第二章:04
来週からは大型二輪の免許講習が始まるのでちょっと滞るかもしれません!!
・・・
「凍てつけ」
「ヒギッ……!」
ばぎり、とダツ小気味の良い音を立てて改人が一瞬で凍り付く。
ぬるり、と視線をその脇のハタ型改人へと移すと、わき目もふらず逃げ出す。
相手に気づかれぬよう、そっとその背に力場を飛ばす。
ばしゃばしゃと跳ねる水音は下水のものだ。フェイスたちは網目のように
張り巡らされた下水道に潜み、改人たちを待ち伏せていた。
まだフェイスダウンが健在だったころに設置されたポータルが、日本各地の下水道には
設置されている。部隊単位での移動には向かないが、少人数での隠密行動には
便利な代物だったのだ。今はアドバンスド・カインド、フェイスダウン双方が
互いの動向を図る小競り合いの場と化している。
人々は足元で超常の者同士が激突しているなどとはつゆ知らず、生活しているわけだ。
「――フルフェイス様。どうやら放した改人は須琉賀区へと向かっているようです」
「……」
いっぱく遅れて呼ばれたことに気づき、フェイスダウン総帥はゆっくりと振り向いた。
フルフェイスに忠実に従うジェネラル・フェイスが汚水にまみれることもいとわず
下水の中をかきわけてくる。
「転移阻害弾は貼りつけてある。奴は所定のポータルに向かった後、
転移できないことに気づけば緊急時の帰還方法を試すはずだ」
「そこにハッキングを仕掛けると?」
「ああ」
手をさしのべると一瞬ジェネラルがとまどったような所作をとる。
が、思い返したようにこちらの手をつかみ、それを引き上げる。
ジェネラルはぽたぽたと汚水を滴らせているが、不思議なことに
フェイスダウン総帥の身体からは一切水が落ちない。そもそも染みてすら
いないのだ。これも、超常の力が為せる業だが。
それでもジェネラルはやや不本意だったようだ。
「……なにも、総帥みずからこんな場所にまでこられなくても……」
「空間転移に反位相をぶつける装置など、小型化はできていない。
私が直接打ち込むしかないだろう」
「それは、そうなのですが……」
納得はいかない様子ながらも、ジェネラルがいったん引き下がる。
しかしその胸中を察して言葉を継ぐ。
「CET……人間たちは表立って奴らの隠れ蓑を引き剥がせる。
だが、我らはそうもいかん。その点においては、後手にまわらざるをえないのが
我々の実情だ。多少の汚れ仕事は請け負わんと、な」
「……人間どもは改人どもを暴き立てたところで、対処できるわけでも
ありませんでしょうに」
うらみがましくジェネラルがつぶやくが、反駁する。
「アルカーがいる」
「たかだか一人です」
「――かも、な……」
今度は強くは否定せず、わずかにだがうつむく。
アルカーと戦った最終決戦から、数か月。長いようで短い時間だが、
あの時の記憶はいまだに鮮烈に焼き付いている。
と、ぴくりと顔をあげて反応する。ジェネラルも同じ報告をうけたようで、
いささか困惑したように問いかけてくる。
「――改人が進路を変えました。これは……蒼井区の――」
「――街中、か? 妙だな……」
下水をつたい移動していた改人を襲い、その片割れはわざと逃がす。
あわせて通信妨害も行えば残った改人は孤立する。
逃げることも、指示を仰ぐこともできない改人は正規ルートとは別の方法で
アドバンスト・カインドの拠点に戻るはず――というのがこの作戦の概要だ。
主要な転移ポータルはヒュドールが確保しているサブコントロールユニットが
掌握している。が、末梢端末まで一元管理しているわけでもなく
またヒュドールがフェイスダウンの技術の全貌を把握しているわけでもない。
サブコントロールユニットにわざわざ精霊の力で命を与えたのは、そういうわけだ。
ヒュドールが命令すれば、命を与えられたユニット――"イザナ・ミ"が
勝手に施設を操作し、実行する。
が、単一の個体が全てを操ろうなど土台無理な話だ。そこに、付け入る隙がある。
イザナ・ミが直接支配していない領域――つまり緊急避難などに用いられる
バイパスルートならば、フルフェイスの力で割り込める可能性は十分にある。
だが……
「……そういった非正規ルートが街中に設置されているとは、考えにくいのですが」
「ああ。山か海、そうにらんでいたのだが――いや、待て」
