第一章:04
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・・・
"北風"ブランドのライダースジャケットの内側にフーディを着込み、
CET本部の廊下を歩く。……下は着ても装身時に破れるし、
上だけ羽織っていればタイトなパンツに見えなくもない。
前ファスナーを降ろしながら入室すると、ホオリがむかえいれる。
「おかえり、ノー・フェイス」
「ああ」
軽く首肯して部屋に入る。彼女も割り当てられた自分の部屋が
あるはずなのだが、もっぱらノー・フェイスの部屋に入り浸っている。
最近では寝泊りすらしていく有様だ。
「……何を調べてるんだ?」
「ん……なんでも」
パソコンで検索していたページをさっと閉じるホオリ。
あえて見えなかったふりをしたが、フェイスの動体視力では
彼女がどこかの学校のホームページを開いていたのが見えた。
……感情が希薄になったとはいえ、彼女はまだ中学生。
生来の環境もあり、本来なら得られるはずだったものを
羨んでも不思議ではない。
ましてや、彼女の両親は植物状態となって眠りについている。
ぬくもりを求めてノー・フェイスの寝台に潜り込むのも、
無理はないだろう。
そっと彼女の白に近い金髪を撫でてやる。ほんの少しだけ口端に笑みを浮かべ
彼女がノー・フェイスの裾を引っ張る。
「かっこいい」
「…………そうか」
悪い気は、しない。
「……ん?」
ホオリが閉じたページの裏に開かれていたサイト。
ネットで囁かれている噂話を、都市伝説という形でまとめた
他愛のないサイトだ。
ホオリに見せられたこともあり、その内容と荒唐無稽さは
よく知っているのだが――
「"富士スバルラインに光る人魂"?」
「あ、それ。樹海をいくつもの赤い光が浮かんでたんだって。
自殺者の魂が、あたりを漂ってるなんて書かれてたけど」
まるで怖がるそぶりも見せずに淡々と言う。
だが、気になったのはその記事だけではない。
「"富士の樹海に潜む、カルト教団"――」
こちらの記事は、白装束に目深なフードをかぶった宗教団体の記事だ。
以前から怪しい噂が絶えない新興宗教だが、ある夜焦燥した仲間を
肩で支えあいながら樹海に消えていく姿が目撃されたのだという。
たあいのない、ゴシップではあるが。
自分の姿を見下ろす。目深なフードで顔を隠し、レイヤードスタイルで
体格を誤魔化している。
「――まさか?」
・・・
「――では、そのカルト団体を隠れ蓑に使っているのではないか、と?」
組んだ指をこつこつと突き合わせながら御厨が問う。
「うーん……その団体ならこっちでも捜査したことあるけど、
あれはまっとうなカルト宗教だと思うよー。
いや、真っ当じゃないけど、人間の団体だよ、間違いなく」
「ああ。多分、その宗教団体自体は無関係だ。
だがそれを逆手に、そいつらのフリをしているのではないか、と思ってな」
ぴくり、と桜田が反応して壁から背を離す。
「――どうしてそう思うの?」
「富士に漂う赤い人魂の群れ。この目撃情報が創作ではなく事実だとしたら
――それはフェイスの目ではないかと思ったのが、一つ。
そして、確認してみたが宗教団体の衣装はかなり余裕のある衣服で、
顔も見えん。――連れ去った人間をボディ・バッグに入れたままよりは、
目立たないだろう」
「――うーーーーーーん……」
がりがりと両手で頭をかきむしりながらうなる桜田。
「……いや、実はさ。逃走するフェイス集団を追跡してるとき、一度だけ
その宗教団体とすれ違ったことがあるんだよね。
そのときは、目的とは違うからスルーしちゃったんだけど……
言われてみれば確かに、あいつらみょーに肩身を寄せ合ってたなあ……」
うなりながら桜田が首をひねる。
確かに、どちらかというと決め手にかける内容だ。
しかしノー・フェイスには妙な胸騒ぎがあった。
「……ほかに手がかりもない。調査するだけの価値は、あると思うが」
