第三章:Wake Up the Executioner
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CETのメンバーに、いつになく緊張した空気が流れる。
当然だろう。今回フェイスダウンが起こした事件は、過去の比ではない。
万が一原子力発電所から核燃料が漏洩したら。
半径数十kmに住む人々は、避難を余儀なくされる。
『ノー・フェイス! アルカー! 着いたか!?』
「たった今着いたところだ。PCP、及び偵察班との
合流はこれからだ――ああ、桜田も着いた」
通信機から切迫した御厨の声が聞こえる。それに答えるアルカーの声も、
いつになく固い。
「お待たせひのっち、ノーちゃん! 施設内部の見取り図はここ!」
情報を集め奔走していた桜田があわただしく駆け寄る。
見取り図を広げ、精査する。脇から確認されたフェイスたちの配置を
マーカーで記入していく。
「配置されていた警官は?」
「フェイスダウンの侵攻が確認されてから30分以内に全滅。
一部は回収できたけど、やっぱり……」
桜田は語尾を濁したが、感情を奪い取られ植物状態になっていることは
想像に難くない。問題は、回収できていない警官もいることだ。
「……もし万が一、核燃料が露出でもしたら逃げられない警官たちは……」
「その場合、警官だけでなく最大二万人近い民間人が
急性死亡するおそれがある」
一同が沈黙する。
「……原発はテロ対策として侵入口はロックされるはずだが」
「されたね。でも、突破されちゃったみたい。流石に、
時間はかかったみたいだけど……」
「時間の問題にすぎなかった、と」
腕を組んでノー・フェイスがうなる。
さいわい、中央制御室や原子炉本体にはまだ到達できていないらしい。
だが、冷却系だけでも損傷をあたえられたらことだ。
「監視カメラは潰されてないわ。中継してもらって、作戦本部に
繋がるよう細工をしてあるから」
『こちらからフェイスの動きは伝えられる。その点は、安心していい』
「助かる」
施設内に入れば、携帯端末を介した無線wi-fiは使えなくなる。
ノー・フェイスはあらかじめ可能な限りの情報を
脳内にダウンロードしておいた。
「……おかしいな」
「と、いうと?」
『奴らは、原発を襲ったわりに外苑ばかり固めている。
肝心の核燃料を奪取しようという動きが、薄い』
まるで、原発を襲った、というよりは強固な砦を確保して
外敵を迎え撃とうとする意志を感じる。
「……俺たちを、待っているのか?」
「――かもしれんな。そもそも、奴らがこんなものに
興味があるとは、思えんのだが」
フェイスダウンの技術力を持ってすれば、核の力など必要だろうか。
いや、よしんば必要だとして、日本でわざわざ事を起こさずとも
闇取引で得られる場所は海外にある。それこそ、改人どもが
活躍していたという中東であれば、見つからないこともないはずだ。
原発を襲えば、日本という国家そのものが敵に回る。
先日の市街地戦闘などとは比べ物にならない。
『……第一、奴らにとっても人間は死なれたら困るはずだ。
こんな、大規模災害に発展しかねない場所を襲うとは――
腑に落ちないな』
御厨もうなる。
フェイスダウンにとって、人間は感情エナジーを奪うための対象であるし、
連中の主張が正しければ改人としての素材でもある。
下手に死なれても、困るのではないか?
