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今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?  作者: marupon
第三部:『巡る精霊、交わす胸臆』
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第一章:解き放たれた鎖



・・・



「――先に来ていたのか、火之夜」



墓前で手を合わせていると、長身の女性が声をかけてくる。

CETの本部長、御厨仄香だ。この墓は――彼女の家のものだ。


一番新しい名前は、御厨あきら。……火之夜の幼馴染で、

ほのかの弟でもある。



十二年前、火之夜とほのかの家族は彼らを残し、全滅した。

廃人となって今も病院で治療しているが――まだ幼い少年だったあきらは

食事を嚥下しそこね、あっさりと亡くなってしまった。

まだフェイスに襲われた人間たちの治療法が判明していなかったことも、

原因の一つではあるだろう。



……感情を失った人間は、あまりにも脆い。

生きようとする意思を失くし、活力を無くしてしまう。

感情とは、生きる原動力なのだ。



「……おまえが毎年ここに花を届けさせてくれたと知った時は、

 嬉しかったよ」

「……あの頃の俺は、自由には動けなかったからな。当時世話になった

 世話役に頼んでいたんだ」


懐かしさに思いを馳せる。辛く苦しい日々だったが、充実はしていた。

彼が暗い復讐の情念にとりつかれずに済んだのも、まわりのサポートあってこそだ。



(俺は昔から、多くの人に支えられて生きている)



一時は、粋がっていたころもあるが。周りあってこその自分だと思い知りもした。

それは今も変わらない。一人で組織(フェイスダウン)に対抗などできはしない。

CETのメンバーあってこその戦いだ。


相棒(アイツ)たちのおかげでもあるな)


