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19話 友情とお迎え


「なんじゃなんじゃ、若いのにだらしないのぉ」


「こんなかるーいレッスンをこなせないなら、アイドルになるのを諦めるか、私とお姉ちゃんに殺されるか、選んでください?」


 双子のダンスレッスンが始まって1時間。

 妹の汝乃(なんじの)リアによる宣言通り、教室内の誰もが生まれたてのゾンビのようにぐだーっとなっていた。


 彼女たちが楽曲に合わせて見せた――魅せた踊りは、双子のシンパシーあってこその業なのか……一糸乱れぬ動きで、感嘆の息が漏れるほどに美しく、可愛く、そしてかっこいいダンスだった。

 

 あんなレベルの高いパフォーマンスを見せられた後に鬼の特訓、もとい指導は苛烈を極めた。

 特に初参加の俺にとっては地獄そのものだったが……俺は死に物狂いで頑張った。というのも、大志(たいし)の騒動で俺はこいつらに殺されかけたわけで、いつ双子姉妹に俺の正体がバレるか内心でヒヤヒヤしていたのだ。

 怪しまれないためにも、魔法女子アイドルを目指す模範的で向上心のある候補生を演じているのだが。


 辛すぎる。

 全身が悲鳴を上げているし、足もプルプルだ。

 


 だが、屈するわけにはいかない。

 こいつらが『殺す』とか『死ね』とかレッスン中の候補生たちに言うものだから、ついつい俺としては本気なんじゃないかと懸念して、身体が勝手に動き出してしまうのだ。


 あんな光景は二度とごめんだ。あれが避けられるのなら、鬼候補生のオーダーには極力応えなくてはいけないはず。


「はぁはぁ――ッ」


 その結果、汗まみれ。

 額に張りつく前髪は不快。

 荒い息を繰り返し過ぎて、心臓がバクバクと悲鳴を上げて痛い。


 恐怖心によって、こうして限界を超えたその先に待ち受けていたのは――――



「へー、アイドル候補生13番……白星(しらほし)さん、ね。あなた、なかなか頑張りますね」


 ひぃっ。

 こっちこないでくれ、頼む。

 なんて願望は虚しく、双子姉妹の視線が突き刺さる。

 

「その意気込みや良し。ほれリアよ、わしの言った通り(・・・・・)じゃろぉ?」


「確かにお姉ちゃんの言う通り、この子は気持ちだけは強いです。でも、技術は全然だめだし、まだまだ練習が必要。それと噂じゃ【魔史書(ヒストリカ)】も【魔法級】ですよね?」


「ううーむ……? そんなはずはないんじゃがなぁ……」


「とにかく、ほら。水分補給ですよ」


 ひぃぃぃい。

 毒とか混ぜてないですかね!?

 なんて疑念は口が裂けても言えず、妹のリアが持っていたペットボトルを唐突に手渡してきたので、薦められるがままに受け取ってしまう。



「熱中症で倒れても知りませんよ。飲むのですよ」


 ぐぅぅぁ。

 他の候補生にはこんなことをしてないのに、なぜに俺だけ――――って、まさか正体を知ってて毒殺を狙っている? 何か周囲に回避策はないものかと視線を巡らすと、なぜか他の候補生たちが目を丸くして、俺と汝乃リアの様子を観察しているではないか。さっきまでゾンビのようにくたーっと床に横たわっていたのが嘘のように、凝視している。



『うそ……あんな風にリアさんが自分の物をあげるなんて……』

『……見たことない』


『あれって、本当に候補生トップの汝乃(なんじの)リアさんだよね?』

白星(しらほし)さんが気に入られたってこと?』

『【魔法級】なのに』


 なんてひそひそ言ってる暇があったら、俺の代わりに毒入りペットボトルを飲みほしてくれよ……。

そんな心の悲鳴なんてのは誰にも聞こえず。


「どうしたのです? 早く飲みなさい」


 もちろん何がきっかけで角が立つかわからないから、汝乃リアのペッドボトルをありがたく頂戴したフリをして……口に運ぶ……。



「ん……んぐっ……ぷはっ……」


 あ、あれ? 

 普通に、乾いた身体に染み渡る美味しさだぞ。

 一度口にしたら止まらない喉越しに、俺はどんどん給水してしまう。


「いい飲みっぷりですね」


「……んっ……くっ…………あ、ありがとうございます」


「べつにお礼はいりません。お姉ちゃんが貴女(あなた)とは仲良くしろと言うから、こうしたまでです」


 そんな妹リアの言葉に、俺は怪訝な視線を姉のロアに向けてしまった。

 さすがは殺処分(リハーサル)を嬉々とこなす技量の持ち主、汝乃(なんじ)ロアは瞬時に俺の視線を察知してニコリと微笑んだ。


「将来有望な魔法女子と、面識を作っておくのは常道じゃろ?」


 金髪ツインテールを自慢気に揺らし、偉そうにない胸を張ってふんぞり返っていた。






「づ、づがれ゛だ~……」

 

 地獄のレッスンから解放された俺は、しばらくその場から動けずにいた。

 いつもなら直帰なのだが心と身体のケアが必要だ。

 正直、身体中のあちこちが痛む。


「いつも……研修生のレッスンはきびしいけど……汝乃(なんじの)姉妹のレッスンは、たいへんです……」


 隣で伸びに伸びきっている小学生女児、甘宮恵も相当堪えているのだろう。


「そういえば……あの姉妹って何者?」

「ええとですね……」


 甘宮恵の話によれば、今最も魔法女子アイドルとして正規デビューする可能性のある研修生なのだとか。序列は3107位と3108位。つまりは【アイドル候補生】の中でも上位7と8の数字を冠する姉妹のようだ。


「候補生の中ではすごい奴らなのか」

「【魔史書(ヒストリカ)】もめずらしいのだって。二人で一つの【魔史書(ヒストリカ)】をつかいこなす、期待の新人さんなのだとか」


 そんなのもいるのか。

 しかし二人で一つの【魔史書(ヒストリカ)】を分かつって、威力が半減したり、片方が【読み解き(リード)】してたらもう一方は使えないんじゃないか?


