第二章:05
・・・
「……で、その"アルカー・ヒュドール"とやらはそれ以上手出しせずに
どっかへ消えたってわけ?」
「ああ……」
フェイスを蹴散らし、ノー・フェイスたちと合流した火之夜が出会ったと言う
"第四のアルカー"の報告を聞いて、桜田がたずねる。
「本人は、"フェイスダウンではない"と、言っていたが……」
「さあ、それが本当かどうかはわからないけど……
いやぁ、アルカーのバーゲンセールだねぇ……」
ぎしり、と彼女の愛車に背中を預けて天を仰ぐ。
ノー・フェイスも似たような気分だ。
アルカー・エリニス……アレが現れただけでも手一杯なのに、
さらにそのうえもう一体のアルカーとは。
大改人を迎撃して一息ついたと思ったら、これだ。
フェイスダウンと言う組織は、底が知れない。
「……ジリ貧、と言う奴だな」
「ヒュドールがフェイスダウンであろうとなかろうと、こうも
続々と新戦力が現れるとなると、一つ一つ対処していては
いつかは押し切られるだけだ」
火之夜も厳しい顔をして腕組みしている。
ノー・フェイスも同じ心情だった。明らかに、戦力の不足は
CET側が深刻だ。いまだにアルカーとノー・フェイス以外の
戦力増強は、目処がたっていない。
「……守るだけでは、ダメだな。
奴らの本拠地を攻め落とさなければ、先がない」
「そりゃ、そうなんだけどねぇ……」
ぼりぼりとヘルメットの端で頭を掻く桜田。無理もあるまい。
フェイスダウンの拠点を捜索しているのは彼女たちだが、
まるでその痕跡を暴くことができていないのだから。
「……とりあえず、本部に戻ろっか。
今はなんともなくても、何をされたかわからないし。
ちゃんと調べてもらお?」
がらにもなく心配そうな顔で火之夜の腕に触れる桜田。
確かに、精査した方がいいだろう。
「ああ、それも必要だが……どうだ、ノー・フェイス。
この先に広い土地がある。人もいない」
「……まさか、実戦で確かめようと言うのか?」
やや呆れながら肩を落とす。
だが確かに、アルカーの力を使っての組み手などしたことがない。
一度、どこまでやれるものか試してみたい気持ちは、ノー・フェイスにもある。
「……うへぇ。巻き込まれそうですから私は退散しますか……」
「……桜田。ほのか……御厨女史の容態は?」
桜田がバイクに跨ったのを見て、火之夜がたずねる。
それに対して桜田は気負うこともなく答える。
「CT検査でも、もう問題はないってよ。あとは血が戻れば
そのうち起きるんじゃないかな」
「……そうか」
わずかながら安堵した顔でため息をつく火之夜。
……おそらく、本当のところは少しでも身体を動かして
不安を払拭したい、というのだろう。
それは――ノー・フェイスも同じだった。
彼もまた、悩み惑っていた。あの……アルカー・エリニスに。
(――いらないんだ、私なんて)
ずきり、と胸が痛む。痛む心臓などないというのに。
抑えた手の奥にあるのは、単なる動力炉だ。
(おまえは、偽善者だ。自分に必要なものだけ助けて、要らないものは
知らんふり。
私は――要らない子なんだ!)
違う、と心の中では叫ぶ。だが彼女に届くはずもない。
客観的に見るならば、火之夜たちが正しいのだろう。
あの時の自分に、彼女は救えなかった。もし仮に彼女の存在に気づき、
そして正義に目覚めて救おうとしたところで……その目的を果たすことなく
粛清されていただろう。
だが、彼女には関係ない。
誰からも救いの手を伸ばされなかった。そのことだけが、
彼女にとっての事実だ。
それをどうして否定できよう?
いや、否定したところで彼女は救われないのだ。
どうすれば、彼女の心は救われるのか。
誰が――彼女を救ってやれるのか。
(……)
彼女の言葉が何度も何度も脳内でリフレインする。
いらない子。
誰も助けてくれない。
その言葉からは……彼女自身のSOSが込められている気がしてならない。
(おまえらなんて、必要ない!)
