第四章:04
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闇に包まれた海上で、強力な光が投光器から放たれている。
ノー・フェイスとアルカーがフェイスダウンの基地を陥落させ、遠巻きに待機していた
艦隊が接収作業に入ったのだ。
PCPの竹屋は重い装備に身を固めたまま何時間も待機させられたうっぷんを晴らすように
せわしなく動き回り、指示をだしていた。
偵察部隊とチームを組み、基地の全容の把握に努めているのだ。
(やっと出番がまわってきやがったか)
ぐりぐりと肩をまわしながら、足元につばを吐き落とす。
若造どもを送りだしたまま何もできずにただじっと待ち続けるのは、忍耐が必要だ。
ちらり、と目線をくれる。
その先には座り込んだまま動かないノー・フェイスと壁に背をあずけやはり黙して
微動だにしないアルカーがたたずんでいる。
その脇では小岩井医師が二人のメディカルチェックに従事していた。
先ほどまで、想像すらできない激闘をくりひろげていたはずだ。
揚陸艦の格納庫で待機し、外の様子が見えなかった竹屋たちでさえ艦をゆるがす
戦闘の余波に戦慄したものだ。
周囲の自衛官は様子がつかめず単に攻撃を受けたものと勘違いしていたが、
なまじアルカーたちの力を思い知っているPCP部隊員はみな、それが精霊の力の
発露によるものだと察し、つばを飲み込んでいた。
(……マジで、人間サマが手を出していいシロモノじゃねぇな)
胸中でこっそり嘆息する。単身で、小型の戦術核にすら匹敵する破壊力を引き出せる
精霊の力。それですらその真価の片鱗でしかないという。
そんなものを振りかざすアルカーたちに、畏怖をおぼえないでもない。
(……精霊が適合者を吟味する、ってなあ、道理だなあ)
その力を手にしたのが火之矢で、そしてノー・フェイスであったことは幸運だ。
あきらかに個人の裁量にあまる力だ。もし手に入れた人間が悪意をもってなくとも、
ほんの少し迂闊な者であればどんな惨事が引き起こされたか、想像したくもない。
(実際、あのガキゃあ性根がすわりすぎてんだよ……)
長年の任務への従事生活により、竹屋は思考と作業を並列して行える。
火之矢たちに注意を払いながらもその身はとまらず動いている。
部下からつぎつぎと入ってくる基地内の情報をまとめ、指示をだす。
火之矢の年齢を考えれば、まだまだ青二才と呼べる。にもかかわらず、
精霊の力を制御しきっているのは彼の超人性だ。その精神はある種の
修行僧にも近い。
いや、実際彼はまだ10代も前半という幼い自分からずっと精霊の制御のため
特殊な訓練を修め続けてきたのだ。文字通り修行僧のようなものだ。
そのさまは、哀れさもある。だがそれ以上に彼の芯の強さ、その源でもある。
そんな火之矢だからこそ、他人は全幅の信頼を寄せてしまうのだろう。
それだけのカリスマ性をかもしだしているのだ。
(で、おまえさんもそいつに魅せられた口ってわけだ。
ノー・フェイスさんよ……)
・・・
「……ずいぶんと、無茶をしたんですね」
「…………………………すまん」
ノー・フェイスの返答にだいぶ間があったのは、小岩井の声音に怒気が
混じっていたからだろう。
横からノー・フェイスを見る火之矢の目にも、非難するようなものが
込められていたのも理由の一つではあるか。
実際、彼の身体をチェックしながらその容態のひどさにおもわず息を
詰まらせてしまった。なんとか悟られないようにつとめたが、涙さえ
にじんできた。
フェイスアンドロイドの身体構造について完全に解明されたわけではない。
が、人間の器官を模して造られたそれはある程度まで把握できている。
外観こそ、自動修復機能でほとんど無傷に近くなっている。
だが問題は内部に蓄積されたダメージだ。
フェイスの身体は、戦車砲弾の直撃すら受け止める。数十センチの鋼板をも
越える頑強さだ。その防御力ですら、うけとめきれない衝撃がくわわったのだろう。
全身の筋肉があちこち断裂し、骨格も数多く破断している。またはヒビが入っている。
内臓のダメージがどの程度のものなのかはわからないものの、そもそも戦闘から
いくらか経っているにも関わらずこれほどダメージが残っているということは、
彼の身体に備えられた自動修復機能が正常に動いていないか、またはより重要な
部位の修復に全力を割いているかのどちらかだ。
多少は回復してなお、このありさまだ。戦闘中はどれほどの惨状だったのか、
想像したくもない。
