第一章:DEAD or ALIVE? ※挿絵あり
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・・・
「――なんだ、これは」
「なんだじゃない、なんだじゃ。給料だよ」
御厨から手渡された封筒の厚みをもてあましながら、
ノー・フェイスは首をひねる。初めて見るソレをこねくり回す。
「……なんだ、これは?」
「いや、だから――」
「あー……なんというか、本部長。たぶん、ノー・フェイスは
給料という概念そのものに疑問を抱いているんだと思いますよ……」
「む……」
見かねた火之夜が助け舟をだす。どう答えたものか悩んでいたノー・フェイスは
ほっと胸をなでおろす。
「……うむ、そうか。その、なんだ……フェイスダウンに、給料は――」
「見たことも聞いたことも無い」
正直に答えただけなのだが、なぜかその場にいる全員から哀れみの視線が集まる。
いや、一人ホオリだけはきょとんとした表情で見上げてくる。
「……ホオリもわからないか」
「知ってるけどよくわからない」
なんとなく、妙な連帯感を抱いてしまう。
「――そうか、そうだよな……フェイスダウンにそんな良心あるわけないか……」
「オレぁ、今はじめてアイツに同情してますよ……」
「言うて私たちもそんなにもらってるわけじゃないですけどね……」
しみじみと桜田や竹屋たちが語り合う。こちらからは妙な疎外感がある……。
「――とにかく、だ。人間は働いたら給料というものをもらう。
その給料で生活したり、好きなものを買ったりするんだよ」
「……いや、別にオレは……」
「とりあえず貰っておけ。働きには相応の報酬を用意するのが、人間だ」
「そういうものなのか……」
いまいち理解しづらい話に再び首をひねる。
「……しかし、給料――金なぞもらって、どうすればいい?
オレは人間のように何かを食べることもないし、
水と空気さえあれば 活動エネルギーを得られる」
「かーーッ、やっぱ霞食ってるような奴は違うねぇ」
桜田が頭を抱えながらうめく。
「それに欲しいものなどといわれても、特に思いつかん。
そういうことを考えたこともないな……」
「悲しい、悲しいぞノー・フェイス……何が悲しいって、
自分と重なるところが悲しいぞ……」
「竹屋さん、酒とタバコと賭けごとくらいしか趣味ないですもんね……」
「やめて。傷つく☆」
竹屋と桜田の漫才を眺めながらノー・フェイスは腕を組んだ。
……考えてみれば、自分の欲望などというものをもったことがない。
いや、フェイスの元を離れアルカーと共に人々を守る
――というのが、はじめて抱いた欲望とも言える。
「……だが、欲しいものと言われてもな……」
「まあ……外出は簡単には許可できないが、ネットショッピングはできる。
せっかくの機会だ。自分の楽しみというのも、見つけてみてくれ」
御厨がかすかに微笑んで、そう区切った。
・・・
「とりあえず、服買おう」
「――服?」
CETに与えられた自室に戻り、支給品のパソコンを起動したところで
ホオリがそんなことを提案する。
実はネット回線を直接自分自身につなぐこともできるのだが、彼女が
一緒に見たいというのでパソコンを操作する。
知識はある。ネットショッピングのやり方もわかるので適当に
ページを開いてみる。
「そう。いつもノー・フェイス同じ格好だし、まずは外見を変えてみたら
何か欲しいものができるかも」
「そういうものか……」
「――それに、見てみたい。ノー・フェイスのファッション」
釈然としないものを感じながらいくつかカートに入れてみる。
ひょこり、と肩から顔をのぞかせてホオリが首をかしげる。
「……それ、ノー・フェイスの趣味?」
「服のよしあしなどわからん。ファッション誌というものにのっている服を
そのままピックアップした」
「ふーん。じゃ、これも」
横から手をのばしてカートに追加する。……ジャケットとスーツのセットだ。
