第五章:03
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炎が、吹き荒れる。
雷が、荒れ狂う。
その地獄のごとき、あるいは神の怒りを体現するかのようなアルカーたちの猛攻の中、
フルフェイスは飄々といなしつつ語り掛けた。
精霊。星々を産み落とす、超常の者たち。
"形"、"命"、そして"心"の精霊。彼らは宇宙を旅し、星を生み出し、生命を創り――
そして星が終焉を迎えれば再び旅立つ。その永遠のサイクルを繰り返す。
「夢物語をッ!」
「そう、思うか? 精霊に選ばれた適合者たる、お前が」
アルカーが怒声とともに突き上げた拳にそっと手を添え、その力のベクトルを
わずかに狂わして動きを乱し、体勢を崩したところに掌底をそっと押し出す。
まるで無造作なその一撃でアルカーは宙を飛び、天井にたたきつけられる。
(ちぃっ!)
ノー・フェイスは内心舌打ちしながら、自身に背を向けているフルフェイスの
脳天へとかかと落としを繰り出す。
こちらを見ていなくても、隙などない。それは承知の上であえて叩き込んだ
一撃だが、予想に反してフルフェイスは避けることもせず蹴りを受けた。
だが、ひるまない。
「フェイント程度ではな」
「ぐっ……!」
相手がかわしたところを追撃する思惑だったが、それを外された。
後頭部にノー・フェイスの渾身の一撃を受けたにもかかわらず、フルフェイスは
いかなる痛痒も見せない。
足を引き上げるまえにつかみ取られ、アルカーとは反対の方向へ投げ飛ばされる。
適当に放り込まれたように見え、くわえられた力の流れが読み取れない。
姿勢制御がおぼつかず、そのまま壁にたたきつけられ、うめいた。
「お……がッ!」
「私が生み出したフェイスアンドロイド。そのパワーだけで傷つけられるほど、
我が身はやわではない」
悠然とたちつくすフルフェイスは、最初に玉座を降り立った場所から
ほとんど動いていない。最小限、最低限の所作だけで二人の攻勢をかわしているのだ。
「――夢物語、と言ったな。確かに人間どもの知識では、そうとしか聞こえまい。
……だが、お前は違うだろう。精霊の適合者よ」
まるで戦闘など起きていないかのように、訥々と語り続けるフルフェイス。
いや、実際彼からすればこれは戦いなどと呼べるものではないのだろう。
下で戦った、キープ・フェイス。あれでさえ、純粋な実力ではアルカーと
ノー・フェイスの二人を凌駕していた。だが――
こいつは、もっと強い。
「……」
「信じられないか、信じたくないか? いや――
単にもてあましているだけか。教えられた真実を」
軽く首をひねりながら、フルフェイスが切り込む。アルカーはアルカーで図星を
つかれたのか、かすかにうなった。
アルカーだけではない。実のところ、ノー・フェイスもフルフェイスの話に
やや当惑していた。
フルフェイスが指摘したとおり、精霊と融合した彼らはその精霊自身の心を感じ取り、
フェイスダウン総帥の話が真実であると、悟っている。が――
あまりに話が、壮大すぎ|る《・》。
確かに、精霊にせよフェイスダウンの技術力にせよ、人類の想像をはるかに超える
超常存在だ。だが、だからといって世界の創生にまつわる話にまで、広がるとは。
もとより聞いたところでやることは変わらないのだが、こうも話が膨らみすぎると
戸惑いがかくせなくなる。
「……貴様の話が妄言でないとしよう。だがその話が、なぜ"次代の人類を創る"
――などという目的にまで飛躍する?」
「話はまだ、途中だったのだがな……」
できの悪い生徒に授業の途中でちゃちゃを入れられた教師のように、フルフェイスが
嘆息する。いや、彼からすれば実際にノー・フェイスは「出来の悪い生徒」か。
「"形"の精霊が星と生物の原型を作り、"命"の精霊がそれらに命を吹き込んだ。
そして本来なら"心"の精霊が最後の要素を入れ込み、生命は完成する――」
「――"感情"か」
エモーショナル・データ。
フェイスダウンが人々を襲う、最大の理由。
人間が持つ『感情』を抜き出し、フェイスアンドロイドに移すことで彼らに自我を
芽生えさせるエナジー。
「――だが、この星に"心"の精霊は生まれなかった。
誰にもうかがい知れぬ、無作為の事故だろう。この広大な宇宙では、さして
珍しいことでもない。本来ならただ、この星は生まれずして朽ちるだけのこと」
話の最中にもノー・フェイスとアルカーは手を休めているわけではない。
アルカーが床をコンパスのように脚で弧を描き、その軌跡に炎を立ち上がらせる。
一瞬にして巨大な火炎竜巻となったそれにアルカーが吹き上げられ、
その炎さえ巻き込みながら両脚を縮める。
一切の手加減をしない、全力の力ある言葉。
すでにここまでの戦いで、この部屋ではそんなものが不要であることを察していた。
「ヴォルカニック・ストナァァァァァァッッッ!!!」
「サンダー・フォォォォォォォォォォルッッッ!!!」
寸分たがわぬタイミングで、雷光を背にまとったノー・フェイスも飛び蹴りを放つ。
瞬撃。そして閃光。一拍おいて、爆鳴。
地上で放てば山すら崩す合撃。だが爆風と熱波が過ぎ去り、解放された熱エネルギーが
蒸気となって吹き荒れた中心には――片腕ずつでアルカーとノー・フェイスの蹴りを
受け止め、平然と語り続けるフルフェイスの姿があった。
「――しかしだ。それはあまりに……もったいのない話だとは思わないか?
