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26話 迷走ランデブー


「てめぇ! ぶっころされてぇのか!?」


 どうして俺が星咲をかばうみたいに、ガラの悪い人達と対面で向き合っているのか

それは彼女に恩があるからだ。

 具体的に言えば、星咲の推薦で飛び級じみたチャンス、星咲が敢行するライブのバックダンサーとしてのポジションを獲得できた。

 つまり、こんなところで問題でも起こせばライブが中止になったりする可能性だってゼロじゃない。だから俺は星咲の前に立ったのだ。


「おい、聞いてんのか!?」

「ビビってますね」

「こんなの無視でよくね? ホッシー、俺らとあそぼーぜー」


 近日中に行われるライブでの踊りや魅せ方次第では、俺の序列が【アイドル候補生】から【アイドル研修生】へと一気に昇格するかもしれないわけで。

 それにはもちろん、星咲が毎日つけてくれる稽古が必須なわけだ。

 そもそもクレープ屋などに行ってる気分でもない。


 なのでコレは、俺のためにやっている。

 そう、星咲のためではない。


「はいはい、お兄さんたち。少し静かにしてくれないかな」


 何食わぬ顔でお兄さん達に近付く。


「うざっ! 一回死んどけ!」


 すると、お兄さんのうちの一人が不意に拳を放ってきた。

 俺が首を軽く横に動かし、ギリギリの所でかわす。

 こういうのは偶然を装った雰囲気が重要なのだ。


「なっ、てめぇ!」

 

 さらに二人目の乱入。ここで見事に避けきるのも不自然だったので、パンチの軌道を読み切り、上手く調整して自分の肩へと当てる。

 わたあめが触れたような衝撃だ。


「落ちつけって」


 俺が三人にそう言うも、なんと冷静さを欠き始めたのはクラスの奴らだった。

 というか優一だった。


「ビビって悪かった! 鈴木ぃ! 助太刀するぜ!」


 優一が血気盛んに振り抜いた右手。気持ちのいいパンチが、俺の肩を殴ったお兄さんの頬に炸裂。

 さらに他のクラスメイトも叫ぶ。


「ホッシーは全く関係ないから! 事務所に戻っててくれよ」

「鈴木が送っていってやれ!」

「俺らの喧嘩だ!」

「女子は解散してろー!」


 かばってくれるのはありがたいのだが、いかんせん事が大きくなり始めてる。

 仮にこいつらの言う通り、星咲をこの場から離脱させても……クラスメイトが傷付くのを星咲は喜ばない。

 