情報面でサポートしてくれる、桜田。

戦闘面でサポートしてくれる、ノー・フェイス。




背を任せられる相手がいるというのは、いい。事実、ノー・フェイスが

参入してからの火之夜は自分でもわかるほど気楽になった。


これまで、火之夜――アルカーには一つのミスも許されなかった。

たった一度のミスが、すべてをとりかえしつかなくさせる。

その重責がどれほどのものだったか。


今は違う。アルカーがミスすれば、ノー・フェイスが補う。

ノー・フェイスの力が及ばなければ、アルカーが助ける。



その連携が、アルカーの力を何倍にも高める。やはり、一人では

戦い抜くことなどできないのだ。



「……」



ほのかが、目を閉じて黙祷している。不謹慎ではあるが、

こうして憂いを帯びた表情をしていると、その清艶さが際立つと

火之夜は思う。



彼女のたった一人の弟だ。フェイスダウンに奪われ、もう二度と戻ってこない。

火之夜も連れて行かれ、たった一人残された彼女はどんな思いだったのだろう。

今の彼女からそれをうかがい知ることはできないが、この若さで

警視にかけあがり、CETの作戦本部長におさまったことを鑑みれば

尋常ではない奮闘があったろうことは、想像に難くない。



考えてみれば、フェイスダウンも不思議な組織だ。

人造人間、フェイス戦闘員を擁し彼らに人間から感情を奪わせ、廃人にする。

かと思えば、改造人間"改人"を使い世間に無為な混乱を巻き起こす。

他方で、人智を超えた超常存在"精霊"を発見し研究している。


未だに、その最終目的がなんなのかすら判明していないのだ。

そのことは、彼らの造反者であるノー・フェイスさ関知していないのだ。

人間の側でそれを知るものは、いないだろう。



「……精霊、か」



自身の掌を見つめる。この身には、"炎の精霊"が宿っている。

その精霊こそが火之夜をアルカーへと変貌させ、フェイスダウンと戦う力を

与えているのだ。



"雷の精霊"を宿した少女である、雷久保ホオリがそうであるように、

実は火之夜も少しだけ精霊の声を聞ける。



彼らは自らを宿した人間と同調し、成長していくのだ。

本当なら、彼らが目覚めるのはもっと遥か未来のことだったという。

その目覚めを早めたのも、フェイスダウンの仕業だ。



残念ながら、精霊から詳細な情報を得られるわけではない。

彼らはあくまで超常存在。人間とは規格が違う。

ただ、彼らの中で人間が理解できる範囲の事柄を

"声"として聞けるだけなのだ。



精霊とはなんなのか、実はCETも火之夜もそれすら知らない。

おそらくこの地球上でそれを知っているのは、フェイスダウンだけなのだろう。

……だからこそ、不穏だ。



先日、火之夜とホオリは倒れた。精霊の力が暴走したのだ。

精霊たちは火之夜らの口を通じて伝えてきた。




"精霊が、目覚めようとしている"――と。



(……まだ、他にもいるということだな。――精霊が)



敵か味方か――と、言いたいところだが実際のところ敵だと思っていい。

精霊を知るのは、フェイスダウンだけなのだ。精霊が目覚めると言うなら、

フェイスダウンが覚醒させようとしているとみて間違いない。



「……あいつらは、精霊をつかって何をする気なんだ?」



独白する。その疑問はずいぶん昔から抱いていた。

だが、火之夜はつとめて悩まないことにしていた。



墓前にしゃがみこみ、線香を捧げているほのか。

その可憐な後姿を見ながら、思う。自分が考えていることは

とうの昔にこの女性も検討しているはずだ。


なら、任せればいい。彼よりも彼女たちの方がよほど得意なのだ。

人には役割分担と言うものがある。考えることが彼女たちの

役目なら、火之夜はその駒となって矛を振るうのが仕事だ。



自分の矛先を預けるに足る人間たちだ。火之夜はそう信じている。

なら、それでいい。もし彼女たちが誤ったとしても、それは

全力を尽くした末のことだろう。ならその過ちを抱えて死んでも悔いはない。




空から遠雷の音が鳴り響く。見やれば黒雲が西からやってきていた。

ぽつり、と雨粒がライダージャケットに落ちる。それを見て

火之夜はつぶやいた。



「嵐が来るな……」



・・・



「な……何者だ、貴様……」



蝶の特徴を備えた改人がうめく。土砂降りの豪雨の中、その首を握り締められ

身動き一つとれずにいる。



改人を捉えているのは、()()()()()()だ。

感情を覗かせないその複眼は、爬虫類にもにた冷たさをたたえている。



「ア、アルカー、だと……貴様、どこから現れた?

 何故おれの場所が……!」

「特におまえに用はない。単なる、腕だめしだ」


青いアルカーはそれだけ答えると、ためらいもなく改人の首をへし折った。

灰になって崩れ、消えていく改人。



性能試験は、良好だ。

イレギュラーによって生じたこの力も、問題なく行使できている。

……これは、あの総帥フルフェイスですら想定していない力だ。



心の中で、"水の精霊"がささやく。まるで水中へ引きずり込むセイレーンのような、

甘い言葉だ。しかしその痺れるような危うさが、心地よい。



「……おまえも、はぐれ者か」



青いアルカーは自嘲するようにつぶやくと、踵を返した。

雨がつぶてのように全身を打つのが、こそばゆい。

豪雨が地面に跳ね返り、霧となってあたりを覆う。




思えばあの日もこんな土砂降りだった。

()()()()の運命を決定付けた、あの日。

全てを奪っておきながら、やはり使い物にならないと切り捨てられた恨みは、

いまだに忘れてはいない。




それでも従うしかなかった。それほどまでに力の差は歴然としていた。

たった一つの約束を胸に、これまでその手を薄汚れさせてきた。




だが、今自分には"力"がある。

奮いどころを間違えなければ、全てを覆せる力だ。

もう約束など、必要はない。



そのためには、雌伏する必要がある。

まだ従順にふるまい、()()()が来るまでは牙を隠す。

なに、取るに足らない話だ。伏するのには慣れている。

この十九年間、ずっと耐え忍んできたのだから。あと少しぐらい、

どうということもないだろう。



この水煙が自分の姿を隠すように。己の存在を隠し続けるのだ。

飼い主に牙を剥く、その日まで。



・・・



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