――ノー・フェイスには、そう聞こえた気がした。
(……誰かが、彼女を救ってやらねばならん。
誰よりも救われなかった、彼女を――その心を)
彼女が、ノー・フェイスを最も憎むなら。
十四年もの間、熟成され続けてきた悪意の矛先がノー・フェイスに
向かうと言うのなら。
自分は盾となって、それを受け止めてやらなければならない。
最も憎まれた自分こそが、彼女を救える唯一の存在。
ノー・フェイスは漠然と、それを感じ取っていた――。
・・・
「……くそッ……」
ダンッ、と壁を叩く。べきり、とコンクリートの壁面が砕け割れる。
ヤク・サは苛立っていた。もちろん原因はアルカー・エリニスのせいだ。
ほんの一時間前。
ヘブンワード・テラスで待機していた三大幹部の下にエリニスがあらわれ、
嘲笑ってきたのだ。
「――アルカーたちと遊んできた。
あんなのにしてやられるとは……改人も、たいしたことないね」
「なんですって……!!」
その挑発に激昂するシターテ・ル。ヤク・サもヤソ・マも同様に
憤慨はしていたが、黙して語らない。
戦闘データは、彼らも得ていた。見事、というほかはない。
これが同じアルカーなのか、というほど鮮やかに、アルカーとノー・フェイスを
翻弄していた。奴らの使う"力ある言葉"は発動までに時間がかかり、
詠唱も必要なのだが。エリニスはそんなものさえなく好きに扱えるようだ。
しかもアレで、本気ではないらしい。途中でフェイス戦闘員の制止が入らなければ
まだあの先を見れたかと思えば、惜しく思うところもあるが……。
しかし、こうもあからさまに侮辱されては腹が立つよりかえって
冷静に頭がまわってしまう。
(……この、アルカーのことは我々三大幹部も知らされていなかった。
フェイスダウンの、最高幹部が、だ)
フェイスダウンのトップクラスの存在が、知らされていなかった。
その事実が、彼の心を苛む。
「――エリニス! 貴様、何をしておるか!」
怒鳴りながら入ってきたのは、フェイス戦闘員……いや、大幹部ジェネラル・フェイスだ。
問われたエリニスは胡乱げに奴の顔を見る。
「……私がどこにいようと、私の勝手」
「勝手なわけがあるか! 貴様はまだ調整中なのだ、帰還したならば
精霊研究棟へ戻らんか!!」
命令されエリニスは憎憎しげに睨むが、それ以上は何も言わずに大人しく
部屋から出て行く。その様子を見て、ヤク・サはある疑問がわいた。
「……ジェネラルよ。貴様、あのエリニスの存在……
知っていたのか?」
「あ? ああ、無論知っていたが。アレを動かすと聞いたのは
ごく最近のことだ」
その返答に内心ぞくり、と震える。
答えたジェネラル自身は関心を持つこともなく、エリニスを負って出て行く。
だがヤク・サの心の中に広がった疑念はむくむくとふくれあがっていく。
我々は知らなかった。知らないまま、エリニスを目覚めさせる仕事に
従事させられていた。
だが、ジェネラルは知っていた。改人ですらない、フェイス戦闘員を
出自とする、使い捨ての駒が。
大改人の知らないことを、最初から知っていた。
裏を返せば、大改人には知らされていないことがあるという意味になる。
……組織の最高幹部だというのに、知らされないとはどういうことだ?
それも、フェイスごときが知っていることを、だ。
今、三大幹部はヘブンワード・テラス……フェイスダウンの本拠地にいる。
好きでいるわけではない。出撃するための作戦を申請しても、許可が下りないのだ。
"しばらくは、アルカー・エリニスにやらせる"
それが総帥フル・フェイスの言葉だ。
アルカーたちの相手は、それでもいい。
だが、それ以外の作戦まで認可が下りないとは……どういうことなのだ?
(……このままでは、まずい。
そんな……気がして、ならない)
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