謁見の間にて 1
謁見の間にて王侯貴族と教会関係者が見守る中、聖女一行と国王夫妻が向き合っていた。
正確には聖女は車椅子に座っている。着脱しやすい楽な衣装で、合わせた胸元から血の付いた包帯が少し見えている。聖女を庇うようにレグルス王子とオルクス魔術師副団長とアスピディスケ副騎士団長が囲んで立っている。
そしてその足元には件の護衛騎士と大司教が簀巻きにされて転がっていた。
「……容疑者の護衛騎士シリウスとプロキオン大司教がよく私の愚痴を言っていたのは、皆が知っております。また、私が魔物を封印している事に対して不満を持っていた事も。
しかし、魔物に関する文献を読み解く限り、同じ魔物が時を置いて復活しているのは明白。
魔物に祈りを捧げ沈静化していたという対処法であったため、何度も復活していた様です。
ですから今回は魔道具に封印し、しかるべき対処をして二度とこの世界に出さない様にするのが、この度の目的でした。
旅に出る前に教会関係者とこの国の上層部とよく話し合った末での対処法でしたのに、彼に周知されていなかったのはどうしてなんでしょう?
特に大司教は当事者でしたよね」
その言葉に国王と宰相は眉をひそめた。謁見の間に詰め合わせた貴族達も黙ってはいるが、容疑者の姿に困惑するよりも彼等の現状を把握することにしたようで何も言わない。
「そもそも、私共無関係の異世界人が、この国に頼んでもいないのに誘拐されたのは、この国が魔物を退治できなかったからでしたよね?
全く文化も習慣も違う世界に、着の身着のままで無理矢理、魔物退治をさせるためだけに、連れて来たんですよね?
しかも、私が帰りたくとも魔物のせいで魔素とやらが安定しないから無理だと言われ、帰るためだけに協力する羽目になったんですよね?
さらにこの旅の前には、この国の王女とその友人である令嬢達と教会関係者のその子息や令嬢は、討伐の準備やこの世界の常識を知るのに忙しく睡眠時間すら削っていた私を、討伐とは全く関係のない只の暇潰しのために旅に出立する前に茶会に呼び寄せようとし、断ったら私が上位貴族の男漁りをしてるだのと悪意のある噂を流し、無理矢理参加させた挙句珍獣扱いして時間を無駄にさせ、出立を遅らせましたよね。
プロキオン大司教と王女の元護衛騎士のシリウス殿はその責任を取って、急遽出立の三日前に討伐隊に加わる事になったんですよね?
どういう事なんです?
この国は魔物を退治したくはなかったという事ですか?」
声は高くはなかったが、謁見の間にいる諸侯の隅々にまで抗議の声は届いた。
その話を初めて聞いた貴族は密かに眉をひそめるが、国王の御前であることを踏まえ、無表情を取り繕う。
オルクス魔術師とアスピディスケ副騎士団長が一礼して一歩前へ出た。
「私共からもお聞きしたいことがございます。
魔物の被害は甚大で、討伐を繰り返すも悉く失敗しておりました。
マリ様はその事を踏まえ、過去に召喚した聖女と勇者、討伐隊の文献を求めましたが、王都には本人達の遺稿は全く残っておらず、過去に彼等が立ち寄ったと言われる地方の方がかえって豊富にありました。
過去の異世界人がどの様にして魔物を退治したかなど、これまで伝わっていなかったのは何故なのでしょう。
その方法が伝えられていたならば、ここまで被害が拡大する事はなかったのではありませんか?」
「それ以前の問題として、これまで繰り返し魔物が復活することが分かっていたなら、なぜ最前線となる地域に砦を築き魔術師や司祭や騎士を常駐させてなかったのですか?
その地域には聖女や勇者に関する文献もありましたし、現地で対策を研究し実践することも可能だったはずです。」
その言葉に今度こそざわめきが起こった。
文献は聖女達の他に同行した討伐隊のもあったのだ。異世界の人々の文字が読めないのは仕方がないとしても、討伐に参加した人々の文献が残っていたのは初耳の者が大半であった。
ここでレグルス王子が進み出た。
「国王陛下、またプロキオン大司教にもお聞きしたい事がございます。
こちらをご覧ください。」
王子の合図を受けて、部下の数人が板の上に何かを乗せて持ってきた。
良く見ればそれは旅立つ際に王子に下賜された聖剣であった。ただし刃は途中で折られ、何か複雑な文様の書かれた細長いリボンのような物でぐるぐる巻きにされている。
「これは教会の管理のもと国王陛下より下賜された聖剣でございます。
これを賜ったその日にマリ殿によって封印されました。『死にたくなければ抜くな』というのがマリ殿の言葉でした。
私はマリ殿を信じ、代わりの剣で魔物討伐をしていましたが、シリウス殿が無理矢理聖剣の封印を破り剣を抜いたところ、突如奇声をあげ周りの人間を襲い始めました。
マリ殿が聖剣を折ったところ、彼は糸が切れたように倒れ暫くしてから正気を取り戻しましたが、その間の記憶は失っていました。
死者5名負傷者7名ーーこの討伐にて最初で最後の戦死者です。」
ここでレグルスは視線を下げた。その様は死者に黙祷を捧げているようだった。
そして再び上げた瞳には明らかに怒りがあった。
「マリ殿の指示の下、呪われた山脈で鍛冶場跡を探索したところ、この剣に関する文献が発見されました。
その文献を残したのは聖剣を打った鍛治師の息子です。
それには、この剣を作った後父親が幻覚を見て狂死した事。
この聖剣の持ち主は凄い力を得るが、剣を抜いたら最後、周りに動くモノが無くなるまで剣を振り回し、死ぬまで敵味方関係なく切り刻んでしまう事が書いてありました。
そのような不吉な剣をなぜ聖剣とし、我らに持たせたのですか?
全てお答えいただきたい!」