第五章:05
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「……言うことは、それだけか?」
「――語るべきことは、語った。
あとは――見せつけるのみ」
アルカーの、怒りを押し殺した静かな問いにフルフェイスが淡々と答える。
そして――黒い疾風が、荒れ狂った。
「がッ……!」
「ぐ、お、ぬぅぅぅ……ッ!」
アルカーがうめくが、ノー・フェイスもそちらを気遣う余裕もなく
苦悶の声が漏れ出る。
フルフェイスが、攻勢にでたのだ。
「アルカー! アルカー・エンガ! アルカー・アテリス!
この星を生み出した三対の精霊……その一角よ!
だが貴様らは不完全……不完全なのだ!!」
たからかに叫ぶフルフェイスの声は、全身を襲う衝撃から一拍遅れて
センサーに届く。――まるで、動きを捉えることができない。
(これほどまでとは……ッ!!)
ノー・フェイスが、内心で存在しない歯をくいしばる。
先日地上で戦った時は――まだ、対抗するイメージが湧いた。
だが今この場で吹き荒れる旋風と化したフルフェイスは――まるでとらえようがない。
「ノッ、ノー・フェイスッ……! なんとか、一瞬でも足を――」
「とめてほしいかね」
アルカーの声にフルフェイスが反応し、嵐が嘘のようにぴたりと収まる。
「さきほどまでお前たちの好きにさせていたのは、今の貴様らでは私に通用する
手がないことを理解させるためだったのだが。まだ足りんかな?」
「く……お……」
アルカーが、気色ばむ。あまりにも人を食ったようなセリフであり、残酷なまでに
冷徹な事実でもあった。
「敵を……ナメるなぁぁぁぁッッッ!!」
アルカーがめったに見せない激昂をこめて、"力ある言葉"を発動させる。
ノー・フェイスもそれにあわせてセットアップに入りつつも、確信があった。
(通じない)
技を放つ前にはっきりと理解する。
アルカーと腕をあわせ、雷と炎の力を融合させていく。
そして"力ある言葉"を混ぜ合わせ、炎雷の渦を解き放つ。
「「アステリオス・ワールフレイムッッッ」」
炎と雷が荒れ狂う竜巻のような力の奔流が、フルフェイスへと吶喊していく。
大改人さえ退けた、"炎"と"雷"の精霊をあわせた力だ。
この技はある意味で精霊本来の力を引き出したものだと言える。
キープ・フェイスやフルフェイスの言葉がただしければ、これなら奴にも
通じるはずだが――
「貴様こそ、ナメるな」
ぱんっ、とフルフェイスが両の掌底を打ち合わせる。合掌のような所作は、その
合わせた手のひらの隙間から不可視の波動を広げていく。
(ぐっ……!?)
突然ノー・フェイスの視界がぐらりと揺らぐ。
一瞬、フルフェイスの攻撃によるものかと思ったが、違う。
その身を襲った動揺は、内側から湧いてきたものだ。
とまどっているうちに、波動が炎雷の渦を飲み込む。そしてその莫大なエネルギーを
中和し、消し去っていく。
「ちぃっ……!」
アルカーの舌打ちを頭の片隅で聞きながら、なんとか動揺を悟られないよう構える。
(なんだ……今、のは……ぐっ、が……!)
しないはずの呼吸が苦しくなるような感覚を覚え、そっと胸を抑える。
胸――そうだ、この衝動は胸から広がっている。
最初の強い衝撃は収まったが、痙攣するように苦痛が間欠的に押し寄せてくる。
雷の精霊が、失われたノー・フェイスの動力炉のかわりとして
収まっているはずの場所から。
(――今のは、まさか――)
「これでわかったかね?」
こちらの動揺が悟られたのかと一瞬どきりとしたが、どうやらフルフェイスは単純に
二人の合わせ技を破ったことに対して言及したようだ。
そうだ、こちらの切り札とも呼ぶべき一撃さえしのがれてしまったのだ。
「キープ・フェイスも、私も、何度も言ったはずだ。
貴様らが抱える"命"の精霊。それは、二対一身にあってはじめて真価を発揮すると」
ほんのわずかにじれたような声音で、フルフェイスが指をつきつける。
「そんなまがいものの技では、この私に届かん」
「でたらめな奴め……」
アルカーが減らず口を叩くが、その言葉にはめずらしく力がない。
それもそうだろう。これまでの戦いでの強敵は「いかに最大火力を直撃させるか」が
焦点となっていた。だがフルフェイスは――「こちらの全力が通じない」のだ。
アルカーがフェイスダウンと渡り合えたのは、最強の矛あればこそだ。
矛が通らないとなったら、どう戦えばいい?
