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24話 秘密の特訓

 見られている。

 教室の隅にいる切継(きりつぐ)から妙な視線を感じ、俺は身体を強張らせながらも自然体で机へと突っ伏し続ける。


 あんな本音を聞いた以上、奴を見返すわけにはいかない。


「鈴木ぃー、今日、お前、ひま?」

「おれ、忙しい、暇人、おつ」


 お、いいところに来たな優一。


「んだよー、お前最近付き合いわりぃーぞ」

「いや、ほんとに色々忙しいんだって」


「ほーん」


 いぶかしむ優一の双眸から逃れるように、俺は手元のスマホへと視線を落とす。そこには放課後の予定が一つ埋まったことが告げられていた。


『今日も放課後、ダンスレッスンをしてあげる』



 星咲コーチから秘密の特訓をしてもらう連絡が入った。

 あいつは隣の席で数人のクラスメイトに囲まれ、わいわいやってるリア充でありながら、俺と優一のやり取りも目ざとく耳に入れていたのだろう。そして間髪いれずに俺の予定にレッスンをブチ込むという鬼畜さ。


 アイドル稼業をさぼるな、と釘を刺されたような迅速さに辟易してしまう。

 そもそも、そんなつもりは最初から微塵もない。

 怠惰にしていると俺の命は無くなってしまい、愛する妹の夢来(みらい)との生活が失われるのだから。

 

「おにぃ! 今日もおべんと忘れて! いい加減にしてよ?」


 噂をすれば我が妹様のご降臨だ。



「おう、俺の天使よ。愛する兄のためにわざわざ弁当を届けに来るとか女神だな」


「天使か女神、どっちなの。っていうか、そういう事を言うのやめてよ」


 周囲の視線を気にしているのか、羞恥で頬を染める夢来の顔を見れるとは、今日一の眼福眼福。



 わざと弁当を忘れ、妹に届けてもらう。

 このかけがえのない日常を失うわけにはいかないのだ。





「もっとターンの時に右手を伸ばして! 笑顔を保つ!」


 切継(きりつぐ)の家にお邪魔してから三日が経った今、俺は毎日【シード機関】に行く前と行った後で星咲にダンスを見てもらっている。


「きらちゃんは身体が小さい分、動きでダイナミックさをアピールするの! 存在感を際立たせるの!」


 鬼コーチ、星咲の指示が飛ぶ。

 人気の少ない公園で、『銀白昼夢(プラネタリウラ)』を発動しながらのガチなダンスレッスンだ。

 

 正直に言おう。

 アイドルなめてた。



 まずは肉体的疲労が半端ない。

 ダンスレッスンはキツイのだ。


 そして次は精神的苦痛と重圧(プレッシャー)

 きたる【人類崩壊変異体(アンチ・ヒューマン)】との戦に備え、準備をしていると嫌でも意識させられる授業内容。これはなかなか重いけれど、生き残るためには仕方ないと割り切れる。


 あとは俺の場合、序列8位の星咲と知り合いだとわかった同期の【アイドル候補生】から『魔法級のくせに特別扱いとかウケる』なんて嫌味もよく言われる。だがコレは無視できるレベルだ。

こうやって星咲じきじきにレッスンをしてもらっているので、特別扱いは事実。同期に愚痴をこぼされるぐらいで、最高級のパフォーマンス技術を磨いている彼女の指導を受けれるのはありがたい。本人には俺がそう思っているとは一切伝えていないが。


 では、何が問題かって?



「きらちゃん! そこで笑顔をはじけさせるの! ウィンクなんかしたり、首をかしげたり、もっとあざとく、自分を可愛く見せるの!」


 そう、これだ。

 中身が男の俺がッッッ!



「はいっ! そこで決め台詞!」


「うっ……み、みんなをキラッキラッにす、するよ?」


「恥ずかしがってちゃダメ!」


 これ、これなのだ。

 可愛く振る舞うというのが苦痛以外のなにものでもないのだ。





「ダンスの……練習に付き合ってくれてありがとな……」


 近所から少し離れた、小山の上にある公園。

 そこにあるブランコに、疲れた全身を預けブラブラとする。

 隣のブランコに座る星咲は、笑顔満点な様子で返事をしてくる。


「鈴木くんはボクの弟子なんだから当然」

「はいはい」


 倦怠感の積もりから身体を解放するように『銀白昼夢(プラネタリウラ)』を解く。男姿に戻ったところで蓄積された疲労がなくなりはしないが、やっぱり自然体の自分が一番だと思い、空と地の境界線へと沈みゆく太陽を清々しい気持ちで眺める。


