第四章:人生は悲喜劇
大変お待たせしてます!
最終決戦まであと少し!!
・・・
「ヒュド──」
排水管へと姿を消した蒼い怪人物にかけようとした声が、途切れる。
突然、暗い格納庫に赤い警告灯が灯り、けたたましくサイレンが鳴り響いたからだ。
舌打ちする。
「なんだ、これは!?」
「──種子船が、出港する」
ぎしぎしとしたイヤな軋みは、宇宙船を繋ぎとめているアンカーが
外れようとする音だ。長い間手入れもされていなかったそれは、冷たくなった油が
潤滑油としての機能を果たさずに金属と金属が無理やり擦れようとして
摩擦音をたてている。
誰かが──否、ヒュドールがこの宇宙船を発進させようとしているのだ。
正規の手順を無視して、強引に。
「すでに制御室を抑えていたか……」
「──このままだと、どうなる?」
アルカーの問いかけに軽くあたりを見渡す。
周囲の情報をスキャン、状態を確認して結論を出す。
「──未完成の上に、事故が起きて放棄されたままの施設だ。
しかもシークエンスもでたらめ……おそらく、この区画ごと圧壊する」
「俺たちごと圧し潰す腹づもりか……!」
仮にそれを耐えたところで、宇宙空間へ放り出される。
運が良くて月に落下、悪ければ太陽の重力につかまり無限の闇の中を
恒星に向けて漂い続けることだろう。
「脱出するぞ! どちらに行けば──」
「先に行け」
ピッ、と電子音が鳴りアルカーのNX-6Lに据え付けられたナビが光る。
強制的にアクセスし、この施設の地図データと道順をインストールする。
「インプットしたルートで目的地に向かえ。
そこから地上に戻れるはずだ」
「お前はどうする?」
「……オレにはこの船が必要だ」
少しずつ、固定具が外されていく船を苦々しい思いで見上げる。
仇敵フルフェイスが作り上げた遺留物ではあるが、今のノー・フェイスには
失うわけにはいかないものだ。
「なんとか、崩壊を食い止める」
「それでお前は……」
「オレ一人なら戻る術はいくつかある。
──案ずるな、ホデリを奴の側に置いたまま放り出す気は、
毛頭ない」
「──」
まだ、アルカーは何か言いたげな様子ではあった。
だが結局は黙ってNX-6Lを引き起こして軽やかにまたがる。
「……先ほどの話、俺は納得したわけじゃない」
「ああ」
「だが──奴にめちゃくちゃにされて、
これ幸いと乗っかる気も、ない。
──お前の考えは、俺たちが正す。殴りつけてでもな」
「……もう、しこたま殴られた気がするがな」
苦笑して頬をさする。
それに憮然とした声音で、アルカーが指さしてきた。
「そいつは、生きていたことを黙っていたことへのけじめだ。
言っておくが、全員分受けてもらうからな」
「覚悟しておこう」
特に、ホオリや小岩井のものは効きそうだ。
「悪いが、お前の思惑を加味して黙っている、なんて俺はしないぞ。
お前一人で勝手に下した決断など、知ったことか」
「……ああ」
そう言うだろうことは、わかっていた。
だからこそ接触は避けていたのだが。
とはいえ、今はまだおおっぴらに触れ回ることはしないだろう。
それをされるとノー・フェイスの今の立場がひどく困ることになる。
──フェイスたちに、総帥がフルフェイスからノー・フェイスに
すりかわっているなどと、知られてはまずい。
それはアルカーも承知しているはずだ。
だから今は送りだす。なによりもまず優先しなければいけないのは
ヒュドールを止め、彼の下に囚われているホデリを救出することなのだから。
「オレもすぐに行く。頼むぞ、アルカー」
「任せろ、相棒」
どるん、とNX-6Lが重い排気音をたてて滑り出す。
あっというまに暗い通路の先に消えたそのテールランプを見送りながら、
つぶやく。
「相棒、か……」
まだ、そう呼んでくれるのか。
殴られた頬をさする。
傷は治っている。だが、心に刻まれた痛みはいまだに残ったままだ。
アルカーを、仲間たちをたばかってきた後悔、罪悪感の棘。
その棘をえぐり取るように殴られ、傷口は広がった。
だが棘がささったままよりも、帰って心持は楽になった気さえする。
──唯一無二の相棒をあざむいたままよりも、
例え相反しようとも真っ向から向き合う方が、ずっといい。
「……考えてみれば、オレとアイツのなれそめからして
ぶつかり合いから始まっていたな」
フェイスダウンを打破するため戦うアルカー。
そしてそのアルカーを、倒すために生まれたノー・フェイス。
もともとノー・フェイスはアルカーと戦う宿命の下で生まれたのだ。
それが何の因果か彼に憧れ、そして並び立って共に背を預けてきた。
今、再びアルカーと相対する宿命が巡ってきたのかもしれない。
だがそれは拳ではなく、意志をぶつけ合う戦いだ。
「……勝ちたい、と思えないのがどうにも不利だな」
嘆息しながら首を振り、制御室へ向かって歩を進め始めた。
・・・
「──ここだな」
崩れた瓦礫などに四苦八苦しながらも、なんとか制御室にたどり着く。
ヒュドールに破壊工作をされていないか不安だったが──
どうやら、そこまでの余裕はなかったようだ。
元より、ヒュドールがフェイスダウンの施設を次々と掌握しているのは
奴が連れ去った"イザナ・ミ"にほぼ依存している。
むしろ単独でよくあれだけの操作を可能にしたものだと、感心さえする。
コンソールに手をかざし、施設の状態を確認する。
緊急発進のシークエンスを解除、強制的にダウン。これでいい。
が、舌打ちする。発進シークエンスは止まったものの、無理やり動かされた
施設はすでに一部で崩壊が始まっている。
食い止め、修復することは可能だがそれなりに時間がかかりそうだ。
このままではヒュドールの相手をアルカー一人ですることに──
「ここは我らにお任せを」
「──ジェネラルか?」
内心どきりとした動揺を隠しつつ、振り向きもせずに問いかける。
ドアを開けてジェネラル・フェイスとその部下が近づいてくる気配さえ
感じ取れないほど、施設の掌握に気を取られていたのだ。
「はい。ヒュドールの罠に巻き込まれ、我らもここへ。
しかし結果としては重畳だった、と呼ぶべきでしょう」
「そうだな。探し続けてきたここへ、あっさりと辿り着けたのだからな」
指示を出すまでもなく、フェイスたちが各コンソールに張り付き操作を始める。
これならノー・フェイス……『フルフェイス』が手をわずらわせるまでもあるまい。
「施設の掌握、修復、そして連結。
この場は我らだけで十二分に手が回ります。ですから……」
「ヒュドールの相手は、私がするべきか」
踵をかえし、ジェネラルの脇をすり抜ける。
案件が一つ解決した以上、一刻も早くヒュドールとアルカーの下へ
向かいたかった。
「では、任せるぞジェネラル。
奴は──私が、止める」
足早に制御室を出て、通路を抜ける。
扉が閉まる直前にジェネラルの声が聞こえたが──振り向かず、先を急いだ。
「は。了解しました。
──フェイスダウン総帥、フルフェイス様」
・・・




