第五章:04
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ヤク・サは周囲を見渡し、発着場へ繋がる通路を選んで走る。
途中、同じように軟禁されていた部下の改人を何人か解放して引き連れる。
「……では、やはり本当に……改人たちは、粛清されていたと……」
「は……」
ヤソ・マが信じがたいといった風に首を振るが、問われた部下の兎型改人は
沈痛な面持ちで首肯する。
「……気づいたのは、我々も数日前です。
それまではお互いにろくに連絡もとれず、自室にて半ば強制的に
謹慎状態でした。おそらくはそれに我慢できなくなったものから、
順繰りにあのエリニスの訓練相手として……」
「……嘘、よ……」
走りながらも茫然と呟くシターテ・ル。気持ちとしては、わからなくもない。
が、ヤク・サはむしろ自身の甘さをこそ悔やんでいた。
「……以前から疑念はあった。だが……信じたくない気持ちが、
俺の目を曇らせていたか」
「一体どういうことなのだ、ヤク・サよ」
シターテ・ルよりはいくぶん冷静さをたもち、ヤソ・マがたずねてくる。
答えてやりたいが、ヤク・サとて答えを知っているわけではない。
今はただ、逃げ先を促すだけだ。
「……発着場だ。ヘリを、抑えるぞ」
いまや改人の集団は30名ほどにまで膨れ上がっていた。が、100を越える数の
改人がこの拠点にいたことを鑑みれば、相当数が粛清されたことになる。
「……ぬぅん!!」
電子ロックされた扉をタックルで破壊し、中に踏み込む。
発着場は、フェイスダウンの隠密ヘリが出撃するための部屋だ。
深海にあるこの拠点は、ウォーターバリアと呼ばれる空気の膜に
機体を包み、浮上する。
ヘリさえ奪えば、この人数が脱出することも可能だが――
「……う?」
全員の足が、止まる。
サッカー場よりやや広いスペースの発着場だが、不思議なことに
誰も待機していなかった。改人の集団がここを目指すのは、
自明の理だというのに。
代わりにそこにあるのは、数機のヘリと――二体のフェイス。
一体は、大幹部たる戦闘員、ジェネラル・フェイスだ。一体の供を連れ
待ち構えている。
「……ジェネラル、か」
「よくも舐めたものね。貴様一人で、私たちを抑えるつもり?」
ぼそりと呟いたヤソ・マにわりこんで、シターテ・ルが息巻く。
が、ヤク・サは言い知れぬ悪寒に襲われていた。
……なにかが、違う。
違和感のもとを必死に探しているうちに、ジェネラルが言葉を発する。
「……既に理解しているようだが……貴様ら改人は、用済みとのことだ。
全員をこの場で始末すると仰せだ」
「……ッッ……!」
おもわず改人たちが胸を抑える。
大改人を含め、改人たちには自壊装置がある。
ここまで逃げてきたものの、それを発動されては為す術がない。
「……まあ、そう急くな。
このままスイッチを押してやってもいいんだが、先約もある。
……少し、遊んでからでもいいだろう」
「その物言い、何様のつもりなの!? たかがフェイス戦闘員風情がッ!!」
一般のフェイスが、実に横柄な態度であざけり、シターテ・ルが激昂する。
その時、ヤク・サは違和感の正体に気づいた。
自分たちに正対しているのは、ジェネラルではない。
この何の変哲もない、ただのフェイスが改人の群れの正面に立ち、
飄々とたたずんでいる。ジェネラルはその斜め後ろでただ様子を見ているだけだ。
「――何様、か。おまえたちがそれを言うと、滑稽だぞ」
「……どういう意味だ!」
ヤソ・マが杖を向け詰問する。問われたフェイスは腰に手を当て、
わずかに下をのぞきこむように前のめりになると滔々と語り始めた。
「……おまえたちこそ、何様のつもりだったんだ?
人間の進化系? より優れた人種? おまえたちが?
