第二章:05
大変お待たせしました! 大型二輪の免許無事習得しました!!!(←
これで ねんがんの Ninja650 を てにいれたぞ!(納車はまだ
・・・
――ドッ、ドッ、ドッ……と重低音が二つ、重なって静かなビル街に鳴り響く。
一つはアルカーが乗る、Tsuzaki社製636CC大排気量バイク、NX-6L。
一つはビルの屋上から前輪を乗り出した、ヒュドールのXinobi650。
まるでそれぞれの心音のように、排気音が規則的に吹き上がり
この場を支配する。
(心臓がないオレは乗っていないのは、奇妙な附合だな……)
ばかばかしい疎外感が少しだけ、フェイスダウン総帥の胸裏によぎる。
そんなくだらない感傷はおさめ、ちらりと頭上のヒュドールをうかがう。
どうやらハタ型改人がここに逃げてきたのは――いや、そもそも地下で改人を
泳がせたことからすでに、奴の術中にはまっていたらしい。
こちらに敵愾心をむき出しにしていたアルカーも、今は迂闊に動けず様子見のようだ。
周到な相手だ。
考えてみればヒュドールの正体は元高級官僚、天津稚彦。
魑魅魍魎が跋扈する警察組織のキャリアをはねのけ、警視監にまで上り詰めた知謀家だ。
そうそう容易くは罠にはまってくれるものでもないだろう。
が、これまで注意深く影に潜んでいたヒュドール自身がこうして姿を現した。
それもアルカーとフルフェイス、最大の敵とも言える相手二人の前にだ。
(……確実にこちらをしとめる自信がある?)
脳裏によぎった警戒を、しかし打ち消す。
センサー類をフルに稼働させ周囲を探査しているが、アルカーと自分を同時に
撃破できうる装備は見当たらない。
ヒュドールはイザナ・ミを介してフェイスダウンが保有していた数々の超兵器を
入手しているはずだから、油断はできないが――
「ヒュドールッ! ホデリは……エリニスはどうした!?」
鷹のように鋭いアルカーの声にピクリと意識が引き戻される。
フェイスダウン総帥にとってもそれは懸念事項だった。ヒュドールの答えに、
思わず聴覚センサーを傾ける。
「丁重には扱っているよ。いや……」
敵意をぶつけられなお、ヒュドールは飄々としていた。いや、それどころか
続く言葉にはどこか、苦笑するような匂いすら混じる。
「むしろ、ずいぶんと図太い態度だよ、彼女は。
おそらく本能で見抜いているのだろうな、私の性質を。
聡い子だよ、あの娘は……」
「拉致しておいて何を言う!」
噛みつくようなアルカーの言葉に今度は鼻で笑うような声で返す。
「否定はしないが、約束通り悪いようにはしていないさ。
少なくとも、積極的に逃げようとは考えさせない程度にはな。
……それを憤るなら、あちらに向けるべきじゃあないかね?」
二人の会話の矛先がこちらに向けられ、わずかにたじろぐ。
特にアルカーは、ほんの少し視線を寄こしただけにも関わらず、そこにこめられた
はっきりとした敵愾心を感じ取り、無意識に彼から視線をそらしてしまう。
そんな気後れを感じさせぬよう、つとめて無機質な声音で音声を出す。
「……さて、その言葉に正当性がないとも言わないが。
その怒りをぶつけられても、今の私には彼女を返しようがないな」
「そんなことは……わかっている……!」
アルカーも優先すべきものがなにかは、わかっているようだ。
胸の奥底から湧き上がってくる怒りを噛みつぶすような声で再びヒュドールを睨む。
「――冷やかしで姿を見せたわけじゃ、ないだろう!
降りてこい! その根性……叩き直してやる!」
「私の半分も生きていない若造に修正されるような人生は、送っていないな」
売り言葉にのったわけではないだろうが、ヒュドールがアクセルを絞る。
ドルン、と排気ガスを吐きだしXinobi650が勢いよく前に飛び出る。
それにあわせてアルカーもNX-6Lのスロットルを開く。
ぎゃりっ、とアスファルトをタイヤが切りつけバイクが勢いよく走りだした。
重力に惹かれて落ちてくるヒュドールのバイクにぶつけるつもりなのだ。
(――まずい!)