それだけでも胸がはりさけそうになるのだが、実際にどんな行動をとった結果なのか
聞いた時にはさすがの小岩井も少なからず呆れと怒りが面にでてしまった。
「自分からアルカーの攻撃につっこむだなんて……!」
「あれは、必要な……」
「……もう少し、やりようがあったとは思うがな」
言い訳しようとして火之矢に釘をさされ、言葉の行き場を失ってうなだれるその姿は
叱られた小学生のようで、少しだけ笑みがこぼれそうになった。
その笑みを噛み殺し、つとめて眉をつりあげて小言を続ける。
むろん、その間に治療は行う。気休め程度だが。
「……ホオリちゃんを助けるんでしょう? ここで貴方が倒れたら、彼女は
悲しみますよ」
「……」
表情はかわらないのだが、人間でいうならきっと渋面を作っているのだろう。
そのしょぼくれた佇まいに免じて、それ以上つついてやるのはやめにした。
人工血液が漏れ出し、内部で腫れあがってる個所を穿刺し、チューブを通す。
液体を外に吸い出した後、代わりに修復材となる合成薬剤を流し込む。
実際のところ、彼の治療で小岩井ができることはこれぐらいのものだ。
フェイス戦闘員を長年解析し続けた金屋子でさえ、直接内部構造に手を出すのは
とうてい不可能だと、吐露していた。
それほどまでに、フェイスダウンの技術力は人類と乖離しているのだ。
(……そうです、ね。人間にはまだ、無理です。
こんな……人間となにもかわらない、いいえ人間以上にやさしい人を、
造り出すのは……)
そっと、彼の顔を見上げる。
変化することのないノー・フェイスの仮面だが、彼の悲壮な決意は痛いほど
伝わってくる。ホオリ、そしてホデリをむざむざと連れ去られた無念さ、
彼女たちを必ず救い出すという覚悟が、己の身をいとわぬ戦いへ
さらさせているのだろう。
人間だ。
ノー・フェイスは、人間だ。
その身が人工物であっても、その魂はまちがいなく人の同胞だ。
小岩井は強くそう思う。
だからこそ、無念にも思う。
(――どうして、これほどまでに優しい人を生み出せる人たちが。
他人から、奪うことばかり命じるのかしら……)
せんない疑問と言えば、そうであろう。
フェイスダウン、その総帥であるフルフェイス。彼の目的がなんなのかは
誰一人として知らない。いずれにしても、そのためにフェイスたちに
人々を襲わせてきたはずだ。
その目的がなんなのかは、わからないが――
(人と、相容れない目的だったのかしら)
問答無用で人類に宣戦布告しなければならないようなものだったのか。
人を駆逐しなければ、果たせないことだったのか――
そっと、手に触れたあたたかみに目をしばたたかせる。
気づくと、ノー・フェイスが彼の腕に触れていた小岩井の手を、
さらにその上からそっと抑えていた。
「……気に、やむな」
その言葉は、こちらの胸中を察したものではないだろう。
ただ、小岩井が思い詰めた顔をしているのを見て、気遣ったのだ。
(……ほんとうに……)
じわりと涙が目の端に浮かぶのを今度はかくさずに、ほほえみかける。
その手のあたたかさを、胸に刻み込みながら。
・・・
御厨は鉛のように重い足を、軽やかに踏み出しながら火之矢に近づいていった。
心は不安と恐怖にわめきながら、その顔は鉄面皮をたもったまま揺るがない。
火之矢を――大事な彼女のおさななじみを、ノー・フェイスとたった二人で、
死地に送りださなければならない。その事実が彼女の心臓をわしづかみにして
握りつぶそうと締め上げてくる。
だが、その思いをおくびにもだしてはならない。
彼女は、CETの作戦本部長。天津が出奔した今、事実上の最高責任者だ。
周囲にたいして不安げな姿をさらしてはならない。強い態度をしめし、
部下や外部のものたちに信頼感をあたえなければならないのだ。
ちかづいていった御厨の視線に、火之矢の視線がからみついた。
そのほんの刹那の交錯で、おたがいの思いがすべて伝わりあう。
"まかせろ"
"俺には、こいつがいる"
ふ、と自然な笑みが少し湧き出てきた。
まだ知り合って一年すら経っていないというのに。これほどまでに、
無上の信頼を預けられる相手なのだろう。
ほんの少しだけ嫉妬する。
それらすべての複雑な感情を心の奥にとじこめ、御厨は火之矢たちに――
アルカー・エンガとアルカー・アテリスに告げた。
「転移装置の解析が終わった。いつでも奴らの本拠地へ、送りだせる」
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