謁見の間にて 2
謁見の間ではもう全ての参列者が声を抑えずにいられなかった。
あらかじめ訪れた地の食事会で、旅が終わり謁見の間で国王達と会談する時は、代表者に訪れてほしい旨を伝えていたので、ここには辺境は元より他国の使者と教皇庁の使者もいた。
彼らは長い間魔物に苦しめられていた為、この場で討伐の結果を聞く必要があるというのが聖女の主張であった。
国王夫妻、騎士団長、宮廷魔術師長、宰相は無表情を貫くが、額に汗をかいている。
「………………」
「答えられぬのですか?それとも答える気は無い?
まあ、どちらでもこの際いいでしょう。元々無関係な異世界人である私には関係のない事です。
後はこの国の者と関係国とでやってください。」
身の蓋もない事をアッサリと口にするマリ。
その言い分に若干鼻白む者もいるが、彼女の主張をいつも聞いていた旅の仲間はすまなそうに軽く会釈した。
「では、私は仕事としてこの魔物を二度と世に出ぬよう封印いたしましょう。
それに伴い、約束の報酬を私に払い、元の世界に帰していただきたい。」
「それはできない。」
今度は国王から即答が帰ってきた。その言葉を聞き、マリは片眉を上げた。
「聖女殿には申し訳ないが、実は元々返す術はなかったのだ。
良き結婚相手を用意するゆえ、どうか魔物を封印した上で、この国に幾久しくいて欲しい。」
「では、最初から騙すつもりだった、という事ですね。
それは歴代の聖女や勇者も同じであったと。」
「伯父上!それはっ…」
「レグルス王子、お控え下さいっ‼︎ 身の程が過ぎましょうぞ!」
レグルスの声を騎士団長が遮る。だがそれにアスピディスケ副騎士団長とオルクス魔術師が異論を唱えた。
「王子の声を遮るのは不敬では無いのかな?
お忘れのようですが、レグルス王子は先代聖女の御子。母親に関する事ならば無関係ではありません。
陛下に問わずにはいられますまい?」
「国王陛下をはじめ、聖女を召喚した際にあの場にいた責任者達は全て聖女と誓約をしました。
『この問題を解決した暁には、必ず元の世界にマリを返す』と。
誓約の言葉はその地位や名誉・命、全てをかけて行われるものです。
それを翻すとは、皆様は責任を取って命を捧げるおつもりか?」
アスピディスケ副騎士団長とオルクス魔術師の静かな問いに、その場の緊張が一気に高まった。
マリは目を逸らさず初老の王を見据えた。
それを遮る様に宰相が進み出た。
「我が王に対して無礼であろう!
所詮聖女といえど異世界の婢女。貴族であった事を踏まえ我が国の貴族の一員に加えようというのだ!
これほどの栄誉はあるまい!」
「ふむ、本音が出たか……。
前にも言いましたが、私は誘拐犯に対する礼儀など持ち合わせてなどおりません。
己の言葉に責任を持たぬ王の言葉など信用いたしませんし、そのような者の治める国の貴族に嫁ぐなど、私を利用して骨までしゃぶり尽くそうとする意図が見え見えなので、お断りいたします。」
「しゃぶっ……なんと無礼な!そこまで我が国の品位を貶めますか!」
王妃の悲鳴のような抗議にもマリは涼しい顔をしたままだった。
「では私が受け取るべき討伐の報酬と、私が作った馬車と浄水器・冷蔵庫・調味料等の特許料は誰の物になるのでしょう?
以前この国に誘拐された異世界人は皆様が確認しているのは、聖女が二人で勇者が一人。
初代聖女は技術の秘匿と開発者の権利を守るために特許権という物を制定させました。
彼女は四輪法を伝え、紙と千歯扱き等の農具を開発いたしました。その次に召喚された勇者はポンプや風車・水車を、先代聖女は様々な調味料や料理道具を開発しています。彼女達の特許料はどうなっているのですか?
先代聖女の分は息子であるレグルス王子に渡されるのが普通ですが、ちゃんと王子に副収入として渡していますか?
これまで誘拐された異世界人の内二人は、自分らが元の世界に戻ったり死亡した場合、自分らの特許料を討伐で死亡した兵士の遺族と負傷した兵士の手当てや、被害を受けた地域の復興資金に使って欲しいと遺言してました。
ちゃんと彼女達の希望通り配当されておりますか?」
「そんなモノ知らぬっ!!」
「マリ様の指示の元、大聖堂跡をくまなく探索した結果、初代聖女が息を引き取った部屋の壁で発見しました。
後に勇者が書き足したと思われる同じ内容の文章も隣に書いてありました。少なくとも50年前には認識されていた筈です。」
「知らぬと言っているだろうがぁっ! !」
この答弁に周囲は更に騒めきが立った。諸侯はもとより、他国からの使者も周りにいる辺境貴族と言葉を交わす。「そんなモノ届いたことはない」という声がそこらここらで囁かれ、近所の領地や教皇庁の使者とも確認している。
もはや誰にも静粛を求める宰相の声も聞こえない。
しかしマリの静かな声は、謁見の間にいる全ての者の耳になぜか確実に届いた。
「この国では女性の固有財産は認められておりません。
しかし、私を元の世界にどうしても帰せないというなら、私の開発した道具の特許料は私のモノであり、討伐前に定めた報酬とは別に徴収するものと主張いたします。
私はこの国の者とは絶対に結婚いたしませんし、教会にも行きません。
報酬と特許料でこの国を出て暮らします。」
「そのような勝手が許されると思うかっ!!!!
そなたは我が息子、スコーピオンの側室となるのだっ!!!!
衛兵っ!! 聖女一行は長旅の為、お疲れである!! 少々錯乱しているようだ!! 別室にお連れしろっ!!!」
国王の命令で忠実な近衛騎士達が謁見の間に殺到する………筈だった。
しばらく聖女を指差して固まっていたが、誰も入ってこない事に王達は戸惑った。
「…何?……ゲホゴホゲホゴホ……あ、あぁー。
近衛隊、であえぇ〜いぃ!」
ーーーー シーン。
ドサドサドサッといきなり王達と聖女達の間に近衛の騎士が縛られて放り出されて、王達と諸侯は驚き跳ねた。
聖女一行は平然と王達を睨んでいる。
「そろそろ時間だ……。」
聖女が金の聖鐘を、チリーンッと鳴らした。