第一章:回りだした車輪
たいっっっっっっへんお待たせしました!
無事ゲームも完成・リリースできましたのでこれからまた完結に向けてのんびり再開していきます!!
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スニーカーからリノリウムの床の柔らかい感触が伝わってくる。
通り過ぎた子供が「薬くさーい」と愚痴を漏らしたのを聞いて、
火之矢はふと、自分の鼻が病院の匂いに慣れ切っていることを自覚した。
(そういえば……)
幾度となくこの病院には通ってきたが、患者としては一度もない。
すべて――見舞いに訪れるためだ。
フェイスダウンの毒牙にかかり、感情を失った火之矢や御厨の両親。
いっさいの自発的行動を放棄した彼らの姿を見るのはまだ少年だった火之矢には
耐えがたいものがあり、訓練の過酷さもあいまって足が遠のいた時期もあった。
この病棟にいる患者はすべてフェイスダウンによってエモーショナル・データ――
人間の原動力となる"感情"を抜き取られた者たちだ。
どれだけ家族が呼びかけようとも反応をしめさず、治る兆候もない。
それを見つめる家族の顔にはりついた絶望と憔悴……
火之矢にとって、「見舞い」とは悲愴なものという印象しかなかった。
だが、今は。
そっと、傍らを歩く少女の顔をうかがう。そして一言問いかけた。
「――両親とよく話していたな、ホオリ」
「うん」
ホオリ、と呼びかけられた少女は屈託ない笑顔――と言うにはまだぎこちないが、
心から喜んだ顔を向けかえしてきた。
雷久保ホオリもまた、両親がフェイスダウンの犠牲となった少女だ。
いや、両親だけではない。彼女自身もまた、フェイスダウンによって感情を奪われ
情動が希薄になっていた。
が、今ははたから見ても明らかにわかるほど浮かれていた。
浮かれているのが伝わるほどに、感情が戻ってきているのだ。
「お母さん、昨日はお花をじっと見ていたんだって。
私が活けた花、キレイだって」
「……そうか」
ホオリだけではない。彼女の両親も――
いや、フェイスダウンの犠牲になった被害者すべてが、少しずつではあるが
"感情"を取り戻し、自立した行動をとれるようになってきつつあるのだ。
まだ完全とはほど遠い。ホオリの母がそうであるように、一日中同じことを
ただただ繰り返すような、単純で緩慢な動作しかしない。
それでも――食事や排泄の時もいっさい身動きせず、
まるで人形にしか見えなかった頃を思えば大きな変化であり、前進だった。
そうして周りを見渡せば、あきらかにこの病棟の空気もかわっていた。
訪れるものすべての顔は暗く下をうつむいていたのが、ほんの少しずつ
明るく前向きなものになっている。
すべては――フェイスダウン総帥、フルフェイス。
アレとの最終決戦の後から変化していた。
(原因は――いまだにわからない。
だが奴を倒してからはっきりと、快復にむかっている……)
火之矢は――炎の精霊をまとうアルカー・エンガとしてフルフェイスに立ち向かい、
そして勝利した。
どのような因果によるものかはわからないが、その結果として被害者も
救われつつあるのだとしたら、長年修羅の道にやつしてきた甲斐があった。
だが――
(それを共に歓ぶべき相手は……)
「火之矢さん……」
かぼそく呼びかける声にはっと気づき、あわてて手の力を緩める。
握り締めていた少女の手に赤い跡が残ったことに罪悪感をいだきつつ、謝る。
「――すまない、ホオリ。ちょっと考え事をな――」
「ノー・フェイスも……満足、してるよ」
聡い子だ。
心中で考えていたことを悟られ、自分に対して舌打ちをする。
彼を失って悲しんでいるのは自分だけではないというのに、
一番嘆いているこの少女に、気遣わせてしまうとは。
「……そうだな」
「――ごめんね、火之矢さん……
私があの時、もう少ししっかりしていれば……」
「バカを言うな」
年不相応に自虐しはじめた彼女をたしなめるが、それ以上の言葉がでてこず
