第二章:05
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がしり、と交差した腕が組み合う。
互いに力が拮抗し、どちらも譲らない。
いや、アルカーが先に動いた。力を抜くとこちらが勢いあまって
体勢を崩したところに掌底をくりだす。
その程度の動きはこちらも承知のうえだ。おそらくはノー・フェイスが
避けることを予想しているだろうが――あえて、そのまま受ける。
強烈な打撃に一瞬意識がとびかけるが、意識をねじふせて
アルカーの腕をつかむ。
万力のような――万力よりも強いのだが――力で、
握り締めて離さない。
アルカーが空いた脚でその拘束を振り払おうと蹴りを放つが、
そのタイミングにあわせてひねり飛ばす。
片足立ちで踏みしめが甘くなっていたアルカーは軽く投げ飛ばされる。
すかさず、倒れこんだアルカーの肩口に膝をのせ関節を固める。
そのまま本気で肩を砕くつもりで捕えた腕に体重をかける。
通常の人間相手ならこれで詰みだが。アルカーはさすがにそうもいかない。
自由な片手で床をつかみ、勢いよく弾き飛ばす。
弾かれた勢いでアルカーと、腕をつかんだノー・フェイスの身体が
勢いよくスピンする。極めた関節も緩んでしまい、脱出される。
アルカーに向き直ろうとするが、脚をすくわれる。
頭から床に落ち、避ける間もなく胸を踏み砕かれる。
そしてそのまま眼前にアルカーの拳が広がり――
「……俺の勝ちだな」
ぴたり、と寸前で止まる。踏み潰された胸から足がどけられ、
かわりに手が差し出される。
「……もう少しなんだがな」
「なに、おまえの勝率も相当あがってきている。
俺のほうこそうかうかしてられないな」
その手を掴んで起き上がると青ざめた顔で小岩井とホオリが駆け寄ってくる。
「だいじょうぶ、ノー・フェイス……?」
「……いつもいつも思うんですが、貴方たちの組み手、
おっかなすぎです……」
むこうでは桜田と御厨が火之夜に駆け寄っている。
アルカーとの組み手は毎日行われている。互いにすこしぐらいの
損傷は再生するため。かなり本気で相手を害する勢いだ。
確かに傍からみれば戦々恐々だろう。
とはいえ、組み手でアルカーの力を使うわけにも行かない。
全力をだした訓練ができない分を補うには、これぐらい
本気でやらないと意味がないのだ。
「とはいえ、そろそろ二人とも休んだ方がいい。
ちょうど昼時だしな。食堂にでも行こうか」
御厨が火之夜にペットボトルを渡してやりながら、声をかけた。
・・・
「今日のAランチは海老カツか」
「私、Bランチのほっけの方がいいなー」
「……私、ダイエット中なので豆腐サラダセットで……」
がやがやとにぎやかな食堂で、思い思いの注文をする。
ノー・フェイスはなんとはなしに、あたりを見回す。
CETに来てからすでに数ヶ月はたつが、実のところ食堂に入るのは
初めてかもしれない。
「ノー・フェイス。こっち、こっち」
先に来て席を取っていたホオリが手を振って呼ぶ。
彼女の横に座り、みなを待つ。
ほどなくしてトレイを抱えた火之夜たちがまわりに座り、
食事を始める。
「ここの食堂はきらいじゃないな。特に、揚げものはハズレがない。」
「でもその分なのかどうか、焼きもの系は苦手という印象あるがな」
「ちょっとねー、もそもそしてるんだよね、焼き魚とか」
思い思いの感想をのべながら、楽しそうに食事をする。
ものを食べないノー・フェイスにはよくわからないが、
この雰囲気はきらいじゃない。
「はい、ホオリちゃん」
「ありがと」
ホオリの食事は小岩井医師が選んだものだ。食事に対する
欲求が薄いため、彼女が監督している。
とくに何の感慨もなく、もそもそと料理を口に運ぶ。
「しっかし、最近はフェイスダウンも大人しめだねー」
「よいことかどうかは、なんとも言えんがな」
行儀悪く口にスプーンを頬張り、桜田が話題を振る。
事実、ノー・フェイスたちの出撃回数は大分減っていた。
フェイスダウンによるものとみなされた被害者の数も、
ぐんと減っている。
それだけを聞けば、好ましい話なのだが――
「奴らの動きがないということは、大規模作戦に備えて
