第五章:05
・・・
「――目覚めたか」
ほっとしたようなほのかの言葉を目覚ましに、火之夜は目を開けた。
しばしの逡巡のあと、がばりと身を起こす。
確か、大改人を退けた後突然意識が暗くなりそのまま――
「――戦闘は、終わったのか?」
「ああ、安心しろ。738便は無事静岡空港に着陸。残念ながら
私服警官をはじめとした若干名の乗客に被害はでてしまったが――
おまえたちの作戦以後、犠牲になったものはいない」
「……そうか」
毒牙にかかったもののことを思えばよかったとは言えず、
そう答えるにとどめる。だが状況と相手を鑑みれば
ことがうまく進んだ方だろう。
「……火之夜」
「……ん?」
「心配……したんだぞ」
その時初めて、ほのかの目が赤く腫れていることに気づく。
見れば、彼女の服装は出撃したときに見たCETのジャケット姿のままだ。
外はすでに陽が落ちかけているところを見るに、事後処理に追われた後
そのまま火之夜の看病を続けていたらしい。
「……すまん」
「……バカ」
ようやく微笑んでくれる。彼女の憂いを帯びた顔も綺麗だとは思うが、
やはり明るい顔の方が、似合っている。
この病室には窓がある。どうやら一般病棟に移されたらしい。
「ノー・フェイスは?」
「お前を合流地点に運んだ後、CETについてからはホオリについている」
どうやら倒れた火之夜を送り届けてくれたのは彼らしい。
あとで礼を言っておかねば。
「――それで、何が起きたんだ?」
「それを聞きたいのはこちらの方――と、言いたいところだが。
実はあの時同時に、ホオリも同じように倒れていた」
「彼女が?」
ノー・フェイスによく懐いている少女のことを思い浮かべる。
彼女と自分の共通点。一つしか思い浮かばない。
「――精霊が、原因か」
「その様子だと覚えていないようだな」
怪訝な顔をかえすと、ほのかがぎしりと背もたれに体を寄りかからせる。
鳥がさえずる外をみつめながらぽつりと語りだした。
「……ノー・フェイスが言うには、おまえはうわごとのように
こう言ったらしい。
『精霊を、目覚めさせてはいけない』
――とな」
「精霊を……?」
まったく覚えがない。
自分が覚えているのは、大改人が逃げたのを確認した後急に目の前が
暗くなったところまでだ。……いや。
「……そういえば確かに、夢の中で精霊に会った気がする」
「おまえの場合、夢とは言えないだろうな。おそらくは、
おまえの口を通して精霊がなにかを伝えようとしたのだろう」
ほう、とため息一つついて脚を組む。流れるように綺麗な脚の上に
組んだ手をのせ、続きを話す。
「『精霊を目覚めさせてはならない。もうその必要はないのだから。
目覚めれば――世界は、リセットされる』」
「……またずいぶんと、スケールの大きな話だな」
(自分の言葉ながら)戯言と一笑にふせないのが、精霊というものだ。
その全貌はほとんど解明されていない。それどころか、精霊なるものが
どこから生まれ、何を目的としているのかすら判明していないのだ。
本当に世界をリセットする力があったとしても、不思議はない。
「……ホオリも、同じようなことを言っていた。彼女の場合は
もう少し詳しく覚えていた。その言葉は、精霊の言葉だと言ったよ」
「……」
精霊と深くつながった少女。フェイスダウンの手によるものとはいえ、
あるいは自分より精霊そのものと近いのかもしれない。
しかし――
「……いったい、どういうことなんだ? 精霊が目覚める、とは。
――精霊は、炎と雷、二体ではないということか」
「あいにく精霊は教えてくれないが――そういうことだろうな」
いやな予感が頭をよぎるが、とりあえずそれは片隅においやる。
自分が思いつくことはこの女性もとうに考え、対策を練っていることだろう。
それは、彼女にまかせればいい。