……そう信じていたというのだから、滑稽だというんだよ」
「なに……」
くつくつ、と破裂音が鳴り響く。
――笑っているのだ。目の前の、フェイスが。
「この組織の名前は、フェイスダウン。総帥の名はフルフェイス。
そして――擁する戦闘員の名は、フェイス。
……わかるだろう? この組織にとって中心となるのはあくまでフェイス。
貴様ら改人など――ただのおまけにすぎん」
「……!」
あまりに竹を割ったような宣告に、その場にいる全ての改人が凍りつく。
ヤク・サは冷たい汗が流れるのを自覚しながら、うめくように問うた。
「……確かに、フェイスダウンにとって――我々の存在が要ではない。
そのことは、うすうす勘付いていた。だが……
ならば、我々は一体、何のために作られたと言うのだ?」
「……"改人"、だよ」
そのごく普通のフェイスが、面をあげる。――いや、よく見ると少し違う。
どこか継ぎ接ぎしたような、後から改修に改修を重ねたような、そんな跡が
全身にちりばめられている。
「……我らが総帥どのは、人類を見定めていた。そして、見限った。
おまえたち人間は――"感情"を制御できていない、とな」
「感情……」
茫洋としながらその単語を呟く。
思えば、このフェイスダウンと言う組織は始めからその"感情"というものを
重視してきた。だがそもそも――なぜ彼らは、そんなものを集めてきたのだ?
その疑問には答えがでないが、最初の問いにはその継ぎ接ぎのフェイスが
面白がりながらこたえてくる。
「――あれはどうも貧乏性でな。どうにかおまえたちをまともにできないか、
色々試行錯誤していたようだ。頭の中をいじくり、体中をつつきまわし――
おまえたち人類を……そう、どうにか"改良"できないか、試していたようだ」
「改人……"改良"、人類……」
こともなげに恐ろしいことを口にする。だがそれより、最後にでてきた単語が
妙に頭に残った。
改人。その名はずっと、"改造人間"という意味だと思いこんできた。
だが今の説明が正しいならば、劣悪な存在である人間を、どうにか
まともなものに作り変えないか、試された存在……
すなわち、"改良人類"という意味だということになる。
「……ま、実際には無理があったようだ。
どういじくりまわしても、お前たちは感情に溺れ、合理的な判断を
果たせず、自身の衝動を最優先にする。
かえっていじればいじるほど、その傾向は増してしまったようだな」
はた、と思い返す。確かに改人は異常なほど自身の衝動に忠実だ。
街中で暴れまわったり、命令を無視したり……兵器としてどころか、
人間としてさえ行動に支障をきたすほどに。
それは……意図して与えられたものではなく、我々の"欠陥"として
残ってしまったものだと、そういうことなのか。
「つまるところ……貴様らは、"改良人類"になりそこねた"改悪人類"……
略して"改人"、というわけだ」
「な……ッ!」
あまりな物言いにシターテ・ルが言葉を失い、憤慨して食って掛かる。
「さ、さっきから……貴様、戦闘員風情がなんて口の聞き方なの!?
ふざけないで! 私たちは総帥から直接目をかけられた……」
「……そろそろ、気づいてもいいんじゃないかね?
お仲間はどうやら、察しているようだが」
「え……?」
ぐい、と首を傾げて継ぎ接ぎのフェイスがこちらを顎でさす。
……この場に、ほかのフェイスがいない理由。
このフェイスが話している間、大幹部たるジェネラルが一切口を挟まず
黙って下がっている、その理由。
三大改人、三大幹部こそ、このフェイスダウンにおいて総帥に次ぐ
最高権力者だと、信じていた。だが違った。
なら、そこにいるジェネラル・フェイスこそが次席にあたるはず。
だがその彼がこの継ぎ接ぎのフェイスにかしづいているということは……
「……オレは、お前たちの"スイッチ"を押す権限を持った存在だ。
そしてこの出来の悪い大幹部の上役でもある」
「……大幹部の、上司……だと?」
ヤソ・マが茫然と呟く。ことここにいたって彼も気づいたようだ。
そうだ。ジェネラルを前にしてこの横柄な態度。それこそが、
この継ぎ接ぎフェイスの正体を示唆している。
フェイスダウンの最高権力者は、総帥フルフェイス。
そして真の次席権力者は――
「オレの名は、キープ・フェイス。
全てのフェイスの原型にして、全てのフェイスの上に立つもの。
すなわち、アンドロイド・フェイスのプロトタイプ」
ざっ、と脚を広げて洋々と胸を張る。
己の肉体に、絶対の自信をみなぎらせて。
「全てのフェイスはこのオレを基に作られた。
そして、貴様ら改人の始末もこのオレが請け負っている。
――そう、オレは"大戦闘員"キープ・フェイスだ」
改人の処刑人としての自負をこめて、その最初のフェイスは
改人たちを睥睨し、嘲笑った。
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