第二章:始まりの君へ
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「……そうか。奴らの親玉が……とうとう、表に出てきたと言うことか」
暗く沈みこんだ、CETの作戦立案室。そこには火之夜と御厨を始めとした
CETの主要メンバーが集まり沈痛な表情を抱えている。
ノー・フェイスは表情のない仮面は変わらぬまま苦虫を噛み潰したような
心もちで椅子に腰掛けていた。
――彼がフェイスダウン総帥、フルフェイスと激闘を繰り広げたのは
ほんの数時間ほど前だ。……ホオリたちが連れ去られたのも。
その時の臍を噛む思いは忘れられそうにない。
伸ばした手が届かない、その痛恨の思いがノー・フェイスの全身に
やり場のない力をみなぎらせている。
「……落ち着け、ノー・フェイス。まだ……挽回の道はある」
隣に座った火之夜が、そっとノー・フェイスの手に触れてくる。
そこで初めて、自分が手を握り締めていたことに気がついた。
作られた人造人間である自分が、無意識に身体を支配されるとは。
皮肉めいたものを覚えながら、ゆっくりと自分の手を解していく。
「ホオリが連れ去られたのは、その場にいられなかった俺の責任でもある。
挽回のためにも、先のことを考えよう」
「いや……」
火之夜もホオリが浚われたことに責任を感じているようだが、彼女たちを
守れなかったのは傍にいたノー・フェイスの失態だ。
それに火之夜自身も同じ頃、激しい戦いを繰り広げていたと言う。
むしろその功績によってホオリたちを救い出す希望が生まれたのだ。
彼が掴んだそのチャンスを、逃すわけにはいかない。
「――四時間前、火之夜と我々は刑事局長天津稚彦をマークしていた。
内部調査の結果、彼がフェイスダウンへの内通者である可能性が高いと
判断されたためだ。そして、それは正しかった」
御厨が普段以上に厳しい顔をして話を続ける。
ノー・フェイスも簡単な概略は聞いていたが、詳しい話を聞くのはこれからだ。
彼女たちの話に耳を傾ける。
「が――それと同時に予想外のことが起こった。
天津が、以前火之夜が襲われたという蒼いアルカーへと変身したのだ。
が、交戦状態に入るでもなく、奴は駿河湾深海に潜んだフェイスダウンの
大規模拠点をあらわにし、そこに火之夜を誘い込んだ」
「そこから先は――オレが話そう」
かたり、と火之夜が立ち上がり話を引き継ぐ。
あまりこういった多人数への報告は慣れていないのか、言葉を選び選びしながら
語り始める。
「――深海基地は、これまで発見されたフェイスダウン拠点の中でも最大級の
ものだった。多数のヘリが確認され、配備されていた改人の数も膨大なものだ。
……が、奴らの内部でもある種の抗争が起きていたらしい」
いまだに事態を把握しきれているわけではないのだろう。語る火之夜自身戸惑いつつ
まとめながら話しを続ける。
アルカー・ヒュドール。改人の粛清。"大戦闘員"キープ・フェイスの存在。
火之夜が語った内容はそれまでのこちらの認識を覆すものであり、
同時に謎に包まれていたフェイスダウンの全貌をあらわにするものでもあった。
「……けっ。ロボット風情が人間サマをつかまえて不良品扱いとはよ」
「……ずいぶんと上から目線の連中じゃねぇか」
いつもどおり面白くなさそうな竹屋と、珍しく憤りをむき出しにした金屋子。
他の面々も同じように苛立ちを見せるか、唐突かつ荒唐無稽な内容に
混乱した表情をその顔に張り付かせている。
「……それで、基地が浮上したのはおまえの仕業なんだな?」
「ああ。改人を一人捕まえ、そいつに基地の制御室まで案内させてな。
浮上させた後制御室を破壊し、さらに沈降装置も潰してから脱出してきた。
……ヒュドールが作った水の道は残されていたあたり、オレたちには
まだまだフェイスダウンとぶつけあわせる腹づもりなんだろう」
ちなみに捕えた改人は無力化し、現在はCET施設の一つに監禁中だと言う。
「天津……アルカー・ヒュドールと改人の一団らしきヘリが脱出した姿を
確認した以降、海底基地は今も海上にあがったままだ。
現在のところ基地を放棄した様子もない」
「もう海底基地とは言えないねー」
咥えたボールペンをぴこぴこと振りながら桜田が茶化す。
