討伐隊の希望
「まったく今代の聖女様も困ったものです。」
旅を始めてからというもの、大司教様はその言葉が口癖になってしまった。
『聖女』という役目を否定し、王家にも教会にも敬意を払おうとはしない。いや、口調は割と丁寧になるのだ。ただ誠意が感じられないだけで。
「頭とは尊き行いに自然と垂れるものだ。」と平然と口にしているので、我々が誘拐犯だから敬意なんぞ払う気は無いという事なんだろう。なまじ正論だから反論できない。
『聖女』とは慈悲深く清廉で無垢な少女であったと聞いていた。
今代の聖女は親切ではあるが、「タダ働きは嫌いだ」と明言し細かく報酬を査定し求め、目的を遂げるのに手段を選ばなかった。
貴族主義の魔術師団を実力主義の団体に再編し、職人ギルドに魔物を退治するための道具作りを依頼し、国と教会に過去の魔物と聖女と勇者の伝説・遺稿、この国と大陸の歴史を求めた。
使えるモノは貴族だろうが教会だろうがきょうハ……ゲホゴホゲホゴホ……協力を求め、聖女という地位を利用し、技術を提供して旅の道具を改新した。
渋い顔をする者も当然多く、聖女は評判を落としていたがまったく気にかけてもいなかった。
振動がものすごく少ない馬車。折り畳み収納のできる寝具。真水を作る浄水器。食糧を長持ちさせる箱。
どれも使ってみると好評であった。特に馬車は歳を召した大司教様にはとてもありがたい物だったろう。乗り物酔いが全くなくなったと言って、イソイソと乗り込む姿が印象的であった。
だが特筆すべきはやはり破邪の弓であろう。
最初は何の為の道具か分からなかった。鹿の角や胡桃の木などを楕円形にし、複数の穴を通り開けたものを鏃とした着けた矢など、何をするのか分からなかった。
******
呪われた山脈では魔物の影響で山の木々と動物が魔物化し、近づく人々を襲っていた。
聖女は山の麓まで来ると、長い尾を持ち冠のような羽根が頭にある紅い鳥の絵を出した。
「朱雀召喚!」
すると紙から紅い鳥が浮き出して、馬車ほどの大きさになって飛んでいく。圧倒的な神気に魔力を持つ者は気圧された。鳥が羽ばたく度に羽から火の粉が生まれ、魔物化した樹木を焼き払う。
それを見て今度は白い毛皮に黒の縞がある猫の絵を出し、同じ様に紙から飛び出させた。
「白虎召喚!」
ビャッコと呼ばれた動物は熊くらいに大きくなった。一声吠えると大風が吹き、鳥が出した炎を広げる。
悲鳴をあげながら燃え尽きた樹木から黒い煙が立ち上がるが、その煙は前回と同じように出された鳥達により追い立てられた。
そして、炎の間を練って魔物化した獣達が怒りの形相でこちらに向かって来る。
「全員、弓構えぇーーいっ、射よっ!」
ブゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーンッ!!!
一斉に射られた矢は高い音を立てて魔物に突き立てられた。いつもなら矢は魔物に弾かれるのだが、破邪の矢が当たった魔物は砂のように崩れていく。当たらなくとも、明らかに怯んで動きが止まった。その怯んだ魔物をスジャクとビャッコが燃やして切り刻む。
討伐隊の中から歓声が上がった。
その時魔物の大群が炎の中から現れた。
しかしその時は魔術師団と司祭達が浄化の呪文を完成しており、魔物は呪文を叩きつけられると、断末魔をあげて崩れていく。形が崩れた魔物達は黒い霧のようになって空へ登ろうとするが、サファイアを細かく繋げたような、すごく太くて長い何かがうねうねと天空を覆い尽くし、山脈の外側に豪雨を降らして、霧を逃さなかった。
山脈の魔物全てを退治し焼き払い聖女の首飾りに封じ込め、豪雨が山脈の炎を消化した頃、いつの間にか聖女が白い幅の広い袖の上着と紅いスカートに似た異国の装束を身に付け、手にスレイベルを持ち立っていた。
シャンッ シャンッ シャンッ!
片手にスレイベルをもち、それについている5色の長いリボンを反対の手でまとめて持ってステップを踏む。歌は歌わず、ただ無言で舞っている。
薄く化粧を掃き紅を指し、黄色い小花の束の下に細かい銀の札を目線まで垂らした簪を額の上に挿している。細かい銀の札が舞うたびに揺れ、美しい。いや、舞そのものが静謐で荘厳なものに感じられ、美しい。我々は戦さの後の倦怠感もあり、ただ聖女に見惚れるしかなかった。
そして舞終わると、聖女は膝と両手をついて深々と頭を下げた。
その下げた先に、いつの間にかでかい小山があるのを我々は訝しんだ。
そしてその次の瞬間、その小山の先にあるまあるい丘の裾が上にパカリッと開いて、
バッフゥゥゥゥゥーーーーーーーーーンンッ!!!
と強風に飛ばされた時、それが初めて亀だと気づいた。
しばらくして回っていた目が焦点をつないで、呪われた山脈をみると、焼けて裸になっていた山に若木の芽と背の低い雑草が生えていた。
再生の息吹がそこにあった。
スジャクとビャッコ、空にいた蒼く長太い何かと大亀はいなくなっていた。
討伐隊の誰かが欠けることもなく生きている。
討伐隊に選ばれた時、死を覚悟したーー今まで無事に帰った者はいなかったからだ。
無力感に打ちひしがれ、ただ絶望していた嘗ての仲間達の目に希望が芽生えていた。
故郷の幼馴染の笑顔が浮かぶ。
ーー今度こそ帰る。そして長年の思いを伝えたい。
彼女は明らかに我々の希望だった。
本人がどれだけ否定しても我々は敬意を持ってこう呼ぶのだ。
ーーーーー『聖女』と。