第三章:06
・・・
――そして――
「……オレは、宇宙空間へと飛ばされた。
この地球を見下ろしながら、じっとヤツの力が馴染んでいくのを待っていた……」
脱力して瓦礫に体重を任せながら、訥々と語り進める。
やがてフルフェイスの力と記憶を、その役割を演じられる程度には掌握したこと。
地球へと帰還し、地下に潜ったフェイスたちをまとめていったこと。
そしてフルフェイスを名乗り、彼らの総帥としてふるまってきたこと……。
ふと気づくと、目の前に手が差し伸べられている。
見上げれば、アルカーがぶっきらぼうにこちらへと手を伸ばしているのが見えた。
顔が見えなくとも、ぶぜんとした表情をしていることは容易に見て取れ、
内心苦笑しながらその手をとり、引き起こされる。
「……なぜ一言、帰ってきたと言えなかったんだ」
あまりにも少ない口数の文句からもその不機嫌さが伝わってきて、若干の気後れを
感じつつ言い訳がましい言葉を口にする。
「――フェイスをまとめるにあたり、うかつな行動はできなかった。
人知れずお前たちに会う、というのもヒュドールの監視下ではなかなか難しくてな。
それに――」
「……それに?」
「……いや」
口ごもる。はぐらかすように、別のことを語る。
「――まず、こちらの展望を形にしたかった。
そのための捜索と、改人への抑えを同時に行っていて手いっぱいでな。
――すまなかった」
「……いいさ。お前が生きていてくれただけで、な」
アルカーのその言葉に、なにかはわからないが胸の内に熱いものがこみあげてくる。
これが感慨……と、呼ぶものなのだろうか。
「それで――おまえのいう展望とは、なんだ。
フルフェイスからフェイスたちを導け、と頼まれたと言っていたが……」
「おまえたちには、受け入れがたいものがあるかもしれない。
だがオレは受け入れる覚悟を決めた」
わずかに視線をそらし、施設の内部へと目を向ける。
「ヤツの言うとおり、オレはあくまでもフェイスだ。
どこまでいってもアイツらの同類でもあるし、同時に同胞を裏切り続けた
罪も、ある」
「……」
アルカーは何も言わない。あるいは、彼らは「おまえはフェイスじゃない」と
言ってくれるのかもしれない。そも、自分自身でも裏切ったことを後悔していない。
それでも割り切れない部分というのは、ある。
アルカーもそれをおぼろげに感じ取っているから下手に口を出さないのだろう。
「だが……この地球で人間と共存するのは、ムリだ。
フェイスが――フェイスアンドロイドが、『人間』へと進化するためには
人々の感情――"エモーショナル・データ"が必要だ。
それを他人から奪うような真似はさせない。オレが許さない」
「それは、そうだな」
アルカーがうなずく。だが今の言葉の意味を理解してはいないようだ。
かまわず、続ける。
「さいわいというか、なんというか……これまでフェイスたちが奪ってきた
"エモーショナル・データ"はフルフェイスが贖った。
……一応は、こちらでも確認してはいるんだが……?」
「ああ。お前の言うことに心当たりはある。
――あの最終決戦以降、感情を奪われた人々は快方へとむかっている。
それが、フルフェイスの贖罪によるものだったとは、な」
すこし、ほっとする。
フルフェイスたちが犯してきた罪の多くは、とりかえしのつかないものだ。
それでもそのうちのほんの一部でも取り戻せたのなら、あの戦いの価値があったと
そう、信じられる。
「残念だが、彼らに対してこれ以上オレ……『フェイスダウン』にできることはない。
あとはただ、快復を祈ることしかできない」
「そこまでお前が背負うことはないだろう。
お前の罪がフェイスを裏切ったことだというなら、必然奴らの罪は
おまえの罪じゃあ、ないんだからな」
アルカーがいくらか態度を軟化させて慰めてくる。久しぶりに彼から投げかけられる
優しい言葉にふっと気が緩むが、再びアルカーに厳しい視線を向けられることに
なることを思い出し、身構える。
「――フルフェイスは言っていた。『改人と、そこに使われている技術は
この星にとって悪意にしかならない』、と。
――だがそれは、改人に限る話ではあるまい」
「なに……?」
話が不穏な方向へと向かっているのを感じ取ったのだろう。アルカーがわずかに
声に険を含める。