 ここから見える夕焼けは綺麗で眩しい。


 懐かしい匂いと景色に思わず目をつむる。

 昔はよくここで秘密基地なんか作って遊んだっけ。いつの間にか坂道を上がるのが面倒になって、来なくなってたな。あの頃はここにたくさんの子供がいたのに、今や俺達以外の人間はいなく、ひどくわびしい印象を受ける。


 そんな場所で、俺と日本のトップアイドルが人目を忍んでダンスレッスンとか、人生なにが起こるかわからないなぁ。



「しかし、なんでこんなに俺に良くしてくれるんだ?」


 正直、魔法女子になる瞬間に立ち会ったとはいえ、星咲は俺の世話をしすぎている。それには感謝しているものの、やっぱり何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう(さが)なのだ。

 特に魔法女子アイドルに対しては。



「鈴木くんに、8日間だけボクの性奴隷になってほしいから」

「ならん」


 こ、こいつはまた……美少女にあるまじきけしからん事を口走って……。


「あははっ、じょーだんだって」


 本当に冗談なのか、非常に疑わしいが……ここで否定していても話は進まなそうだったので、続きを黙って待つ。


「鈴木くんはね……ボクが男だったって事実を知っても、気味悪がったり、変に距離を置こうとしなかったから」


「ほーん。ま、俺としては何でもいいけどな」


 利用させてもらってるわけだし。

 星咲が元男だろうが何だろうが、俺が助かっている事実は変わらない。


「そういうところが、いいなって思ったから」


 星咲が俯きながらブランコをわずかに揺らす。

 一瞬、照れているように見えた仕草だったが、下を向いた瞳の中にわずかな憂いが帯びていたのを俺は気付く。

 きっと、こいつは性別が変わって、周りの男友達や女友達と上手くいかなかったのかもしれない。断片的にしか星咲の過去を知らない俺は、彼女にかけるべき言葉を絞りだせなかった。



「そろそろ【アイドル研修生】に昇格するテストがあるでしょ? 順調?」


 しんみりした空気を払拭するように話題を変える星咲に、これ幸いに俺はのっかる。


「筆記の方は楽勝だが、問題はダンスと……殺処分(リハーサル)だな」


「ダンスのテストは、アイドルのライブに着いて行って、バックで踊るやつだよね」


「お、おう」


「それ、ボクのライブに君が踊れるように配置されてるから。がんばってね」


「は!?」


 全国8位にランクインする【不死姫(プレリュード)】のライブにか!?


 確か序列(ランク)上位のアイドルライブって、候補生や研修生がバックダンサーを務めない……現役の魔法女子アイドル、特に中位から下位の序列にいるアイドル達が選抜されるんじゃなかったか?


 そんな大舞台で……いきなり【アイドル候補生】の俺が!?


 人気の高いアイドルのライブにはたくさんの人々が見に来る。星咲は全国8位なわけで、ライブの動員数も屈指だ。それだけ多くの人々に見てもらえるチャンスなわけで、そんな舞台に立てるのは自分を売り込む絶好の機会なわけだ。


 それは1000番台から2000番台のアイドルにとって、喉から手が出るほどに欲しい舞台でもある。自分一人の力じゃ認識してもらえない今、最も注目のあるアイドルのライブに出て、少しでも人々に覚えてもらうこと。



「口添えしておいたから。君のアイドルデビューを鮮烈に飾る一押しができれば、と思ってね」


 そんな大舞台に俺が出ていい訳がない。

 


「いや、しかし実力不足にも程があるだろう」


「鈴木くんなら、一生懸命やればできると思うよ?」


 平然と言い切る星咲に俺は苦笑いを浮かべる他ない。

 こいつはこう、なんでいつも滅茶苦茶に前向きなんだろうな。


 星咲の口添えは、素直に言って嬉しい。ダンスが他のアイドルより劣っていようが、ぎこちなかろうが、魔法女子はインパクトと見た目が重要視される場合もある。特に俺の『銀白昼夢(プラネタリウラ)』の外見は幼いわけで、人々の目には多少の下手さは仕方ないと映るはずだ。むしろ、そのぎこちなさは愛嬌に変わる武器になる。そして何より【アイドル候補生】なのに、あのホッシーのライブに出演しているという事実が何より重要なのだ。



『あの子は何者だ?』

『見た事無いぞ』


『アイドル候補生なのにホッシーのライブで踊ってる?』

『事務所内でもすごく有望株なんじゃないか?』

『要チェックだな』



 って噂が流れる可能性も十分にあるわけだ。

 アイドルデビュー前から知名度を上げておけば、俺を推してくれる人間が増える可能性もある。


 そういうのもひっくるめて、全部を承知で星咲は俺の後押しをしてくれている。だから、かなりハードルの高い事実を告げられた今でも、星咲の『一生懸命やればできる』なんて言葉を、すんなりと受け入れてしまいそうになっている自分がいる。

