第一章:終局への跳躍
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喘ぐホデリを、ホオリに預け立ち上がる。フェイスダウン総帥、フルフェイスは
そんなノー・フェイスに襲いかかるでもなく、少し面白がるように見下ろしていた。
組織の長たる風格、とも言えるだろうが、ノー・フェイスに言わせればそんな態度は
他者を見下したものとしか思えない。
奪われまいと、必死になって自分を、仲間を守ろうとしている相手を嘲笑いながら、
気が済めば無慈悲に奪いさっていく。そんな他人を小ばかにした様相が、
気に食わない。
「……私に立ち向かう気でいるか、ノー・フェイスよ」
「無論だ」
そのために彼はフェイスダウンを裏切った。フェイスダウンから
人々を守るために、アルカーの傍に立つことを選んだのだ。
いまさら、気圧されなどするものか。
「わかってはいるだろうが――私は、フルフェイス。
おまえたちの全ては私が創り出した、いわば造物主。
……敵うと思っているのか?」
「思うかどうかではない。やるか、やらないかだ」
挑発、というよりはむしろその答えが聞きたくて問いかけたのだろう、
いやに満足げにフルフェイスはローブの前を開く。
その姿は、古代の鎧をつけた戦士にもみえた。
あるいは荘厳なる、神官。伝わる威厳はまさしく超常組織の長たるにふさわしい。
対するノー・フェイスは、ぎしり、と指を鳴らせて鉤手を作る。
威圧感をおしとどめるように掌をフルフェイスに向け、全てを受け止めるべく
仁王の構えで立ちはだかる。
ここから先に、行かせはしない。
オレの後ろには、守るべき少女たちがいるのだから。
「……敵ながら、裏切り者ながら素晴らしいぞ。ノー・フェイスよ。
今の貴様に、恐れもあろう。惑いもあろう。
だがそれら暴れる感情をねじ伏せ、己の目的をしかと見定めて
怯みもせずに立ち向かう。
――そうだ、私は……その姿を、求めているのだ」
「ぬかせ」
気になる台詞ではある。だが、今は悩まない。
アルカーの言葉だ。悩むべき時は思う様悩めばいい。
そして、動くべきときにはただ行動する。
今は、ホデリと対峙していたときとは違う。
この目の前の相手が何を目的としていようが、構わない。
必要なのは――少女たちを守ること、それだけだ。
「……いいだろう。少し、遊ぼうか。
その態度に敬意を表し――小細工はつかわん。
前だけを気にして、かかってこい」
部下に二人を襲わせる真似はしない、ということか。
それを信用するわけではないが、いずれにせよ目の前の相手は
集中せずに捌ける代物ではない。
万一他の敵に襲われたなら――
「――ノー・フェイス」
ホオリが、いつになく厳めしい顔をして声をかけてくる。
その顔を見れば――彼女の決意の程が、見て取れる。
……後ろは、彼女に任せよう。
時にはそれも、必要なことだとアルカーに教わった。
「――やっちゃえ!」
「――おう!」
全身に、力がみなぎる。
この少女から発せられる、全幅の信頼を込めた言葉が――どれほど
ノー・フェイスに力を与えることか。
言葉によって充填された気力を、両脚にありったけこめて突撃する。
アルカー・アテリスの鎧は消えさったが、力まで失ったわけではない。
胸から雷光がほとばしり、"力ある言葉"を発動させる。
「"ライトニング・ムーヴ"ッ!」
「遅い」
ぱりっ、と亜光速で跳躍しフルフェイスの背後にまわりこむ。
が、ノー・フェイスの眼前に広がったのは自身と似た仮面。
光速に限りなく近い速度で移動したノー・フェイスに、フルフェイスは
追従してきたのだ。突き出した右腕を絡めとるとへし折ろうとしてくる。
「――"ジェネレイト・ボルト"ッッッ!!」
とっさに巻き取られた右手に雷の塊を生成し、相手の腕に押し付ける。
轟音を立てて雷光がフルフェイスの腕に巻きついていく。
大改人相手にも相応のダメージを与えた技だが、総帥はまるで痛痒を
