そう言ってインビディアは後ろに退いた。それについて行くようにシャティスも後ろに下がった。
「私ですね。私はアミナル・ミドラージュ。アミナルかアミナとお呼びください。」
「私の名前はエネルヴァ・コルオリ・テンコールです。見た目から分かる通り男です。」
仲が良いのか、二人同時に挨拶をしてきた。
隴は取り敢えず宜しくと返した。
「次は俺だな。俺の名はスペルビア。槍を使いたい時は俺に言ってくれ。練習相手になる。」
スペルビアはそう言って隴の頭に手を置いた。
「俺、子供じゃないんだが。」
「充分子供だろ。俺様の名前はグーラだ。基本俺様が話しかけた時は飯の話だと思っといてくれ。」
適当に挨拶するグーラだが、一応で挨拶をしているため、特に文句を言うことではないと隴は思う。
「あの、私の、名前、は、イラデゥエトス、です。宜しく、お願い、します。」
かなり辿々しい喋り方のイラデゥエトス。隴は少し苦笑いを滲ませる。
「次は僕だね。僕の名前はアルテノ・コラルオ・テンコールだよ。父さんであるエネルヴァと母さんであるアミナルの子供だよ。君と同い歳だよ。多分。」
曖昧なのがどこか親と似ていない気もするが、取り敢えず一礼する隴。
「私はエイメル・ビルグルル、です。ビングルお父さんと、イラデゥエトスお母さんの、子供です。えっと、宜しく。」
子は親に似ると言うが、辿々しい喋り方までも一緒だとは。
「刳の名前はゾルディブスルクトーリス。こっちが刳の妻のバグラ・ヴォルラン。そしてこっちが刳とバグラの子供のジル・ヴィルランだ。」
バグラとジルが礼をする。
隴も釣られて一礼をする。
「俺の名前はアブァリティア。こんなイカつい格好しているが、特に指を取るようなことはしない。」
自分の格好がいかついということが分かっているようだが、それを改善する気は無いらしい。
「妾はマルミアドワーズ。日本では古来の武器と言われているかもしれないが、ここでは人間の姿をしている。」
「そして、我がエクスカリバー。適当に呼んでくれ。」
武器二人が自己紹介をしているのがなんか変な感じだと眉を寄せる隴。
「「私達の名前は干将・莫耶。宜しくね。」」
息の合い様が凄い二人。こちらも武器だが、マルミアドワーズとエクスカリバーを見てなんとも思わなくなった隴。
「俺の名はジークフリート・ヴォルツゥリオ。みんなは俺のことをシグルズって呼んでるから、そっちで呼んでくれて構わん。」
上から目線のような言い方だが、これがシグルズの喋り方だろうと隴は確信する。
「俺はディオス。少し前だが、魔神王として務めていた。俺の隣にいるのが妻のディオサだ。」
「宜しくね。」
セカンドネームを言わない辺り何か隠しているような気がする隴。その推理は正しいのかは分からない。
「ピグレット・ミーティットゥだよ。ピグって呼んでくれて構わないよ。」
大体の人はあだ名のようなものがあるようだ。隴は名前が元から短い為、特にあだ名とかはない。
「私の名前はサクラ・ノヴァ。で、こちらが私の夫のアルカナムです。」
「アルカナム・ノヴァだ。宜しく、少年。」
そう言って握手を交わす。
「我はフローレ。こっちがイリビードだ。」
「宜しくね。転生者君。」
人が多すぎて少し頭が混乱してきた隴。
「私の名前はデア・ペンドラゴン。正式名はデア・ルナティックだけど、結婚して名前が変わったから。この子が私達の子供のセレネー・ペンドラゴンよ。」
「えっと、初めまして。セレネーって呼んでね。」
その二人の後ろから一人の男性が歩いてきた。
「俺はデウス・ペンドラゴン。魔神王を務めてる。因みに、デアは最高神を務めてる。」
隴の前に手を出すデウス。
握手を交わそうとしているようにしか感じられない手だった。
隴は手を出し、デウスと握手を交わした。