「……二人で一つって、不便じゃないの?」

「うーん……不便そうかも?」


 甘宮恵自身は彼女たちのことについて深くは知っていなそうだ。

 これ以上の質問は不毛だと判断し、そろそろ帰宅しようかと立ち上がる。まだ過酷レッスンの弊害で全身に痛みが残っているけど、長居は無用だ。そんな俺に合わせるかのように甘宮恵も立ち上がろうとするが、疲労困憊から足元がふらつき倒れてしまいそうになっていた。


 見かねた俺が肩を貸すように身体を彼女の脇に滑り込ませる。今は体格的に同じなのでこういった動きは容易い。



「ッッ……痛い……」


 けれど、甘宮との衝突によって起きた軽い衝撃が節々(ふしぶし)の痛みを刺激する。

 


「白星さんっ……だ、大丈夫? そ、その、ごめんね……」

「いや、謝る必要はないよ」


 悪いのは全部、悪夢的なレッスンを強要した汝乃(なんじの)姉妹だ。


「あ、あのっ……それじゃあ、ありがとう」


 はにかみながら、笑顔を咲かせる甘宮。

 肩を組んでいるため俺達の顔と顔の距離は近い。だから彼女の吐息が頬に吹きかかってきて、妙にくすぐったい。


「……こ、困った時はお互いさまということで」


 正直、最年少組である甘宮恵があの鬼訓練に耐え切った方が驚きなのだ。俺は中身が高校生男児だから精神的にも、女児よりかはストレスとプレッシャーに強いはず。年上の俺としては、これぐらいのフォローして当たり前なのだ。


「何かに困ったら遠慮なく言うんだよ、甘宮さん」


 もちろん俺が困った時は最大限に利用させてもらうつもりだ。その辺もかねてしっかりと念を押しておかねば。

 そう、これはけっして! まだ幼い少女が必死にレッスンに食らいつこうと、懸命に踊っていた姿に心打たれたわけではない。応援したくなったわけではないのだ。けっして。



「それじゃあ、あの……わたしのことを(めぐみ)……めぐって呼んでくれないかな?」


「え?」


 

 この俺が女子を下の名で呼び捨て……いや、慌てるな。彼女はほんの子供だ。特に意識する場面でも照れる局面でもない。


「『甘宮』さんって言われるたびに、なんだか困っちゃって……わたしなんかに『さん』付けしなくていいの」


「いやいやいや……」


「困った時は何でも言ってって……その、やっぱり迷惑だった?」


「いやいやいやいやいや」


「それで、その……わたしも白星さんのことは、その……」


 え、ちょ、待って。

 この流れから察するに――まさか、まさかの――――


「きらちゃんって呼びたくて」


 ですよね……そうなりますよね。

 うぁぁあ、その名前だけは勘弁してほしい。

 ほんとに、うん。それは星咲が命名しただけであって……。

 俺がきらちゃんとかね、うん、痛すぎるんだ。

 


「いや、それは……」

「だめ?」



 ……。

 …………。


 ……俺は一つの事実を悟った。


 小学生女児の不安げな瞳でうるうる見つめる攻撃には誰も敵わないと。

 彼女の申し出を断ってしまうのは簡単だ。しかし、その後にくる彼女のちょこっと傷付いた顔を目にし、迫りくる罪悪感に誰が耐えられようか。いや耐えられない。


「い、……いいよ?」


「ありがとう、きらちゃんっ」


「……」


「きらちゃん?」

 

 やめい……。


「きらちゃん?」


 連呼やめれ……。


「きーらーちゃん?」


 何を求めているかわかる。

 わかるのだが、ええい!

 いたしかたない。


「わかったよ……め、め……めぐ」


「ありがとう、きらちゃん」


 動揺と羞恥心、そして諦め。

 それらでいっぱいっぱいだった俺は、教室入り口で数人の【アイドル研修生】が騒いでいるのに気付くのが遅れてしまった。

 

『どうして、候補生エリアに!?』

『うそ!? 私、大ファンなんです!』


『見て見てッ! あそこにいるのって【不死姫(プレリュード)】よ』

『うわぁぁ、あの子が噂の【百合姫】さま!? 素敵ッ!』



 うん? 聞き覚えのある単語を耳が拾う。

 俺はその怪しげなワードの発信源となった場所に目を向ける。

 

 すると教室入り口には十人以上の【候補生】たちが、どよめきでもって大集合している。

 その中心には見慣れたピンクの髪がひょこひょこと揺れている。


 もしや……。




「やぁ、きらちゃん。帰りが遅いからお迎えに来ちゃったよ」



 意味不明なことを発言したのは星咲だった。もちろん教室内は爆弾が投下されたかのようにざわめきが広がってゆく。


 星咲は甘宮(小学生女児)と肩を組む俺を見つめ、静かに微笑んでいた。


 その笑みに、誰もを籠絡する魅力があろうと俺だけは奴に呑まれることはなかった。




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