その一瞬の中、フェイスダウン総帥は違和感に気づいた。
ヒュドールにではない。アルカーだ。
彼は明らかに、正常ではない。逆上している。
フェイスダウン総帥が知っている以前の彼に比べ、怒りを制御できていない。
ヒュドールの挑発にあっさりと乗って、無策な突撃をかけているのが
その証拠だ。
このわずかな言葉の応酬の中でも、アルカーの言葉には必要以上に棘があった。
そこから感じ取れるのは、彼の焦燥と消耗だ。
最終決戦から今日までの戦いか、あるいはホデリを奪われたままという焦りか――
いずれにせよ、アルカーの判断力は明らかに落ちている。
彼は精霊という超常の力を宿してはいるが、その精神は常人のそれ。
削られれば、パフォーマンスが低下するのは当然のことなのだ。
(――あの周到なヒュドール相手に、無暗に近づくのは危険だぞ、アルカー!)
実際に呼びかければますます逆上するのは目に見えていた。
それでも、心の中で思わず語り掛けずにはいられなかった。
地面を蹴り砕き、飛び出す。アルカーを倒されるわけにはいかない。
罠があるとわかってはいても、フォローせざるをえないのだ。
(ヒュドールは何を仕掛けてくる!?)
落下してくるその姿はバイクの影に入りよくは見えない。
だが全神経をそこに集中させ一挙手一挙動を監視する。
ヒュドールは、まだ何もしていない。まだ、まだ――
ヒュドールの動きは、全てセンサーが捉えていた。
それが、仇となった。
「はぁ――――ヒィッ、ヒヒィハァ――――!!」
突然狂ったような雄叫びがあがる。その声が聴覚センサーに入り、
心の中で舌打ちをする。
「ヒュドール、様ぁ―――!!!
アドバンスド・カインドに栄光あれぇ―――ッ!」
雑魚とみなし、意識の隅に追いやっていたハタ型改人。
その両手がずぶり、と自身の腹に沈み込む。
そこから引きずり出したのは――
「転移――ポータル……ッ!」
はらわたのようにケーブルが繋がったそれは、小型のポータルだった。
その表面がうっすらと光っているのは、総帥自ら打ち込んだ転移阻害弾の効果が
発動しているためだろう。
(奴の体内には、ポータルが埋め込まれていた……
アレは、自分を転移させるものじゃない……!)
「"アクア・ウィタエ"」
ひゅっ、とヒュドールが指を打ち鳴らすとその先端から水の塊が改人に飛んでいく。
ばしゃり、とその手に掲げたポータルに当たると光が消える。
("力ある言葉"で転移阻害弾の効果を打ち消して――!)
改人はヒュドールの真下、アルカーと総帥が突き進む先にいる。
このままアレに近づくのは、マズイ。
だが総帥はともかく、バイクで加速したアルカーは止まれない。
彼も異変に気がついて横倒しにするようにバイクを滑らすが、ぎゃりぎゃりと
カウルが地面をこすったまま改人へと向かっていく。
そして――
「飛ばせ、メ・ロウ。
我らを邪魔の入らぬ場所へと」
声が聞こえたかどうか、その一瞬。
改人の全身にばちり、とスパークが走り、その手に掲げた転移ポータルへ
自身の全エネルギーが注ぎ込まれ――
バヅン!
・・・
「ウソ、でしょ……」
『――どうした桜田! 状況を報告しろ!!』
500mほど離れたビルの屋上。
アルカーの補佐をするために監視していた桜田が、力なくつぶやく。
インカムから御厨のがなり声がつんざくように響くが、それすら耳に入らない。
柄にもなく呆然とし、焦点のあわない目のその先――
ほんのニ、三秒ほど前までアルカーたちがいたその地点。そこには……
半径にして三十m。まるでアイスクリームを掬うかのようにキレイな球状の穴が、
ビルの壁もアスファルトの地面も街路樹も、全てを抉ってぽっかりと開いていた。
そこにいたはずのヒュドールも、フルフェイスも、そしてアルカーさえも――
綺麗さっぱりと、消え失せていた。
・・・