物事には役割というものがある。彼女が指揮官なら、
自分は矛だ。燃え貫く鋭い矛。
突き通すところで、突き通せばそれでいい。
(俺が矛なら……)
さしずめ、ノー・フェイスは盾といったところだろう。
人々を守る、強固な盾。何者も通さない無敵の盾だ。
時々思うのだ。自分もノー・フェイスも、人を守るために戦っている。
だが、その根本のところで自分は敵を倒すことに特化している気がする。
一秒でも早く、敵を倒す。それが人々を守ることに繋がる。
いわば"攻めの守り"だ。
ノー・フェイスは対照的だ。彼は、人々の前に立ち塞がる。
あの少女をかばうため、身が削れることを厭わない。
おのが身を曝け出し、悪の手を通さない。そうして人々を守る。
いわば、"守るための守り"だ。
あるいは、彼こそが"守護者"と呼ぶに相応しいのかもしれない。
そんなことさえ思う。
きっと今も、倒れたというホオリの傍で彼女を見守っているのだろう。
自分にはできないことを、彼はやる。
羨望を覚えたりもするが、それでいいのだとも思う。
火之夜とノー・フェイスは二人で一つなのだ。どちらが欠けても、
きっと戦い続けられない。お互いに足りないものを補い、
どんな強敵にも怯まず挑めるのだ。
あの大改人との激戦のように。
「やっほー! お目覚めかな、ひのくんは」
「桜田か」
入室してきた底抜けに明るい女性に、心配かけたな、と答える。
まったくだよー、と軽く答え、持ってきたフルーツの籠をサイドテーブルにのせる。
「ほらほら、本部長交代交代。今の時間までみんなでひのくんを
譲ってあげたんですから、今度は私の番ですよ」
「…………文句は、言えないな」
なにか渋い顔をしながら、ほのかが席を立つ。その一瞬で意識を切り替えて
CET作戦本部長としての顔になる。
「では、今日はゆっくり休め。精密検査も終わって問題は無いと思うが、
疲れもあるだろう。――ご苦労だった」
「いえ、これが俺の役目ですから。御厨女史こそ、ありがとうございました。
無理をおして、ここにいてくれて」
御厨女史が扉の方に顔を向けて足早に立ち去っていく。
その後姿を追っていると、桜田が手早くきりわけた果物を口元にもってくる。
「ほらほら、ここからは私のスペシャル看護を味わってちょーだい。
はい、あーん」
「……ほどほどにな」
ぴたり、と一瞬脚をとめて一言釘をさし、ふたたび歩き出す御厨女史。
すると桜田が火之夜の服をまじまじと見つめて手を打つ。
「あ、ひのくん汗でびしょぬれじゃない。
じゃ、着替え持ってきてるから汗ふこうねー」
「ほどほどにな!?」
ばっと振り向いて必死な形相であわれっぽい声をだす御厨女史。
まだなにやら言いたげな表情だったが、あきらめて今度こそ退出する。
しばらく扉を見つめてからため息をつくと、桜田がボタンに手を伸ばす。
「――って、ホントに脱がす気か? それぐらい自分で……」
そういって腕をあげようとするが、激痛で顔をしかめる。
再生はしているが、極度の疲労がたまっているらしい。
その様子をみて、桜田がにんまりと笑う。
「はい、ひのくん。脱ぎ脱ぎしましょうねー?」
……その笑顔が大改人より恐ろしく見えたと言ったら、彼女は怒るだろうか。
・・・
<――影矢侑斗、職業:高校生>
なにか、声が頭の中で響く。
がんがんと痛むので、黙って欲しいのだが。おかまいなしに
立て続けに声が流れていく。
<人体情報分解開始/分解終了。翻訳開始/翻訳終了>
<現地情報入力・入力終了。>
<最適化作業開始。作業進行中...>
うるさい。とにかくうるさい。
このノイズみたいなの、誰か消してくれないか……。
静かに眠っていたいんだけど……。
<当該個体の神与能力の隠蔽のため
遮断能力導入>
<人体基礎情報向上化。
筋力:520%まで上昇中/向上化継続中。