「……これは、おまえの趣味か?」
「似合うと思う」
「おー。お姫さんなかなか渋い趣味してるねぇ」
がたっ、とのけぞる。いつの間にか背後から桜田が覗き込んでいた。
……彼女はフェイスの高性能センサーすら気づかないことが多々ある。
「じゃ、お姉さんはこれをチョイスしちゃおう。ポチっとな!」
「おまえら……」
なぜだか、猛烈におもちゃにされている気がする。
・・・
「――あれは何をやってるんだ?」
「ケケッ。ノー・フェイスの一人ファッションショーだってよ」
火之夜の茫然とした問いかけに、悪意をこめて答える竹屋。
そんな外野の冷やかしにノー・フェイス自身も他人事のように
自分を見下ろしていた。
「――やっぱり、似合う」
「うーん、スーツの上に乗った異形頭! このギャップがいいよねぇ。
体格にあった仕立てがされてないのが残念っちゃ残念かなあ」
「ううう、なんかわかっちゃう自分がいる……」
ホオリと桜田がぱしゃぱしゃと写真を撮りながら好き勝手に品評する。
ホオリはスマホだが、桜田にいたってはやたらと豪勢な一眼レフだ。
その間にはさまれ、なぜか頭を抱える小岩井医師。……仕事はいいのだろうか。
「おっ! こっちもやっぱ似合うじゃーん?
ライダースーツでびしっと決めちゃってさ。もうお姫さんのハート
わしづかみだよ」
「……うん。似合ってる」
「あああ、かっこいい……私、こっちの方が好きかも……」
ひとつなぎのスーツにぎちぎちに締め付けられて、どうにも落ち着かない気分だ。
と、言うよりこの状況が落ち着かない。
「せめて、擬態機能を……」
「だめ」
「それじゃつまんないよね」
「それはそれで見てみたくもありますけど……」
即座に却下される。周りに助けをもとめ視線を泳がすが、
火之夜は肩をすくめて諦らめろと伝え、竹屋は先日の恨みを返すかのように
意地悪く笑う。
孤立無援。
こんな孤独な気持ちは久々だ。
「……しかしだ。色々買ってはみたが、そもそも俺は外に出れん。
そろえてみても、意味がないのでは……」
「まぁまぁ、この施設内だけでもいろいろ着替えてみれば、
気分も変わるかもしれませんし。
人間らしく振舞ってみれば、やりたいこと、欲しいもの――
色々、思いつくかもしれませんよ?」
「……」
カウンセラーにそう言われてしまうと、反論も難しい。
人間ではない自分にそういう理屈が通用するのかわからないが――
なぜか、丸め込まれた気もする。
「さ、次の服着せ替えっこしましょ……じゃなかった、着てみましょ」
「今、着せ替えっこって言ったな?」
「言ってない。だよねー?」
桜田が周囲に同意を求める。
「言ってない」
「言ってません」
「聞いてねぇな、ケケケ」
「…………言って、ない」
「ひ、火之夜……」
火之夜さえ匙をなげて同意する。最も信頼する男の裏切りに愕然とする。
なすがままにとっかえひっかえされ、心の中で切々と願う。
(はやく終わってくれ……)
・・・
悪夢のような時間が終わり、とりあえず解放される。
買い漁った服は支給されているタンスにしまっておく。
ふと、一着のジャケットを広げる。ブランド・北風のライダースジャケットだ。
黒いそのトップスにしばし目を通し――少し袖を通してみる。
鏡の前で眺める。なるほど――これも、悪くはないのかもしれない。
少し――
「気に入った?」
「……………………いや」
いつの間にか入り込んでいたホオリが肩にとびのってくる。
そんなホオリを見てふと気になり、一つたずねる。
「……楽しかったか?」
「うん。少し」
相変わらず無表情で、しかしどこか浮かれた雰囲気が伝わってくる。
この娘が少しでも楽しかったなら――それでいいか。
ぱさりとジャケットを脱ぎ、タンスに吊るすと部屋に備えられた
インターホンが鳴る。
モニターの通話ボタンを押すとオペレーターが緊迫した様子で伝えてくる。
「――改人か!」
・・・




