第五章:04
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「――さて、分け与えたのはよいのだが。
ふりかえって、今の人類はどうか?」
先ほどまでの熱狂ぶりが嘘のようにトーンダウンし、再び淡泊な声音で
問いかけるフルフェイス。いや、その問いかけは反語のようなものだ。
「この地に生まれた生命に感情を与え、私は眠りについた……精霊たちと、同様に。
そして目覚めてみれば――そこには人類がはびこっていた」
アルカーが爆炎をまとってフルフェイスに突撃し、その炎幕に隠れるように
床を這う。目標は、先ほど入室した入口だ。
ドアは破壊して入ってきたが、戦闘が始まってから防火扉のような重厚なシャッターが
ふさいでいる。それを破壊するために力ある言葉を開放するが……
「ちッ……」
――結果は、徒労に終わった。表面に凹みすらつかない。
「当然だな。私からすれば、ここまできて地と雷の精霊だけ連れ帰って逃げられても、
困る。――この部屋全体が、私の力によって保護されていると思え」
「ようは、貴様を倒さなければ帰ることもできないわけか」
真っ逆さまに投げ飛ばされ、壁にたたきつけられたアルカーが忌々しげにつぶやく。
さすがに、相手もそこまで看過してくれるほど甘くはないようだ。
「すでにわかっていようが、私の目的は炎の精霊と雷の精霊……
すなわち、"命"の精霊の確保だ。目的の完遂を前にして逃げられるわけにもいかん」
「なぜだ?」
ノー・フェイスが疑問を投げかける。ずっと、抱えてきた疑問だ。
「なぜ貴様は、精霊にこだわる。人類を駆逐し、フェイスへと挿げ替えたいのなら
貴様の力だけでことたりるだろう。オレたちなど、早々に消せばいいはずだ」
「つまりは、私の力だけではことを成せない。そういうことだ」
核心へと迫る問いかけのつもりだったが、フルフェイスは気負うでもなく
あっさりと答えた。
「私が求めているのは、侵略ではない」
「戯言を」
「ふむ。尺度の違いを考慮すべきだったな。
つまりだ……この星を『私』という異物で支配したいわけではない。
あくまでも、『この星に生まれた命』を可能な限り永続させたい。
――それが、私の望みだ」
フルフェイスからは、まったく手出ししてこない。こちらの攻撃を
すべて受け流すだけだ。
キープ・フェイスと同じ。己とこちらの格差を理解させようとしてくる……
"命"の精霊を完全体にさせようと、促しているのだ。
「――私が目にした人類という、この星の命がたどり着いた霊長類。
だがその個体群は……私が与えた"感情"に、振り回されていた」
「なんだと?」
わずかに、フルフェイスが足元に目を落とす。隙ともいえないが。
何かに思いを馳せ、嘆息しているようにも見えた。
「知能、あるいは知識に個体差があるのは仕方あるまい。
が、人類は――己が予測しうる未来すら、制御できていない。
生存の原動力となる"感情"が、原動力の域を超え強制力をもたらしてしまったのだ」
「抽象的だな」
アルカーの揶揄も気に留めたふうでなく、語り続けるフルフェイス。
「恐怖におびえ、身体の制御が効かなくなる……その程度ならマシな方だ。
一時の享楽に、あるいは激情に身をまかせ、理を捨てて行動する。
それが己の破滅を招くことを、たやすく予想できようともだ」
「……」
かすかに、アルカーが気分を害したのはフルフェイスに対してではないだろう。
おそらく、以前アルカー・エリニスが初めて現れた時のことを思い出したのだ。
自身や周囲の危険も顧みずカメラを回し続け、御厨を巻き込んだカメラマンがいた。
――そして、彼女を傷つけられたことにより半ば暴走しかけた火之矢自身。
(……人間は、強欲な、ものだなぁ……)
あの時の御厨の言葉を、思い出す。
(そ、その場の感情でリスクや他人への迷惑が見えなくなる。
……改人はたしかに、人間だな。
醜悪な、人間の……ッ、戯画化だよ……)
(わ、私は……時々、思うんだ。改人とは……改人が、無為なことをするのは
……そんな人間の、悪癖ばかり、強くなっているのではないかと……)
――御厨はかつて、そう言った。
今思えば……その言葉は真実をついていたのかもしれない。
「そうだ。『改人計画』とは本来、己のエゴを制御できない人類に外科的処置を施し、
