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9話 兵器論アルキメデス


 日常はあっけなく壊された。

 激しく崩れた校舎、陥没とヒビ割れた校庭。

 そして血に染まった生徒達と、ただの肉塊に成り果ててしまった者。



 遠くから悲鳴が聞こえる。いや、すぐ近くからか?

 それが自分の口から発せられたものなのか、隣で涙をこぼしながら女子生徒だった者を抱く男子生徒からなのか判然としない。


 不意に降り注いだ圧倒的な恐怖。


 まさに化け物と言える一人の美青年が、空中を縦横無尽に駆け巡り生徒たちを血祭りに上げてゆく。『放射防壁(バリケード)ルチル』なんてのはとっくに破壊され、辺りは血の海に溺れる生徒の断末魔ばかり。



「赤い、光線?」


 天使……アンチと思しき銀髪青年の手から、深紅に揺れる光線が放たれる。幾何学模様のように不規則に飛び交う紅い線は、人々の胸や顔、下半身を容赦なく貫いていく。

 まるで死を運ぶ流星だ。


 アンチ・ライヴの動画で流れている戦闘シーンは、中学時代に何度も見て来た。あんなのは良くできたCG加工と、アイドル達が放つ魔法で作った光や効果エフェクトなのだと思っていた。


 かつて生で見に行ったアンチ・ライヴも……アンチは頭だけワニの顔した動物人間で、魔法女子があっけなく倒していた。だから死傷者なんて一人たりともいなかった。


 当時はリアル過ぎる着ぐるみだなと感動していたけれど……もしかしてあれも本当に化け物だったのか? ただ規模が小さく、相手の強さが想定内だったから安全だったと?



「ゆ、優一……これはどういう事だ!?」


 ドルヲタの優一ならば何が起きているのか解説してくれるかもしれない。そう一縷の望みをかけて親友がいた場所へ目をやれば、上半身ごと吹き飛んで下半身だけで立っていた。



「嘘だろ…………クソ……クソクソックソッ!」


 やはり魔法女子なんてのは碌な事を起こしやしない。

 中学の時も今もこうして、災厄を振り撒くだけの存在じゃないか!


「そうだッ、魔法女子はッッ、何してるんだ……?」


 肝心のアンチを倒すべき切継(きりつぐ)は、沈痛な面持ちで片膝を突いていた。後ろで縮こまるアイドル研修生たちを庇うようにして両手を前に突き出している。そのおかげなのか、数十本もの紅い光線が彼女の前で忽然と消え続けている。

 彼女の様子が他に構っている余裕はないと物語っている。

 俺達もあの場に行ければ助かるかもしれないが、夢来(みらい)を担ぎながらこの地獄を走破するには距離がありすぎる。


「じ、自衛隊は!?」


 発砲音はそこかしで鳴り響いているが、瞬く間に銃声が激減しているので、自衛隊員も命を奪われているのだろう。設定上、アンチは銃やミサイルが通用しない、魔法力(マギアト)でしか屠る事ができない、というのは真実なのかもしれない。


 どこを見ても地獄、地獄、地獄。

 もはや助かる見込みはないと悟った。



「はは……地獄だな…………」


 そして幸運も長くは続かない。ついに眼前へと幾筋もの光線が迫り、避けようのない速度に身体は反応してくれない。

 意識だけがかろうじて動き、せめてもと最愛の妹を抱き、諦めと共に呟く。



夢来(みらい)、死んでも一緒だ」

「おにぃ……ごぽっ」


 死を覚悟して目をつむる。

 絶望に染まった世界を暗闇で閉ざし、最後の瞬間を迎える――――




読み解くは(リード・)盟約の第三章(フォエドゥス)――【万華鏡】!」


 そんな暗黒を吹き飛ばすかのような、威勢のいい声が輝き響く。

 (まぶた)越しでもわかるほどの眩さに、思わず目を開けてしまった。



「魔法女子――『兵器論(シラクザ)・アルキメデス』――現界だよ」


 一筋の彗星が目の前で落ちた……いや、着地したのは人だ。


 薄桃色のオーラを全身にまとい、煌びやかに絶望を希望へと塗り変えてゆく存在が俺達の前に堂々と立っていた。



 日本人にあるまじきピンク色の毛髪。両サイドには触覚のような小さな三つ編みが揺れ、後ろ髪はゆるふわっと流れゆく。颯爽と登場した美少女はクリックリのネコ目で童顔、だけれど四肢は長くスタイルは抜群、身長と胸は控えめといった美少女だった。


 彼女の出現と共に空中では無数の鏡が浮遊し、死を招く幾筋もの赤い光線を不規則に反射させた。全てが計算づくかのように、鏡と鏡の間を光線が行き来し、彼女を中心に紅の閃光が複雑な網目状となって走り抜けていく。


 命を狩り取る光から俺達を守る美少女は、キラッキラッの笑顔を俺に向けて高らかに宣言する。


「ボクは星を咲かせる美少女アイドル、ホッシー! 君の一番星の登場だよ!」



 星咲(ほしざき)永留(ながる)、通称ホッシー。

 アイドル嫌いの俺ですら知っている名に驚いてしまう。アイドル序列第8位にして、トップ10に入る魔法女子アイドルに俺達は守られたのだ。


「焼き尽くして――【万華鏡(まんげきょう)】」


 彼女の凛とした声が地獄を貫く。するとグラウンド全体に展開していた鏡が、紅い光をさらに乱反射させ、それらが複雑に交差した末に桜色の束となってある一点に集中した。その先は、例の銀髪青年がいた場所に他ならない。


 ジュワッと激しく何かが焦げる音が響けば、銀髪青年が真っ赤に染まる。いや、その範囲は彼だけに留まらず、小さな太陽が生まれたかのような真っ赤な輝きに染まる。温度の高さを容易く想像できるほどに、彼の周囲が融解したのだ。

 あまりの眩しさに俺は目を逸らしてしまう。おそらくあんな魔法女子の反撃を受けて、存在できる生物なんてこの世にいないだろう。


 そう思えるほどに、星咲が繰り出した魔法力(マギアト)は圧倒的だった。



「へぇ……あれに耐えるって事は【降臨(レジェンド)】級の【人類崩壊変異体(アンチ・ヒューマン)】かぁ」


 しかし、俺の予想は裏切られた。全国10位という【不死姫(プレリュード)】入りを果たす、トップアイドルの魔法力(マギアト)を以ってしても、虐殺を巻き越したアンチを滅ぼす事はできていなかった。


 銀髪青年の背から12枚の羽根が広がり、それらが地に影を広げる。地獄から飛来した使徒のような黒い威圧を激しく振り撒き、奴の口元が歪んだ三日月となる。



「予備戦力として駆けつけたけど……また地下(・・)の人達は予知を外すなんて、困ったね」


 その威容さを見て、星咲は一人呟く。

 呻くようにして悔しさがにじみ出ていたけれど、彼女の横顔は自信に充ち溢れている。その強い意志が内包した瞳は、ただただ銀髪青年を見つめる。

 

「日時、時刻、場所は合ってるけど、等級が違い過ぎるよ……」


 あんな得体の知れない化け物と相対していながら、彼女の唇の形は下弦の月のようだった。

 その微笑から、やはり不動の自信が見て取れる。


 誰よりも強く輝き、人々のピンチを救う美少女。

 それこそが魔法女子なのだと錯覚してしまう程に、彼女は美しかった。





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