「……桜田」
「手は空いて……る、とは言えないですけど。そっちにまわるくらいの
融通はきかせられますよ」
その返答を聞き、眉根によったしわを伸ばすように指でさすりながら、
御厨が命令を下す。
「では、富士スカイラインおよび樹海近辺の調査を命ずる。
もしフェイスダウンの痕跡があった場合、地理的要因も考慮し
直接アルカーとノー・フェイスも派遣させることにしよう」
スカイラインはともかく、樹海は人があまり寄り付かない。
身を隠しながら探るのが信条の偵察班には、いささか不利な場所だろう。
「――さて、鬼が出るか蛇がでるか、という奴だな」
・・・
ボボボボボボボ、と芯に響くアイドリング音をたてて大型バイクに
体重を預ける。脇ではようやく運転に慣れてきた火之夜がNX-6Lに
跨って、連絡をとっている。
「――ええ、現場に到着しました。俺たちはこの道路をしばらく
ツーリングのふりをして走ってみます。偵察班が何か見つけたら、
すぐに急行できるように」
「ここはちょうど中間地点だ。お互いに逆の方向へ走り、終点で
Uターンして再びここに集まるようにしよう」
どるん、とアクセルをふかしてエンジンを温める。
この力強い振動は嫌いじゃない。
フードを目深に被りなおし、I-I2を滑りださせる。一気に加速させ、
ミラーに映る火之夜の姿があっという間に小さくなる。
(さて……)
擬態機能を使うとエネルギーを消耗するうえ、センサー類に制限がかかる。
そのため現在はフードと重ね着だけで見た目を誤魔化している状態だ。
なら返って、火之夜と並んで走るより単独行動した方が連中に
襲われやすくなるかもしれない。そう判断しての提案だった。
(もっとも、逃げの一手を打たれると厄介だが――)
だがここに拠点があるか、あるいはヘリポートの一つでもあれば
そうそう動かせまい。欺瞞行動によって隠せはするだろうが、
フェイスのセンサーなら発見できる確率は低くない。
風でフードがめくれないよう注意しながら、起伏のある道を飛ばす。
身体を横切る風の感触が、ここちよい。
(乗り物など単なる足だと思ってたが――
なるほど、これは意味も無く走らせて見たくなる)
不思議な開放感を味わえる乗り物だ。機会さえあれば、後ろに
ホオリを乗せてこの感触を味わわせてやりたいとも思う。
(……ん?)
眼下に広がる樹海の中に、光るものを見つける。
人間なら気づかぬほど小さいものだ。
ガードレールにバイクを寄せてとめ、ズームする。
……どうやら落ちた腕時計のガラス部分が、反射していたらしい。
飛び降りて、その腕時計の側に駆け寄る。
普通の人間なら立ちいらない場所だ。
(自殺者の遺留品……にしては、ずいぶんと高価なものだ……)
型番をチェックして照合すると数十万はくだらないものだ。
世を悲観してここに来るものが持つにしてはにつかわない。
あとの可能性は――引きずられたときに、落としたか。
地面に顔を近づけて観察する。足跡などはとっくに消えてるだろうが、
なにか痕跡が――
「……む」
人間では気づかないほど、小さな破片。これは――革靴の塗料か?
地面にこすられて剥がれ落ちたように、散らばっている。
(……アタリか?)
火之夜と偵察班に連絡をいれる。電波は悪いが、なんとか繋がったようだ。
彼らの到着を待つ間に、遺留物の位置から彼らが連れ去られた方向を
割り出す。
(……樹海の奥に向かっているな)
周囲を観察する。仮にフェイスダウンのアジトだとすれば、
監視カメラの類が欺瞞されてあるはずだが、それらしき反応はない。
(もっとも、本気で隠されたら判別は困難だが……)
ぽつり、と雨粒が背中にあたる。しとしとと降り始め、
ライダースジャケットの表面を水滴が滑っていく。
遠くからは雷雲がうなりをたてる。
「……嵐がくるな」
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