その感情を支配させることを目的として立ち上げた研究だった。
が、結果は貴様らの知る通り――失敗だった」
「人の感情を、そんな手段で操ろうなどと――」
「かもしれんな」
アルカーの反駁に、自嘲気味に笑うフルフェイス。
「どれだけ改造しようと、奴らは感情を制御するどころかかえって欲望が増大する。
もはや感情を原動力にするのではなく、感情が奴らを支配するほどにな……」
(……)
たしかに、改人たちはみな刹那的な行動をとる輩ばかりだった。
それがかえってこちらに混乱をまねいたりもしたのだが……研究の失敗によるものだと
考えれば、得心はいく。
「無数の失敗の果てに、私は結論をくだした。
これは人間だけの問題ではない。すでにこの星の生命そのものが、私が与えた
感情をもてあましているのだと。すなわち、進化の袋小路だ」
「勝手なことを」
「違うというのかね?」
アルカーが鼻で笑う。
「俺たちが進化の袋小路か否か、そんなことは知らん。が、仮にそうだとして
貴様がそのことに口出しする権利が、どこにある」
「むろん、あるとも。
――忘れたか? お前たちに与えた"感情"。それは私が与えたものだということを」
上げ足を取られた形になり、アルカーがやや鼻白んだようにも見えた。
相手の言葉に正当性を感じたわけでもなかろうが、まるきり理がないわけでもない。
「お前たちの社会で言えば、投資したようなものだ。
その先に待つ未来に対し憂慮する権利もあれば、責任もあると思うがね」
「――大きなお世話だ」
フルフェイスが肩をすくめる。もとより、同意を得ようなどとは思っているまい。
だからこそ、実力行使に出ているのだから。
「いずれにせよ――私はあくまで、この星に『人間』を生まれ変わらせようと
しているのだ。私のコピーではない。
人間をベースに、私のデータを参考にして作った『感情を完全制御する人類』
――それが、フェイスアンドロイドだ」
アルカーと会話していたフルフェイスが、こちらに視線をむける。
アルカーが気を逸らしている間にホオリたちへ近づいていたのがバレた――
と、いうわけではないのだが。つい、身構えてしまう。
どちらにせよ、この部屋から出られない以上今は彼女たちのことは意識の
埒外に追いやっているらしい。こちらを見たのはただ、ノー・フェイスを通して
フェイスアンドロイドへと思いを馳せただけのことのようだ。
「だが、問題が二つ。
一つは私が有する感情はすでに限りなく薄くなっている。
――当然だな。この星の生命に、分け与えたのだから」
「その感情を回収するのが、フェイスたちによる人間狩り……
エモーショナル・データとは、そういうことか」
ノー・フェイスにも得心がいった。
これまでフェイスたちが人々を襲い、その感情――『エモーショナル・データ』を
吸い取っていたのは、フルフェイスが一度分配した感情をふたたび自身のもとに
集約させるためだったのだ。
同時に、『感情を吸い取る』などという技術をもっていたことも腑に落ちた。
なんのことはない、一度配った以上は回収できるのも道理だ。
「そしてもう一つの問題。
私は、己がもつ感情を使うことにより"心"の精霊を代替することはできた。
そして、知識と技術により人工の躯体を生み出し"形"の精霊の真似事もな。
――だが、"命"の精霊だけは、真似できん」
「"命"……」
胸に手をやる。装甲の下、かつては動力炉が存在していた場所に今は
雷の精霊――すなわち、"命"の精霊のかたわれが息づいている。
そうだ。
動力炉を失い、一度は機能停止したはずの自分が今も活動を続けられているのは
――"命"の精霊が、その代わりを務めているからだ。
「アルカー・エンガ。貴様がもつ"命"の精霊の力をほんのわずかに奪い、
アルカー・ヒュドールが無機物に命を与えたことは――知っていよう。
そうだ。"形""命""心"、どの精霊の力が欠けても生命にはなりえないのだ」
両腕を広げ、フルフェイスがアルカーとノー・フェイスを指さす。
彼が欲するものに、手を伸ばすかの如く。
「炎の精霊と雷の精霊。その二つが合身した"命"の精霊。
その力あってこそ、我がフェイスたちは――本当の『新人類』として
生誕できるのだ!!」
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