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30話 不死姫のスキンシップ


 妹が驚愕して卒倒しかねない事態を何とか乗り越え、俺と星咲はライブに備えて【シード機関】へと赴く。

 なんとか母さんに納得してもらうことができて良かったが、夢来(みらい)の方は何だか不満そうだったのが俺の心にしこりを残している。


 実際に【銀白昼夢(プラネタリウラ)】を見せたら、やっぱり二人は驚いていた。しかし予想外にスムーズに受け入れられたのは僥倖だ。気になるのは、やけに夢来は星咲のことを警戒しているようにも見えた点だ。

 もしや兄をとられまいと嫉妬しているというのならば、それは大変喜ばしいことなのだが……夢来(みらい)の視線に込められたものは、純粋に星咲に対する疑心と憎悪のような気がした。



「ボクたちは、女神さまの手の内かもしれない……」


「は? 女神? 何を言ってんだ?」

「いや、何でもないよ」


 よくわからない事を言い出す星咲に、言及しようとした俺だったが――


「【不死姫(プレリュード)】の星咲さんが来たわ!」

「永遠不滅のアイドル、序列8位のホッシー様!?」

百合(ゆり)姫様がまたいらしたわ!」


 現役トップアイドルの星咲が、アイドル候補生の育成機関【シード機関】に顔を出せばこうなることは必然。誰もが憧れる存在なので、俺は蜜にむらがる少女たちの波に流され、星咲と離されてしまう。



「きらちゃんっ、あとで個人演習場でっ」

「お、ぉぅ、いや、はいっ!」


 星咲の俺に対する特別扱いは【シード機関】の全生徒には知れ渡っている。

 妬みや嫉みの視線が突き刺さるが、俺は気にしない。そんなのは些事だと感じれるほどの恩恵を、星咲からは受けているからだ。

 一目置かれている、というのはそれだけ【シード機関】内で目立っていること。それはデビュー最速への道に繋がるはずだ。


 そんな事を考えながら、俺は自分が受けるべき講義が行われる教室へと入る。


「あ、きらちゃん。やっほー」

「め……めぐちゃん、やっほー」


 甘宮(あまみや)(めぐみ)(小3)がとてとてと無邪気な笑顔で俺に近付いて来ては挨拶をしてくる。

 ダンスレッスンやアイドルとは何たるかを教えてくれるのが星咲だとしたら、この子は小学生女児とは何たるかを俺に教授してくれるのだ。



「きらちゃん、このマギメロのシール可愛い、でしょ?」

「おおう。とってもかわいい! お、わたしのシナマンのシールもどうかな」

「わっ、このシナマロールちゃん、耳がたれててかわいい~」


 ふっ。

 彼女の笑顔が咲くとき、それは俺が完全に女子小学生を演じきれている証左になりえる。小さな達成感を胸に、俺は幼女道をこのペースで極め……てる場合じゃないだろ!


「そういえば、きらちゃんってホッシー様と仲良しなのうらやましいなぁ」

「ん? じゃあこのダンス講義の後、紹介しようか? どうせ俺――――わたしは残って、星咲さんとそのままダンス練習するし」

「えっ」


「気楽にお喋りすればいいと思うよ」


 すると何故か、近くの席についていた女子たちが即座に反応を示した。


「「「いいの!?」」」


 なぜお前らまで……周囲で聞き耳を立てていたのか、数人のアイドル候補生の女子中学生たちが俺の周りに群がってくる。

 しっかり断る、という選択肢もあったものの……彼女たちの鬼気迫る勢いに押され、なし崩し的に彼女たちの要望を受け入れてしまった。

 まぁ……同期と摩擦を生み過ぎるのも良くはないよな。



 ◇


 個人レッスン室へアイドル候補生たちを引き連れた俺を待っていたのは、少々不機嫌な星咲だった。


「みんな、こんにちは。じゃあ、ライヴまで時間がないから練習をしよう、きらちゃん」


 挨拶もそこそこに、トップアイドルの気迫をアイドル候補生たちにぶつけ、退散を促す星咲。彼女を慕って集まった候補生たちは『私にもダンスを教えてください』『少しだけでもお話を聞きたいです』とお願いするが、星咲は淡白な物言いで返す。


「きらちゃんを完成させるための練習を優先したいんだ、みんなごめんね。出て行ってくれるかな?」


 

 星咲の目には、『時間を無駄にはできないのに何を考えているの』と俺に抗議していた。

 これは完全に俺の配慮不足と反省し、星咲に謝ってからみんなにも頭を下げる。



「せめてレッスン風景を見させてもらってもいいですか!?」

「アイドル候補生として、勉強させてください!」

「絶対にお邪魔はしません!」


 それでもアイドル候補生たちはこの貴重なチャンスを逃したくはなかったようだ。

 これには一瞬、星咲は返答に詰まった。なぜなら、レッスンの邪魔をしなければ星咲に断る理由はないからだ。

 しかし、なぜか星咲は気が進まなそうにしている。でも俺からすると、このままでは単に俺の特別扱いをみんなに示しただけで終わってしまいかねない。



「ほ、星咲さん。俺からもお願い」


 いつも愛想のいいはずの星咲が、またしても嫌そうな雰囲気を出す。

 しかし俺や候補生たちの熱い視線に耐えかねたのか、観念したように小さな溜息を吐いた。


「……別に構わないよ」


 嬉しさで飛び跳ねる甘宮恵を筆頭に、その場の全員に笑顔が広がっていく。

 しかし、一人だけ表情が曇りっぱなしの人物もいた。それは星咲だ。



「せっかく二人きりの……」


 かすかに星咲が何かを口にしたが、俺は聞き逃してしまった。

 しかしそんな些細な事も気にならないぐらいの厳しいレッスンが始まる。俺は星咲の指導の元、魔法力(マギアト)を全身にみなぎらせ、自分の身体能力を限界まで引き上げる。それから曲に合わせて何度も何度も失敗を繰り返し、完璧以上のものを目指し踊り続ける。


