魔術師隊長の決意
聖女の息子のレグルス王子に会ったのは学園の入学式でだった。
かの有名な王子が在校生として祝辞を述べる姿を、入学生の最後尾から眺めていた。
過去の聖女の功績で作られたこの学園は、貴族と平民の実力者で構成されていた。
子供が生まれたら国に登録し、10歳になったら魔術の検査をして才能ありと認められると、平民はこの学園に通う。
俺は神殿の孤児院の孤児だったが、この時才能ありと認められ学園に通う様になった。
学園に通う生徒の年齢は子供から大人までいたが、貴族が7、大商人の子や俺の様な魔術の才能があり集められた庶民の子が3という割合だった。
魔力のある庶民はこの学園で魔術師か司祭になる事を選択するのだ。
しかし、貴族の家を継げない子息や令嬢の良い就職先でもあったので、狭き門だった。
実力は充分だった。しかし二度落ちた。貴族の子息が優先されていたからだ。
庶民も受かれば領地の無い宮廷男爵として1代限りの爵位を与えられ貴族と同じ扱いになるが、地方廻りの巡回医療や書類整理などの雑用、魔物の討伐をやらされていた。
魔物討伐で気を狂い魔法が使えなくなる者がザラだったので、俺は医療魔法以外はできないフリをしていた。
しかし学園での実力を知る者もいた為、あまり上手くはいっていなかった。
聖女が召喚され、慌ただしく聖女を中心とした魔物討伐隊が編成されたが、聖女は否と再編を求めた。
そして独自で調べたリストをあげ、役職にあるものが一人もいない事。庶民出身者ばかりで貴族出身者がいない事。
実力がわからないとごねて、魔術師の選抜大会を提案した。
その結果、貴族出身の魔術師の大半が初戦で負け、庶民出身の魔術師が上位の多くを占める結果となってしまった。
頭を抱えたのは国の上層部だった。
責任を担うべき幹部が軒並み落ちたのだ。
人事を担う魔術師団長の目は節穴かそれとも賄賂で役職を売ったのかと言われても反論できない。
団長は「貴族こそが民衆を導くのだから、貴族出身者が役職についていたのだ」と答えたが、再び聖女がどこからかその幹部らの素行調査書を提出し、彼らの無能ぶりを上層部に晒した。
結果、大会終了後大幅な人事異動となり、魔術師団長は魔物討伐が終了後懲戒免職される事が決まった。
新たに編成された魔術師団で副団長に俺が選ばれたと告げられて、一瞬ウソだと思った。
だがその後に、討伐隊の魔術師隊の隊長に選ばれて納得した。こいつらは俺を死なせるために選んだのだ、と。
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荒れ狂う魔物が聖女に怨嗟の咆哮を叩きつける。
俺は咄嗟に腕で顔を庇い後ずさったが、レグルス王子が聖剣から手を放し、聖女を庇うために聖女の前に出る。
「レグルス王子!」
心が壊れて倒れ臥す王子を想像し青くなったが、王子の半歩手前でソレは遮られた。
聖女が聞いたことのない呪文を唱え手を叩くと、あの暴れまくっていた魔力が嘘のように鎮まり、魔物の勢いが小さくなり、聖女の首飾りに封印された。
「……嘘だろう……」
俺は自分が見たものが信じられなかった。
こんなに呆気なく魔物が封印されるなんて……。
沸々と怒りが湧いてきた。
なんでだ?過去に魔物を退治したという聖女も勇者も、なんでこの術を後世に伝えなかった。
どうしてあいつらは死ななくてはならなかったんだ。どうして……。
「どうしてっ!? どうしてもっと早く来なかったっ!!? どうして俺達の友たちは死ななければならなかったんだっ!どうしてっ……っ」
「おいやめろっ!アルファルド!やめろっ!!」
気がつけば聖女の胸元を掴んでいた。護衛騎士隊長と王子が俺を抑えていた。
他の護衛騎士が聖女を庇って前に出たが、聖女はそれを抑えて俺と向き合った。
「……どうしてだと?そんなの簡単だ。国が無能だっただけじゃないか」
今朝の朝食を述べるように淡々と聖女は答えた。
「力のある貴族が力のない庶民を助けるには当然だ。そのためだけに庶民は国に税金を払ってるんだ。
先代の聖女はそれだけでは足りないと見て、才能ある庶民を取り立てる制度を作った。
だが、実際は見てみろ。貴族の特権が優れた者を要職に就くことを阻み、実力の足りない無能がサボりながら手を抜いて国を停滞させている。
過去の勇者や聖女から何も学ぼうとはしなかったツケが溜まりに溜まって、このザマだ。
本来なら無関係な異世界人である私達は、ここにはいないはずだったんだ。」
大胆すぎる言葉だった。不敬で首を刎ねられてもおかしくはなかった。
あまりの事に息をするのも忘れた。
「互いに切磋琢磨して研究や鍛錬を重ね、実力を高めることもせずヌクヌクと権力というぬるま湯に浸かりきり、現実から目を背ける。
聖女だの勇者だのと持ち上げておきながら、心では蔑み侮蔑し言葉を軽んじて全く話を聞こうとしない。
聖女と勇者の記録が少ないのが何よりの証拠だろう。
私達を恨むのはお門違いだ。」
ひたりとまっすぐな目で俺を見据え、瞬きもせず言い切った。
もしかして、聖女はものすごく怒っているのか?
聖女は城を出る前過去の聖女と勇者の遺稿や記録を求めたが、魔物による被害のせいでかなり少なかった。
だが、本当に魔物のせいだけなのだろうか?
さまざまな事が思い浮かぶ。
「ならば頼むっ。俺達にあなたの魔術を教えてくれっ!!」
今度こそ逃してはならない。望んで魔術師になった訳ではなかった。
だが、魔物退治で壊れたあいつらは、心の底から国と国民を思っていた奴らがほとんどだったんだ。使い潰される為だけに生きてきた訳じゃない。そんな風に終わるような奴らじゃなかったんだ。
忘れていたかつての熱を思い出した。