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待ち人は……。1


年老いた女は今日も仏壇に線香を上げ、手を合わせる。


(慎吾が無事でありますように。会えますように。

おじいちゃん、おばあちゃん、ひいじいちゃん、どうか慎吾を助けて。)


大学三年生の就職活動中に忽然と行方不明になった次男。

連絡が一ヶ月近く取れずおかしいと思っていたら、大学と警察から息子が行方不明であると連絡が来た。

長男夫婦に家を任せて、夫と二人上京し行くあてもなく探し回った。

カプセルホテルに寝泊まりし、面接に行った会社を訪問し、同じく上京した友人や大学の友人に話を聞いた。時間とお金が許す限り彷徨った。

しまいには探偵を雇い、有力な情報がないか賞金を掛けた。

だが、息子は見つからないまま8年が過ぎた。

死亡届けを出すかという声が親類から出たが、却下した。

生きていて欲しいのだ。自分らが諦めたら、帰って来た時慎吾の居場所が無くなってしまう。

親が待たずして、誰が待つというのだ。

今日もたいして汚れていない次男の部屋を掃除しようと掃除機のコンセントをさした時、玄関から来訪を告げるベルが鳴った。


「ーーー息子さんのご遺体が見つかりました。」


刑事が告げた言葉に、心臓が凍ったような感覚に陥った。


「息子さんは此方で追っていた臓器売買の犯罪者集団の犠牲になったようです。

警察が摘発し、アジトと関係箇所を捜索したところ、遺骨捨て場にあった顎の骨が、息子さんの歯型と一致しました。

念のためDNA検査も行いましたが此方も一致し、息子さんであると断定しました。」


刑事の言葉が耳を滑っていく。

ウソだウソだと心が悲鳴をあげるが、刑事の言葉が頭の中で反響する。

警察署の霊安室に行くと、小さな白い箱があり、線香が供えてあった。

夫と長男と3人で引き取って、今までお世話になった人々にハガキで事の次第を連絡し、葬式を出してしばらくたった時、保険会社の外交員がやって来た。


「息子さんはアルバイトをしつつ、生命保険をかけていたようです。

受取人はご両親です。

この度、慎吾さんの死亡が確実になったので、支払われることになりました。」


掛け金は将来老人ホームで過ごしても十分な金額だった。



縁側で何も考えずに座って息子の遺影を見つめる日々が続いた。

中学を過ぎてから、息子が恥ずかしがる為、写真を撮る機会がぐっと減った。

この写真は大学へ上京する時に玄関で家族揃って撮ったものだ。何でもっとたくさん撮ってなかったのだろう。

………帰ってきてほしかった。お金などどうでも良いから、ただ無事な姿を見せてほしかった。

静かに声もなく、ただ涙が流れた。


「……母さん、車で日本を一周して見ないか?」


いつものように縁側に座っていたら、夫がそう話しかけてきた。


「慎吾はどうやら最終学年の夏休みに、自転車で北海道まで行くつもりだったらしい。高校の時は福島まで行っただろう?

一年の時は信州。二年の時は京都と大阪にアルバイトして行っていたらしい。

いろんなものを見たがっていた子だ。あの子の代わりに見に行かないか?来月で俺も定年だし。」



ワゴン車で寝泊まりしながら、いろんな所を見て回った。

冬は針葉樹の黒い緑と煙るような吹雪で作られる水墨画のような景色に荘厳な自然の脅威を感じ、春は花咲く樹木に溢れる山野を歩き、夏は海に潜り彩り豊かな魚に目を見張り、秋は収穫に沸き立つ農村や漁村、着物のような錦の山に溜息をついて、それらをスケッチブックに描いて納めた。

いつしか三年経っていた。長男に子供が産まれたと連絡があった。


「ーーー帰ろうか?慎吾も姪っ子に会いたいだろう。」


夫の言葉に自然とうなづいた。サイドボードから取り出した慎吾の写真が笑っている気がした。



******



酒とタバコの匂いに吐き気がした。客に撫で回された感触が気持ち悪く、酒も少し飲んだのもあってトイレで吐いた。

冬の夜に寒さが身にしみる。コートの前を合わせ、店を後にした。

歓楽街の街灯りは真夜中でもケバケバしく光り、寝不足の目が死にそうだ。弟はとっくに夢の中だろう。

タクシードライバーをしていた父が強盗に遭い、行方不明になってから早三年。

父が行方不明になった後、高校は中退した。

最初は街の工場で働いていたが中退者を雇おうとするところはやっぱり訳ありで、一年目で労働基準法違反と恐喝と脱税その他で社長が警察に検挙され、潰れた。

その頃あまり面識の無い親類がやってきて、生前の父が多額の借金をしていたと取り立てにやってきて、家を売られてしまった。

弟と二人、八畳一間(トイレ付き)のボロアパートに引っ越して、昼は清掃員として夜はホステスとして働いた。

弟の幸太は来年高校受験だ。本人は働くと言っていたが、自身の経験から何としても進学させたい。

うっかり駅を寝過ごしそうになり慌てて降りて、寒い小道を歩いて帰宅し、出来るだけ音と灯りを小さくしてメイクを落とすと倒れるように眠り込んだ。

どれくらい経っただろう。ピンポーンという音で目を覚ました。座卓を見るとまだ出勤には少し早く、座卓には幸太が作った朝食がのっていた。

ドアの外の人に返事をし、手早く身なりを整えてドアを開けると、黒いスーツの男が立っていた。


「佐藤幸子さん、で間違い無いでしょうか?」


警察手帳を見せながら刑事は幸子の身元を確認した。


「お父さんの遺体が見つかりました。」


強盗に殺された後、数キロ離れた山に捨てられたということだった。

身元確認をしようにも白骨化していた為、DNA検査と歯型で本人と確認できたそうだ。

それからのことはあまり覚えてはいない。

会社とお店にしばらく休むことを伝え、親類に連絡し葬式を簡素ではあるが執り行った。

その後、保険の外交員と弁護士がなぜか一緒にきて、保険金の話と裁判の話になった。

その際話の流れで、父の残したという借金の話をしたら、しばらくして例の親類が詐欺で捕まった。

父の保険金の他に父を殺した犯人達と親類からの賠償金もあり、働かなくとも幸太を高校に通わせる事が可能になった。


「姉ちゃん、夜間高校行って見ないか?」


座卓でお茶を飲んでたら、幸太がパンフレットを見せながら勧めてくれた。


「あたし、もう十九だよ?もう遅いよ。」

「そんな事ないよ。夜間高校はいろんな年齢の人が行っているらしいよ。

大検ってのも努力次第では目指せるらしいし、お金の心配がなくなったなら、肥やしにするためにやってみようよ。」

「……でも、ブランクが……」

「俺も応援するよ?お父さんだって口癖のように毎日言ってたじゃん。

『本気で頑張るなら、父さんは幸子と幸太を全力で応援するからな!』って。

俺だって応援するよ。たった二人の家族じゃん!」


その言葉に気づかぬうちに涙が一筋溢れた。


『たった二人の家族』になってしまったのだ。

行方不明ならまだ希望はあった。二人ぼっちになってしまったのだ。

その事が急に胸に迫ってきた。


「お父さん、お父さん……」


父を呼びながら涙を流す姉の頭を、弟は黙って撫で続けた。

父がいなくなってから、ひたすらに弟を守ろうと突っ走った。悲しみに蓋をして、身を粉にして働いた。

弟がいつのまにか自分の背を追い越していたのにも気づかなかった。

父への思いが、三年越しに今ようやく溢れ出て、ただひたすら悲しかった。



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