「フェイスを導くには、つまりは彼らを"人間"にするには
"エモーショナル・データ"が必要だ。しかしここでは人々から奪うしかない。
それはできないし、またフェイスたちが使う技術もまだこの地球において
劇物にしかならない。なら――」
「ノー・フェイス。まさかおまえ……」
「フェイスたちを、宇宙へ旅立たせ|る《・》。当然――このオレも。
そのために必要な宇宙船を――つまりここを、ずっと探していた」
しん、と静まり返る。だがその空間にたしかな熱がこもっていくのを感じた。
センサーで、この広大な部屋を――いや、格納庫を探る。
放棄された、宇宙港。そして――巨大な、宇宙船。
これを見つけることこそが、ノー・フェイスの展望に必要なことだっ
た。
「フルフェイスは改人計画にかぎらず、いくつもの計画を立てていた。
そのうちの一つ――地球種のサンプルをこの船に乗せ、外宇宙へと送りだし
そこであらためて"進化"をやりなおさせる……そんな、誇大妄想じみた
計画のために建造されたのが、この『種子船』だ」
「これが、宇宙船……!?」
アルカーが呆然としたように船を見上げる。無理もあるまい。
世界最大の船がたしか全長488m。それに匹敵するほどの巨体をさらしているのだから。
とてもではないが、打ち上げられるようなものには思えまい。
「――データが正しければ、この宇宙港は月周回軌道のどこかに
秘匿されているはずだ。だが船の建造が終わり、種の移送計画が立てられた頃に
発生した事故をきっかけに、頓挫した。以後、ここは誰にも知られないまま
宇宙空間を漂っていた……」
もとよりフルフェイスもこの計画は"予備"で立てたものでしかなかったらしい。
こんなものを"とりあえず"で建造してしまうのも、たいがいふざけた話ではある。
「オレはフェイスたちを引き連れこの船に乗りこみ、外宇宙を目指す。
お前も知ったとおり、この宇宙には他にも精霊が多くいる。その中には
地球とは違い、心の精霊――光と闇の精霊もそろった星もあるはずだ。
それを見つけ出し、"感情"をわけてもらう。それが第一の目的だ」
「ちょ――ちょっと、待て!」
気が遠くなるほど迂遠で遠大な計画だが、フェイスなら実行可能だろう。
精霊が見つかるまで、あるいは"感情"をわけてくれる奇特な精霊が見つかるまで
ただひたすら宇宙を漂い続ける。気は遠くなるが、不可能ではない。
だがアルカーが焦ったように問い詰めてきたのは、別のことだった。
「お前もこの船に乗る、だと!? だがそれは――」
「無論……地球とは永劫の別れとなる」
覚悟を決めたはずの自分ですら、その言葉を口にするのは痛みを伴った。
それをぶつけられたアルカーは凍り付いたように動かない。
「それがオレが果たすべき役割であり、責任だ」
「ふざけるなッ!!!」
びりびりと空気が震える。あるいはその怒号は、さきほど打ちあっていた時より
さらに苛烈な声音だったかもしれない。
「責任だと!? ああ、おまえがフルフェイスに押し付けられたって奴か!
いいさ、おまえがそれで気が済むっていうんなら、総帥ごっこをやればいい……
だが、この地球から出ていくってのはどういうつもりだ!!」
「オレもまたフェイスだからだ」
今度はひるむつもりはない。不動の構えで、アルカーの激昂を受け止める。
「フェイスが危険なのは感情を奪うから、だけじゃない。
奴らの存在そのもの、そこに使われている技術そのもの。それ自体が、
今の人類社会にとっては劇物にしかならない。
ならオレ自身も――いや、フルフェイスの力と知識を受け継いだこのオレこそ、
もっとも危険な存在だと言える」
「おまえが危険なわけがあるかッ!!!」
怒鳴られ、責められているというのに。ふっと、頬がゆるんでしまう。
頬の筋肉など、ありはしないというのに。
「この地球をあるべき姿に戻すには――フルフェイスがもたらした全てを、
外に放り出す必要がある。徹底的に、な。
そうして初めて――おまえ自身も、アルカーとしての軛から解き放たれる」
「……ッ……! 俺のことは、どうでも……ッ!」
烈火のように怒り、こちらの首元を掴んでくるアルカー。その視線を真っ向から受け、
それでもひるまない。
「――それでおまえは満足でも、他の奴は、どうなる。
俺は、小岩井は……ホオリの気持ちはどうなるっていうんだ!
