映し出されるのは 5
謁見の間は静まり返っていた。
先代聖女を知る者がこの場には幾人もいた。彼女は善人で怖がりで、それでも頑張って魔物を静めてくれたのだ。
彼女の人となりを覚えていた者達は、こみ上げてくる怒りで目がくらみそうだった。
レグルス王子は先代聖女と第六王子の子であると伝えられており、穏やかで公正な性格もあり、魔物討伐の英雄の子として人気が高かった。
今彼は青い顔をさらに白くさせ、鏡に映る光景に見入っている。初めて知る両親と自らの出生の秘密に動揺を隠せないが、それでも目を逸らさず知ろうとしていた。
彼には罪は無いが、彼はこの国の王家の罪の証しであった。
彼の意思に関係なく、真実が鏡に紡がれる。
*** 望まれなかった王子 ***
自身が受けた凶行を思い出し怯える少女を、第六王子はこのまま元の世界に返すことはできなかった。
異世界を渡る事で母胎と胎児の身に何が起きるか分からない。王子について来た乳母も、このまま産ませて返す事を進言した。
この子を愛せないと怯える少女に、王子は王家とも袂を分かち、少女の子を自分の子として育てると告げた。
孤立無援の少女にとって王子はただ一人の味方だった。しかし王子の立場も悪く命の危機であることも分かっていた。
不段々とお腹は大きくなるが、少女は母になるという実感がなかった。
フラッシュバックする囚われの日々の凶行。急変したと言う姉の容体。そして今なお追われる身であるという現状に少女は不安で押し潰れそうだった。それでも第六王子と彼の乳母の助けや静かな日々に、少しづつ少女も落ち着いていった。
そうして陣痛が訪れ、少女は黒髪に翠の瞳の男の子を出産した。翠の瞳はアラルコン王家の証であった。
名前だけはつけて欲しいという王子の願いに少女はレグルスと名付け、魔石に様々な機能をつけて王子に首飾りとしてかけた。
産後の肥立も良くなり、いよいよ帰還しようとするその時、隠れ家に追っ手がやってきた。
火が回る中、王子は苦し紛れに帰還の魔法陣を発動させる。
少女が見た最後の光景は、追っ手の剣に貫かれた王子だった。
少女は無事に家族の元に帰還した。しかし姉の手術は間に合わず、少女は心労で倒れ失意の日々を送ることになる。
一方第六王子はその場で殺され、その場にあった魔法陣は隠れ家と共に焼け落ちたが、レグルスと名付けられた赤ん坊はそのまま王城へ連れ帰られた。
この時第一王子のカノープスが王位を、王子妃のシャウラが王妃を継ぎ、少女と共に討伐の旅に出ていたそれぞれの隊長は、正式に騎士団長と宮廷魔術師長になっていた。
カノープスはレグルスが自身の子である事を認めたが、元から異世界人の血を引く子供は聖女への人質という価値以外は求めていなかった為、即座に殺すように指示した。
しかし騎士団長が突き立てた剣は、赤ん坊に刺さらなかった。斧も槍も王子に届く前に跳ね返される。魔術師長の魔法も赤ん坊に触れる前に霧散した。
司祭が高い場所から突き落とそうとしたが、赤ん坊を摘むことすらできなかった。
気味悪がった王妃が侍女に毒殺を命じたが、垂らされた毒は即座に蒸発した。ならば飢え死にさせようと食事も下の世話もさせなかったが、一ヶ月経っても健康な赤ん坊のままだった。
魔術師長の見立てでは、首飾りの魔石に付与された魔法の結果らしい。
国王達は話し合った。
黒い髪は聖女の、翠の瞳は王家の証であり、レグルスが双方の血を引いているのは一目瞭然である。
恐らくこの赤ん坊が成人する頃には、魔物はまた復活し聖女が呼ばれるはずだ。ならば一層の事、聖女と第六王子の子として育て、王家の代表として魔物討伐の旅に出したらどうだ。
そう国王カノープスは提案した。
王妃シャウラはレグルスが夫の息子として我が子の王位継承を損ねなくなるので合意した。
騎士団長は我が子が将来死出の旅に出なくて済むので賛成した。