口ごもる。こんな時桜田なら、もっとうまくなだめるのだろうが。
ノー・フェイス。
秘密結社フェイスダウンに生み出された人造人間であり、その戦闘員。
だが彼は組織を裏切り、ホオリを救い出した。
その後は火之矢にとっても、かけがえのない相棒となって共に戦い続け――
――フルフェイスとの最終決戦で命を落とした。
火之矢はもちろん、彼の仲間もその死を嘆き悲しんだが
とりわけ懐いていたホオリの取り乱しようは痛ましいものがあった。
それから三ヶ月以上が過ぎ、両親も快復に向かいつつあることで
少しは彼女も明るい顔を見せるようにはなってきたが――
やはり、その心に落ちた影はいまだに根付いている。
(バカ野郎が……)
今度は表にださないように相棒への悪態を胸中でつぶやく。
ノー・フェイスは、ホオリを悲しませたくなかった。
理不尽に何かを奪われる悲しみを生み出さないために、アイツは反旗を翻した。
火之矢と共に熾烈な戦いを駆け抜けてきたのだ。
だというのに、自分がその悲しみの源になってどうするというのか。
相棒への怒りか、それとも不甲斐ない自分への怒りか。
区別のつかないやるせなさに頭を振った火之矢の携帯から着信音が鳴る。
緊急通信のメロディにすばやく気持ちを切り替え、電話に出る。
「火之矢です」
『改人が現れた』
すずやかな声が簡潔に用件だけを伝える。CETの作戦本部長、
御厨ほのかの声だ。
事務的で厳しくも芯の強さを感じさせる声音で、必要なことだけを口にする。
『ホオリの護送はバックアップが引き継ぐ。
現場はバイクのナビに転送するから、今すぐ向かってくれ』
「了解」
それだけ告げて火之矢も通話を切る。それ以上は、二人の会話に必要ない。
振り返るとホオリもすでに火之矢の手を離していた。
彼女も、無意味に状況をたずねたりはしなかった。
「――頑張って、ね」
「ああ」
ふ、と淡い笑顔を彼女に向けすぐさま踵を返す。
ホオリのことはCET――火之矢の仲間に任せればいい。
自分は――
アルカー・エンガは、他にやるべきことがある。
病院から駆け出し、駐車場に止めていた大型バイク――
TsuzakiI社製、Xinobi NX-6Lにひらりとまたがる。
なめらかな動作でキーを差し込み、エンジンスタートボタンを押す。
すぐにギアをローに入れるとタイヤを回し、アクセルを開く。
重厚な排気音をたてながら発進するバイクの上でナビを確認し、
ぎりりと歯噛みする。
秘密結社フェイスダウン、その総帥フルフェイスは倒した。
悪の牙城たるヘブンワーズ・テラスは墜落し、この三ヶ月フェイスの姿も
いっさい見かけない。だが、まだ平和になったとは言えなかった。
(改人め)
ボウッ、と火之矢の全身が火に包れたかと思った次の瞬間、
彼の姿は赤いプロテクターを全身にまとっていた。
――炎の精霊を宿した、アルカー・エンガへと変身したのだ。
(天津稚彦――アルカー・ヒュドールめ!)
彼の怒りに呼応するかのように、XN-6Lがけたたましく音を鳴り響かせ
スピードをあげる。
フルフェイスは倒れ、フェイスダウンは滅びた。だが、彼らが残した負の遺産は
いまだに世間を脅かしていたのだ。
改人。
人を『改良』しようとし、『改悪』された改造人間。
彼らは今、水の精霊を宿したアルカー・ヒュドールを首魁とした新しい組織――
"ADVANCED KIND"として、人々を襲い、さらっている。
(させるものかよ!!)
・・・
(……)
爆音を鳴り響かせ、見慣れたバイクが眼下を駆け抜けていく。
その赤い残影をレンズに写し、黙って見送る。
黒い腕でばさりとマントを翻すと――
その向こうに、無数の仮面姿がかしづいている。
「行くぞ」
彼らに一言だけ声をかけるとそれに従い仮面たちがその場から消えた。
そしてもう一度だけ赤いバイクへと視線を向け――
――次の瞬間にはもう、ビルの屋上には何の影も残っていなかった。
・・・




