映し出されるのは 1
一応R15?のつもりです。(保険として)
R指定、いりますかね?
チリーンッ チリーンッ チリーンッ
聖女の聖鐘の音が静かに響き渡る。
魔力の少ない者は気付かなかったが、魔力の多少ある者、魔法使い、勘の良い者はだんだん空気が冴えていくのが分かった。
それと同時に気付く。
ーーー 何か、いる。
ずるりっ、ずるりと何かを引きずるような音がする。
ーーー どこから?
謁見の間に詰めかけた諸侯と使者は、先程のアラルコン首脳部と聖女との話で判明した事実に、互いに情報交換をしていたのだ。個人的な意見を言い合い、カノープスの横暴に抗議の声を上げている真っ最中だったのだ。
だが、今は誰も口を開かない。いや、開いている者もいる。だが、喉の奥で空気が固まっている。顎が、舌が、動かない。指一本、瞼も動かない。身体が何かに圧迫されて動けない。ガチガチに固まって動けないのだ。
何かを引きずる音が謁見の間を駆け回る。
玉座の後ろから聖女の前へ。
入り口から聖女の前へ。
ある使者殿の傍から。ある貴族の前から。衛兵の間から。
ありとあらゆる場所から、聖女と国王の間に音が集まる。
チリーンッ チリーンッ カンッ
いつの間にか聖女が床の上に座り込んでおり、彼女は聖鐘と金色の金属でできた平たい太鼓のような物を鳴らして拍子を取り、歌う様な呪文らしきモノを唱えている。
彼女の膝の前で香が焚かれており、濃い白い煙が聖女一行の周りを漂っていた。
いや、聖女達の周りから煙が動かないのだ。本来ならば開けている窓から入る風で拡散される筈なのに。
今は昼のはずなのに、どこか暗い。この謁見の間は光が入りやすく明るい事で有名だった。
眼球を懸命に動かして皆は気付くーーー影がブレている。
国王夫婦の影が、聖女一行の影が、謁見の間の柱の影がブレていて形を成さない。
その聖女一行の姿さえも見えなくなるほど煙が密集した時、すぅーっと幾つかの塊ができたと思ったら、成人男性よりも背の高い炎の様な額縁の丸い鏡と、複数の人間が姿を現した。
多くはこの国の人間のようだが、この世には決して存在しないはずの色があった。
黒目黒髪の男女が4人。
髪を振り乱し、背中から胸に剣を突き出した少年。
白いウエディングドレスを纏った枯れ枝のように痩せ細り、両手首の無い女。
手足が折れ曲り、頭が抉れている脳症がはみ出ている男。
あちこちに傷を作り、二つに裂かれた体から内臓をこぼした壮年の男。
「ーーーーーーーっ!!!!??……」
悲鳴にならない悲鳴を上げた後、皆は気づく。
伝承でしか伝えられていない、絵姿でしか見たことのない姿。かなり面変わりしているが、ほぼ間違いない。
女と少年は初代聖女と勇者だった。
チリーンッ チリーンッ カンッ
チリーンッ チリーンッ カンッ
「ーーーさあ、真実の時間だ。」
聖女の言葉に4人の異世界人は天井に着くかと思うくらい大きくなり、哭いた。
*** 始まりの異世界人 ***
かえりたい かえりたい
きがつくと しらないばしょだった
やっとにじめんせつまでいったのに やっとしゅうしょくできるかのせとぎわだったのに
いきなりじめんがひかってひきづりこまれたとおもったら しらないところでがいこくじんにかこまれていた
なにもしらないのに なにもしてないのに しばられてなぐられたりみずにしずめられたり ゆびをおられはをぬかれつめをはがされ ゆびをつぶされ てあしをおられた
かえりたい かえりたい かえりたい かえりたい……
聖女一行の側に煙が晴れるとともに現れた鏡に、ある一人の青年が映し出されていた。
何かを片手で持ち、耳に当てて歩いている。と、突然足下に魔法陣が現れ、青年がもがいて抵抗するも虚しく吸い込まれてしまった。
吐き出された先はこの世界。魔術師と騎士らしき者の衣装から見ると、100年程昔の様だ。
どうやら何かの魔法陣の実験をしていたらしい。
彼等はいきなり現れた青年に驚き、剣を喉元にあてて拘束すると、そのまま別室に連行して拷問を始めた。
何も知らない青年が正直に話しても彼等は拷問を続けた。何かひどく後ろめたい事があったのかもしれない。
青年の顔の形が分からぬくらいに腫れあがり、手足が折れ曲り指もぐちゃぐちゃになって、感覚が無くなっても、拷問は止まなかった。拷問係のミスで頭をかち割られて青年が死んでしまうと、彼等は青年だったものを王城の裏にある森に無造作に捨てて、動物達の餌にした。
それからしばらく経った頃、青年の霊が森をさまよう様になった。家族を求めて、故郷を求めて、仲間を求めて。
やがてどこにもないと分かると、その嘆きが森の動物達を狂わせ、その悲しみが森の動物達を異形の物に変えていった。
森の動物は人間を襲うようになり、森全体が薄暗くどんよりとした空気で覆われると、踏み入れた者は帰らないようになってしまった。
王城より異変を解明すべく騎士団が派遣されるが、異形と化した動物に襲われて死亡したり、森を彷徨う何かに遭遇して精神を病んだりと原因を解明できなかった。
森の近くに住む者は帰らぬ家族を嘆き、同じように何かを求めて嘆く者が彷徨う森を嘆きの森と呼ぶようになった。