しかし、資料を見た限りではノー・フェイスが知るフェイスダウンの基地の中でも
桁違いの規模だ。奴らにとって最重要拠点であることは、間違いない。
それは駿河湾の深海に隠匿されていたことも示している。
「……以前攻め落とした富士拠点のことを鑑みるに、この拠点も奴らの本拠地、
ではなくここにも転送装置の類があると思われる。
――おそらくは、今までのものとは規模の違うものがな」
「……制御室を制圧した際、あの基地の内部図も入手してきた。
その解析は桜田のチームに任せてあるが……」
「まだもうちょっとかかるかなー。でも、明日早朝までには目星をつけておくよ」
先ほどまではノー・フェイスと火之夜が激闘を繰り広げていたように、
今は桜田たち偵察班がフル回転で稼動している。あらゆる方向から海底基地を
精査し、その全貌を暴こうと全力を尽くしている。
それは、連れ去られたホオリたちを助けるためでもあるのだ。
「……あの基地に、ホオリたちが連れ込まれた可能性は?」
「向こうに転送装置がある以上絶対とはいえないけど……
今のところ、外部からの来訪者は確認されていないね」
桜田は普段の軽い態度に反し、優秀だ。情報は全て頭に入れている。
資料をめくることもなく、即答する。
「……ここからは作戦本部の推論になるが……
あの海底基地も含め、奴らの本拠地はどこか別の場所に
さらに厳重に隠匿されていると思われる。
転送装置によって、あの基地と連絡しているのだろう」
「……以前のように、その装置が破壊されては打つ手がない、ということか」
火之夜が難渋な顔でつぶやく。
その顔を見つめながら、ノー・フェイスも対峙した敵の首魁の言葉を思い出す。
「……"ヘブンワーズ・テラス"……」
「なに?」
「総帥、フルフェイスはそう呼んでいた。奴らの居城は、天空にある、と」
あの時、たしかにフルフェイスはそう口にした。もしその言葉に
虚偽が含まれていなかったとしたら、奴らの本拠地は空にあるということか?
「……まさか、とは思うが……」
「……衛星軌道?」
御厨と桜田が一様に渋面を作って考え込む。
「連中の科学力を鑑みれば、ありえない話ではない……のか?」
「真実を語っているかはわかりませんけど……もし本当なら、
各国の軍事衛星にも捉えられない隠蔽技術。拠点としては
もっとも堅牢な場所ですね」
あらためてフェイスダウンの保有する技術力に戦慄する。
仮に居場所がわかったとしても、干渉する術がない。
……海底基地を除いて。
「……こうなると、自衛隊に要請して爆撃……と、言うわけにもいかんな」
「なんとか装置を破壊される前に制圧して、橋頭堡としなければならんか……」
「オレなら、それをエサに誘い込んで基地を自爆でもさせるがね?」
竹屋がひねた声で推論するが、あながち間違いとも言えない。
確かに有効な手だ。
が――
「……俺としては、奴らは待ち受けている気がする」
「それは何故だ?」
「単なる、勘だ。だが――直接対面した様子では、フルフェイスは
相当な自信家だ。目的を果たすために万全を尽くすタイプには見えなかった」
奴はその気になれば、ノー・フェイスを破壊することも可能だったはずだ。
だがそれをせず、ホオリたちを連れ去るにとどめた。
いや、そもそもが最初の段階で奴は全力をだそうともせず、ノー・フェイスの
抵抗を楽しむ気配さえあった。
「……奴は、俺たちが抗うのを真っ向から叩き潰すのを望んでいるようだった。
なら、海底基地は――俺たちをおびき寄せ、最強の敵を配置しておくだろう」
「キープ、フェイス……」
いまだ直接対峙したものはいない、フェイスダウン最強幹部の名を誰ともなく
つぶやく。火之夜の話ではあの三大改人と改人集団を前にして一歩も譲らない
というのだから、その実力は推して知るべきだ。
フェイス戦闘員。フェイスダウンの主戦力たる、アンドロイド。
そのプロトタイプが、キープ・フェイスなのだという。
つい先刻までそんなものが存在すると、想像したことさえなかったが――
流石に、気にはなる。
「……俺の、俺たちの基になった存在、か……」
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