戦力を蓄えているという可能性が高い。気が抜けないな」
火之夜が難しい顔をして言う。カリッ、と衣を噛み切り咀嚼する。
「やはり、先日の転送拠点を失ったことは連中にとっても
問題だったのだろう。一方でこちらが得たものも少ない」
「ある意味、あいつらに転送装置なんてものがあるって知れたことが、
唯一の収穫だねー。……おかげでこっちの捜索範囲は
べらぼうに拡大したけど」
めずらしく辟易した顔で桜田がぼやく。無理もあるまい。
ノー・フェイスたちが目の前の敵にだけ集中できるのは、彼女らのおかげだ。
「……感謝している」
「ノーちゃんのそういうとこ、好きぃ☆ ナスあげちゃう」
そそそ、と野菜炒めからナスを抜き取り、小皿にとってよこす。
「いや、オレは……」
「気にするな、ノー・フェイス。こいつはナスが嫌いなだけだ」
じとりとした目つきで桜田をにらむ火之夜。好き嫌いか。
食事をしないノー・フェイスには、それもわかりづらい。
「おまえは、好き嫌いが多すぎるぞ、桜田」
「そーいう本部長だって偏食じゃないですかー。
一つのものばっかりずーーっと好きでいて」
「あ、それ言えてますね」
「……おい、なんの話をしている、なんの」
桜田と小岩井がなにやら 御厨を茶化す。
なんの話かわからず火之夜に視線をやるが、その火之夜も
いまいちわかってないらしく、首を傾げてくる。
「……こんなわっかりやすい話してるのに、
この男どもときたら……」
「ま、そこがいいところじゃないですか?
そうじゃなかったらこんな話、目の前でできませんし」
くすくすと女性陣が笑う。ホオリも、目元が笑っている。
まさに、女三人。姦しい。
と、廊下のほうからあわただしい足音が聞こえる。
音響センサーから判断するに……竹屋のものだ。
はたして、食堂に飛び込んできたのは竹屋だ。
そうとう慌てた様子だ。
「本部長ッ! 火之夜、ノー・フェイスッ!
フェイスダウンだッ!」
がたり、と呼ばれた三人が席を立つ。
ついに奴らが動きを見せたのだ。竹屋の切迫した様子から
かなりの緊急性を感じる。
「この区域に電力を供給している、原子力発電所だ!
そこが占拠されようとしているッッ!!」
……竹屋の口から飛び出た言葉は、想像していたよりも
深刻なものだった。
・・・
ヤク・サ直属の部下であるカラス天狗型改人、キー・チは 腕組みをして
眼下の施設を見下ろしていた。
制圧した施設を、フェイスが掌握のため駆け回っている。
一糸乱れぬ動きだ。文字通り、じつに機械的に行動している。
今回連れてきたフェイスは、全てエモーショナル・データを
入手していない個体のみだ。自我がある個体では、不都合がある。
通常、フェイスダウンによる作戦行動はその大半が総帥フルフェイスによる
直接認可を経て実行される。膨大な量の作戦要綱すべてに目を通し
精査しているというのだから、その頭脳は驚異的というほかない。
だが、今回は申請を行っていない。無断出撃だ。
過去の例から判断するに、広大な範囲に影響をもたらすような作戦は、
認可が下りない可能性が高い。だからこその行動だ。
むろん、キー・チの勝手な独断ではない。秘密裡にではあるが、ヤク・サの
命令によるものだ。彼の命令に従うことに無上の喜びを感じている
キー・チはあくまで自分の暴走によるものとしてかたをつけるつもりだ。
(あのお方は、不審を抱いておられる)
ヤク・サの心中を推し量る。
フェイスダウンの技術力は、人智を越える。
こんな島国ひとつぐらい、制圧しようと思えば不可能ではあるまい。
物資の確保、人員の確保ができれば"改人計画"とてより発展できるはずだ。
だが、それをしない。
あれだけ派手な暴露をしたにも関わらず、結局やることは
地道な人間狩りとアルカー討伐だけだ。
非効率的すぎる。戦力の無駄遣いとしか思えない。
だから、ヤク・サは命じたのだ。総帥が望んでいない行為することで、
その対応を見てあの方の思惑を見極めようとしているのだ。
「……アナタの御心のままに、ヤク・サさま」
キー・チは待ち受ける。アルカーを。裏切り者の、ノー・フェイスを――。
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