「蔵峰 隴だ。これからよろしく頼む。」
こうして全員の自己紹介が済んだ。
✣ ✣ ✣
隴は椅子に腰掛ける。
「隴は、今金がない状態だな?」
「あぁ。アテナが金をくれなくてな。」
あの時は特に意識をしたり、違和感があった訳では無い。だが、こういう場面になり、金の不足となると結構不便である。
「またアテナのことは俺から叱っておく。生活費についてだが、こちらで対処はしよう。生活するなら、誰かとの同居になるが、構わないか?」
親切なデウスに隴はコクリと頷いた。
「よし。それで、もう一つが話がある。」
改まったようにデウスが隴に問う。
隴も改まった感じに流された。
「…なんだ?」
「お前を、学園に入学させようと思ってる。」
「学園に?」
転生してから日にちが経てば、まぁという反応にはなるが、隴はまだ転生してから数時間。まだこの世界にもなれた訳では無い。
「学園では俺が校長としてやってるし、もし入学したとなれば担当はデアかバグラのどちらかになる。仲が良い先生が良いだろうしな。」
デウスの言葉を切るように隴は手を挙げた。
「こういう言い方をするのは違うと思うが、メリットは?」
隴の言葉にデウスは頷き、椅子に腰をかけて足を重ねた。
「先ず、この世界では魔法や剣が使われる言わば殺し合いの世界。それは分かるな?」
デウスの問いに隴は頷く。それを確認し、デウスは話を進める。
「そこで、三年間学園でこの世界のことを学んで、武術においても上げて欲しいと思ってる。何時でも助けられるとは思えないし、何時でも助けてくれなんてみっともないことはしたくないはずだ。」
当然ながらと言うように隴は二回ほど頷き返した。
「だからお前を入学させようと思った訳だ。」
そこで隴は気掛かりなことが一つあったため、手を挙げた。
「さっきから″入学″って言ってるけど、それは″途中参加で″ってことか?それとも……」
言葉を続けようとしたが、言葉が出てこず、悩んでいると、ビングルが頷いた。
「後の方だ。お前が居た日本とここ″ガガドラ″では日の進みが違う。学園が始まる季節は同じ春だが、日本が今例えば夏だとすれば、ここでは冬に入る前の秋。こうして時間のズレが生じてる。」
隴は理解したように頷く。
「因みに、日本の季節は秋に入る前で、今日を含めてまる八ヶ月。逆算してみ?」
ヘルトがそう言うと、隴は逆算を初めて約二秒、考えが纏まったようだ。
「ということはこちらは春になる前ってことか。」
ヘルトは指を鳴らし、隴を指さした。
「大正解だ。」
隴の居た日本は今の季節は秋に入る前。言わば夏末期の状態。そう考えれば逆算なんて不要だったかもしれない。
「だから、入学試験は受けてもらうことになるな。」
ここは異世界。日本とは違う入学試験の可能性がある。
「その入学試験はどんなものだ?」
「一言で言えば、日本とは違う。ここでは魔法分野と剣術分野、柔術分野、遠距離分野の四つに分けられる。」
デウスの言葉が終わると、エネルヴァが前に出た。
「魔法分野の場合、魔法使いや魔女、魔人のような魔法を主流に戦うものが入ります。基本的に授業も全て魔法について。たまに近接戦になった時用の武術訓練があります。」
エネルヴァが下がると、次はデアが口を開いた。
「剣術分野は剣士、槍使い、阿修羅、アサシンなどの近接武器を主流とした立ち回りをする人向けね。武器はかなりの部類があるわ。剣、槍、鎌、大剣、細剣、短剣、長剣、刀、短刀、野太刀。大体はこの十種類だと思って構わないわ。違うものがあるとすれば銃付きの剣ね。その場合は銃剣じゃなくて剣を使うわ。因みに、魔導剣士は大抵剣術分野の方に入ってくるわ。たまに例外があるくらいね。」
デアが話し終えると、次はフローレが口を開いた。