「みんな落ち着けって!」


 だから声を張り上げる。同時にしゃがんで、左足を軸に右足を伸ばして回転蹴りを放つ。イキッてる三人組ごと、クラスの男子ども数人の足元をすくう。


 倒れ伏したイキり君たちの一人を右足で踏みつけ、もう二人は両手で掴む。

 箇所はどこでもいいが、それぞれ背中、右腕、肩だ。

 そして軽く【魔法力(マギアト)】を込めて力を入れれば、ミシリと何かが軋む音を響かせた。

 微動だにできない彼らに、低く小さな声でぼそりと告げる。


「お兄さんたち、これ以上騒ぎにするなら」


 徐々に力を強めればミシミシと変な音が、俺の足や腕を伝って聞こえてくる。


「このまま潰していくぞ?」


 三人組は幽霊でも見たかのように、顔を凍りつかせた。

 怯えは意地を容易く折ったようだ。


「がぁぁあ……わ、わかった」

「も、もう、騒がないから、」

「いてえ……た、たすけ、……」


 急に大人しくなったイキり君たち。


「鈴木ぃ、びっくりしたわ」

「俺らまで転ばす必要あったか?」

「てか、なに? 鈴木はムエタイでもやってたの?」


 クラスの連中もイキりくんたちの様子を見て冷静になってくれた。


「この技の切れか! これが最近、鈴木がやつれていた原因だったのか。お前、密かに格闘技の修行してたのかよ」


 優一にいたっては都合のいい勘違いをしてくれている。

 事態をうまく終息できた俺はホッと一息つく。

 だが、そんな安心は束の間だった。俺の耳が、遠くの方から『警察だ!』『そこをどきなさい!』という叫び声を拾ったのだ。


 誰かがこの騒ぎを見て通報してしまったようだ。

 それはクラスの連中も理解したようで、逡巡しているようだ。しかもなぜか『どうする?』とみんなが俺へ問い掛けるように視線を集中させてきた。


「……」


 うーん、普通に釈明してもいいんだろうけど……警察の事情聴取は長い。

 貴重なレッスンの時間が削れてしまうな。


 でもまぁ、仕方ないかなと諦めていると――


「鈴木、行けよ」


 クラスの連中が清々しい笑顔を送ってきた。どいつもこいつも凛々しい顔で、俺を見つめてくる。


「ここは俺達に任せておけ」

「ホッシーを巻き込むわけにはいかない」

「ホッシーがピンチの時に出遅れちまったし」


「ここで挽回のチャンス、くれよ」

「アイドル嫌いのお前なら、ホッシーと万が一もないだろうし」

「さぁ行けって」


 じゃあお言葉に甘えるとするかね。


「あぁ、みんなありがとな」


 ……なんだろうな、この気持ち。

 クラスメイトなんて俺にとって灰色の存在だった。いてもいなくても気にならない、空気のようなもの。

 それが今は……春に芽吹く桜のように、鮮やかな彩りを帯びて見えた。



 だから俺は、地面に寝そべる連中へドスの効いた声を落としておく。


「戯言を警察に言ってみろ。星咲の事務所が本格的に訴訟を起こすぞ。もちろん俺も、次にお前らを見かけたらどうするかわからない。社会的にも肉体的にも死ぬかもな」

 

 そうして彼らを解放する。


「余計なことを喋らず、自分達の非を認めれば傷は浅くなる」


 すっかり委縮しきったイキり3人組への対処は終わった。

 あとはこの場から早急に離脱するだけだ。


「ほら、行くぞ」


 そう言って、まごまごしていた星咲へと手を伸ばす。


「えっ、でもみんなに悪いからボクは残るよ」


 不安気に揺れる星咲の瞳に気付き、俺は溜息を吐く。

 こいつ。

 アイドル業に関しちゃ、迷いを見せる素振りなんて微塵もなかったのに。学校やクラスメイトの事となると、こうも頼りなくなる。


「いいから、来いって」


 クラスの奴らもいい所を星咲に見せたいんだろうよ。

 俺は強引に星咲の腕を取った。


「えっ、す、鈴木くん!?」


 まだ躊躇している星咲を牽引すべく駆け出す。

 クラスメイトの囲みを利用し、警察には見えない位置から一団を抜けだす。そして人々を避けながら、俺達は風のように走り続ける。


「ふふふっ」


 背後で駆ける星咲が唐突に笑ったので、不謹慎だと思い振り返る。


「どうした?」


 足は止めずに、何がおかしいのか尋ねる。


「んん。さっきは、ありがとね」

「別に。早くダンスレッスンがしたかった、だけだ」

 

「ちょっとかっこよかったよ」


 走っているからなのか、星咲は頬を上気させていた。

 その少し艶めかしい表情にドキリとしつつも俺は顔をそむけて前を見る。


「ねぇね」

「今度は何だ。余計なこと喋ってないで、走るのに集中しろ」


「鈴木くんは絶対にボクの腕、取らないって言ってたよね?」

「……か、絡めてはいない」


「ふふっ。でも握ってる」


 星咲の幸せそうな笑いがすぐ傍で漏れる。


「握ってくれた」


 お互いの手が熱いと感じ、俺はすぐに離したのだった。




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