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今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?  作者: marupon
第五部:『そして至るは英雄譚』
129/140

第二章:02



・・・



秘密結社フェイスダウン、その総帥たる存在は海の先を見つめていた。

駿河湾のはるか沖合い、その先にはかつてフェイスダウンの重要施設が隠蔽されていた。

いまでは無残な姿を洋上にさらし、無粋な黄色の標識テープがそこかしこに

張り巡らされているのが見える(フェイスの視力ならでは、だが)



「……あんな場所に一般人が立ち入るものでもあるまいにな?」



振り向きもせずに総帥が、皮肉を投げてくる。

いまや腹心となったジェネラル・フェイスは特に答えず、その視線の先にある

かつての要塞の残骸をつぶさに視線で走査していた。



あそこには、真の側近たるキープ・フェイスが眠っているはずだ。

だが、今調べているのは彼ではない。彼は"力ある言葉(ロゴス)"によって完全に

粉砕され、二度と蘇ることはないのだから。


人間でいうところの感傷、とでも呼ぶものが沸き上がらないではない。

が、フェイスアンドロイドはそういった感情に左右されることなく行動できる。

それこそが総帥より与えられた霊長の証なのだから。



「……やはりヘブンワーズ・テラスに繋がっていた転送装置は、撤去されている

 模様です。設置されていた箇所を中心に黒い煤が同心円状に広がっているのを

 見るに、やはりあの城が失墜した時点でオーバーロードが発生して

 爆散したのでしょう」

「そうか」



総帥は言葉身近に答え、それきり興味を失くしたように踵を返して立ち去ろうとする。

あの要塞に残されていた転送装置、それを利用したかったのか、あるいは人間たちの手に

残らぬよう破壊したかったのか。どちらなのかはその顔から窺い知ることはできないが。



「――あの要塞にはまだ利用価値はあります。

 奪取し、修理すれば新たな拠点としても――」

「必要はない」



思い浮かべていた提案を、投げかける。だがすげなく却下される。



「……現状、重要拠点として利用していた施設は大半がヒュドールめの制御下にあります。

 遺憾ながら、戦力の低下にくわえ兵站の確保も充分ではないと言わざるをえません。

 せめて拠点だけでも確保すべきでは――」



ヒュドールはフェイスダウンを離反した際、奴は組織のある制御装置を奪っていた。

"イザナ・ミ"とヒュドールが呼ぶそれは改人たちをコントロールする役目を担っていたが、

実はもともとフェイスダウンの各施設を"繋ぐ"システムのサブコントロールユニットとしても

稼働していたのだ。

メインユニットであるヘブンワーズ・テラスが健在だった間は大きな問題はなかった。

が、その居城が文字通り天から堕ち、失われた今フェイスダウンの重要拠点はヒュドール率いる

『アドバンスド・カインド』が支配している。



フェイスダウンが人間どもにその尻尾をつかませなかったその理由。

それはヘブンワーズ・テラスがそうであるように――施設そのものが移動要塞である点にあった。


ただ移動できるだけではない。亜空間にその本体を沈め、探知の一切を遮ることで専用の転送装置を

用いない限りはけして到達できない次元の断崖要塞――とでも呼ぶべきものだったのだ。



駿河湾の海底要塞はそれらを繋ぐ亜空間回廊の制御ポータルの一つとして機能していた。

再起動できれば、ヒュドールの手からいくつかの施設を奪還できるはずなのだが……。



「我々が抑えている通常拠点でも、当面の目標は達成できる。

 だがあの要塞を攻め落とすとなれば、修理し再起動するまでの間に人間や

 アルカーの妨害が予見される。――それは、避けたい」

「アルカーはまだテロスの力を完全に制御していない……!」



自然と語気が荒くなったのを自覚し、恥じて顔を伏せる。

すぐに平静をとりもどし、言い直す。



「……倒すことは無理でも、時間を稼ぐことは可能です。

 現在ヒュドールの捜索、ヘブンワーズ・テラス残骸の捜索にあたらせているフェイスを集め

 総動員すれば施設再稼働まで三日あればなんとかなるでしょう。

 やるだけの価値はあるかと」

「フェイスを新人類とする計画は潰えた。

 もはやアルカーと戦うことそのものに意味がない」



実質自分たちがお役御免になった、と聞かされてもジェネラルの感情は波立たなかった。

本当に恐れるべきことはフルフェイスの役に立てないことであり、新たな彼の計画のために

捨て石となれるなら、何も問題はないのだから。



「新たな計画がなんであれ、それを達成するためであればアルカーとの戦いも恐れたりは――」

「まあ、私、にも恥という概念がないわけではないのだよ」