感じていないようだ。だがさすがに拘束が緩み、そこを逃さず
蹴りを入れつつ身を捻って抜けだす。
むろん、抜け出しただけではない。ひねった身体の勢いそのままに、
ふたたび叩き降ろすような回し蹴りで急襲する。
が、これも受け止められる。ぎしり、と掴まれた足にフルフェイスの指が
食い込む。……しかし、想定内だ。
「"ライトニング・ムーヴ"ッッッ!!」
ふたたび超高速移動の"力ある言葉"を発動させる。
掴んだ総帥ごと、前方へと移動する。
少しでも少女たちから、引き離すための策だ。
それだけではなく、その先にあるビルの壁面に相手を叩きつける。
亜光速で突っ込んだ両者は、ビルの壁を粉砕し中の柱や壁を
いくつも砕きながら奥へと突き進む。
がりがりと耳障りな音が周囲を覆う中、ノー・フェイスの
単眼は相手を見据えて逃さない。
(怪物め)
フルフェイスは、笑っているようだ。
ノー・フェイスやフェイスと同じく、仮面の顔は感情など読み取れないが。
それでもその視線にこの状況を楽しむものが混じっていることは、
確実に伝わってきた。
おそらく、本気など一ミリも出していない。
ノー・フェイスは様子見などすることもなく、最初から全力だ。
だがその全力を受け止めてなお、こちらを観察しているだけの余裕があるようだ。
こいつが本気を出したなら――どれほどの実力だと言うのか。
先日対峙したあの鬼型大改人なら、あるいはそれを見たがるのかもしれない。
だがノー・フェイスには自分の強さも、相手の強さも興味はない。
弄んで手を抜いていると言うなら、その間に畳み掛けて潰す。
それしか、この場を切り抜ける術はあるまい。
「……ぉぉぉぉおおおおああああッッッ!!!」
「――フフ」
ラッシュの猛攻。両腕、両脚をフルに使って相手に殴打の連撃を叩き込む。
だがそのすべてが軽くはじかれ、相手に届かない。
完全に、見切られている。
「――ッッ!!」
ただ受けているだけではない。こちらが迂闊な隙を見せると、
まるで叱責するかのように重い一撃を加えてくる。
わき腹、右太腿部、肩口、あるいはこめかみ。
少しずつ、少しずつだが避けきれない一撃がノー・フェイスを削っていく。
(――チィィッッッ!)
まともにやっては、勝ち目がない。
なら――
「……息巻いた割には、ずいぶんとだらしないではないか」
面白がるようにフルフェイスが嘲笑い、拳を突きこんだノー・フェイスの側面に
まわりこむとそのわき腹に痛烈な掌底を叩き込む。
「……ッッッ!!!」
うめき声すらあげられず吹き飛び、柱をいくつか破壊するとそのうちのひとつに
めりこんで、止まる。
「……それでは、私を止められんな」
「ほざくなっ!」
叫び、吶喊する。だがその直線的な動きを容易く避けると、
今度は膝蹴りを食らわせられる。ノー・フェイスの身体はふたたび吹き飛び、
やはり柱を砕いて埋まる。
かまわず起き上がり、なんどでも突撃する。
柱を破壊し、埋まりこみ。起き上がって突っかかる。
ふたたび吹き飛ばされ――
「……む」
流石に、単調な動きが過ぎたようだ。
こちらの狙いに、フルフェイスも気づいたようだ・
ぎぎぎ、といやな音を立ててあちこちの鉄骨がゆがみ始める。
いくつも柱を砕かれた高層ビルが、その重みに耐えかね始めたのだ。
どんっ、と足元の床を砕く。そのヒビはフルフェイスの足元にまで到達し、
がらがらと崩れていく。
空を飛べる相手には無意味な行動だが――
「――"ライトニング・ムーヴ"ッッッ!!」
「ぬ……!」
ほんの一瞬足元に気を取られ、浮かび上がる隙を見せたフルフェイスに
後先考えない全力での亜光速移動を敢行する。
光速に近い速度で激突し、ノー・フェイスの全身にも少なからぬ衝撃が走る。
が、構わず全身で相手を押さえ込む。
「……沈め……!」
ばぎり、と鉄骨がへし折れる。
逃れようとしていたフルフェイスに絡みつき、逃がさぬようビルの中央に陣取る。
数千tの瓦礫が、二人の頭上から覆いかぶさってきた――。
・・・




