遠くにありて
少々残酷な表現があります。
「ーーー以上をもちまして、卒業の祝いの言葉とさせていただきます。
第14代国王 レグルス・テーベ・アラルコン」
大母神の顕現から5年経った。
マリ達が先代国王夫妻とその側近の多くを罪人として連れて行った後、この国は荒れに荒れた。
あの時の様子はゴシンタイの鏡を通して、国の内外で映し出されていた。
国の上層部と教会への不信が高まり、辺境の貴族は離反しかけ、西部の教会本部から破門を言い渡されそうになった。
王都では暴動が起き、スコーピオンを始め先代の国王夫妻の子供たちは民衆に殺されそうになったが、なんとか説得して血を流さずに事を収めた。
マリ達が帰った後、大母神はアラルコンのかつての王家の犯した罪の結果、アラルコン周辺の次元がかなり歪んでいて、戦争を行おうものなら、世界への破滅が加速してしまうのだと説明してくれた。
「慰謝料はそれぞれの家から持っていくが、子や子孫には罪を問わぬ。
また、どこぞの自称『神の僕』が余計なことをしようものなら、破門する」
と宣言したため、多くの家が安堵のため息をついた。
実際、尻馬に乗って我が国の破門を主張したタカ派の枢機卿などは、二度と教会に入れなくなった。
他にも免罪符などを売り、罪を金銭で買いうやむやにしようとした裁判官やイチャモンまがいの異端審問をしていた教会関係者も同様であった。
歴代の教会関係者の罪人が、何か都合が悪くなると神をダシにして悪事を正当化していた事に、相当頭にきていたらしい。
世界各国で異常気象や生態系の変化が起こって、みんなが不安になっていたが、原因が解明され対処法が定まると、皆ある程度落ち着いた。
カノープスの第一子であるスコーピオンは王位継承権を放棄した。
他の王子や王女もまず自身が罪に問われる事を恐れ、誰も王位に就こうとは思わなかった。
自然と私に王位は転がり込んできた。
私は即位してまず、この事件の犠牲者の鎮魂と四人の異世界人を神として祀った。
その後政治を宰相に任せ、辺境を視察と称して廻り、辺境の貴族に頭を下げ、国のこれまでの対応を詫び、国から離反しないように頼み込んだ。
さらにマリが討伐隊を組織するついでにやった人事評価を元に、組織の膿を吐き出し騎士団や魔術師団のほか、財政など国のあらゆる組織体系を見直した。
そして初代聖女と勇者の遺言通り、諸々の特許料をあるべき場所へ振り分けた。
未だ辺境貴族や周辺国家からの我が国への不信は拭えない。
それでも、それらを引きずりながら前を向いて行くしかないのだ。
あとこの国で一つ変わった事がある。
マリが残したゴシンタイに元国王達の現在が写されるようになったのだ。
あの後、歴代の罪人達はマリの世界の地獄とやらに連れていかれて、裁判にかけられた。
そして全員八大地獄に落とされた。
彼らは10人の冥府の神の裁判の間中、全員不満タラタラで「なぜ裁かれなくてはならない!他の者も当たり前のようにやっている事だろう!」とのたまったが、最終的に判決を下した神は「そちらの世界でも死後に裁かれるのは当たり前だ。貴賎に関わらず罪は罪。当たり前なんだから罪を償え。」と一蹴した。
獄卒により舌を抜かれ、灼熱した鉄を喉に流し込まれるという罰を受けている者。
獄卒に生きたまま杵で突かれたり、臼で引かれる者。
焼けた鉄縄で縛られ、逆さに吊るされて動物の餌にされる者。
美女や美味しそうな食事を求め、剣山で細切れにされる者。
彼らは、そんな罰を受けて死んでもすぐ再生しまた刑が繰り返される、という罰を受けている
それが普通なら永延と八千年から三万二千年続くらしい。
しかし、魂を壊れた時空の修復に使うのでその十分の一で終わらせるそうだ。
それでも長い話である。
新しく異世界人を神として祀った時、この様子を成人した者に見せることにした。
悪い事をすれば必ず罰せられるという戒めである。
当然気を失う者や胃の中の物を吐く者や泣き出す者もいるのだが、犯罪がぐっと減ったのでそれなりの効果があったのだろう。
戦争ができなくなっても、争い事やトラブルは絶えない。
それでも、彼らのような理不尽で命を落とす者や人生を狂わせる者が出ないよう、できる事をしていこうと思う。
大丈夫。一人ではない。
私は確かに誰にも望まれないものであったのだろう。しかし今私があるのは、母がくれた護符のペンダントの他に、多くの者が私を助けてくれたからだ。
それにあの旅で、志を同じとする沢山の仲間を作る事ができたのだから。
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「………以上がこの事件の顛末です。
歴代の罪人は悉く地獄へ連れ去られ、一応断りましたが罪人が出た家系からは問答無用で財産を没収し、被害者遺族に様々な形で配分しました。
本来ならば第六王子であったカストル王子の遺族にもそれは配分される筈でしたが、彼の血縁は全て粛清されていました。
25年前に新年の祝いで一族で飲んだワインの中毒死とされていますが、カノープスと先王の差し金であった事は判明しています。」
ここで初めて小林七星は現世の冥官に目を向けた。
病室の空調はちょうど良い温度に設定されている。窓は安全に配慮して全開できないようになっている。
彼女は精神的なトラウマで実生活に戻れず、入院生活を送っていた。
「今日は随分と調子が良いのですよ。」と母親が教えてくれたが、穏やかな顔をしていても、目に光はなかった。
「レグルス王子は大母神が『因果応報』の加護を与えました。
良い行いをすれば良い事が、悪い行いをすれば悪い事が返ってくるという加護です。
内容は本人にも周りにも秘匿されていますが、彼は道を誤らないでしょう。」
「……れ、れ れ ぐ る す?」
「えぇ、レグルスです。
思いやりのある、優しい、カストル王子に似た良い子です。」
「か か、か す と る?」
「えぇ、カストル王子にそっくりですよ」
そう言って七星が抱いている赤ん坊の人形の頭を撫でた。
その様に七星は、にへらと無防備に笑った。
肌や髪は親が手入れをしているためかよく整っているが、全体的に痩せ、幼い印象が残っている。とても二十歳には見えない。
異世界で受けた凶行に傷つき、産んだ子供を愛せなくても、赤ん坊の人形を捨てては拾いを繰り返したという。
浄玻璃の鏡で何度も「怖いの!この子を堕ろしてっ!」と叫んでいた。
産んだ子を化け物のように見つめるも、この子が悪いのではない事を分かっていた。
愛したくても愛せない。
ーーー次第にカストル王子との子であると思い込むようになり、人形を抱く期間が長くなったという。
「ーーー大丈夫。もう怖い人たちはいませんよ。
もう、誰にも攫われる事はありません。」
そう言って冥官は部屋を出た。七星の両親は深く頭を下げた。