ネットワークからあがってきた報告に自然と声に険が混じる。
すこし、目論見が甘かったようだ。
「……まさか、地上にでるつもりですか?」
「どうやらそのようだな。感情の制御が効かない改人なら、指示を仰げない状況で
保身を第一に動くかと思ったが……意外に、忠誠心があったか」
「あるいは早々に自棄になる性質だったか、ですか」
どうやら逃げ出した改人は無事に拠点に戻ることをあきらめ、"最後のひと暴れ"を
するつもりらしい。街中で派手に暴れて死ぬつもりか。
考えてみればそれはそれでアドバンスト・カインドにとっても益がない。
ジェネラルの言う通り、捨て鉢になっただけかもしれないが。
「――作戦は実を結びませんでしたか。では、待機していたフェイスたちも
ひきあげさせ……」
「……いや、まずは奴を仕留める」
もともと上手くいけば、ぐらいで立案した作戦、失敗してもたいして気落ちせず
帰り支度をはじめたジェネラルを制止する。
その言葉にはじかれたように振り向き、こちらを見つめてくる。
「……あの改人を? 放置していても、それこそアルカーが仕留めるでしょう」
「だがそれまでに犠牲がでる」
話ながらもすでに目的地へむかい歩みを進めている。あわててジェネラルがそれに
つき従い、怪訝げに問いかけてくる。
「それは、まあ……。しかし、我らには関りありません」
「そうはいくまい。こちらが追い込んだ結果なのだ、責任は私にある」
光のない下水道でもフェイスの目にははっきりと周囲が見えている。
あぶなげなく高速で移動しつつ、ジェネラルが押し黙っているのに気づく。
「……らしくない、と言いたげだな」
「は。いえ……」
口ごもる髭のフェイスを意識しながら、なかば言い訳するように言葉を選び、
フェイスダウン総帥は諭した。
「――ヒュドールの目的の一つは、アルカーの力を得ることだ。
塵も積もればということわざではないが……奴を無為に消耗させては、
万が一と言うこともある」
「はあ……」
納得した、とは言い難い様子だったがそれ以上は追及しないジェネラルから
意識を逸らし、そっと胸中で自省する。
(らしくない言動だったか……)
ばしゃり、と足を止める。監視していたフェイスから、すでに改人が
地上に飛び出たとの報告を受け取る。
人間だったら舌打ちしているところだが、無駄なことはせずすぐに電子頭脳内で
ルート検索を行いもっとも近いマンホールを探す。
時間にしてコンマ数秒、検索終了と同時にコンクリートを蹴って走り出す。
視界の開けた地上と違って、下水道での移動は制限される。
壁をぶち抜くわけにもいかず、改人との距離がじりじりと引き離されるのは
避けられない。
「ちっ……!
すまんなジェネラル、先に行く」
「はっ!」
焦れたフェイスダウン総帥はジェネラルにあわせていた歩みを捨て、速力を
あげる。あっという間に暗闇に消えたジェネラルの姿を尻目に、地上を目指す。
そして――
ドンッ! とマンホールを突き上げて地上へ飛び出す。
はたして計算通り、数百mほど前方に先ほど逃がしたハタ型改人がたたずんでいる。
だが……
「――ッ!?」
「……!! フル、フェイス……ッッッ!!!」
計算外だったのは――改人を挟むようにしてさらにその前方、そこに赤い人影――
アルカー・エンガがいたことだった。
(もう、来ていたのか……)
「――貴様……ッ!」
いったいどんな葛藤が彼の心に吹き荒れているのか、その複眼からは読み取れない。
だが全身から吹き出た闘気に、最大級の敵意を込められていることを肌で感じ取る。
(……だが、アイツとは戦いたくない……)
もとより、アルカーが到着するまでに改人が暴れることを阻止するのが目的だ。
もはやここに居座る必要もなく、さっさと退散するのが吉というところだろう。
「集ったな」
慮外の呼びかけ。
聞き覚えのあるその声に、はじかれたように天を仰ぎ見る。
太陽を突きさすようにそびえたつ摩天楼、その頂上に――蒼い影が、一つ。
強い日差しの中ですら冷たく揺らぐその影から、冷徹な声が降り注いだ。
「アルカー・エンガ。フルフェイス。そして――この私。
久方ぶりの再会だ……少し、遊んでいくがいい」
水の精霊、その力の宿り主。
天津稚彦こと、アルカー・ヒュドールがこちらを見下ろしていた。
・・・




