第三章:04
・・・
(とはいえ、どうしよう……)
ホオリは途方に暮れていた。
なにしろ、ここ数ヶ月というもの外に出たことがないのだ。
まして、一人で街を出歩いた経験など、生まれてこの方
一度たりともない。
戸惑うのも、当然と言えば当然だ。
しかし年頃の少女としては、そんな自分を恥じる気持ちがなくはない。
(ほんとなら、私くらいの女の子なら一人二人で遊んだりする……んだよね?)
自問してみるが、答えなどでるはずもない。
見回してみると、テレビなどでよく見るビルがいくつも見える。
が、入ったことはない。そもそも都心部に寄り付いたこと自体が少ないのだ。
ふりかえってみると、両親に連れられて外に出たときは彼ら自身
長い間フェイスダウンに監禁されていたこともあって、年若い娘を
どこに連れて行ったらいいのか、わからないという事情もあったのかもしれない。
……そういえば、どこに行けば姉にあったという人に出会えるのだろう。
ニュースに出てきた人はみんな警察に捕まっているし……
あらためて、自分の無鉄砲さにあきれてしまう。
普段の自分なら絶対にこんなことはしない……と、思っていたのだが。
自分で理解していたより、考えなしだったらしい。
あるいは、戻ったほうがよいだろうか。
きっと、CETのみんなが心配しているだろう。
大目玉を食らうだろうし、そのうえで――詳しい話を教えてもくれる。
彼らはみんな、強くて、優しい。ホオリのことを真剣に考えてくれている。
だから、むげにはしないはずだ。
そう考えると――なぜか、帰りたくなくなってしまう。
(……あきれた)
自分自身でそう思う。
感情が希薄になってるからある程度冷静に分析できるが――
つまるところ、自分は意地になっているのだ。
あの夜からずっと、自分は彼らに守られてきた。
ノー・フェイスやアルカーにだけではない。小岩井もそうだし、
御厨も桜田も、その他大勢の人々がホオリを守っている。
いや、もっと言えば両親も彼女を守り続けてきた。
守り続けて――廃人となった。
忸怩たる思いは、ある。
ホオリは、無力な少女だ。だから仕方ない……とはいえ、
常に守られるだけで、何もできない、という事実はやはり後ろめたさを感じる。
ノー・フェイスが苦しんでいても、ホオリには何もできなかった。
だからこそ己の半身たる"雷の精霊"が彼の力になれたことは嬉しかった。
翻って、思う。
今回のこの事件が、今ノー・フェイスたちが直面している事態がホオリの"姉"に
よるものだとするなら――ホオリは関わらなければいけないのではないか。
知らなかった人間だ、で済ませるのはたやすい。
ホオリに何ができるというわけでもない。今までどおり、ノー・フェイスたちに
任せておくべきだ……と、理性では思う。
だがそれではイヤだ、と思う自分がいることに驚いた。
もはやたった一人の"家族"なのだ。その肉親に関わることが自分の知らないところで
何もかも終わってしまうと言うのは――やはり、煩悶としたものを感じる。
だからただ教わるのではなく、まずは自分で少しでも調べたい。
そんな思いがホオリの中にあるのだが……
(……有り体に言って、子供だよね)
自覚は、ある。
つまるところ、幼稚な意地を張っているだけなのだ。
自分が守られるだけでは、不満だと言う子供のわがまま。
それはわかっているのだが――つい、身体が動いてしまった。
とまれ。
やってしまったものは、仕方がない。戻りたくないと言うのだから、
それも仕方がない。
少ない自身の知識で、なんとかやってみるしかないだろう。
ニュースでは、人気の多い通勤時間帯に通り魔が現れることが
多いと言っていた。なら、その時間まで、少し暇を潰そうか。
そんなことを考えていると――
「ねーねー……こんなところでなにしてるのかな」
突然話しかけられ、きょろりと見渡してしまう。
目に入ったのは、革ジャンで身を固めた複数の男だ。
「君、チューガクセイでしょ? いいの? こんな時間に出歩いてて」
(……これ、ひょっとして……)
ナンパ、と言う奴だろうか。
どうにも実感が乏しいが、どうやらこの男たちは自分を誘いたいらしい。
もちろん、そんなものに付き合う気はない。少し頭を下げて
通り過ぎようとすると――
「いやいや、そう連れなくしないでくれよ。別に説教しようって言うんじゃ
ないんだって」
――まわりこまれてしまう。
困った。
ホオリにとって脅威というのはフェイスダウンのことであって、
まさかこんな男たちに絡まれるなどということは、想定もしていなかった。
あらためて自分の考えのあまさに呆れてしまう。
さて、どうしようか。
よくよく考えてみれば、それなりにマズい事態かもしれない。
警察――に頼るのも、難しい。彼らは保護はしてくれるだろうが、同時に
補導もされてしまうだろう。おそらく、この男たちもそれを承知しているから
ホオリに話しかけてきたのだ。
走って逃げて――なんとかなるか?
