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侍女達の祈り

「初めまして。オノ=マリと申します。ご指導、ご鞭撻のほどをよろしくお願いします。」


自分達がこれから仕えるべき聖女に、そう言われて頭を下げられ、飛び上がるほど驚きました。



******



私は、貴族といっても名ばかりの、貧乏人の子沢山を絵に描いたような男爵家の長女でした。

兄が二人おり、下の兄が騎士をしていましたが、私の下にまだ3人の弟妹がいた為、伝手を頼って王宮で侍女をしておりました。

仕事ぶりはまあ普通であったと思います。ただ家の名に恥じぬよう、家族が肩身の狭い思いをせぬよう、精一杯真面目に勤めさせていただいておりました。

いつの間にやら婚期を逃し、侍女から女官に昇進しましたが、王族の専属女官になる事はありませんでした。


そんな私がまさか、尊き聖女様の女官に任命されるとは!


最初にその事を女官長様からお聞きした時は、頭が真っ白になりました。

何かの間違いかと思いましたが真実で、もう一人つけられた侍女のアダーラと共にご挨拶に伺ったところ、先に聖女様からご挨拶されてしまいました。

慌てて頭を上げるように頼んだところ、「これからこの世界の事を教えてもらうのだから」と譲りませんでした。

私は不思議でした。

てっきり聖女様はこの世の事は何でもご存知だと思っていたからです。

しかも聖女様はご自身が聖女である事を否定なされました。


「私は同意もなしに無理矢理この世界に誘拐され、魔物退治を強要されているんです。

魔物を退治しない限り元の世界に帰れないというので、仕方なく協力する事にしただけで、『聖女』という称号を受けるほどできた人物ではないし迷惑なだけなので、その地位は拒否しました。」


あまりの言い分に納得がいきませんでした。伝承とはかなり懸け離れ過ぎていたからです。

私たち二人とも、その思いが顔に出ていたのでしょう。聖女様は「眼を閉じて下さい。」と私達に頼みました。

私達が眼を閉じたのを確認すると、聖女様は語りかけました。


「まず、あなた達の故郷と家族を思い浮かべてください。

懐かしい故郷で家族が笑っています。家族に給料の仕送りをしているあなたは、今度の休みに何をお土産にするのか考えています。

ところがいきなり樽に詰められて船に乗せられ、国交もない国に連れ去られ『貴女は聖女として剣を持ち、この国の敵を葬ってくれ』と頼まれます。

貴女は『喜んで』と言ってその言葉に従いますか?」


そこまで言われて愕然と眼を開けました。マリ様は静かに私たちを見つめておられました。


「私がここに来た時の状況は、正にソレに近かったのです。」


あまりの事に言葉のない私達にマリ様は再び頭を下げられました。


「この世界は来たばかりで、私はこの世界の常識は何一つ分からないんです。

すみませんが、私に生活の仕方やこの世界の事を教えてくれませんか?」


国政というのは綺麗事だけでは済まないのは存じております。

私が直接関与したのではありませんが、我が国の事情に無理矢理巻き込んでしまったのです。心から精一杯お仕えしようと心に決めました。



******



マリ様が来られて半年後に討伐の旅に出立されました。

ユミル様と共にマリ様の侍女としてお仕えした日々が懐かしく思い出されます。

ご自身で仰られたように、彼の方は本当にこの世界の事は何も存じませんでした。

トイレや顔を洗う時でさえ、私どもが道具の使い方を教えてました。

話を聞く限り、500年ほど昔の遠い異国の文明に似ているそうなのですが、文献で読んだ事しかなく知っているのと使うとのはえらい違いだとボヤいておられました。

彼の方の世界は魔法がない割に、随分と進んだ文明だったようです。

初めの頃王家や教会、貴族の各家からお茶会やお食事のお招きがありましたが、マナーが分からないためとお断りしておりました。ユミル様と共に、女官長様や宰相様へ私達の教えている内容をお伝えしたところ、ひどく驚かれ