みんな、みんな苦しんだんだ。悲しんだんだ! お前が死んで、いなくなって……
その痛みを、お前はまたみんなに味あわせようっていうのか!」
「だから名乗らなかった」
その炎のような言葉に、冷たく鋭利な言葉で返す。
「オレも――悩んだよ。苦しんだ。だからきっとお前たちも同じように……苦しむ。
悲しんでくれるだろう――幸いなことに、オレにもそう信じられた。
だから、おまえたちのもとに帰らなかった。生きていると、知らせなかった」
「……ッ!」
「もうおまえたちを悲しませたくない。だから『フルフェイス』を名乗り続けた。
別離の苦しみは、一度でいい」
しばし、アルカーはうつむいていた。そして絞り出すように一言だけ呟く。
「……許さんぞ、俺は……」
「……だろうな」
しばしの沈黙。だがまだ、語り終えたわけではない。
「……この決断をしたのは、フェイスたちのことだけではない。
――改人のことも、あるからだ」
「なに?」
ふ、とアルカーが顔を上げる。その目を見ながら、続ける。
「フルフェイスは『改人たちを始末しろ』と言っていた。
だがそれをこそ、ヤツの傲慢さの顕れだとオレは思う」
そもそも改人はフルフェイスの犠牲者なのだ。無理矢理拉致され、改造され。
その結果としてエゴが肥大化してしまったあわれな人間にすぎない。
それを一方的に「有害だから殺せ」と言うのは――やはりフルフェイスが
超然とした傲慢者であることの証左だろう。
「たしかにこれまでもオレたちは改人を倒してきた。だがそれもそうせざるを
得ないからであって、けして本意でやってきたことじゃあない」
「……」
アルカーが押し黙ったのも、多少なりとも思うところがあるからだろう。
彼にしろ、ノー・フェイスにしろその思いを割り切って戦ってきた。
それはひとえに、どうしようもないからだ。
「改人を作り出す知識も技術も、超常の存在たるフルフェイスによるもの。
オレたちにはそれをどうすることもできない、だからこそ戦い――始末してきた。
だが今のオレには、奴の知識の一端が、ある」
「――改人を治せるのか!?」
喰ってかかるようなアルカーの問いかけに、しかしゆっくり首を振る。
「――残念だが、フルフェイス自身改人を元に戻す方法については匙を投げていた。
だが、糸口だけはある。あの半端者がいじった結果元に戻らなくなったなら――
本職に、手を借りればいい」
「――心の精霊、に?」
首肯する。
『心』を正確に理解していない、中途半端な技術と知識しか持たずいたずらに改造した
結果人の心が狂ってしまったのなら。
『心』の本質と呼べる存在の力を仰げば、どうにかできるかもしれない。
「――少なくとも、エゴを抑制し真っ当な人生をおくらせることができるようになる
かも、しれない。少なくともその可能性が提示されているなら――
オレは、改人も救いたい」
『救う、だ、と………………』
びくり、と身を震わせ周囲に目を配らせる。
それほどまでに深く、濃い妄執のただよった声が、響いてきたのだ。
『ふざ、ける、な………………………………!』
フェイスは汗をかかない。だがそれでも自分の背中に冷や汗が伝う、という感覚を
ノー・フェイスは感じ取っていた。
恐怖。あるいはそれに近い何か。
これまで感じたことのないそんな感情を引き起こさせるほど――その声には、
怨念じみたものがこめられている。
ぼとり。
ぼとり、ぼとり……と、はるか高い天井から何かが垂れ落ちてくる。
まるで怨念そのもののようなその液体はよりあつまり、やがて人の形を成していく。
『改人を、救う、だと……? いまさら、いまさら………………』
「ヒュ……ッ……!」
『戯言をッ! 抜かすなあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!』
あたりを覆う闇をも喰らいつくすような、深い深い怨讐。
その声が、空間を支配していた――。
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