「柔術分野は空手、柔道、合気道を主流として立ち回る者のための分野だ。特に他の分野には一切手を出さない。」
フローレの解説が終わると同時にビングルが口を開いた。
「遠距離分野は銃使いと弓使いが入る分野。遠距離を主流として戦うため、特に近距離での戦いは学ばない。」
ビングルが喋り終えると、またデウスが話を続けた。
「まぁ、こんな感じだ。隴の場合、武術が得意だと聞いているが、合ってるか?」
デウスの問いかけに隴は少し悩んだ表情をした。
「…大体は合ってる。」
これも多分アテナが言ったことだろう。隴はそう思い、ため息を零した。
「取り敢えずはこの三ヶ月で武術の大体のことは学んでもらうつもりだ。あ、これを言い忘れてたな。生物使いや魔物使い、指示者と言ったものは、適当に入ってもらう。」
生物使いでも、魔物使いでも、指示者でもない隴にはあまり関係がない話であった。
こうして隴の三ヶ月の特訓及び練習が開始した。
練習相手は日に日に変わり、主な練習相手はデウスかヘルトになって行った。
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「はあああ!」
入学試験まで後二ヶ月を切った頃だった。
隴はデウスと稽古をつけていた。
「…中々上達してきたな。」
短刀で戦う隴と片手剣で戦うデウス。
隴を軽く褒めるように言葉を掛けたが、それとは裏腹に、デウスは隴の攻撃を軽々と受け返す。
「っ!ならっ!」
隴はデウスから距離を取り、深呼吸をした。
そして、先程までの両手を出した構えから一変し、左手を下ろし、右手に持つ短刀を逆手に持つ構え方になった。
「成程。左手を放棄することによって敵に攻撃を読まれなくしたり、左腕がなくても戦えるようになっているのか。」
隴の構えを見ただけで、それについてのメリットを全て言葉に出すデウスは、剣術については只者ではない。
因みに、稽古の場所は街の外。街中でこんなことをすればパニックになるに違いない。
「じゃあ…行くぞっ!」
「っ!」
隴の言葉に反応したデウスだったが、先程までの速度とは違い、少し防ぎに遅れをつけた。
短刀はデウスの頬を掠った。
浅い切り傷が着き、血が垂れてくる。
「これで少しは効いたか?」
その言葉を裏切るようにデウスの頬の浅傷は再生して行った。
「なっ!?」
「言ってなかったな。魔神族と天神族は傷が再生するって。」
デウスはそう言って方に片手剣を置いた。
隴は手をデコに当てた。
「そんなの有りかよ。」
その言葉を合図にするように、デウスが言葉を発した。
「俺も、三割ぐらいの力を出させてもらう。」
そう言ってデウスは構え方を変えた。
腰を落とし、四股の構えを取り、左手を前に出す。その左手の虎口の上に片手剣の剣先を翳すように置いた。
「日本ではその構え方を使ってる人は誰もいなかったな。強いのか?」
「攻撃を受けて見ればわかる。」
そう言ってデウスは後ろに引いてある右脚を地面に擦らした。
「ッ!?」
その途端、先程まで五メートル程離れていたデウスが一瞬にして隴の目の前に移動していた。
既に攻撃態勢に入っているデウスに隴は何とか反応し、短刀を振った。
だが、手応えがなく、短刀はデウスに当たらなかった。
「何っ!」
隴は即座に体勢を建て直した。のだが、顔の横に片手剣の光る刃が向けられた。
「俺の勝ちだ。」
その言葉に隴は短刀を下に下ろした。
デウスはそれを確認し、片手剣を下ろした。
「隙ありっ!」
隴は振り返り、短刀を振った。
だが、その短刀は片手剣に砕かれた。
金属と金属の衝突。短刀の破片は地面に落ちた。デウスは右足を動かし、隴の顔に回し蹴りをした。
デウスは蹴りを当てはせず、寸止めでやめた。
轟音が鳴り響き、隣で爆風が砂埃を上げた。
