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今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?  作者: marupon
第三部:『巡る精霊、交わす胸臆』
82/140

第四章:05



・・・



――殴打の音が鳴り響く。


鈍い音、軽い音、切り裂く音、張りつける音……

様々な音が、ビルの合間に跳ね返っては消えていく。



「……クソッ、クソッ、クソ……ッッッ!!」



攻撃しているのは、エリニスだ。ノー・フェイスに向けて拳を、蹴りを、

触手を、あるいは"力ある言葉(ロゴス)"をいくども叩きつけている。




だが、ノー・フェイスは動かない。




両腕をクロスさせ、相手の全てを受け止めるように手を広げたまま

ただ黙してエリニスの攻撃を耐え、不動の構えを崩さない。




「――ばかに、ばかにするなぁッ!

 何故避けない! 何故……反撃しないッッッ!!」




ひたすらにその身を削られ、膨大なダメージが蓄積していくノー・フェイス。

だが、一方的に打ち込んでいるはずのエリニスばかりが消耗しているように

見えるのは、錯覚だろうか。



いや、錯覚のはずだ。エリニスの一撃一撃はけして軽いものではない。

現に、ノー・フェイスの身はあちこちに亀裂が入り、少なくない量の体液を

垂れ流している。



ホオリはそんな姿を見て、胸が締め付けられる。





もう、やめて。





その懇願は――果たして()()()に対して望んだものなのか、彼女自身

判別がつかなかった。



悪意を剥きだしにして他者を愚弄し、そして己が身とその運命をも侮蔑する

アルカー・エリニス――ホデリ。


その憎しみと悲しみを"全て受け止める"と言って、本当にただひたすら

彼女の猛撃を耐え続けているノー・フェイス。



どちらもボロボロだ。

肉体的にはノー・フェイスが、そして――精神的には、ホデリが。



雷の精霊と、彼女の内に眠るという"土の精霊"がお互いの心をつなげ、彼女の

心中を伝えてくる。


ぼんやりとしたイメージでしか伝わってこないが、それでも――彼女が苦しみ、

もがき、そしてうろたえている事がわかる。



「偽善者が、偽善者が、偽善者が――!」



狂ったように――いやむしろ、泣き喚くように、ホデリが同じ言葉を繰り返しながら

支離滅裂な攻撃を何度も何度も叩きつける。


まるで幼子が、駄々をこねるように。



「わかっているはず――わかっているはず!

 私の言うことなんて、道理がとおってないと、滅茶苦茶だと!

 わかっていてそんなことを言うのか、黙ってやられるというの!?」

「……確かに、道理は通っていない」



ようやく、ノー・フェイスが言葉を紡ぐ。重々しく――それでいて、

ホオリにとっては何よりも安心させてくれる、その声。


ホデリにとっては、どうなのだろう。恐れ。それが一番近いのかもしれない。



「おまえの言うことは筋が通っていない。そうだな、そう認めるのは簡単だ。

 ――だが、それではおまえの苦痛はどこにやればいい?」



そう言いながらもホデリの攻撃は続く。嵐のような猛攻の中でも、

ノー・フェイスはまるでブレることなく淡々と呟く。



「おまえが、おまえを襲った理不尽な運命の苦しみは、悲しみは

 誰にぶつけたらいい? どこに逃がせばいい?」

「そんな……ものッ! 貴様に、貴様に関係ないでしょう!

 だから――偽善者だというんだッッ!!」



どずっ、とノー・フェイスの肩にエリニスの貫手がささる。


戦車砲弾すら受け止めるはずの装甲をいとも簡単に貫き、その腕をだらんと

垂れ下がらせる。しかしノー・フェイスは怯むこともなくエリニスの腕をがしりと

掴むと、引き寄せる。



「なんだろうと構わん。オレは――オレはずっと、くすぶっていた。

 アルカーを倒すための訓練のかたわら、同胞たるフェイスたちが人々を襲うのを

 ただ見つめ、言い知れぬ不快感に支配されていた。

 それでも――オレは、何もしなかった」

「……そ、それが……なんだと……」

()()()()()()()()()()()



