第三章:05
これからしばらくの間、土日更新となりますのでご了承ください
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生まれて初めて――同年代の少女たちと遊ぶのは、正直にいって楽しかった。
適当にブティックショップを見てまわり。リサイクルショップをのぞき、
アミューズメント施設で体感ゲームやボウリングなどで遊んでみたり。
まさに羽をひろげるとは、このことだ。
CETのみんなは優しいといえど、このような自由は与えられない。
与えようがないのだから、仕方の無いことだけれど。
それでも……こうして味わってしまうと、失われた感情が
少しずつ蘇るのを実感する。
「あはははッ! それで、そのキョーコったら並んでたおにぎり
全部くっちまいやんの! いくらつまんでいいよって言われたからって、
やりすぎっしょ?」
「……やりすぎ」
「それでテンチョーが戻ってきたらアタシまで疑われてさ、
もーほんとやんなっちゃうって」
くだらないといえば、くだらないことで大笑いする少女。
だがそうやってくだらないことを話すこと自体が、楽しいのだ。
ついつい、目的を忘れるほどに夢中になって遊んでしまったが……
「きゃぁぁぁぁッッ!!」
「……なんだろ」
遠くで女性の金切り声が響き、ミナが眉をひそめる。
が、ホオリはすぐにぴんと来て、声のしたほうへと駆け出していく。
「あ、おい、ちょっと待てって!」
「意外と奔放な子っすよねー」
ミナとリオの呼びかけを後にしながら、人だかりを見つけて
駆け寄る。小さい身体でなんとかかきわけその視線の先を見ると――
やはり、通り魔だ。
まだ若い(と言ってホオリより五つも六つも年上だろうが)男性だ。
正気の定まらない瞳であたりかまわず他人の胸につかみかかり、
泡を吹きながらわめきちらしている。
「あ、アルカーとノー・フェイスのせいで殺される!
雷、雷、ええと……雷久保の娘を、だせぇぇ!!」
「は、はなせよ……はなせって!!」
つかみかかられた男性がなんとかその手をはじく。
通り魔はふらふらと倒れこむが、しばらくして力なく立ち上がり、
またじろりと周囲を物色し、ぶつぶつと呟いている。
「アルカーと……ノー・フェイスのせいで殺される……うぅぅ……
ら、雷、久保……」
……その言葉が、途中で途切れる。
視線が、ホオリの顔を見て止まった。
「――おい、ヤバイって! こんなとこ、近寄らない方が……」
「ひ……ひぃぃぃぃぃぃぃッッッ!!!!!」
追いついたミナがホオリの肩を引くのと、通り魔がひきつった顔で
しりもちをつくのは同時だった。
「な、なんでだよッ!? ア、アンタの言われたとおりにしただろッ!?
こ、ころさないで、くれぇぇぇぇ……」
がちがちと歯を鳴らしながら、必死になって後ずさる通り魔。
ミナもリオも、周りの人間誰もが困惑している。
「一体、なんなんだあのオッサン。
変なクスリでもやってるんじゃないか?」
「最近テレビで話題になってるアレっすよ。
とにかく、離れましょって」
ひそひそとミナとリオが話しかけてくる。が、かぶりを振って否定する。
「……うぅん。たぶん、あの人……私を見て、怯えてる」
「え」
驚いたと言うよりは、意味がわからず怪訝そうな声をあげるミナ。
ようやく、目的の相手に出会えた。警察が来る前に、少しでも話を聞きたい。
「あの人は、私の顔を見て――自分を襲った人と、誤解してる。
だから――」
「……ははは。違うよ、ホオリ。
あのクズはちゃんと本人を見て、怯えてるんだ」
「……え?」
どくん、と心臓が高鳴る。
その声は――自分の声によく似た軽やかなその声は、ミナとリオの、
すぐ後ろから聞こえてきた。
振り向こうとするが、首がうごいてくれない。固まった筋肉が、
それを拒否しているのだ。
ぎぎぎ、と軋む音さえ聞こえてきそうな硬い動きで、なんとか
後ろを振り向く。そこにあるのは、困惑したミナとリオの顔。
そして――
アルカーだった。