デウスは足を下ろし、放心状態になっている隴の頭に軽くチョップを入れた。
「どうっ!?いってぇ!」
隴は頭を両手で抑える。
「声を上げすぎだ。それじゃあ奇襲にならないぞ。奇襲するときはもっと声を抑えるべきだ。」
「…はいはい。」
隴は両手を頭から退かし、先程砂埃の舞っていた隣を見た。
それを見た隴は驚き、声を失った。
「ちとやり過ぎたな。」
デウスは頭を掻き、そう言った。
隴の隣にあった森林は崩壊していた。
木々は倒れ、生物は死んでおり、酷い地獄絵図に。
『嘘、だろ。風圧だけで、こんな。』
隴の首が吹き飛ばなかっただけ凄い。
多分、距離が近かったため、膨大な被害は受けなかったのだろう。
そこへ一体のモンスターが歩いてきた。
「ガアアアア!」
デウスに向かって声を荒らげるモンスター。虎のようだが、地球にいる虎よりも大きい。
「あ、あははは。悪い悪い。」
デウスはその虎のモンスターに謝るように手を合わせた。
「グルルルル。ガァウ!」
「分かった。分かったからもう怒んなって。」
「ガアア!」
まるで会話をしているようだった。
虎はその後、少し剣幕を悪くしながらその場を離れた。
苦笑いをするデウスに隴は問いかけた。
「モンスターの言葉が分かるのか?」
「俺の場合はな。取り敢えず、むっちゃ怒ってたわ。」
「だろうな。」
デウスと隴は笑った。
二人は疲れたのか、地面に座り込み、休憩していた。
「……でな、それが面白いのなんのって!」
「おう!それは実に興味が湧くなぁ!」
そう談笑していたデウスと隴に一匹の猫が近づいてきた。
「ミャ〜。」
「ん?猫?」
隴が立ち上がり、猫に近づく。
黒い毛が特徴の黒猫だ。尻尾をゆっくり左右に振る。
綺麗な炎色の瞳で隴を見る。
隴は猫の頭を撫でた。
「ミャウ〜♪」
猫は嬉しそうに笑い、尻尾を上下に振り始めた。
「へぇ。まさかなぁ。」
黒猫を愛でる隴の隣に立つデウス。
「何がまさかなんだ?」
デウスの言葉に疑問を浮かべた隴は問いかけた。デウスは手をポケットに入れた。
「この猫は特殊なモンスターでな。モンスター名は『戎具なる猫』。モンスター以外には滅多に懐かない猫だ。」
デウスの言葉を聞いて、隴は黒猫を見た。
確実に懐いているような仕草を取る猫。
「いや、でも、この黒猫確実に懐いてるけど。」
「あぁ。『戎具なる猫』が懐く条件が三つだけあってな。」
どんなものにも条件があると言うが、懐かれる懐かれないでも条件があるとは隴も知らなかった。
「…どんな条件だ?」
「人に優しくできる者。人の生命を救った者。そしてもう一つ、一度死んだもの。この全ての条件がクリアされていれば懐かれる。」
隴は一部分だけ少し気がかりだった。
人の生命を救った。日本で勇麗の生命を救った。一度死んだ。勇麗を助けたことによって、車に轢かれて死亡し、異世界への転生を果たした。だが、人に優しくはよく分からなかった。
「俺は人に優しいのか?」
「お前、日本で自分の生命より他人の生命を尊重しただろ。多分それだ。」
隴はその時思った。
『勇麗が最後に残してくれた″愛情″かもな。』
微笑んだ隴を見て、デウスは疑問を浮かべていた。
「どうした?そんな幸せそうな顔して。」
隴は鼻でため息をついた。
「さぁな。」
その回答にデウスは少し笑った。
「ま、向こうで何かあったのは確実だな。その猫をここに置いていくことは出来ない。お前が飼うんだ。」
デウスにそう言われ、隴は猫を見た。
「ミュア〜。」
幸せそうな顔で隴の方を見ている猫。
可愛く、それでいて何処か凛々しい感じが漂う。
隴はその猫を抱き抱えた。
「分かった。お前の名前は今日から″テルム″だ。」
「ミャ!」
納得したのか、テルムは返事を返した。
隴の仲間として『戎具なる猫』、テルムが追加された。