(弱気になるな……)
自身に活をいれる。
どう戦えばいい、ではない。どう戦うか、と考えるのだ。
わずかに芽生えた弱気さを、心から冷静に切り取り、押し出す。
(そうだ。今の、衝動は――)
なだらかになってきてはいるが、いまだ胸の奥の波紋は止まっていない。
電子頭脳からひっぱりだしてきたデータの中では、人間でいうところの
不整脈に近い症状だ。
(心臓……動力炉……精霊、か)
ノー・フェイスの動力炉は、失われている。アルカー・エリニスの攻撃により
破戒され、今は雷の精霊がその代わりとして機能しているのだ。
先ほど、フルフェイスの不可思議な技で"力ある言葉"を打ち消した。
だがアレは単なる対抗技ではなく……
精霊の力を、引き剥がすものだとすれば?
それは、単なる直感に近かった。胸の奥の衝動を分析すればするほど、
強固につながっているはずの雷の精霊が『はがれた』ことにより動力炉の機能に
乱れが生じた結果だと、結論づけられていく。
(そうだ……)
フルフェイス、そしてキープ・フェイスはアルカーとノー・フェイスに炎と雷の精霊を
合一させるよう誘導していた。裏を返せば、奴には『完全体』となった精霊をも
御する術をかかえていることに、他ならない。
(それが、これか……!)
やはり、炎と雷の"力ある言葉"はさしものフルフェイスも
まったくの無傷とはいかないのだろう。仮にそのダメージが微々たるものだとしても、フルフェイスの目的がこちらの戦意をくじくことにあるとすれば徹底的に
「何をしても無駄」という意識を植え付けたいはずだ。
ゆえに、切り札の片鱗を見せた。
(……だが……)
かといって、つけいる隙を見せたとは言い難い。
――ノー・フェイスにとっては、致命的なのだ。
今の一瞬、それもわずかな余波を受けただけでさえこの動揺だ。
おそらく、本来この技は決定打にはならないのだろう。もし強制的に、かつ
永続的に精霊を引き剥がせるなら迂遠なやり方などせず、
とうの昔にノー・フェイスから雷の精霊を引き剥がしている。
効果がごく短い時間なのか。あるいは、引き剥がしても容易に戻せるのか。
フルフェイスとしても、本命である「完全体となったアルカー」相手にだけ
使いたい切り札なのだろう。ノー・フェイスの動力炉が雷の精霊に
すげかわっていることを知らないがゆえに使い、こちらに察知されたのだ。
だが。
(たとえ一瞬であっても、雷の精霊が引き剥がされればオレは――機能停止する)
胸の奥がざわつく。さきほどの衝動でも、恐怖によるものでもない。
雷の精霊が、おそれているのだ。
(オレを……案じてくれているのか)
本来、適合者であるどころか人ですらないこの身を。
(オレはめぐまれている)
いいようのない感慨が、あらゆる感情を上塗りしていく。
だが、それに浸っているわけにもいかない。こちらが相手の切り札に気づいたように、
奴もまたこちらの弱点に気づかないとは限らない。
(どうする……!)
焦燥は冷徹に心の奥に押し沈め、電子頭脳をフル回転させる。
だが――
「貴様……?」
ぎくり、と身体が硬直する。フルフェイスの視線が、こちらを向いている。いや――
こちらの、胸をただ見つめている。
(気づかれた……!)
「そういう……ことか……!」
ぐん、とフルフェイスの腕がもたげられる。そして――
波動が、部屋を満たした。
・・・