情報分解能:1200%まで上昇中/向上化継続中。
骨格強化:870%まで上昇中/向上化継続中。
感覚能強化:1500%まで上昇/向上化完了>
<情報に不確定異物混入/除去完了>
<情報に不確定異物混入/除去完了>
<情報に不確定異物混入/除去完了>
<情報に不確定異物混入/除去完了>
<情報に……>
<…………>
<彼に、ささやかな祝福を。我が力もって、神越能力を与えん>
<…………>
<情報に不確定異物混入/除去完了>
なにを言っているのかさっぱりわからない。
蚊が耳もとで鳴くような音をいまいましく思っているうちに、
記憶が戻ってくる。
そうだ。確かおれは飛行機に乗っていて――突然、世間を騒がしている
"改人"が機内に入ってきたんだ。
その改人が背を向けたとき、隣にいたおっさんがいきなり銃を抜いて
立ち上がったと思ったら、その背中に刃が生えてきて……
その刃が、そのままおれに――
あ、そうか。あの改人に殺されたんだ。あのおっさんもろとも。
とばっちりじゃねぇか。いや、どっちにしろ殺されてたかもしんないけど。
ひょっとしたら、あの後飛行機落とされたかもしれないけどさ。
あーーー……なんてこった。おれ、死んじまったのかよ……。
両親が事故死して、その葬儀に向かおうとした矢先に、
おれまで死んじまうとは。なんか呪われてるんじゃないか、この血筋。
……来世があるなら、厄払いでもしてほしいなあ……
<当該個体の志向確認:呪法無効化能力導入>
……うるさいなあ。
しかし、改人かぁ。ネットでも色々話題になっていたけど、まさか
この目で直接見るとは。見るどころか、触れちゃったよ、おれ。
触れたって言うか、切られたんだけど。それで死んじゃったし。
痛くもなんともなかったことだけは、救いといえば救いなのかなあ……。
……そうだ、ネットといえば。あの改人に国が秘密裡に特殊部隊を
作っていて、その姿を捕えたっていう動画もアングラネットに出回ってたなあ。
赤いプロテクターと黄色いプロテクターの二人組みだったか。
あの時は、できの悪い自主制作映画から流用でもしたのかと思ってたけど。
一緒に映ってた改人。あれ、機内で見たのと一緒だったなあ。
じゃ、アレ本物か。
……そうわかると、あいつらかっこよかったなあ。
おれもあんな力があったら、死なずにすんだのかな……。
<当該個体の志向確認:肉体強化率向上能力導入>
<病理無効化能力導入。
肉体再生能力導入。
特殊現象発生模倣能力導入>
<不具合:原因不明の自由により魔導系能力取得に障害発生。
回復するまで当該能力の習得を封印>
<スキルツリーによる能力成長能力導入。
現時点で導入できない能力を当該個体の成長に合わせ習得可能>
……ああ、もう! ホントにやかましいな!
あの世ってのはこんなにわけのわからないことばかり聞かされるのか!?
いや、そういえば今おれはどうなっているんだ?
身体の感覚はないけど、思考はきちんとできて……る、し……
そんなことを思った瞬間、意識が混濁してきた。
これが本当に消え去る、ということなのだろうか。
……まあ、あのまま変な声で意識をかき乱され続けるよりは、いい、か……
……。
<当該個体の現地最適化完了。現地の調査任務に従事させる。
以後、当該個体を第七世界侵攻用尖兵"超人アルト"と呼称する>
・・・
「……なんだ、これ」
白い雲の隙間から覗く、二つの太陽。
青空に飛び交うのは、大きな猛禽とそれを追うドラゴンの群れ。
おれは茫然と呟いた。――ここ、地球じゃないよな。
じゃ……いったい、どこなの?
これは、異世界に転生して超人となったおれの物語。
でも――おれがいた地球とは、なーんの関係もないお話……なのだった。
・・・
後半は本編とは全く無関係のお遊びです▽・w・▽