ためらいもなく言い放つ。ノー・フェイスを知る誰もが否定するであろう、一言を。



「何もしてこなかった奴が、今更誰かを救いたいとあがいている。

 それだけの男が、このオレだ。だからこそ――

 オレは、守り続けなければならない。フェイスダウンによって苦しめられる、

 全ての人々を」



ぎりぎりと力をこめ、ノー・フェイスがエリニスの腕を引き寄せる。

まるでそうしなければ、エリニスが逃げてしまうかのように。



「オレは、ホオリを救った。彼女たちは、そう言ってくれている。

 救い切れはしなかったというのに」



その言葉にはっ、となる。あまりに悲しい響きがそこにこめられていたからだ。


ホオリは、ノー・フェイスに救われたことを感謝しない日は一度たりとも無かった。

CETで暖かい人々に触れ、味わったことのない空気を堪能し、そして胸の内に

初めて灯った不思議な感情。その全てはノー・フェイスがもたらしてくれたものだ。



だが。



「オレは……オレは、あの娘の両親が襲われるのを黙ってみていた。

 見殺しにした。見殺しにしたんだ! それが……許されるはずはない」



涙。



一瞬、ノー・フェイスの仮面にそれが浮かんだような気がした。

それはもちろんただの幻覚だったのだが。



ノー・フェイスは確かに、泣いている。ホオリはそう感じていた。



「二度と見捨てるものか。何故あの時手を伸ばさなかったのかと……

 後悔するのは、あの夜のことだけでいい」



ぴりっ、とノー・フェイスの全身から雷光がはじける。

彼の感情の昂ぶりにあわせ、雷の精霊の力があがっていくのだ。

その身におさえこめず、はじけるように。



「ホデリ。オレが憎いなら――それは正しい怒りだ。

 ぶつければいい。その悪意の全てを!

 だから――そのかわり、オレに全てを吐き出して欲しい。

 お前が抱える……悪意の全てを」

「う……」



エリニスが――ホデリが、たじろぐ。

あの悪意の塊としか言いようがなかった彼女が、今初めて揺らぎを

見せている。不動の明王の如き、ノー・フェイスを前にして。



「……そうしてお前が抱える闇を全て吐き出したら――

 あらためて、手を伸ばそう。お前を救うために」

「は……はなせぇぇぇッッッ!!」



動揺したホデリが暴れ、肩口に突き刺さった手を引き抜いて距離をとる。

顔を抑えて、混乱したように、しぼりだすようにわめきちらす。



「何を……何を言っている。何をほざいているの!

 おまえ……きさまごときに、私の悪意を、受け止めきれるとでも?

 この私が十四年間、抱き続けてきたこのドス黒い感情をッ!

 私自身でさえ……もてあまし続けた、この思いをッッッ!!!」



それはほとんど涙声だ……と、ホオリには感じられた。

はじめて――はじめて、彼女は本音を語った気がする。



周りが憎い。自分を置き去りにし、のうのうと生を謳歌する全てのものが。



彼女は、そういい続けてきた。だけど本当は――そう感じてしまう自分自身こそが、

ひどくくだらないものに思えたのだと。そんな自身を卑下する感情が、

精霊を伝ってホオリの心に流れ込む。




なんて昏く、そして重い感情だろう。彼女はずっと……この重みに

押しつぶされてきたのだろうか。

そしてその重圧を誰一人、省みてくれる者がいなかったというのだろうか。




辛い。それは、辛いことだ。

ほんのわずかに同調しただけだというのに、ホオリはもうその負の気にあてられ

吐き気を催している。とても耐えられそうにない。



それを彼女は――自分自身の本質として、生まれたときからずっと

抱え続けてきたと言うのか。


 

(私には、耐えられない……)



この短い間で、彼女を恐ろしい悪魔のように感じていた。

だが初めて、憐憫の情が湧く。



確かに、彼女の言う通りかもしれない。

こんな悪意を、受け止められる者がいるというのだろうか。





だが、ノー・フェイスは――ホオリの"ヒーロー"は、こともなげに言い放った。





「オレが全て、受け止める。たとえ受け止めきれずに潰れたとしても――

 あとは、アルカーがお前を助けてくれる。必ずだ。

 だから――ためらうことなく、全てをぶつけてこい」

「――ッッッ!!」





その言葉に込められたのは、無限の信頼。

ホオリがノー・フェイスを信じるように、彼も――アルカーを、心の底から

信頼しているのだ。




自分が果たせぬことは、かならず彼が引き継ぎやり遂げてくれると。

そう、信じているのだ。




「――うそつき、うそつき、うそつきィィィッッッ!!!」




もはや正気を失って、ホデリが叫ぶ。




「そんなこと、心にも思ってないくせに! 私なんて、消えたほうが

 楽だと、そう思ってるくせに……戯言を、抜かすなぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」




怨嗟の声を置き去りに、ホデリが――エリニスが、吶喊する。


その姿を見てホオリが息を呑む。


あらためて振り返れば、エリニスの攻撃は全て相手の急所を避けていた。

ノー・フェイスを殺すことが目的ではなく……彼を、悪意に沈めることが

彼女の目論見だったのだ。



だが今は違う。

間違いなく、ノー・フェイスの胸の中心を狙っている。

人間で言えば心臓がある場所――フェイスである彼なら、心臓部がある場所。



急所だ。



「ノ……ノー・フェイスッッッッ!!!!」




ホオリが、たまらず叫ぶ。避けてくれ、と。



だが――









ノー・フェイスは、動かなかった。








そのままエリニスの貫手がそのプロテクターに吸い込まれていき――







どずり、と突き刺さる。

――そして、背中へと突き抜けた。



・・・



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