この勝手もわからない、見知らぬ街で?
無表情ながらさりげなくホオリが困っていると――
突然、男の一人がうずくまった。
いや、よくみたら傍に石が転がっている。どこかから投げつけられたそれに
頭を強打されたらしい。
「ッッッぁああ……!? い、一体……」
「おい、アンタ! 逃げるよ!」
突然、雑踏の中から腕を引っ張られる。
わけがわからないながらも、男たちが後方に気を取られた今は確かにチャンスだ。
自身を引くその小さな手に従い、走り出す。
「あッ――!? ――!!」
男が駆け出した自分をみて何か騒ぎ出すが、すぐに姿が人ごみに隠れる。
彼らも、無理に追いかけて目立つようなことはしたくないようだ。
……フェイスダウンと違い、適当なカモとしてホオリを選んだだけなのだから、
当然と言えば当然だが。
それより、自分の手を引いた相手に興味が湧く。
自分より一つ二つ、年上の少女だろうか。化粧もうっすらとしているようだが、
自立して働いているようには見えない。たぶん、学校をサボって
遊んでいるような類の少女だ。
(……他人のことはとやかく言えないけど)
少し反省する。そして一応、礼を述べる。
「……助けてくれて、ありがとう。貴女は?」
「へへっ。アンタ、トロッこいからあんなオスどもに目ぇつけられるんだよ。
アタシはミナ。ま、アンタと同じでガッコーふけて遊んでる悪ガキだよ」
自分で自分をそう言うとは、おもしろい。
が、屈託なく笑うその顔からはかえって彼女の素朴さが伝わってくる。
――化粧などしない方が、かえって魅力的に見えると思うのだが。
「……そう。じゃあ、私はこれで……」
「おいおい、そう言うなって。アンタも色々嫌気がさして抜け出したくちだろ?
アタシらもそうなんだ。また一人でフラフラしてたら話しかけられるだろうし、
ちょっと一緒に遊ばない? あ、そっちはリオ」
ひょこり、と後ろからもう一人の少女が現れる。髪を茶色に染めたその少女は、
眼鏡をかけてもう少し大人しそうに見える。しかしこんな時間に外にいるとは、
彼女も反抗期の類か。
「いや、私は――」
(違う……と、言いたいけど。私も似たようなものか……)
反抗期と言えば、反抗期なのかもしれない。
そう言語化してみると、自分にそんなものがあったとは驚きだ。
それにしても……
「……なんか、ナンパみたい」
「あれぇっ? あは、言われりゃそりゃそうか!
いいじゃん、ナンパだよナンパ。アタシらといいことしようよ」
人差し指で顎をつまみ、開き直ったように笑う彼女の顔は不快なものではない。
むしろくすりと笑ってしまうようなあけすけなさがある。
少し、考えてみる。
この街のことを、ホオリは何も知らない。
そして通り魔も、いつどこに出るかなどわかったものではない。
彼女たちはこの街に詳しいらしい。
人気の多いところも良く知っているだろう。今までの傾向を考えれば、
通り魔はそういった場所に出没しやすい。
(じゃあ……)
彼女たちには申し訳ないが、利用させてもらうのも手だ。
それに――ホオリとて、年頃の女の子の遊び方に、興味が無いわけではない。
「……人気が多いところが、いいな」
「へぇ、意外とさびしがりやなんだ、アンタ。
いいよ、じゃマルキューとか行ってみるか!」
そういって笑う少女は、ひとなつこさを感じさせる愛嬌でホオリを連れて行った。
・・・
「……へぇ」
ホデリは、とうにホオリを見つけていた。
彼女がこの見知らぬ街で、どう過ごすのか少し興味があったのだ。
遠くから観察していると――案の定、男たちに声をかけられた。
自分がそうであったように。
違うのは――彼女には、救いの手が差し伸べられたことだ。
ノー・フェイスに助けられたように。
「……こんなところでも、差がつくんだ」
ふつふつと悪意が沸き立ってくる。
どうしてこうも、彼女と自分は違うのか。
なぜ、彼女は――いつも助けられるのか。
眼下の雑踏を、少女たちが練り歩く。
そのまばゆい光景を目にしながらホデリは、心の中にドス黒いものが
湧き上がってくるのを自覚していた。
「……いいこと、思いついちゃった」
・・・