魔術師長は研究対象としてレグルスを観察できると賛成した。
司祭はどうせなら皆がレグルスの死を納得のいくように、魔剣を成人した彼に渡すよう手配する事を約束した。
その後レグルスは聖女と第六王子二人の英雄の子供として王城の皆に見守られて育つ。
国王夫婦の誤算は、彼が優秀すぎた事だった。
常に謙虚で人を立てる事を忘れず、努力家で学問も武術も優秀だった。
英雄の子供として国民の期待と羨望を一身に受けても慢心せず、他人への配慮を忘れない。
貴族だろうが平民だろうが差別する事なく接してくれる。
レグルスの人望は第一王子のスコーピオンよりも高かった。
焦った国王夫婦は密かに刺客を放ったが、魔石に組んだ魔法に全て阻まれた。そもそもレグルスに害意のある者は近づくことすらできなかったのだ。
魔術師長は様々な呪いの類や魔法を放ったが、王子には決して届かなかった。
そして、マリが召喚される。
国王と王妃は聖女とレグルスをどのタイミングで殺すかを騎士団長と魔術師長で話し合っていた。
宰相は、召喚された聖女が戻れないという事以外、何も知らなかった。ただ召喚された聖女が出来るだけ安全に過ごせるように討伐の旅を全力でサポートする事に努め、この後マリが生活の困らないように手配しようとしていた。
大司教はこの討伐が終わった後、枢機卿になるべく裏工作を進めていた。金と聖女の身売りで有権者の支持を集めようとしていた。
「嘘だわっ!全部デタラメよ!」
「そうだっ! ! おそらく聖女の幻覚に決まっているっ!
衛兵!早くこの者達を捕らえよっ!」
ここでようやく金縛りが解けて、王妃達が口を挟んだ。
しかし衛兵達も気がついた近衛騎士達も一歩も動かなかった。
謁見の間にいた諸侯も動かず、ただ静かに国王達を見つめている。
業を煮やした騎士団長が鏡を割ろうと剣を抜くが、逆にマリに投げ飛ばされた。
「気安く触れないでいただきたい。
……この鏡は我が一族の職場の同僚が使っている鏡でしてね、過去を映し出すのですよ。
この日の為に、特別に貸し出してくださったんです。お陰で仕事が楽になる。」
倒れた騎士団長の頭を踏みつけにっこりと笑うマリを、国王は不気味に思った。底の知れない笑顔が、彼女の歳にしては分不相応に思えて恐ろしくなってきたのだ。
「………そなた、何者だ?」
マリはいつのまにか手にしていた錫杖をゆったりと振るい始めた。
錫杖の先には丸い大きい輪が付いていて、さらにその輪にそれよりは小さい輪が杖を挟んで左右に三つずつ付いている。
錫杖が上下に振るわれるたびに、小さい輪が打ち合ってシャン シャン と楽器のような音がなる。
五度打ち鳴らし高く錫杖を挙げたその時、錫杖から雷が天井に伸び、砂のように天井を崩した。
音もなく砂になって風に飛ばされる天井を皆声もなく見ていたが、中天の空が夜になっており、太陽が黒く丸い物に隠されていたことに皆が悲鳴をあげた。
「貴様ぁ、何をしたぁ⁉︎」
「したのは、あんたらだ。いい加減ツケを払ってもらうぞ。
クビラ、マコラ、インダラ、メキラ、アンチラ、シンダラ、門を開くぞ」
マリを中心に異形の者が立っていた。いずれもがっしりとして立派な体格の武人のようだが、頭が動物の顔をしている。魔力のあるなしに関わらず、その場にいた者は威圧され尻餅をついた。
何だコレは!
マリと仲間を除く皆の心は一つになった。
マリを中心に魔法陣が浮かび上がる。異形の武人は各々の獲物を構え、空間を切り裂いた。
そこから空間がカーテンのように左右に分かれ、赤黒くがっしりとした大男達が乱入してきて国王達を縛り上げる。
そして太陽の金冠が真っ直ぐに降りてきて、皆の頭上に六枚の羽を持つ女性が現れた。
金の巻き毛に藍の掛かった青い瞳。豊満な体で杖を携えた熟女。
伝承でしか知らない姿。壁画や聖書でしか見たことのない高貴な神。
大母神ーーーフローラであった。