……と、なると奴らの狙いはおのずと絞られてくる。
「……この施設内では、"力ある言葉"は使えない」
「戦力は半減するな」
考えられる理由は、それだ。アルカーが存分に力を奮えない環境を
構築するため、ここを襲ったということだ。
『慎重を期してもらう必要があるのは、事実だ。
……本来なら、専門の特殊部隊にシミュレーションを
繰り返させてから突入すべき事案だが。
相手が改人となると、お前たちに頼るしかない』
「……おたがい、頭が痛いですね」
アルカーにしろノー・フェイスにしろ、必要最低限の
知識や技術はあるが、流石にここまで専門性のある作戦には
自信がない。
『フェイスダウンは人間を無為に殺すのをよしとしないはずだ。
今は、それを前提に作戦を進めるしかあるまい』
御厨が決断する。失敗したら、大災害だ。
大勢の人間が死に、おえら方の首もいくつも飛ぶだろう。
が、できる範囲でやるしかない。
とにかく、改人たちを外に追い出すだけでもかまわないのだ。
なんとか、引きずりだすことができれば――
『アルカーとノー・フェイスは奴らを倒すより、
追い込む方向で動いてくれ。作戦は現在立案中だが、
配置には今からついてくれ』
「了解!」
・・・
キー・チは監視カメラの存在に気づいていないわけではない。
あえて、残しておいたのだ。アルカーたちを誘導しやすくなるように。
CETらが飛ばしている電波を傍受し、仮に設置した拠点で
モニターに映している。
「……来たか」
監視カメラの映像を見つめながら、キー・チは考えをめぐらす。
画面に映ってるのはノー・フェイスだけだ。アルカーは見当たらない。
おそらく、裏切り者が囮となって目をひきつけ、アルカーが
少しずつフェイスを始末していく算段だろう。
事実、監視カメラに映っていないところに配置されたフェイスの数が
どんどん減っているようだ。フェイスの状態をモニターした機器の
情報が消えていく。
とはいえ、問題ない。……今回の目的は、アルカーたちを
倒すことではないからだ。
今ここにいる改人はキー・チだけだ。相応の実力者ではあるが、
流石に一人でアルカー二体を相手取って立ち回るのはかなり厳しい。
だからこそ、この原発を選んだ。
迂闊に力を発揮するわけにもいかず、下手に壁をぶちぬくこともできない。
テロ対策に入り組んだ迷宮のように複雑な施設内は、
奴らを翻弄して動き回るのに、非情に都合がいい。
うまく立ち回れば、それなりに戦闘を引き伸ばすことができる。
……それによって、今回のキー・チの行動に対する総帥の
対応で、"改人"たちの立場がどのようなものなのか、わかるだろう。
「……ワタシも動くとしますか」
翼をひるがえして部屋を出る。
――その背後で、モニターが一つ一つ、暗くなっていくことに気づかず。
その異常事態を、フェイスたちが報告しないことも、知らずに。
・・・
「――ふう」
緊張を解くわけにはいかないが、わずかに肩の力を抜いて息をつく。
施設を迂闊に傷つけないよう注意を払いながらの戦闘は、気が張る。
今、施設内を駆けずり回っているのはノー・フェイスとアルカーだけではない。
警察の特殊部隊とPCPの混成部隊も投入され、バックアップにまわっている。
「……そちらはどうだ?」
『ああ。それが……こちらはまだフェイスを見かけていない。
予想以上に、投入された戦力は少ないのかもしれないな』
「――それはそれで、奇妙な話だな」
これだけ派手に動いておいて、必殺の布陣を敷いていないとは。
なんのための作戦なのか、わからない。
ノー・フェイスの倒したフェイスの数も、大したものではなかった。
……急報を受けたときの緊迫感が、嘘のようにあっけない。
『……考えてみれば、改人関連の動きはみんな大体そんなものだな。
何がしたいのか、さっぱりわからない。実際に対峙してみれば、
幼稚な言動ばかり繰り返す。まるで子供だ』
「確かにな……」
――本当に無計画な行動だったというのか?
そう結論付けるのは早計ではあるが、そう思いたくなるほど
改人たちの動きは無軌道だった。
「こちらも改人には未だ遭遇していない。
あるいは、もっと奥で待ち構えてるのかもしれんが……」
刹那、殺気を感じ取りその場を飛び退る。
直後にノー・フェイスが立っていた足元が爆ぜる。
――改人の強襲だ。
「前言撤回、たった今改人と遭遇した!
場所は4号機前正面通路!」
『すぐに向かう!』
アルカーとの通信を切り上げ、目の前の改人と対峙する。
その姿はカラスにも、天狗のようにも見える。
「私の名はキー・チ。……お相手、願おうか」
・・・