 本来であれば、こういう『やればできる!』って感じの体育会系なノリは嫌いだ。それでも、やってみるかって思ってしまうのは、やはり星咲に恩があるからだろうな。



「なぁ……魔法女子アイドルをやってて辛いって思うことはないのか?」


 星咲の話が本当なら本番まで一週間もない。

 それまで指定された振り付けをマスターできるか自信がないのだ。おそらく星咲のライブで踊ると決まったのは昨日のことだろう。なら、星咲の持ち曲に合わせた振り付けを今日から【シード機関】で教わるはずだ。

【アイドル研修生】への昇格テストは一曲分のダンス。だけど今から5日足らずでそれをマスターできるかどうか、不安はでかい。



「ボクはね、みんなの一番星になりたいから。辛い、よりも楽しいかな」


 辛いことは否定しない星咲。彼女はニカッと宵空に浮かぶ一番星みたいに白い歯を見せる。


「お前はもう十分に輝きまくってるだろうが」



 ほんと、自分にできない事なんてない。そう信じてやまない、前向きな姿勢をいつもお前からは感じるよ。それがどうしようもなく……嫌で、悔しい。


 俺だったらとっくに諦めてる領分を、こいつなら笑顔一つで片づけちまうんだろうなって容易に想像できてしまう。しかもそれが、俺が蔑み、恨み続けていた魔法女子アイドルなのだから、なおさら悔しいって感情が湧き出てしまう。


 いつからだろうな。自分の限界を決めつけるようになったのは。



『自分はこれくらいの人間だ』

『分不相応な望みに対し、がむしゃらになるのって無駄だし、かっこ悪い』


 そう思うようになっていた。



 こいつを見ていると、それを覆したくなるんだよな。


「なになに、急にボクをじっと見て。好きなの?」

「べつに、」


 すっと顔を近づけてくる星咲。


「おらおらぁ、素直になりなよ?」


 しまいに彼女はお行儀わるく股を軽く開き、そのしなやかな足を俺のブランコへと絡めた。星咲の右足にグイッと引き寄せられ、さらに距離が近くなる。


「ちかいから、お前、ほんと近いからな?」

「あれ? どうしてそんなに慌てるの?」


 俺が制止しても、星咲のからかいは一向に止む気配がない。


「同じ【アイドル候補生】の甘宮(あまみや)(めぐみ)ちゃんだっけ? あの子とは肩を組んでたのに、わたしと足を組むのは恥ずかしいの?」


「お前のは組む(・・)んじゃなくて、絡めてるだけだろ」


「じゃあ。足、組む?」


「お前……いい加減にしろよ」


 このままじゃ埒が明かないと判断した俺はブランコから立ち、星咲との距離をあける。するとこいつはクスクスと笑いだした。

 


「やっぱり、鈴木くんといると楽しいなぁー」


 ムスッとしながら振り返ると、星咲はやっぱり綺麗な笑顔で俺を見つめていた。


「だって、ボクが元男だって知っていながら、慌てちゃったりしてるとこが可愛い」


 そりゃあ、元男だからって今はお前、まごうことなき美少女だからな!?



「ボクが元男って知ってるのに、ときめいちゃう。それって、魔法女子アイドルの超絶美少女、ホッシーに欲情してるんじゃなくて……」


 ときめいてないから。



「ボク、星咲永留(ながる)個人にドキドキしてるんでしょ? ボクっていう一人の人間に」


 それ、健全な男子高校生として当然の反応だから。



「ダンスだけじゃなく、師匠のボクがえっちな事も教えてあげようか?」


「…………」


 こ、こいつは本当に、どうしようもない奴だ。



「あれ? 今の間は怪しいね。何を想像したの? 何を天秤にかけたの?」


 理性と誇りを、なんて口が裂けても言えない。


「ほらほら、師匠に白状してみなさい」


「やだよ。それにお前みたいな変態が、俺の師匠とか笑えるから」



「ふぅん? 強がるんだ。でもボクは優しいからね、チャンスをあげる」


 そう言って星咲は片方の耳に髪をかけ、その魅惑的な仕草と共に俺との距離を一歩詰めてくる。


「ボクの事を師匠って呼べば、師匠らしく夜戦(・・)をじっくり仕込んであげるよ?」



「え、遠慮しておく」




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