多少苦笑するような色がにじんだその言葉を口に出されては、黙るしかない。

アルカーに敗北し、長年進めてきた計画が頓挫してなおあがくのは彼の意図するところでは

ないのかもしれない。


いずれにせよ、ジェネラル……いや、全フェイスにとって求めることは彼らの長の

望みをかなえることだ。その彼がそう望むのであれば異論をはさむ余地はない。


だからジェネラルは一言付け加えるだけで会話を終わらせようとした。



「我らはあなたの望みを実現させるだけです」

「……望み、か」



……が、存外にその言葉は総帥の関心を引いたようだった。

立ち去ろうとしたその足をとめ、こちらに背を向けたまま不思議なことを問いかけてきた。



「お前たちの望みはなんだ?」

「総帥の展望を実現させることです」



即答する。が、総帥はさらに畳みかけてくる。



「では、私の展望が潰えた時は? あるいは達成されたならば?」

「その次の展望を」



これまた即答する。だがそれに返された総帥の答えは、ジェネラルにとって意外なものだった。



「その次の展望、か。

 ……だがジェネラルよ、もしフェイス新人類計画が為されていたなら――

 ――私、は眠りにつく予定だったぞ」

「……」



それは初めて聞く話だった。だが確かに、フルフェイスからフェイスを次の人類と化したその時、

何をするつもりなのかは――訊ねたことはなかった。



「私、は――そう、私はおまえたちを今の地球人類と入れ替えれば

 それですべて片が付くと……そう考えていた。

 あとのことはおまえたちフェイス自身に任せてな」

「それ、は……」



突然の告白に、言葉が詰まる。



「だが――そうだな。お前たちは私の展望をかなえ続けるのが望みだという。

 しかし私、に『その次の展望』などというものはなかった。

 ……それでは人類が入れ替わったこの星は、一体どこへ向かうはずだったのだろうな?」

「……」



答えられない。

電子頭脳をフル動員するが、『フルフェイスがいないこの星で、自分たちが何を為すのか』

――その答えが、導き出せなかった。



かろうじて思いついたことを、絞り出す。



「……あなたが目覚めるまで、この星を保ち続けましょう」

「だがそこに発展はない。停滞するだけだ。

 そも、私、が目覚めることがなかったら?」



そう返されては、もはや答えがない。



「……フェイス計画の骨子は、感情を持て余し自滅する恐れがあった現人類を廃し、

 感情を制御できるおまえたちフェイスに霊長権を移し替えるところにあった。

 だが私、がいなければ停滞してしまうというならば、それは破滅と

 どんな違いがあったのだろうな……」

「……」



もはや一言もないジェネラルを見て我に返ったのか。

フェイスダウンの総帥は軽くかぶりを振り、とめていた歩みを再開する。



その後ろ姿をぼんやりと見つめながら、ジェネラルはいまだ足を動かすことができずにいた。



「……我々自身の、望み、展望――か……」



考えたこともなかった。

フェイスとはフルフェイスの望みをかなえる存在。そのためならば命も惜しくはない。

その矜持に揺らぎはない。


だが、今の今まで彼らフェイスには『それ』しかなかったのだと唐突に気づかされた。



いや、いっそフェイスがフルフェイスの道具として扱われるというならばそれでいい。

だが、総帥が望んでいることはそうではなかった。


頓挫したとはいえ、フェイス計画とは『フェイス自身が展望を持ち、望みを持って

何かを目指す』ことによってはじめて達成しうるものだというのだ。

フルフェイスの望みをかなえるためには、『フルフェイスの望みをかなえる』という

目的以外の何かが必要なのだという矛盾が、ジェネラルに困惑という感情を生み落とさせていた。



視界の中に映る総帥、その後ろ姿に別の影がかぶって見える。

それは無数に存在するフェイスアンドロイドの中で唯一、フェイスダウンに叛旗を翻した

裏切者の幻影だった。



(ノー・フェイス……)



アレがフェイスを、ひいてはフルフェイスをも裏切ったことに激しい怒りを感じていた。

だが凋落した今、省みると――唯一フルフェイスに背いたフェイスとは、裏を返せば

ただ一人『己の展望』を抱くことができたフェイス、とも呼べるのではないだろうか。



(……今更……今更に、お前の話を聞いてみたくなったよ)



彼が、何を望み組織を裏切ったのか。

ただ一介のフェイスが精霊をも宿し、神にも等しいフルフェイスの喉元にまで迫ることができた、

その『原動力』は一体なんだったのか。

すべてが終わった今になって、初めてジェネラルは知りたいと思うようになった。




もはやその術は、失われてしまったことを悔やみながら――



・・・



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