黒いスーツを錆色のプロテクターで包みこみ、赤く光るその複眼のような瞳。
頭の両脇からはツインテールのように触手が垂れ下がっている。
火之夜やノー・フェイスのがっしりとした肉体ではなく、小柄な――
そう、まるでホオリのような少女に近い体形だった。
見たことがない、アルカー。だが心の中で"雷の精霊"がざわめき、
それが紛れもなく"精霊"を宿した存在であることを伝えてくる。
自分の肉親だ。間違いなく。
ホオリはなぜか、そう確信していた。
そして、彼女が――途方もない悪意を抱え、いまにも放散しようとしていることも。
「みんな……逃げてぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!」
ホオリが叫ぶのとアルカーから石礫が爆散して飛来したのは、ほぼ同時だった。
・・・
「……う……」
ミナは、飛んでいた意識をとりもどしつつあった。
いったい何があったのか。ずきずきと痛む頭を振って思い返し――
そして、目の前に立つ少女を見て、全てを思い出した。
昼、ナンパから助けたホオリだ。頼りない雰囲気の少女が、今は
強い表情で仁王立ちし、なにかに立ちはだかっている。
なにかとは――
視線を動かしていくと、ひっと息がつまる。
化け物だ。
視線の先にいるのは――珍妙なスーツを着込んだ、化け物だ。
そうだ。
意識が飛ぶ前、あの褐色のスーツは無数の瓦礫が飛んできたのだ。
いや、瓦礫だけではない。見えない衝撃波が飛んできて、
周囲にいる人間たちを打ち払ったのだ。それで気を失ったのだろう。
だが、よく見ればどこにも怪我らしい怪我はない。
あの時とんできた瓦礫が当たったなら、大怪我では済まされないはずなのだが……
ばちり、と音がして閃光が走る。びっくりして振り返ると――ホオリの身体が、
帯電していた。不定期に雷光が彼女の身体を這う。
「――へぇ。"サンダーバード"が表にでてこれる程度に精霊も
目覚め始めてるんだ。それで、私の攻撃を防いだの?」
「……」
……そういえば。
瓦礫が飛んでくる一瞬、雷が鳴り響いて、視界を真っ白に染め上げた。
それが――ホオリの仕業だと?
ミナにはわからない。彼女の少ない知識では、手がかりになるようなことは、
ほとんどないが――かろうじて、"改人"という言葉を思い出した。
テロリストが使う、改造人間。わけのわからない力を振るう、化け物たち。
それが今、ここに?
「ひっ……! リ、リオ……ホオリ……に、逃げるよ……
リオ……リオ……?」
手探りでリオを探そうとして――べちょり、と気色の悪い感触が伝わる。
その大元を見る前に、化け物――錆色の改人が、くすくすと笑う。
悪意に満ちた、楽しげな笑いを。
「でも――全部は、防げなかったみたい?」
手の先には――赤い、血だまり。
そこにうずくまっているのは、リオだ。
「――ッッッ! リ、リオ……ッッッ!!」
「全部、アナタのせい」
ホオリが青ざめて呼びかけるのを、改人が邪魔をする。
「みんな、みぃんな……アナタのせいだよ? ホオリ。
勝手に外に出るから。勝手に、ほかの人と遊んだりするから……
こんなことに、なるんだ」
「……ッッッ!」
その言葉に、ホオリが青ざめて歯をくいしばる。
……この二人は、知り合いなのか?
ミナは、リオに手をあてただ茫然とするほかなかった。
・・・
楽しい。
楽しい。
楽しい!!
楽しくないわけが、ない。
これまで十四年間、ずっと妬み続けてきた、肉親。
その妹が、こうして青ざめ悔やみ、狼狽している。
自分の迂闊な行動を後悔しているのだろう。だが、もう遅い。
精霊が妨害したせいで被害ははるかに小さいものとなってしまったが――
彼女の周りの人間を、傷つけることができた。
否。傷つけたのはホオリだ。彼女のせいで、傷ついたのだ。
そうだ。そう思え。
自分のせいだと、咎め苦しめ。
その苦しみが……ホデリにとっての、慰めとなる。
さあ。
苦しんでくれ。おまえの代わりに十四年間、苦しみ続けてきたんだ。
今度は、おまえが――苦しむ番だ。
・・・