「異世界から来たばかりで、文化が違い過ぎ、不自由が多いのですね。

慣れるまでしばらくかかるでしょうし、旅に出られるまでその様な催しは控えた方が良いでしょう」


と納得なさってくれました。

ですが、貴族の皆様にはソレが不遜であると受け取られた様です。

マリ様は寝起きされている騎士寮で使用人達の手伝いをしながら、この国の庶民の生活を学んでおられたのですが、その間騎士団と魔術師団と国の首脳部以外とは必要以外全く会おうとはなさりませんでした。

事実、その様な暇はなかったのでございます。

過去の聖女や勇者の遺稿や魔物に関する情報を集め、この国の文字や旅に必要な最低限の常識ーーお金の単位や価値・商売に関する事。旅に必要な知識や薬草・一般医療、馬の乗り方などーーを学び、討伐隊と共に旅の道具や武器や馬車を改良する。騎士と共に体を鍛え、魔法の下拵えをする。

夜には勉学を忘れぬ様故郷の教科書を開き予習復習をする。

体がいくつあっても足りません。


それが「教会や王家を蔑ろにし、上位貴族の男漁りをしている」などと言いがかりをつけられようとは!


ユミル様も私も聞いた時は何をいっているのだと開いた口が塞がりませんでした。同じ騎士寮の使用人の皆様を始め、騎士寮で暮らす騎士様達も怒り立ち上がりました。

マリ様は応急手当ての練習と称して怪我をした騎士様や魔術師様の手当てをし、騎士寮で食堂のお手伝いをして新しい調味料を開発し、夜勤の者に夜食を差し入れたり、食料を保存する道具を開発したりと、寮の中では人望を築いておられたのです。皆が噂の出所を探して下さいました。

噂の出所は、呆れた事に教会と王家の後宮からでした。無関係のマリ様をこちらの事情に巻き込んでおきながら、何を言っているのやら。私たちは頭を抱えました。

しかも出立間際に、強引に王女様達がマリ様に茶会をねじ込んで来たのです。

仕方なくマリ様は手土産の菓子を用意し、持って来た荷物の中で一番綺麗な服を着て臨みました。そして私共が今後立場を悪くしない様にと、私共を解任なさったのでした。

ですからそのお茶会の事は、当時給仕をしていた侍女仲間から伝え聞いた事しか分かりません。

なんでも強引に茶会に引きずり出した王女様とご友人の令嬢達は、マリ様にご自身の無知と非常識を的確に指摘され咎められ、面目を潰されてしまったそうです。

更に王女様達が例の噂の話をして嘲笑えば、話を誘導されてマリ様の代わりに王女様達が聖女として聖女隊を結成して旅立つ事にしてしまったので、陛下と王妃様とご令嬢達のご両親様達がマリ様に平謝りして撤回していただいたそうです。

マリ様は旅の準備の為三日寝ていなかったので、たいそう機嫌が悪かったそうですが、侍女仲間の話ですと、それはそれは綺麗な笑顔で終始過ごされていたとか。

あんな凍りつく様な茶会は初めてだったと、王女様の護衛騎士様と侍女達は顔を青ざめていたそうです。


マリ様はレグルス様のお母上であられる先代聖女様とよく比較されますが、お優しく親しみやすいのは共通でありました。王侯貴族や教会関係者の多くに厳しいのは、あの方々が何かとマリ様を利用なさろうとしているのが分かりやすかっただからだと思われます。

マリ様はそれは見事に綺麗に映る鏡をお持ちでありました。なんでも、婚約者様にいただいたとか。


「いつだったかな?これをくれた時、彼は私にこう言ったんです。

『鏡を人が映す様に、人は人を映すもんなんだぞ。これ見て笑顔の練習しろよ。

お前が笑ってくれたら廻りも笑顔をお前にくれるからさぁ。』って。」


深く納得いたしました。素敵な婚約者をお持ちなのですねと申し上げたら、お顔を赤くして頷かれました。




魔物討伐の旅に出られてから、ユミル様と共に皆様のご無事をお祈りしておりました。

討伐隊から来るお知らせではマリ様はかつてない御業で魔物を狩り、大地を再生なさっておられるとか。討伐隊の皆様も誰一人欠ける事なくご無事であられるそうで、王都では皆笑顔で沸き返っておりました。

だから最初聞いた時、耳を疑ったのでございます。


聖女が護衛騎士の一人に斬られた、と。


全ての浄化が終わった日の事でございました。

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