目的をもって生まれてきたのに、それを果たせずして朽ちていく。
私は……私にはそのことがどうにも、看過できなかった」
「くッ……!」
「ちぃぃッ……!」
言葉を区切るとともにフルフェイスが両手をひねった。それにあわせ、
足をつかみとられたノー・フェイスたちは地面にたたきつけられる。
(全力の"力ある言葉"さえ捌くのかッ……!?)
さしものノー・フェイスにも焦りと戦慄が脳裏を走る。
キープ・フェイスはたしかに、強かった。だがフルフェイスの力はある種
それとは別次元に存在している。
ただ強いのではない。キープ・フェイスはある意味で人間に近い。
人間の技術や強度を、はるか高錬度に高めたものが奴の力だった。
鋭い蹴りを放ち、敵の攻撃は力を逃がす。人間の格闘家がやっていることと
キープ・フェイスの戦い方は根本の部分で同じだった。
フルフェイスは、違う。
完全に別世界の存在。今しがたも、一体何をして"力ある言葉"を受け流したのか
皆目見当がつかなかった。おそらくは未知の科学技術に由来する力なのだろう。
いわば、銃さえ知らない文明にレーザーを持ち込んできたにも等しい状況だ。
(……いや……)
その論法に従えば、おそらくノー・フェイスたちも『レーザー』は持っている。
そう、『精霊』の力だ。本来なら、この力はフルフェイスにも届きうる。
だがレーザーを作り、その構造を理解し正しく運用する相手に比べ、こちらは
『引き金の引き方は知っている』程度の知識しかない。
これでは、軽くいなされてしまうのも道理というものだ。
そんなノー・フェイスたちの葛藤を知ってか知らずしてか――いや、確実に
読み取っていながら我関せずという顔で淡々と自分語りを続けるフルフェイス。
「私は――こことは違う星の文明。その種族がたどった歴史すべての終着点。
彼らが全ての技術を結集し、彼らの全要素を内包して生まれたモニュメント。
――この宇宙にその種族が存在した、という事実を永遠に残すために
生み出された、人工統合生命体。……それがフルフェイスという存在だ」
「つまるところ、異星人か。ありえない話では、ないとは思っていたが」
「もう少し下に見てくれてかまわんよ。私は異星人ではなく、彼らが作った
石碑のようなものだ」
アルカーの吐き捨てるよう言葉に、卑下するでもなく答えるフルフェイス。
「だからだろうな……私は、せっかく生み出されたものが無意味に消えるのが
無性に歯がゆく感じられるのだよ。目的を達した、道具として」
「……なるほどな」
フルフェイスの言葉が、ノー・フェイスには不思議とすんなり受け入れられた。
「つまるところ、フェイスたちの考え方は貴様ゆずりか。
道具は道具として、役目を全うしろという奴らの性根は……」
「否定はせんが」
こきり、と首をならしてフルフェイスが答える。
さして反発も感銘もうけなかったのだろう。
「いずれにせよ――私は精霊たちに力を貸すことにした。
この星の生命が、生命として生きるために必要不可欠なものを」
「それが……感情、だと?」
アルカーがやや疑念を込めた声音でたずねる。
「貴様の話が本当なら、最初の生命は本能どころか単なる反射で動く
単細胞生命のはずだ。それに感情だと――?」
「そも、感情とはなんだ」
逆に、フルフェイスが訪ね返す。
「腹が減ったと思うから、エサを得ようとする。
怖い、と怯えるから、隠れようとする。
痛い、と感じるから、逃れようとする。
楽しい、と喜ぶから――生きようとする。」
わずかに、違和感があった。だがすぐに気づく。
話の内容ではない。それまで無感動に、淡々と話し続けていたフルフェイスの
声音が、かすかに変化してきたのだ。
「感情がなければ、生命は何もしない。
動くことも、望むこともせず――そのうちに、死ぬ。
つまりは、単なる反射行動ではなく『生きる』という目的を生み出すために、
『感情』という要素が必要不可欠なのだ!」
熱。あきらかに、フルフェイスの声音にはそれが宿っていた。
まるで、何かを忘れていた者がその当時を振り返ることで、失ったものを
思い出すかのように、『感情』がその声にかぶさっていく。
「だから――私は欠けた精霊の要素を埋めることにした。
私が抱え持つ、我が創造主たちの無数の『感情』――それを
この星の生命に、分け与えることでこの地に『生命』を生み出したのだ!」
「なに――?」
アルカーが、ぴくりと反応する。
フルフェイスの言葉は、つまり――
「そうだ!
貴様ら人間が――いや、この星に存在するすべての生命が持つ『感情』!
それは元をただせば……この私の中にあったもの!
いわば、お前たちは――フェイスだけでなく、この星の『人間』とは、私の――
フルフェイスの分身にも等しい者たちなのだ!!!」
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