 澄み渡る意識は【アイドル候補生】たちの存在を消し、高まる心が星咲の完全なる姿に追いつきたいと飢える。そして、研ぎ澄まされる感覚がそれら全てを四肢へと注ぎこみ、身体を躍動させる。



 休憩を挟みながら、2時間は踊り続けただろうか。


「今日はここまで。きらちゃん、上達してきてるね」


 星咲は額から玉の雫をこぼし、俺へとはにかむ。

 見た者がハッとしてしまいそうな、時を止めそうな程に美しい笑顔を咲かせる。



「はぁっはぁっ……星咲さんの指導のおかげ。そ、それに、星咲さんと比べたらっ、月とすっぽん……」


 くたくたのボロボロ、身体を酷使した後はいつもこうだ。でも、同時に心地よい倦怠感と爽快感を味わえるのだ。『身体を動かすのが気持ちいい』なんて言い出す体育会系を(うた)う奴らの気持ちが、全く理解できなかった俺だが。最近では少しだけ理解できるような気がする。

 それと、常に自分より一歩どころか百歩も美しく可愛い動きで先を行く存在がいる悔しさに、胸の奥が熱くもなる。



白星(しらほし)さん……あの小さな体で、あんなに激しいダンスレッスンをこなすなんて……」

「序列8位のホッシー様のペースに……かろうじてだけど、候補生がついていけるとか……」


「さすが百合姫さまに目をつけられただけの事はあるわ」

「きらちゃん、私と同い年なのに……すごい」


魔法力(マギアト)が星咲さんに負けてない……? 白星さんって確か、『魔史書(ヒストリカ)』のレベルが【魔法級】よね?」



 レッスンが終わる頃になれば、なぜか俺に畏敬の眼差しを向けてくるアイドル候補生たち。



「んんー、きらちゃんのダンスが上手になったのはボクのおかげ? 星咲師匠(・・)のおかげってことかな?」

「はいはい、ありがとうございます」


 みんなの前でどさくさに自分を『師匠』と呼ばそうとする星咲に対し、俺は片手をヒラヒラとするだけでやり過ごす。しかし、今回は簡単には逃してくれないのか、ギュッと抱きしめてくるではないか。


「きらちゃん、かわいくないね」


 台詞の内容が表すものと反対に、星咲の表情はニヤニヤとしている。そのまま俺の小さな身体を貪るようにして手癖の悪い両手が絡みついてくる。

 互いに汗まみれなのに、頬までくっつけてくる始末だ。


「……可愛くなくていいです」


 

 正直、ここまで深いスキンシップは遠慮願いたい。

 星咲の柔らかい部分が色々と当たって、その、刺激が強過ぎる。あと、どうしてコイツは汗をかいた後なのに、いい匂いがするんだ!?

 落ち着け、俺。動揺するな……1秒でも早く魔の手から解放される方法を模索しなくては。


 いつもなら、キモいしベタつくから辞めろと一蹴して終わる。しかし、今はアイドル候補生たちが見ている手前、星咲に対してぞんざいな態度は取れない。彼女たちの憧れの存在へ、粗雑な対応をしたら……今後、どのような風評を立てられるかわかったものではない。

 あの【不死姫(プレリュード)】序列8位の星咲にダンスを教わっておきながら、候補生にあるまじき失礼な態度をしている、だなんて流布されたらマズイ気がする。



「素直じゃないね、きらちゃんは。でもそんなとこも好きだよ?」


 そんな俺の内情をいとも容易く把握したのか、星咲は怪しい笑みを浮かべながら、更に色々と怪しい部分にまで手を伸ばし始める。


「くっ」

「ん、どうしたのきらちゃん? ここが良かったの?」


「ちょっ」

「素直になれないきらちゃんも、ここは嬉しいのかな?」

「やめっ、……あっ」


 星咲に触れられた箇所に、火が灯るような熱さを感じる。次に全身に電流が走るような衝撃に見舞われ、腰と脚からするりと力が抜けて床へと尻持ちをついてしまった。

体験したことない感覚に驚きはしたが、俺は何くそと上を向いて星咲の方を睨むも……視界が潤んでいた。初めての衝撃に身体が驚いたのか、なぜか涙腺が緩んでしまったようだ。


「きらちゃん、かわいいよ」

 

 ねこなで声で俺を褒め、見下ろす星咲。彼女が次に何をしかけてくるのかと身構えていたが、予想外にそれ以上何かをする気配は見せなかった。


「ここから先のきらちゃんの表情(かお)は私だけのもの。誰かに見せるなんてもったいない」


 アイドル候補生へとニコリと笑い、星咲は何事もなかったかのようにタオルを俺へとかぶせ、甲斐甲斐しく汗を拭き始めるのだった。

 それをどこか惚けた眼差しで眺める甘宮恵ちゃんたち。




 後に序列8位の星咲が、アイドル候補生の『白星きら』を溺愛しているという噂が流れたのは、また別の話である。



読んでくださり、ありがとうございます。

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